27)拉致の理由
明くる日。
王都の宿に、最初に到着したのはシュンとタイジュだった。
「ここで間違いないな」
青竜亭という宿が、待ち合わせ場所だった。
看板を確かめて、シュンとタイジュは中に入り、二人部屋を確保した。
ふたりは、部屋に落ち着くと、荷物を下ろして息をついた。
「王都は久しぶりだな」
タイジュがベッドに腰を下ろして、荷物を開けながら言う。
「うん。
もう、二度と来ないと思ってたんだけどな」
シュンは、髪を赤毛に変えていた。
眉毛も色を変えてある。
セシーが、「意外と似合うのね」と面白がっていた。
たしかに、思ったより似合っている。
タイジュも、今後のことを考え、髪を銀髪に変えていた。かなり目立つ。
色の選定を間違えたんじゃ無いかと、シュンは密かに心配していた。
しばらく後、ノックの音がした。「私よ」とハルカの声。
シュンがドアを開けると、茶色い髪をアップに結い上げたハルカが立っていた。
瞳も茶色い。印象が違う。髪型も変えているからだろう。
ふだんは可愛らしい感じのハルカが、大人びて見える。
「連絡が来るまで何も出来ないのが歯がゆいわ」
言いながら、ハルカは、シュンのベッドに腰を下ろした。
「食事とかも、バラバラに取らないといけないのかな」とシュン。
「そうなるだろうね」とタイジュ。
シュンたちは、3人組であることを誤魔化すために、別行動を取っていた。
アロンゾが、「慎重すぎるくらいに自分たちの様態や能力を隠すのが隠密の基本」と言ったからだ。
アロンゾは、先行して王都に入り、活動を始めている。
セシーは、王都に入るまでは、タイジュとシュンと一緒に転移魔法で移動していたが、王都に入ってから別れた。セシーは、すぐに王宮に行った。
蟄居中ではあるが、セシーは、後ろ盾の力が強いおかげで、目立たないよう気をつければ、ある程度、自由にできる。
セシーとアロンゾの情報をもとに、ハルカとタイジュ、シュンが動くことになっている。
アロンゾは、シュンたちとは別の「銀の壺亭」に宿をとるが、状況によっては他の宿の候補も決めてあった。
「アロンゾ、大丈夫かな」とシュン。
「祈るしかないな。
裏工作がうまく行けば面倒がなく済むしね」
とタイジュ。
打ち合わせの中で、アロンゾから詳細な説明を聞いておいた。
エリザは、ハルカ付きの侍女となるために、フィレ国の間諜が商っている商家の家に入った。
親類からの養女という形だった。
さらに、金に困った男爵家に賄賂を渡し、王宮の侍女に入り込むための紹介状を手に入れた。
ここまでは、なんら、問題はない。
身元がはっきりとしていて、貴族からの紹介状があれば、下働きの侍女として王宮に入ることはできる。
丁度、ハルカの世話をする侍女を用意する時期だったこともあり、フィレ国からの裏工作もあって、エリザは、ハルカ担当の侍女になることができた。
その後、エリザのハルカ付き侍女の生活は、半年で終わった。
ハルカが、ディアギレフ領の結界破壊作業にかり出され、行方不明になったためだ。
エリザは、フィレ国へ帰国する準備を進めていた。
ディアギレフ領のオーク騒ぎが治まりしだい、王宮を去る予定だった。
しかしながら、ディアギレフ領のオークの群れはおびただしく、毒を溜めた大穴で他領への侵攻を防がれては居るが、憲兵が厳重に見張っている状態だった。
帰国が難しいエリザは、そのまま、王宮内の情報を集めながら、侍女をしていたのだが・・。
「フィレ国のエリザの知り合いが、ディアギレフ領を通じて、エリザに、手紙を出してしまったんです」
と、アロンゾが言う。
冷静を装っては居るが、アロンゾのオーラから怒気を感じる。
エリザは、間諜の仕事をしている間は、フィレ国の田舎町に居ることになっていた。
事情を知っている両親以外は、兄妹たちさえ、居場所は知らなかった。
