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30)魔王戦の始まり



 明くる日。

 エリザは、アデレードと共に王都を出た。

 再会は、早くても2週間後になる。



◇◇◇◇◇



 シュン、タイジュ、ハルカ、アロンゾの4人が、アデレードたちとの再会を待ちながらダンジョンで修行を積んでいるころ。


 ハルカとアロンゾは、ケメロヴァのギルドで受付嬢に声をかけられた。


「クラリスさん、うちのマスターが、折り入ってご相談があるそうなんですが、時間はありますか」


 ハルカは、思わず、アロンゾと顔を見合わせた。


「あるけど、私ひとり?

 パーティのみんなは関係なしかしら?」


「ぜひ、みなさん、ご一緒で、と申しておりました」



 宿の食堂でハルカとアロンゾを待っていたタイジュとシュンも呼び出し、4人は、ケメロヴァのギルドの最上階にある部屋に通された。


 質素ながらも上質の家具調度品が配置された部屋は、落ち着いた雰囲気だった。

 タイジュたち4人は、緊張した様子の初老の男性に椅子を勧められた。


「ケメロヴァのギルド長、イシューです。

 前置きなしで話させていただきます。

 あなた方のことは、キーラから通達がありましたので、存じてます」


 キーラは王都のギルド長で、ギルド組織連合の副会長でもあり、ハルカと個人的な知り合いでもあった。


「なにか、事件があったの?」


「イドリス領で、領民の行方不明事件が頻発しています」


 4人は息を呑んだ。


 イドリス領で領民の行方不明事件が頻発――それは、魔王が現れる兆候のひとつだった。


「ここひと月で、13人は被害に遭いました。

 のちに、半数くらいは、遺体で見つかっていますが、どれも、血を抜かれたように干からびた姿になっていました。

 魔獣の被害も増えています。

 イドリス領は、町の結界を強め、光魔法で魔を避ける魔道具を設置しました。

 行方不明事件は、以来、落ち着きを見せていますが、魔族の国ドルフェス国との経路に近い森に拠点が作られているのも確認されました。

 魔王が現れるのは、確定と思われます」


「拠点が・・」

 シュンが思わず呟き、タイジュとハルカは重い吐息をついた。


 イドリス領が放りっぱなしになっていることは、タイジュたちはとっくに知っていた。

 だが、イドリス領の森は、王宮が管理することになっている。

 『逃走中の勇者』であるタイジュたちには、迂闊に手を出せない。

 やむなく、レベル上げに注力していた。


 もしも、ギルドから、イドリス領に魔王戦の兆候が確認された、と報せが来たら、3人はイドリスに向かう予定だった。

 勇者が3人もいれば、拠点を削るのはそれからで間に合う・・そう考えた。「そうであって欲しい」という期待込みの予測だ。



「判ったわ。

 すぐにイドリス領に行くわ」


「・・今は、まだ、騎士団が調査中で・・」


「騎士団じゃ危ないわ。

 私、すぐに行くわ。

 転移魔法陣を使わせて・・」


「ハルカ。

 慌てないでくれ。

 充分、準備をしてからにすべきだ」

 アロンゾは立ち上がりかけたハルカの腕を取り、

「午後にまたくる」

 とイシューに断った。


「アロンゾ。そうしている間に騎士団に被害が出るかもしれないでしょ。

 シュン、私の荷物、まとめてギルドに預けておいて。

 アロンゾとは、しばらくお別れね」


「なにを言ってるんですか、私も行きます」


「騎士団が心配なの」


「彼らもプロです。

 ハルカが心配しなくても・・」


「シュン、お願い」


「俺もハルカと行くよ。

 宿の引き払いと荷物の方は、タイジュに・・」


「あのね、ここは、ひとつ、年上の僕の言うことを聞いて貰えるかな。

 女の子のハルカの荷物は僕らでは触り難いから、やっぱり、ハルカは後からおいで。

