29)救出、その後
シュンたちが宿に帰還したのは、明け方ころだった。
そのあと、怪我の手当や、エリザの首輪を外したりしているうちに、陽が昇り、転移魔法をするのさえ、きついほど、疲労が溜まっていたので、床で雑魚寝状態で、休憩をした。
そのうちに、アロンゾが部屋に来た。まだ、午前中の時刻だった。
「お疲れさまでした」
とアロンゾ。
「うん、ちょっと疲れたかな。
これ、証拠品を集めて置いたよ」
タイジュは、アロンゾに、空間魔法機能付き袋を渡した。証拠品を入れるために、アロンゾから預かっておいた袋だ。
エリザを救出したあと。タイジュは、死体などの証拠品を収められるだけ入れて置いた。
「ありがとうございます。
これで、尻尾を掴めるといいんですけどね。
少なくとも、奴らがどういう組織かは推測できます。
アデレード、気分はどうですか」
フィレの虫遣いの間諜は、アデレードと言う名だった。
「ええ、もう、大丈夫です。助けて頂いて、感謝します」
ほっそりとしたアデレードは、明るい部屋で見ると、意外と年上の女性だった。
20代後半か、30代くらいだろうか。薄い茶色の髪に、灰色の目をしている。
端正な顔をしているが、線が細く、印象は地味だった。
「ずいぶん、賊の数が多かったらしいね」
アロンゾがアデレードに尋ねる。
「11人居ました。
エリザを捕まえていた男がひとり。馬車の中に5人。
転移魔法で馬車の影に現れた連中が5人。
虫を放った9人のうち、虫の酸が効かなかったのが、6人」
「魔族が6人も居たのか・・」
「魔族は、酸が効かないの?」とハルカ。
「アデレードの虫の酸は、闇魔法の酸ですから。
溶けるというより、細胞の核を闇に吸い込ませるのです。
エルナートに入り込んでいるような魔族の間諜は、闇魔法の使い手が多いんです。
彼らは、対策を講じているんですよ」
とアロンゾ。
「怖いね」とタイジュ。
「魔族がですか? それとも、アデレードが?」
「アデレードさんかな?」
アロンゾとアデレードが苦笑した。
「ところで、事後処理報告なんですが。
エリザの実家の商家から、エリザの件で、王宮に問い合わせをさせています。
未だにエリザが帰って来ない、と。しつこく催促してるところです。
今のところ、法務部の連中は、『エリザは、もう、家に帰した』と言い張っています」
「なるほどね。
そう誤魔化すことにしたんだね。
まぁ、想定内かな」
とタイジュ。
「もう、内部犯行だって、バレバレだよね」とシュン。
「エリザを、王宮から連れ出した奴らは、内部の者でしょ。
特定できないの?」
とハルカ。
「はっきり名前の判っている者は何人か居ますが、確信犯かどうかは判らないですね」
「夜中に連れ出すなんて、おかしいじゃん。みんな確信犯じゃないの?」
とシュン。
「セキュリティのため、と言われて、あっさり信じたようです。まぁ、言い訳を信用できるか否かは別として。
ところで、エリザなんですが・・」
エリザは、自分の名前が出たので、慌てて顔をあげた。
「このまま、行方不明で居ていただきます。
そうしないと、色々、不都合ですから」
「はい、判りました」
エリザは熱心に答える。
――エリザって、すげぇ、素直なんだなぁ。
シュンは、なんだか、切なくなった。
「それで、本当は、フィレ国に帰国できればいいのですが、なにしろ、ディアギレフ領が、あの有様ですから」
「オークは、相変わらずなの?」
とハルカ。
「ええ。オークの群れの数に関しては、徐々に悪化しています。ハルカの空けた穴に落ち込んで、いったん、だいぶ減ったんですけどね。さすがにオークも、気をつけるようになったのか、それ以降は、数がまた増えたようです。
穴のおかげで、他領までは、行っていないようですが。
ディアギレフ領の町にたどり着くのは、なかなか大変ですね。
まぁ、連絡や移動手段は、空路を使えば、なんとかなるんですが。
オーク以外に憲兵も大量に居まして。こっそり通るのは難しいですね。
危険を冒して帰国しなくても、エルナートに隠れ住む場所はたくさんありますから、問題ないでしょう」
「問題ない、って言い切っちゃうんだね、アロンゾ」
シュンが、呆れたように言う。
「そうは言いますが、ディアギレフ領を通過して帰国するのは、なかなか骨なんですよ。
エリザが自力で突破できるのでしたら、なにも言いません」
「無理です」
エリザが即答した。
「じゃぁ、一緒に居ようね、エリザ」
とハルカ。
「はい、勇者さま」
「あ、一緒に居るときは、勇者さまじゃなくて、ハルカね」
「ハルカさま」
「いやいや、ハルカでいいんだってば」
「は、ハルカ・・」
「そうそう」
「エリザとハルカは、これから、一緒に行動するの?」
とシュン。
「もちろんよ。