ところが、エリザの知人が、違法な方法まで使って調べ上げ、エルナートに手紙を出した。
陸の孤島状態のディアギレフ領と、エルナートの王都は、細々と、連絡の行き来があった。
ディアギレフ領を弾圧しようとする勢力は王宮に少なからず居るが、ディアギレフ領に救援物資を送っている篤志家たちも多くいる。
そんな遣り取りに紛れ込むようにして、エリザへの手紙は送られてきた。
おかげで、エリザが、王宮の裏任務の連中から、下手に注目を集めてしまった。
それで調べられたところ、エリザの父が、以前、フィレ国の間諜の疑いをかけられた料理人であったことが突き止められる。
「というわけで、エリザは、王宮内の地下室に、監禁されているんです。
ただ、エリザの父は、単に、『疑いをかけられた』だけです。
尻尾を掴まれたわけじゃありません。
エリザも、大したことはしてません。
王宮勤めの侍女が手に入れられるだけの情報と、ハルカの様子を仲間に報せていただけです。
エリザは、商家の家にも帰らないようにしていました。
必要な報告は、念話で済ませ、手紙も書いていません。
捕まえられるようなヘマはしてないんです。
これ以上、監禁を強要するのは、無理なはずです」
そのような経緯で、エリザに関しては、上手くやれば、穏便に済ませられるだろう。
と、アロンゾは言っていた。
ただ、アロンゾや、フィレ国の関係者たちが気に掛けているのは、
「エリザの両親は、ふたりとも、白獅子族と人間のハーフなんです」とアロンゾ。
白獅子族は、現フィレ国国王の出自である。
ゆえに、白獅子族の血を引くエリザに、あまり妙な真似をすれば、それでなくとも悪化しているフィレ国との関係は、さらにこじれるだろう。
それなのに、エリザを見逃さず、捕らえたのはなぜか。
エリザが、王宮内で不審なことをしていたのなら、まだ判る。
けれど、エリザは、単に、侍女仕事をしていただけだ。
アロンゾから聞いた話を思い出し、3人は、それぞれ思考しながら、気が重くなる。
「あのさ、アロンゾの言い方だと、やっぱり、わざとフィレ国との関係を悪化させるために、エリザを捕まえた感じがするよね」
とシュン。
「気になるな」とタイジュ。
「エルナートの王宮って、変なやつが入り込み過ぎよね。
しかも、かなり上の方に居るのよ」
とハルカ。
「うん」
シュンも、そのことはよく知っていた。
◇◇◇
アロンゾから念話による連絡が入ったのは、日が暮れてからだった。
『一段落したので、そちらに向かいます』
ほどなくして、シュンとタイジュの部屋に、アロンゾが転移魔法で現れた。
「どうだった?」
シュンが勢い込んで尋ねた。
「なんとかなりそうです」とアロンゾ。
「エリザは解放される、ってこと?」とハルカ。
「まだ安心は出来ないですけどね。
エリザが不審行動をとっていたような証拠や証言が、ひとつも出てこないので、監禁はやり過ぎだ、という関係者の意見がほとんどです。
侍女長も憤っていてね。
だから、順当にいけば、明日にでもエリザは侍女に戻れるでしょう。
エリザの実家の商家が、エリザを家に連れ戻したいと申し入れているので、王宮からは出ることになります」
「エリザを保護するためね」
「そうです。
セシーの兄と父は、すでに、フィレ国を逆撫でしないよう、エリザの解放に動いてました」
「セシーが、頼んでくれたのかしら? 早いわね」
「セシーが頼む前に、すでに、王宮内に動きがあったんです。
フィレ国との交易を再開したいと願っている商会や貴族たちは意外と多いんです。
フィレでしか採れないポーションの材料は、ずっと品薄で、価格が高止まりしてますからね。
使い魔を使って、僅かにやり取りしている量では、到底足りないので。
何人か、エリザの解放に動いている高官が居て、その中に、ヴェルガ家が入っていたんです。
