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28)救出



 王宮に、馬車が出入りできる門は、1箇所しかない、とアロンゾは言った。

 馬車が通れるほどに広い門は、正面の城門のみ。

 正門から入城したあとは、貴族や貴賓の馬車は正面に進み、商人たちの馬車は荷を裏に運ぶ。

 ちなみに、商人の馬車が通れる時間は、早朝のみと決まっている。


 馬車を見張るのであれば、見張りは、正門だけに集中すればいい。


「しかし、北にも小さい城門があるんです。

 北の城門は、馬車は通れませんが、ひとの出入りは出来るんです」

 とアロンゾの説明は続く。


 防備のため、かつてあった北の城門は、以前は、潰されていた。


 その後、王宮北側の備品庫と裏庭を、文官見習いの寄宿舎や若い文官と武官たちの寮に作り替え、増設した。

 それに伴い、潰されていた北の城門に手を加えて、ひとの出入りが出来るようにしてある。


「北門は、寮や宿舎から出入りするためだけの門ですから、比較的、チェックが緩いんです」


 ところで、エリザは、現在、王宮内の地下室に居る。王宮内部の者が疑いを持たれた場合、一時拘置される部屋だ。

 逮捕されるほどの証拠が揃っていれば、法務部の拘置所に入れられるが、エリザの場合は、証拠などなかった。

 エリザを北の城門から外へ出すには、王宮内から、寮や宿舎のエリアに連れて行かなければならない。

 王宮から、寮や宿舎へは、王宮北通用口を通り出入りする。

 通用口に門衛は立っているが、通用口を通るのは、寮や宿舎へ帰る内部のものばかりで、身分証を見せるのも、かなりおざなりになっている。寮と寄宿舎の敷地を素通りして北の城門を抜ければ、全クリだ。


「ですから、北の城門も見張ってはいるのですが、人手が足りてないんです。

 正門は、なにしろ、大量の馬車やひとが出入りします。それをひとつひとつ、鑑定や魔力探知で確認しなければなりませんので」


 ゆえに、正門には、数人の間諜が貼り付いている。

 北の城門も、一人は見張りが付いている。しかし、万が一、北の城門からエリザが運び出されたときは、一人では追尾を撒かれる可能性がある。


 それでも、正門の見張りは人手がぎりぎりであり、これ以上は割けない。


「判ったわ、北の城門の見張りに加わればいいのね」


「お願いします」



◇◇◇◇◇



 王都に、靄のような小雨が降っていた。


 ――あれから、2日か・・。

 覚醒の魔法をこういう場面で使うことになるなんて、想像してなかったな。


 シュンは、隠密スキルで姿を隠し、北門が見える木の上で見張りをしていた。

 つい先ほど、眠気を覚ますために、以前にタイジュに教わった覚醒の魔法を使った。

 木の枝に乗せた尻が痛い。

 すでに、3時間は、同じ格好をしている。

 これで何度目かのヒールを尻にかける。


 フィレ国の間諜も、北門を見張っているはずなのだが。使い魔を侍らせ、主の間諜は、少し離れたところから見張っているという。「一っ飛びで来られる距離」に居るらしいが、隠密を使っているらしく、シュンには、どこに居るのか判らない。