 それで、僕とシュンが先にイドリスに行く。

 騎士団のフォローと、イドリスのギルドとの打ち合わせは、僕たちがやっておくから。

 ハルカとアロンゾは、宿を引き払ったら、ふたりでお別れしてからおいで」

 とタイジュ。


 アロンゾは、「私も一緒に行きます。お別れなどしません」と腹立たしげに応えた。


 ハルカは、タイジュの言葉をしばし考えていたが、

「判ったわ。

 シュン、タイジュ、お願いね。

 私、すぐに行くから」

 と応えた。


「了解」


「じゃ、先に行ってるよ」


 シュンとタイジュは、いつもダンジョンに行くようなノリで、イシューを促し部屋を出た。



◇◇◇



 アロンゾとハルカは、宿に向かった。


 ふたりは、手早く荷物をまとめた。

 3人の荷物は、残らず、空間魔法付き袋に放り込んだ。

 ギルドに向かうハルカをアロンゾが追うような格好で、ふたりは歩いていた。


「言っておきますけど、私も、一緒に行きますから」

 とアロンゾ。


 アロンゾの言葉に、

「駄目」

 ハルカは足を止めることなく応えた。


「どういうことです? パーティの仲間だというのに・・」


「タイジュも、私と同じ考えだと思うわ。

 シュンは、あまり深く考えてないかもしれないけど。

 アロンゾは、獣人の国フィレの者だわ。

 獣人に対して、エルナート国は、酷いことをした。

 フィレの者は、エルナートに恨みを抱いている。

 それなのに、フィレの間諜が、エルナートの手伝いなど、してはいけないわ」


「間諜として手伝うんじゃありません。

 ハルカたちを仲間として手伝うんです」


「間諜を止めるの?」


「休暇を貰います」


「間諜のくせに?

 駄目よ、アロンゾ。

 王様の立場が悪くなるでしょ。

 エルナート国は、フィレの子供たちを惨殺したのよ。

 フィレの王様を上司とする間諜が背いたらいけないでしょ」


「王は休暇中の臣下のことなど、関係ありません」


「アロンゾ。

 私たち3人で大丈夫。

 私たち、勇者なんだから。

 魔力量も底なしだし。

 スキルも凄い持ってるし。

 アロンゾは待ってて。

 エリザたちとの待ち合わせがあるでしょ」


「行きます」


「駄目!

 魔王退治が終わったら、また、ギルドで待ち合わせして会いましょ。

 私たちの魔王退治のお仕事が終わった後で・・」


 アロンゾはハルカの腕を取り、引き留めた。


「何度言ったら判るんですか?

 私は行きます。

 ハルカをひとりで行かせて、私が心安らかに待っていられるとでも?」


「あのね、私は勇者・・」


「でも、可愛らしい女の子です」


「・・嬉しいけど、でも・・」


「愛しています。

 ドゥイッチの森で初めて会ったときから。

 結婚して、私の国に来てください。

 ハルカと一緒に家庭を作りたい」


 突然のアロンゾのプロポーズに、ハルカは思わず息を呑み、目を見開いた。


 アロンゾを男性として意識したことはなかった。

 アロンゾは間諜なのだから、仕事で側に居るのだ、と了解していた。

 けれど、今、ハルカの腕を掴んで見つめるアロンゾの目は、真剣そのものだった。

 おまけに、ハルカの第六感が、アロンソの言葉が真実であると告げている。

 アロンゾと家庭を築く未来が、ふとハルカの胸をよぎった。

 ――きっと幸せになれる・・そんな予感がふわりと浮かぶ。


 ハルカは、それらの想いを、全て封じ込めた。


「あ、ありがとう、アロンゾ。

 嬉しいけど。でも・・私、勇者だから。

 魔王を斃すわ。

 魔王斃すまでは、返事は保留にさせて」


 そう応えてから、

 ――ずるいよね・・、私。断るべきだった。

 死ぬかもしれないんだから・・。


 と後悔したが、ハルカを切なく見つめるアロンゾに断る勇気もなかった。


「人族のために、命を賭ける必要がありますか?