エリザを保護する必要があるでしょ」
「セシーは、どうするんだい?」とタイジュ。
「よく考えれば、きっと解決策があるわ」
「どんな?」とアロンゾ。
「今は、思い付かないわね」
とハルカ。
シュンは、ずっこけそうになった。
「そういえば、セシーのことを、放っておいたね」
とタイジュ。
「昨日の昼には、会ったよ」とシュン。
シュンは、タイジュが留守のときに、部屋で、セシーとベッドでキスをしたことを思いだし、一瞬、身体が熱くなった。
「さて、セシーは、エリザが誘拐されそうになったことは、なんて言うのかな?」
タイジュが物憂げに言う。
「おそらく、法務部の言い分と同じでしょう」
「つまり、エリザは、家に帰ったはずだと?」
「セシーに聞いてみてください。
ヴェルガ家が、どういう考えなのか、知りたいものです」
「でもさ、エリザの実家の商家から、エリザが帰ってないって、文句を言わせてるんだよね?」
とシュン。
「文句というか、問い合わせですね。実際、帰っていないのですから」
「でも、エルナートの責任者の連中は、知らんぷりする積もりなんだろ。
エリザの実家の方では、帰ってないことを、証明できるの?」
「双方、目撃者が、ゼロですからね・・。
惨殺された遺体でもあれば、大騒ぎなんでしょうけど」
「アロンゾ、エリザの前で、それを言うの・・?」
とシュン。
「あの、シュンさま、私は、その辺の事情は、よくよく判ってますので・・」
エリザが哀しげに微笑む。
シュンは、なにも言えなくなった。
「とりあえず、シュン。
いったん、青竜亭の部屋に戻ろうか」
「そうだね。また来るね」
「はい」
「アデレードさん、またお会いできたら良いですが、もし帰られるのでしたら、お別れですね」
とタイジュ。
「色々、お世話になりましたわ」
「じゃぁ、また」
◇◇◇◇◇
青竜亭の部屋に戻ると、ほどなく、セシーが訪ねてきた。
「シュン、タイジュ、ずいぶん、留守にしてたのね」
とセシー。
――昨日の昼には、会ったんだけどな・・。
とシュンは思った。
昨日、見張り明けで寝ていたときに、セシーが「お食事をしましょう」と誘いに来たのだ。
タイジュは、その時は、交代で北門に行って留守だった。それで、ふたりで食堂に行った。
シュンは、眠くてしょうがなく、食事中、居眠りをして、スープ皿に顔を突っ込んで火傷したのを思いだした。
5時間交代というのは、時間的には短くて楽だと思っていた。
けれど、実際にやってみると、隠密を発動させながら、神経を尖らせて見張りを続けるのは堪えた。
顔と髪をスープで濡らしながら食事をしたあと、部屋に戻ってベッドに倒れ込むシュンに、セシーは付いてきた。キスをしたり、抱きついたりされた・・それで、無理矢理、追い出した。
タイジュが門で見張っているし、ハルカも待機している。
それなのに、自分が、「すぐに駆けつけられない状態」には、なれない。
同じ任務を請け負う仲間が居るのだから。少しでも、睡眠をとり、休まなければならなかった。
――あれは・・、拷問だったな・・。
「エリザの件で、色々、活動してたからね」
タイジュが答えた。
「でも、エリザは、もう家に帰ったんですよ」
とセシー。
――あー、やっぱり、法務部の言う通りなのか・・。
シュンは、心底がっかりした。
「でも、エリザの実家では、帰ってない、と言ってるみたいですよ」
とタイジュ。
「ええ、そう訴えて来ているようですが。
法務部の記録では、もう、すでに、帰されています。
エリザは、どこか、友人のところにでも、行っているんでしょう」
――なんなんだよ、ホントに嫌になるな。
シュンは、不機嫌に顔が歪むのが押さえられなかった。
「調べてみたんですか?」とタイジュ。
「居ない者をどうやって調べるんでしょう」
セシーが、疲れたように言う。
「探す、とか」
タイジュの言葉に、セシーは、首をふった。
「もう、この件は、終わりです」
「ヴェルガ家の、お兄さんとかいうひとも、もう終わりって、言ってるの?」
とシュン。
「当然です。なんら、問題なく、解決しましたから」
シュンとタイジュは、思わず、顔を見合わせた。
「まぁ、あなた方の言い分は、判りましたよ」
タイジュは、応えた。
セシーは、タイジュの言い方に眉をひそめたが、すぐに平静を取り戻した。
「ハルカは、どちらに?」
「うん、ちょっと、エリザの件でね」とタイジュ。
「ハルカも気の毒ね」
タイジュは、なにも応えようとせず、シュンも、セシーの言葉の真意が判らないでいた。
「お食事でも、しませんか。
もう、お昼になりますよね」とセシ-。
「そうだね」
正直、気が進まなかったが、シュンとタイジュは、セシーと食堂に降りた。
――俺たち、こんなんで、パーティ、続けられるのかな。