 2日前の話では、アロンゾも、セシーも、「明くる日には、エリザは、解放される見通し」と言っていた。

 けれど、エリザは捕まったままだ。


 シュンとタイジュ、ハルカは、5時間交代で、隙間無く見張りをしている。

 ひとりが見張りをしている間、ひとりは睡眠をとり、残るひとりは、なにかあったら念話で報せて、すぐに駆けつけられる宿に移っている。


 セシーは、シュンたちが北門を見張っていることを知らない。


 ――おかげで、見張り明けに眠ってるところを遊びに来るのが困るよな。


 キスをしたときから、セシーは、やけに積極的で、シュンは、引き気味だった。

 タイジュいわく、セシーは、母親似らしい。

 彼女の母は、「エルナートの白薔薇」と詩に謳われるほどの美女だとか。

 たしかに、セシーは、美人だと思う。

 家柄も良い。おかげで、どこの貴族も嫁に欲しがってる、らしい。


 そんな美女に迫られるのは光栄だけれど、最初の印象が悪すぎた。


 ――それに、今は、それどころじゃないし。


 シュンは、頭を振って、セシーに関する物思いを振り払った。

 代わりに、エリザの姿を思い浮かべる。

 見張りを始める前、ハルカが、幻惑で、自分の記憶の中から、エリザの姿をシュンとタイジュに見せてくれた。

 銀色のふわふわとした髪に、淡い緑の瞳の、可愛い子だった。

 16歳だという。

 シュンも、ついこの間、誕生日を迎えたので、同い年だ・・といっても、月の数え方が日本と違うので、ズレてそうだけど。

 そんな年若い娘に、間諜の仕事をやらせるのもどうかと思うのだけれど、ハルカに付く侍女は、ハルカの歳に合わせて若い娘を募っていた。

 間諜といっても、侍女仕事をしながらハルカの様子を見ているだけの簡単な仕事なので、エリザが就いていたのだという。


 ――そんな子に、なにかあったら、ぜったい、可哀想だよな。


 思わず気を引き締める。


 王宮内に監禁されているエリザには、絶えず、複数の人間が見張りについている。


 もしも、エリザが狙われた目的がフィレとの関係悪化なら、毒殺などではなく、なるたけ惨たらしい惨殺だろう、とタイジュは言っていた――タイジュは、そういう、悲惨な推測は、ハルカたちには言わず、シュンに言うのだ。


 見張りの目をかいくぐり、時間をかけて惨殺するのは難しいだろうから、やはり、連れ出そうとするのではないか。


 タイジュの予想では。

「エリザになにか言い聞かせて、騙して、なにげないフリをして、一緒に、連れ出すかもしれない。

 そのときは、裏の北門の可能性が高い。

 正門は、フィレの間諜が、複数で見張ってるからね」


 ――嫌な予想だよな・・。


 北門は、寮や宿舎に住まう文官や武官らが利用するので、遅くまでひとの出入りがあるけれど、真夜中には閉じられる。

 間もなく真夜中だ。

 閉じられた後も、緊急のさいには門衛に言えば開けて貰えるが、タイジュの予想だと、緊急であることを申し立てる手間が増えるのだから、それはしないだろう。

 今夜は、霧状の小雨で、辺りは視界が悪い。


 ――敵にしてみれば、「今がチャンス」みたいな状況になってるじゃん・・。


 心臓がバクバクしてくる。


 シュンが息を殺して門の様子をうかがっていると、どうやら、時刻は真夜中になったらしく、門が閉まり始めた。


 ――今夜は、ナシかな・・。


 ・・と、街路で馬車の音が響く。


 ――・・あれは・・。


 遠い路から、黒い馬車がゆっくりと近づいてくる。

 暗い道に、黒い馬車。

 闇に紛れ、目立たない。

 怪しい馬車は、門から数メートル離れたところで駐まった。


 目の前の北門でも、動きがあった。

 北門の門衛に、声をかけている二人連れが居る。

 二人は、今しも、閉まりかけた北門をすり抜けるようにして、通りの路に出てこようとしていた。

 小柄な少年と、がっちりとした体格の男だ。少年の銀色の髪が、帽子からはみ出して見える・・。


 二人が外に出ると、門衛は中に入り、門を閉じた。

 かんぬきを閉める音が、暗闇に鳴り響く。


 少年と男は、馬車に向かって歩き始めた。


 ――マズイ・・。


 シュンは、念話を送った。


『タイジュ、ハルカ! エリザが連れ出される!』


 シュンは、隠れていた木の枝から飛び出し、エリザの前に着地した。


「エリザ、そいつらは、危ないよ!」


 シュンが声をかけると、エリザは、「え・・」と、エリザの手を掴んでいる男を見上げた。

 シュンは、転移魔法を発動させないよう、男を目掛けて魔道具を投げつける。

 男は、シュンの投げた魔道具をレイピアで切りつけた。が、切りつけられたとたん、魔道具はスライム状になり、男の腕に粘着した。

 男は、シュンに、ナイフを投擲してきた。

 シュンは、身体を躱して避け、即座にエリザに近接する・・が、すでに、男とエリザは、馬車の方に飛びすさっている。


 木陰から、細身の女が飛び出してくる。


 ――フィレの間諜か? それとも、敵か?