 あなたは、この世界の人間ではないのに」


「あのね、アロンゾ。

 たしかに私は、この世界の人間じゃないけどね。

 でも、魔王が現れたら、たくさんのひとが死ぬでしょ?

 助けたいの。

 この世界には、腹立つ奴も居るけど。それでも、縁あって来たんだもの。

 私の元に居た国でもね、子供たちや、弱いひとたちのために尽くして死んでいったひとたちが居るの。

 それも、関係のない余所の国でね。

 同じ人間として、助けたいから、助ける。理由なんて、それだけで充分だと思う。

 自分の国も、余所の国も関係ない。

 私、この世界で、たくさんのひとと、知り合ってしまったんだもの。

 もう、後に引けない。

 ここで逃げたら、一生後悔するから。

 やり遂げるまでは、逃げない」


「ハルカ・・。

 判りました。

 でも、私の気持ちは変わりません」



◇◇◇◇◇



 シュンとタイジュがイドリスのギルドに到着すると、ギルド長ヨアンが出迎えてくれた。


「早速来ていただいて助かります。

 とりあえず、こちらで、打ち合わせと状況の報告をさせてください」


 ヨアンの顔色が悪い。


 タイジュとシュンはソファを薦められたが、シュンは、

「俺、ハルカと約束したから、すぐに騎士団のフォローに行くよ。

 話はタイジュ、聞いておいて」

 とヨアンに告げた。


「シュン、それでも、騎士団の居る位置を把握してから行った方がいいだろ。

 状況は、どんな感じなんだい?」

 とタイジュ。


「ドルフェスを繋ぐ経路そばの森は、もはや、ひとには踏み込めません。

 騎士団にも無理です。

 魔族の連中は、瘴気の森と化した辺りに、拠点を作り始めているようですが、近づけないので、おおよその規模くらいしか判っていません。

 王宮からは、騎士団に向かわせろという王命がくだっていますが、私が引き留めているところです。

 遠巻きに様子を見るしかないというのに。

 あの騎士団の人数では、無理なのです。

 最初から判って居ることです」


 腹立たしげにヨアンが吐き捨てた。


「判った。

 騎士団の居るところを教えて。

 俺、すぐに行きたいんだ」


「判りました。

 それでは、シュンさんに・・」


「シュンでいいよ、その方が名前が短くて済む。敬語も要らないから」


 ヨアンは苦笑し、「了解」と応えた。

「私は堅物なので、普段からこういう話し方なんですよ。

 では、シュンには、現在の騎士団の配置を急ぎお伝えします。

 それから、タイジュには、現在の被害状況や、私が持っている情報をお伝えします」


 ヨアンは、地図を取り出した。



 騎士団は、現在、2個小隊と、一個分隊が来ている。

 分隊は、クレオ隊だ。

 たった3個の隊だ。

 『あまりにも少ない。やる気があるのか?』とタイジュとシュンは思ったが、今はなにも言わず、シュンは、隊の居る場所を教えてもらうとすぐにギルドを発った。


 ヨアンはシュンを送り出すと、タイジュに向き直った。


「このたびの勇者たちは、王宮から迫害されていた、という話は、キーラから聞いてます」

 とヨアン。口調が固い。


「うん。けっこう、あからさまに迫害されたよ。僕らもハルカも。

 僕が探りを入れて判った限りでは、現在、王宮を牛耳っている王弟が変なのかな?」


「そうです。

 あの王弟は、魔族の女と疑われていた王妃の子ですから」


「そうだねぇ・・。

 あの王妃を選んでしまったのが、そもそもの始まりなんだろ?」


「あの呪われた女が、元の王妃を追い出したんですよ。

 おかげで、今現在、王弟と王弟派貴族らが、王都を支配しています。

 騎士団も、です。

 敵に騎士団の采配をされているようなものです。

 今回、危険なイドリス領の守備に回されたのは、数少ない我が国の精鋭たちだ。

 しかも、精鋭をまとめてぶつけるのではなく、小出しにしている。

 それでは駄目なんです。

 魔王と魔族との闘いでは、最初から総力戦でいくしかない。

 それが、もっとも被害を少なくできる方法なんです。

 魔族との闘いで、人間側が勝利できるとしたら、それが唯一の方法だというのに」


 ヨアンは、拳を握りしめた。


「色々、聞き及んでは居るよ。

 魔族との闘いは、最初のうちは、毎度、同じような始まりなんだろ?」


「そうです。

 最初の予兆・・イドリス領での、干からびた遺体。

 古代から魔族戦との予兆は、必ずそうです。

 ドルフェスとの経路の森が魔窟と化すのも。

 そこまでは、まず、間違いなく、同じです。

 他にやりようがないからですよ」

 ヨアンは苦く笑い、話を続ける。


 魔族が毎度、初期のころに必ずやることは、「イドリス領に拠点を作ること」。

 この最初の拠点作りは、すでに、完了してしまった、ということになる。

 本来は、それまでに、騎士団や魔導師の隊が総出で拠点作りの阻止にかかり、魔族の拠点の規模を、出来うる限り最小に押しとどめる。


 次いで、魔族らは、イドリス領の隣にあるコダナートや、ダーズ辺りに拠点を広げようとする。ここで、「第二次拠点」の数をどれだけ少なく抑えるかで、次の段階の闘いが大きく違ってくる。


 500年前、人族がボロ負けし、何万人もの人間が魔族の奴隷となった時には、イドリス領の拠点は過去に例が無いほど大規模で、「第二次拠点」は3つの領に跨がって十数箇所におよんだという。



「あの500年前の悪夢は、今現在、宮廷魔導師の筆頭であるホーデン家の先祖が、他の魔導師たちを暗殺してしまったからですよ」

 とヨアン。


「あぁ、そうらしいね」

 とタイジュ。


「ご存じでしたか? あの忌まわしい過去の記録は、ホーデン家の連中が握りつぶしてしまいましたが」

 ヨアンが目を見開く。


「キーラが、教えてくれたんだ。

 僕が聞いたから。

 おかしいと思ってたからね。

 600年前に、魔導師の数が激減してるでしょ?