いや・・このままじゃ無理だろう。
セシーが変わるか、それとも、俺たちがなにも感じなくならないと。
◇◇◇
昼食が終わると、セシーが、シュンたちに、
「王都で、買い物や観光はしないのですか?」と尋ねた。
「僕は、遠慮するよ」
タイジュは、さっさと、2階の部屋の方に上がっていった。
「シュンは、行きませんか?」
セシーが、期待を込めた目でシュンを見る。
「俺も、辞めとく」
「では、私の部屋で・・」
と、セシーの熱のこもった提案が出かかったところで、シュンは、
「じゃあ、これで!」
セシーの手を速やかに振りほどいて、タイジュの後を追った。
◇◇◇◇◇
タイジュとシュンは、夕方まで仮眠したあと、エリザたちの部屋に行った。
部屋の前まで、転移で飛び、ドアをノックすると、ハルカがドアを開けてくれた。
中には、アロンゾとエリザが居た。
部屋が狭いので、窮屈そうに見える。
そんな窮屈な部屋に、さらに、タイジュとシュンが加わった。
エリザとハルカは、どこかから持ってきた敷物の上に並んで座り、アロンゾは窓辺の椅子に腰掛けていたので、タイジュとシュンは、ベッドに座った。
「アデレードは、帰ったんだね」とシュン。
「ええ、一旦は。
でも、また、すぐに来ますよ」
とアロンゾ。
「まだ、用事済んでないの?」
「新たな用事が出来そうなんです」
「今回の件で?」
「そうです。
エリザの隠れる家を当たってはいるんですが、ハルカがエリザと一緒に居たいのでしたら、その線で調整しても良いかと思いまして」
「どうやるの?」とシュン。
「そうですね・・色々、パターンはありますよ」
「セシーを、どう誤魔化すか、じゃないのかい?」
タイジュが、憂鬱そうに言う。
「大した問題ではないでしょう。
冒険者のパーティは、終身契約じゃないんですから」
「でも、俺、ハルカやアロンゾと離れるのは、嫌なんだけど」
とシュン。
「でも、セシーとも、離れたくないのでしょう」
アロンゾが淡々と言う。
「気持ちの問題じゃなくて、仲間としての義理の問題なんだよ」
シュンが仏頂面で答える。
「私とエリザが、ふたりパーティになりそうね・・」
ハルカが吐息混じりにつぶやく。
「それは論外ですね」
とアロンゾ。
「こういう理由で分裂するのは、嫌だな」
とシュン。
「つまらなくなるよ」とタイジュ。
「じゃ、みんな一緒でいいわよね。
もしかして、セシーは、エリザの顔を知らないんじゃない?」
とハルカ。
「少なくとも、髪の色や、目の色など、特徴は知っているはずです」
「セシーは、今回の件は、そんなに興味は無さそうだったのに・・」
「ええ。ですから、きっと、髪や目の色を変えてしまえば、大丈夫でしょう。
でも、ハルカが、いきなりエリザを連れて行ったら、いくらなんでも、バレます。
このタイミングで、エリザと同じ年頃の娘を登場させることは出来ません」
「なるほど・・」とタイジュ。
「登場の仕方を工夫するわけね」
とハルカ。
「どういう風にするの?」とシュン。
「上の方から、エリザの警護に、アデレードを当てる、という話が来ているのです。
それで、エリザを、アデレードの娘ということにして、ふたりの身分証を作る予定です。
エリザの名前は、偽造します。
少々、日が過ぎるのを待って、ほとぼりが冷めたころ、エリザたちと合流すればいいでしょう」
「どのくらい日を置くの?」
「2週間くらいは、少なくとも置こうと思っています。
その間は、アデレードの他にも、間諜がエリザの警護に加わります」
「ということは、俺たちと、エリザとアデレードとで、7人のパーティになるの?」
とシュン。
「エリザが、私たちとパーティを組むときは、アデレードは、エリザの警護から外れて、休暇にする予定です。
エリザは、私たちと居れば、大丈夫でしょうから」
「6人のパーティなら、ちょうどいいね」
「それで、エリザたちと、私たちが、合流する時のことなんですが。
自然な形で、合流したいと思っています」
「うん、そうだね。
でも、どんな風に?」とシュン。
「エリザは元々、ハルカの知人でしたから、それ以外のパターンで。
タイジュたちが、ふたりで旅をしていたときに知り合った親子に偶然再会した、という感じにして下さい」
「了解」
「ところで、もし、エリザとパーティを組むとして、エリザは、ダンジョンとか、耐えられるのかな」
タイジュがエリザに尋ねた。
「邪魔にならない程度には、大丈夫だと思います」
「そういえば、白獅子族のハーフなんだよね、エリザ」
とシュン。
「はい、そうです」
「戦闘能力って、どの程度?」
「ふつうの女の子よりは、強いと思っています」
とエリザ。
「なんか、漠然としてるんだけど・・」
とシュン。
――この世界の普通の女の子って、どんぐらいだろ?