 女は、馬車から飛び出して来た黒覆面の男たちに、使い魔の虫たちを放った。


 ――良かった、味方だ。


 男が腕に貼り付いたスライムに注意を向けた隙に、シュンは、再び、ふたりに接近し、エリザの腕を掴んだ。


「エリザ、こっちへ!

 逃げよう!」


 シュンが声をかけると、エリザは、つぶらな瞳でシュンを見上げ、頷いた。


 ――良かった、味方だと判ってくれた・・。


 シュンは、エリザを庇い、男が振り下ろしてきたレイピアを剣で受け止める。


 「うっ」という悲鳴が耳に届き、見ると、フィレの間諜の女が、炎撃を受け、使い魔の虫もろとも、炎に包まれている。

 黒覆面の男たちが、手に手に得物を構え近づいてくる。


 ・・と、大気が揺らめいたかと思うと、男たちと虫使いの間に少女が現れ、氷霧を燃える虫使いに飛ばし、火を消し止めた。


 ――ハルカ。


 気を取られていたシュンに男の雷撃が炸裂。

 結界を張って置いたおかげで、さほどの衝撃はなかったが、隙をついて、男の剣がシュンの身体をえぐる。


「あぁっ」エリザは、シュンが剣で突かれるのを見て叫んだ。

 躱して急所は避けたが、苦痛にうめき声が出た。

 エリザがシュンの腕にすがりつく。

「だ、大丈夫・・だよ」シュンは無理矢理、応えた。


 ふいに、シュンの脇腹の痛みが和らいだ。


 タイジュのヒールだった。

 タイジュは、男の雷撃を結界で防御し、風魔法で男を切り裂いた。


「大丈夫か」

 タイジュがシュンとエリザを背に庇いながら問う。


「うん!」


 黒覆面の男たちのうち、4人が向かってくるのが見える。


 ――くそっ、うじゃうじゃ居る。


 フィレの間諜を警戒して寄こしたのか、やたら人数が多い。おまけに、魔法を使える奴がかなり含まれてる。


 タイジュが飛びかかってくる男たちを風魔法で迎え撃つ間に、シュンは、闇魔法を発動、ブラックホールを男たちの側に発現させる。


「うぉおぉっ」「うぁっ」

 4人のうちふたりが、吸い込まれた。


 ハルカは、怪我で動けない虫使いの間諜を庇いながら、光魔法のレーザーで、男たちを串刺しにしている。

 だが、まだ、炎撃を放ってきた男と、馬車の影から黒覆面の男がふたり、3人残っている。

 小柄な黒覆面の男が、十数本のナイフを操り、シュンとエリザに斬りかかってきた。

 シュンは、エリザを抱きかかえて天駆で避けた。

 タイジュが、男にカマイタチを飛ばす。

 男は飛びすさり逃げようとするも、八方から切り刻まれ、頽れた。


 さらにエリザを庇うシュン目掛けて、黒覆面の男の炎撃が襲いかかる・・と、炎撃は突風で消され、次いで、男の身体に赤い線が走り、男は、真っ二つに切り裂かれた。

 タイジュの風魔法が、シュンたちを炎撃から護り、男を裂いたのだと判った。


 もうひとりの黒覆面の男は、ハルカが氷槍の嵐で切り刻んで始末していた。



◇◇◇



 皆で、宿の部屋に転移した。


 ハルカは、自分のベッドにフィレの間諜を横たわらせる。

 酷い火傷だった。切り裂かれた傷も見える。


 ベッドがひとつしか無いので、ハルカは、シュンのために、床に寝袋と毛布を敷いた。

 タイジュが、シュンを休ませ、ヒールをかける。


 虫使いのヒールは、ハルカが受け持った。


 ほどなくして、虫使いの苦しげだった息が安らかになっていった。

 シュンの傷も、消えていく。


「エリザ、怪我は無い?」

 ハルカは、虫使いの治癒を終え、エリザに声をかけた。


「ありません、すみませんでした」

 エリザが、頭を下げる。

 唇を噛み、今にも、泣きそうな顔をしているけれど、気丈に耐えている。


「謝らなくてもいいのよ。

 ・・って、エリザ、それ、なに?」

 ハルカが、エリザの首に付けられた首輪のようなものを指さす。


「判りません。王宮の地下室で、付けられました」


 シュンは、なんとか立ち上がり、エリザの首に目をやる。


「もしかして、発信器みたいな奴・・とか?」

 とシュン。