 魔導師たちは魔王戦で死んだ、と公の記録にあるけど、騎士団の数は減ってない。

 魔導師だけ、なんで? って、ずっと疑問だった」


「よくご存じで」

 ヨアンが苦笑する。


「キーラは、『ギルドマスタークラスの者なら知ってる情報』って言ってたね」


「ギルドマスタークラスの者でないと、秘密を知ったら、殺されますからね」


「エルナートは、そんな状態なんだ?」


「エルナート国の悪夢の始まりは、あの魔導師暗殺事件です」



 600年前に起きた、魔導師殲滅事件。


 600年前の魔王戦に、人族が勝利した直後に起きた。


 魔王戦の時は、まだ、エルナート国の魔導師たちが健在だったおかげで、魔王軍を打ち負かした。


 魔導師殲滅事件が起きるまでは、勇者を招喚するのは、おおよそ1000年に一度、瘴気濃度が高まる時期と、魔王が現れる時期が重なった時だけだった。


 悪条件さえなければ、人族と魔族の力は、拮抗していた。


 だが、ホーデン家の当主である魔導師が、そのバランスを崩してしまった。


 魔王戦で疲れ切った魔導師たちの一群に、あろうことか、攻撃魔法を放って殲滅してしまった裏切り者の魔導師、当時のホーデン家の当主だ。



 以来、勇者招喚を、頻繁に行わなければならなくなった。


 ホーデン家のあの当主のせいで。


「ホーデン家は、自分たちだけが唯一の魔導師になるために、他の魔導師たちを暗殺したんだっけ?」

 とタイジュ。


「そうらしいです。

 ホーデン家の内輪の話ですから、本当のところは、よく判って居ません。

 600年も前の話ですし、ホーデン家と、なぜか王族の一部や、有力な貴族家の一部がホーデン家に加担したので。

 王族がホーデン家に味方したのは、唯一の魔導師の家系になってしまったホーデン家に逆らえなかったから、という理由もあったみたいですけれどね。

 その頃は、長らく魔王戦がなかったために、色々と、危機管理能力が衰えていたのかもしれませんけどね」


「あの最強の魔王が居たために、魔王戦がなかったからだね」


「そうです。

 最強の魔王が消えたのと、ホーデン家の悪行は、リンクしています。

 なんらかの繋がりがあるんでしょう」


 ――最強の魔王か・・。


 タイジュは胸のうちで呟き、最強の魔王の情報を思い返した。


 1000年前に、ドルフェスに最強の魔王が現れた。

 最強の魔王は、使者をエルナート国に寄こした。

 当時のエルナート国国王が魔王の使者を惨殺し、魔王は激怒。

 エルナートの王都を灰にした。

 その後、魔王は、なぜか人族に手を出そうとはしなかった。


 300年間、魔王は人族と闘おうとしなかった。


 エルナート国は、強大な魔王の魔力を探り続けたが、魔王は、たしかに存在している。

 魔王は、人族には手を出さず、ドルフェスで、気ままに暮らしている、という噂がちらほらと流れてくる。

 エルナート国に出入りしている魔族が情報をもたらしているらしいが、定かでは無い。

 はっきりしていることは、魔王が居ながらも凄惨な戦争が起きていない、という事実。


 魔族との戦争の無い平和に、誰もが慣れ始めた300年後。

 突然、魔王の、あの強大な魔力が検知されなくなった。

 最強の魔王は、どこかへ消えたのだ。


 魔王が消えてから100年が経った600年前。

 新たに魔王が現れ、魔王戦が勃発した。

 なんとか、魔王を斃し、魔王戦には勝利したが・・。