エリザの件は、放っておいてはマズイと理解されたんでしょう」
「なんだ。じゃぁ、セシーに嘘をつく必要はなかったんだ」
とシュン。
「ここに来る理由を、どうせ話さなきゃならなかっただろう。
それに、情報の出所については誤魔化したけど、他は、特に嘘はついてないんだから、気にしすぎだよ」
とタイジュ。
「仲間に秘密を持つのは、居心地が悪いんだよ」
シュンは、ぼそぼそと言い訳をした。
「でも、本当にエリザが安全に保護されるまでは、油断できないわ」
とハルカ。
「もちろんです」
「エリザは、取り調べを受けたんだよね?」
とタイジュ。
「そうです」
「『鑑定』もされたんじゃないですか?」
「されたでしょうね。
だから、エリザの父親が判ったんでしょう」
「それで、『フィレ国の間諜』であることは、バレないで済んだのかい?」
とタイジュ。
「その一点だけは、必殺技がありまして」とアロンゾ。
「なるほど・・。
超高度な『隠蔽』?」
「まぁ、なんにでも、抜け道はあるものです」
アロンゾは言葉を濁した。
「アロンゾ。
気になることがあるんだけど」とハルカ。
「なんでしょう?」
「エリザを捕まえた連中は、フィレ国との関係の悪化を望んでいるのね?」
「・・その可能性はあります」
「フィレ国とエルナートは、すでに、国交断絶状態よね。
これ以上の関係悪化を望んでどうするのかしら」
「その辺は、ややこしい事情があるんです。
ハルカは、先の愚王が、獣人の子供たちを攫ったことを、ご存じですか」
「100人の子供を攫って弄んだと、アイリス師匠から聞いたわ」
「そうです。
愚王は、100人の獣人の子を攫った。
国境付近の村が狙われました。
バレたのは、愚王が、エルナートに短期留学で来ていた学生にまで手を出したからです。
聖女とフィレ国の手の者が救出に向かったときには、すでに、およそ30人は殺されていました。
残りの半分は、四肢欠損がひどく。
虐待で、みな、精神が壊れていた。
まともな生活に戻れた子は、5年以上経った今も、わずかだ。
死んだ子のうち、10人は、剥製にされていました」
ハルカは返す言葉を失った。
「剥製って・・。
ウソだろ・・」
とシュン。
「本当です。
一応、シュンたちに、説明する必要があったときのために、当時の資料を用意してあります」
アロンゾは、肩の袋から、厚紙の資料綴じを取りだし、頁をめくった。
目の前に提示されたのは、数枚の写真だった。
この世界にも、写真はある。日本のような光学技術を駆使したものとは異なり、魔法を使ったものだ。
ただ、紙やインクなどの質が圧倒的に悪いので、画質が拙い。ゆえに、絵画の方が好まれる。写真は、ごく限られた用途に、まれに使われているだけだ。
愚王の悪行の記録を留めるために、その、まれにしか使われない、写真が残されていた。
画質の悪い写真だったために、詳細は判らない。
判らなくて良かった、と3人は思った。
それでも、剥製にされ、目をくりぬかれ、代わりにガラス玉をはめ込まれたらしい子供の表情は、忘れることは出来ないだろう。
「それで、フィレ国は、エルナートに軍事侵攻する積もりでした。
子供をこんな目に遭わされて、黙っているような国ではありませんので。
聖女たちが、愚王のもとへ調査に行ったのは、そのときでした。
フィレ国の王に、聖女の長のマレネは、『調査に行く』と言い置いて、ディアギレフ領を出ました」
「『聖女の長』というひとは、司祭とか、そういう人たち?」
とシュン。
「いえ。エルナートの聖女は、国教や宗教とは関係はないです。
組織の仕組みも違います。
聖女たちは、聖魔法や治癒魔法の研鑽と、フィレ国との友好や、貧しいひとたちに治癒を施す活動を行っている慈善団体です。