「エリザは、あのとき、地下室で、ティム首輪のようなものを付けられたようですが、おそらく、首輪がなければ、賊の何人かは、自分で処理できたと思います」
「魔族みたいなのも居たので、少し自信ありませんが・・」
とエリザ。
「そういえば、エリザは、あれは、ないの?」
「あれ・・と言いますと?」
「もふもふの毛が生えた耳、とか」
「あ、私、えっと、変身は、出来ます。
でも、服が破けてしまうので、今、すぐには、出来ないんです」
「えー、すごい、エリザ。
できるの?」
ふたりの会話を聞いて、アロンゾが切ない顔をしていた。
タイジュが、そんな3人の様子を面白そうに見ている。
シュンは、アロンゾが、わけも無く気の毒になった。
「あ、はい。
あの、耳だけなら、今でも、出せますよ」
・・と、エリザが、一瞬、真剣な顔をしたかと思うと、ぴょこんと、白いこんもりとした毛で覆われた耳が現れた。
「わぁ、もふ耳・・」とハルカ。
「可愛いね」とタイジュ。
「ホントだ、可愛いや」とシュン。
「エリザ、ちょっとだけ、触ってもいい?」
ハルカが目を輝かせる。
「どうぞ」
エリザが恥ずかしそうに微笑んだ。
ハルカは、そぅっと、エリザの耳を撫でた。
「柔らかい・・。それに、すべすべで滑らか。
癒やされるわ・・」
「僕も、触れてもいい?」
とタイジュ。
「だめだよ、男は」とシュン。
「あ、いいですよ、耳くらい」
「いいの?」
恐る恐る、タイジュとシュンは、エリザの耳に手を触れた。
「ホントだ、すごい柔らかい・・」
「うん・・」
「アロンゾは、もふ耳、出てこないの?」
とハルカ。
「出ません」
アロンゾがにべもなく応える。
「ハルカ、どうせ、アロンゾのもふ耳は、あってもゴワゴワだよ」
とシュン。
「あ、そうか」
「狼族の毛質は、獅子族に負けません」
「そこで対抗心、燃やさなくても・・」とタイジュ。
「そういえば、エリザは、婚約者が居たんだっけ。
長く帰れないのは、気の毒ね」
「いえ、ぜんぜん。
婚約は、解消されました」
これまで穏やかだったエリザの声が強ばる。
「そうなの?」
「ハルカ。
エリザに、フィレ国から手紙を出して来た馬鹿者が居たと言いましたよね。
あれが、その元婚約者です」
「えー・・」
「親同士が決めたひとで、一度しかお会いしていませんので、人柄が判りませんでしたが、今回のことで、よく判りました。
ああいう方との婚約が解消できたのは、唯一の、不幸中の幸いです」
エリザの声が、静かに怒っている。
「その、元婚約者、どうして、無理矢理、手紙なんか送ってきたの?」
「お手紙の方に、『他の女と結婚します』とだけ、書かれてました。
そういえば、女癖が悪い、という噂を耳に挟んだことがありましたので、おおかた、他の女との間に、子供でも出来てしまったのでしょう。
それならそうと、私の親に、伝言でもしてくれれば良かったのです」
「まったくです。
今回の件は、フィレ国国王の耳にも入っていますので、それ相応の償いをさせられることでしょう」
アロンゾが冷たく言った。
――フィレ国国王、直々でやらされる償いって、どんなやつだろう?
と、シュン、タイジュ、ハルカは思った。