 ホーデン家の蛮行により、魔導師は半減した。



「今回の状況は、500年前に人族がボロ負けした魔王戦と似たような状況になってるのかい?」


「まだ建設に着手した日が浅いおかげか、規模的には、そこまではいっていないようです」

 とヨアン。


「そうかい? やけに悲観的だったみたいだけど」


「ええ、悲観的になっていました。

 なにしろ、イドリス領の見回りが、かつてない規模に縮小されていましたからね。

 本来なら、魔王が出てくる可能性が高まっている今の時期に、2,3の隊を寄こすだけでしたから。

 イドリス領では、ずっと不安でならなかったんですよ。

 いつ大規模拠点を作られることやらと思っていました。

 ドルフェスとの経路がある森は、よほどの精鋭が揃わないと見回りに行けません。

 定期的に、大規模な拠点探しが必要なんです。

 ところが、騎士団の見回りは、愚王が処刑されて王弟が王宮を支配するようになっても、一度も行われていませんでした。

 イドリス領では、とっくに諦めムードでしたよ。

 それで、ふた月前に、索敵能力に定評のあるクレオ隊に来てもらいましてね――命令は出ていなかったんですが、私が、お願いしたのです。

 危険を冒して、かなり奥の森まで探知してもらったんですが、拠点は作られていなかったんです」


「へぇ、ホント」


 タイジュは、イドリス領がそれほど危うい地域だ、ということを、初めて知った。


「意外でしたよ、なにしろ、放りっぱなしでしたから」


「放りっぱなしでも、侵略されていなかった理由は?」


「魔王の出現は、時期尚早だったからでしょう。

 おそらく・・あくまで、推測ですが、拠点作りは、あちらでも魔王の出現が確定してから行われるものなんだと思います。

 その上で、いよいよという時に拠点が作られるんです。

 ですから、拠点造りが開始されたのは、ふた月前の探索のあとですね」


「なるほど」


「それで、半月前に、やはり索敵の上手いドマシュ隊がこちらに来て、再度探索し、拠点が見つかった、というわけです。

 そういうわけで、拠点の規模は、幸い、500年前の記録に比べれば小さめですが。

 連中の砦建設は、まだ続いています。

 ただ、コダナートにも、拠点が作られそうになりまして・・」


「第二次拠点が?」


「昨日、確認されました。

 これまでとは、少々、違うパターンです。

 今までは、第一次拠点・・つまり、イドリス領の拠点を、出来うる限り巨大化させてから、第二次拠点の着手に入っていましたから」


 ヨアンが眉根を険しくした。


「普通に考えると、チャンスがあるなら、あちこちに拠点を作るのは、良いやり方だと思うけど?」


「まぁ、普通の人間の闘いならそうでしょう。

 でも、魔族が人族の国を侵略する場合は、瘴気のないところでは連中が弱体化する、という縛りがありますので。

 そういうやり方は、遣り難いのです。

 魔王が脈動を始め、イドリス領の第一次拠点に魔妖樹の苗木を植え、たっぷり瘴気をまき散らし、いよいよ魔王の出現を待って、第二次拠点造り・・というのが、彼らの唯一の侵略の始め方なんですよ」


「うーん、そうか。

 じゃぁ、コダナートの拠点は?」


「イドリス領の瘴気が、それほどでもないおかげで、騎士団が殲滅できました。

 魔族どもには逃げられましたけれどね」


「へぇ・・。

 逃げられた? あっさり作りかけの拠点を捨てて?