「ああ、それは大丈夫、ちょっと、結界を張って置いたから」

 タイジュが、飄々と言う。


「え・・」ハルカが、エリザの周りの魔力の流れを読み取り、

「タイジュって、なにげに凄いわよね」と、ホッとしたように言った。


「本当は、取り外そうと思ったんだけど、手間がかかりそうだから、とりあえず。

 でも、さっきから、エリザの首輪めがけて、なにかが干渉しようとしてるのを感じるんだよね」


 ハルカは、エリザの首輪に、指先を近づけ、

「嫌らしい首輪ね」と眉をひそめる。


「エリザ、なにか、身体に異変はないかい?」

 とタイジュ。


「あの、さっきから、凄く頭が痛いです。

 それから、なんだか、イライラして、嫌な感じです」


「え・・耐えてたの?」とシュン。


 気まずそうにエリザがうつむく。


「これ、早くなんとかしないと、マズいわ」

 とハルカ。


「そうだね。思ったより、タイムリミットが近いかもしれない」

 とタイジュ。


「どうしようか、下手に破壊するのは危ないだろうし」

 シュンは、エリザの首輪を見詰める。

 見ている間にも、首輪に、禍々しい魔力が点滅するのが判る。


「タイジュがかけてる結界で、外からの干渉を防いでいるのね?」

 とハルカ。


「ああ・・まぁ、そうなんだけど、この首輪、どうやら、そういう阻害に対する対策付きのような気がするな」


「判ったわ。

 エリザの体だけ、転移させるわ。首輪は、この場に残して」


「そんなこと、出来るの? ハルカ」


「遠くは無理だけど、この室内くらいの距離なら、精密な制御が出来るわ。

 それで、エリザと首輪を分離させたら、即行で、首輪をなんとかするの」


「3人掛かりでやれば、できそうだな。

 エリザの転移は、ハルカが受け持つ。

 それから、瞬時に、首輪は、シュンが闇魔法で始末。

 僕は、シュンが闇魔法を発動させたら、ブラックホールごと、結界で覆う」


「タイミングが難しそうだけど・・それでいこう」

 とシュン。


「シュンは、ハルカの魔力の発動を感じたら、即行で闇魔法だ。

 僕は、シュンの闇魔法を感知したら、結界を発動させる」


「了解。

 エリザ、もう少しだけ、我慢してよ」

 とシュン。


「判りました」

 エリザは、頷き、しっかりと顔を上げ、立ち尽くす。


 ハルカは、短杖を取り出した。

「行くわ」


 ハルカの転移魔法が発動。

 エリザが消えた瞬間、首輪が宙に浮き、ゆらりと床目掛けて落ちていく。

 シュンは、即座にブラックホールで首輪を捉える。

 首輪が魔力暴走のような光に包まれる。


 ――爆発・・か。


 爆発の光ごと、ブラックホールは砕け散る首輪を吸い込む。

 ブラックホールと爆発の炎は、タイジュが張った結界が閉じ込めた。


「やった・・!」とシュン。


「なんとかなったな」とタイジュ。


「成功ね」


 3人が振り返ると、本体だけ転移させたおかげで、裸になって座り込んでいるエリザが居た・・。


◇◇◇


「ごめん、み、見てないから」

 慌てて後ろを向いてシュンが言った。


「うん、一瞬すぎて、覚えてないから、大丈夫」

 とタイジュ。


「あ、あの、はい、なんとも・・思ってないです、事故ですから」


 エリザは、ハルカがすぐに、服を着せてやった。


「そういえば、首輪と一緒に、服も残ってるなって、ちらっと思ったのよね。

 でも、それどころじゃなかったから、あまり考えなかったわ」

 とハルカ。


「服のことを忘れてたよ。悪かったね、エリザ」

 とタイジュ。


「いいんです、ホントに。

 おかげで、頭痛とか、治りました」


「一応、ヒールかけておくわね。

 あ、シュンたち、もう、エリザは、服着てるから振り向いてもいいわよ」


「「はぁ~」」

 シュンとタイジュが、盛大に安堵のため息をついた。




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