 もしかして、最初から、駄目元でやった感じ?」


「そうなんですよ、ホントに。

 駄目元で拠点を作ってみて、ちょっと攻撃されたら、即、諦めて逃げたような」


「変だね?」


「変です」



◇◇◇



 シュンが騎士団の詰めている拠点に向かうと、すでに、戦闘が始まっていた。


 ――やばい・・やっぱり、急いで良かった。


 シュンは転移魔法を使い、騎士団の陣地のほど近くに降り立つと、今しも、攻撃魔法を繰り出そうと準備中だった魔族にカマイタチを放った。


 援軍が来たことに気付いた騎士たちが振り返る。


「助けに来た!」

 シュンが声をあげると、騎士たちが、「おぉっ!」と応えた。


 シュンは、魔族たちが固まっている辺りに、最大級の雷撃をぶち込みまくってから、騎士たちの陣地に駆け込んだ。


「被害は? 俺、治癒魔法、出来ます!」

 とシュン。


「有りがたい! 彼を頼む」


 腹に布を巻いた簡単な措置をされた状態で横たえられた騎士の元に、シュンは跪いた。

 治癒魔法をかけると、額に脂汗を浮かべていた若い騎士の顔がにわかに穏やかになる。


「他には?」


「彼だけです。

 まだ、戦闘が始まったばかりだったんです。

 助かりました」


「イドリスのギルド長は、騎士団は、ただ見守っている状態ですと言っていたんですけど」


 シュンは応えながら、怪我をした騎士に、再度、治癒を重ね掛けしておいた。


「ええ、そうです。

 この人数では、見守る以外に出来やしないですから」

 騎士は腹立たしげに応えた。



 シュンと前衛の騎士たちは、後方の隊長の陣地と連絡を取り合ったのち、魔族側の攻撃が止んだのを確認してから合流。

 シュンは、この小隊のドマシュ隊長から、経緯を聞いた。



 イドリスに派遣されていた隊が、魔族の拠点に気付いたのは、わずか半月前。


 それまで気付かなかったのは、前任の隊が見回りを怠って居たからだ。


 半月前に赴任したドマシュ隊は、すぐに拠点を見つけ、王宮に知らせた。


 魔族の拠点を少しでも削るべきと考え、急ぎ、知らせた。


 ところが、ドマシュ隊長は、王宮からの命令で、拠点造りをしている魔族には手を出すな、と命じられた。

 小隊ごときが手を出しても、殲滅されるだけだと判って居るので、もとより、手を出す積もりは無く、見張りを続けるしかなかった。

 本来なら、少なくとも、大隊を派遣し、少しでも、拠点作りの妨害をすべきなのだが、王弟も、騎士団長も、なにもしようとせず、歯がゆい思いをしていた。


 そのうちに、魔族らは、拠点の人員をどんどん増やしていき、砦の規模を大きくしていった。


 こうなっては、派遣されている二個小隊と一個分隊だけでは、見張りも危険だ。


 ところが、この段階で、砦の一角を攻撃しておけ、という王命がくだった。


 犬死にしろ、と命じられたに等しい。

 ギルド長のヨアンから、「すぐに勇者に応援を頼むので待機していてくれ」と頼まれ、待っていたところ、見回りの索敵が魔族から攻撃を受けた。

 シュンが怪我を治した、あの騎士だ。

 まだ死人が出ていなかったのは幸いだった。


「すぐに、あとふたり、勇者が来ます」

 シュンはドマシュ隊長に告げた。


「あとふたり?」

 ドマシュが目を見開く。


「そうです。

 今回の勇者は、3人、呼ばれてたんです」


「3人も!」


 居並ぶ騎士たち、みなの顔に喜悦が浮かぶ。


「3人揃ったら、拠点なんか、ぶっ壊してやります!」


 シュンは力強く言い切った。



 ヨアンとの打ち合わせを終えたタイジュが、間もなく転移してきた。


 タイジュは、ドマシュらに、「勇者のタイジュです」とにこやかに挨拶した後、

「なんか、攻撃魔法を撃ってなかった?」

 とシュンに尋ねた。


「うん。

 ちょっと、小規模な戦闘があってさ」


 シュンは、タイジュに、先ほどあったことを伝えた。


「なるほどねぇ。

 もしかしたら、砦の塀の『硬化』が済んだのかな」


「塀の硬化?」


「ヨアンに、色々、聞いてきたよ。

 ヨアンは、代々、ギルドマスターの家系なんだってさ。

 イドリス領は、なにしろ、物騒な地域だからね。

 ギルドマスターは、だいたい世襲制だそうだ。

 『だいたい』というのは、ギルド長を務める家が6家あって、その中から決まることが多いからでね。

 で、大昔からの情報を溜め込んでいる幾つかの家系の者が務めるんだそうだ。

 魔王戦は、100年ごとだからね。古くからの情報は大切だ。

 それで、魔族の拠点は、拠点作りが始まった時点で、騎士団総出で潰しにかからないと、ある程度形が出来てしまうと、攻撃が入らなくなるんだそうだ」


「え~・・ってことは、手遅れの段階に来てるかもしれない、ってこと?」


「そうだな。

 可能性大」


 居並ぶ騎士たちもがっくりとうなだれる。


「だから、あの王弟が、我らに奴らの拠点の攻撃を命じてきたのか・・」

 隊長が呟く。


「だね。

 お察しの通りだと思うよ。

 拠点作りが始まったころは、邪魔が入らないように、王弟の息の掛かった隊が選ばれて、ここに来させられていた。

 で、砦の塀が完成してきて、塀の硬化も終わったころ、貴重な精鋭部隊に、『犬死にしろ』と命じてきたわけだよ」


 隊長以下、騎士たちの顔が、いまにも、『ぐぬぬ』と聞こえてきそうな表情に歪んだ。


「ホントに攻撃入らないか、試してみようか・・」

 とシュン。

 じゃっかん、口調が自信なげだ。


「うん。試そうと思ってる。

 なにしろ、ハルカは、光魔法のレーザー得意だから。

 魔族が作ったものだから、光魔法、効くんじゃない?

 これまで異世界から来た勇者の職業は、狩人とサムライだよね。

 勇者たちは、拠点の攻撃はあまりやらないで、魔王戦に絞ってたみたいだから、僕らでどこまで出来るか、やってみる価値がある」


「よっし!」


 シュンとタイジュは、やる気で漲り、周りの騎士たちは、頼もしげにふたりを見ていた。





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