本拠地は、ディアギレフ領にありますが、エルナート中で活動していました。
治癒魔法を通じて、王都の貴族たちとの繋がりも親密です。
人々を助ける活動をされていますので、エルナートでは誰もが敬愛する組織です」
「僕は、当時のあらましを調べたことがあるけど。
聖女たちは、『糾弾しに王宮に向かった』と、資料に書いてあったね」
とタイジュ。
「まぁ、似たようなものです。
しかし真実は、もう少し複雑です。
マレネは、もはや、フィレ国の軍事侵攻を止めようとはしませんでした。
ただ、一連の愚王の振るまいに魔族が関わっていないか、調査をする、と言っていたのです。
『調査結果を踏まえて軍事侵攻された方がいいでしょう』と、マレネがフィレ国国王に進言したので、調査を待つことにしたんです。
マレネと、その侍女たち、聖女3人は、王都に向かいました。
王宮の大臣のひとりが、情報をくれることになっていました。
王宮に向かった聖女3人は、フィレ国と繋がりを持つ魔道具を持っていました。
それで、聖女たちが、どんな目に遭わされたか、フィレの国王らは、リアルタイムで知りました」
アロンゾは、ふいに、「言いにくいんです」と、言葉を止めた。
資料綴じを手に取り、頁をめくると、「当時の記事です。エルナートの王宮の文官たちに回覧されたものの写しです」と、シュンたちの前に置いた。
それは、聖女たちの死体から判ったことが羅列されたものだった。
愚王は、聖女たちの死体を、恥ずかしげも無く、さらし者にした。
彼女たちは、手足を切り落とされていた。
死体の状況から、聖女たちは、四肢を切り落とされたのち、乱暴されていた。
複数の、ひとりふたりではない、男たちに、強姦されながら死んだことが、魔導師や医師たちの見立てで判った、とある。
幸い、写真はなかった。
「愚王は処刑されましたが、きっかけとなったのが、この聖女惨殺事件です。
これで、さすがに、エルナートの貴族や、騎士たちは、目を覚ましたらしいです。
それまでも、愚王がやった残虐行為は、数限りなくありました。
彼が王位に就いていたのは、たった6年間でしたが、国を地獄に落とすには十分でした。
王位に就いた最初の年に、裁判もなしに処刑された者は、100人でした。
明くる年には、200人に増えました。
年々、増えていきました。
愚王は、禁忌の薬の中毒で、狂っていた、と言われています」
「麻薬中毒だったの?」
「ハルカたちの国では、『麻薬』と呼ぶんでしたね。
悪魔を作る薬みたいなものです。
彼は、しまいには、人間ではなくなっていたようです。
愚王は、自分に呪いをかけていました。
愚王を滅ぼした者に、呪いがかかるようにしてあったんです。
暗殺されないように。それで、手が出せなかった。
しかしながら、ようやく、貴族や騎士たちが、重い腰を上げまして。
呪われても、なんでもいいから、愚王を斃そうというわけで。
呪われた愚王を処刑したために、現国王は、病に伏しています。
もっと早く斃すべきでした」
しばらくは言葉もなかったが、タイジュが口を開いた。
「ただの狂人とは思えないけどな。
計画的に、エルナートを、滅ぼそうとしていたように見える。
おそらく、王は、有能な人間から殺していたんじゃないのかな。
だから、よけいに逆らえなくなっていた」
「ええ、その通りですね」とアロンゾ。
「それから、エルナートと、獣人国フィレとの関係を、打ち壊した。
おかげで、もう、魔王討伐に際して、フィレ国には頼れない。
おまけに、聖女たちも弾圧し、トップを惨殺した。
聖女たちは、エルナートには、もう、居ないんだよね?」
「王都や近辺で活動していた聖女らは、みな、フィレに逃げました」
「勇者も迫害した。
強くなりすぎないようにした。
この有様で、魔王が出て来たら、エルナートは終わりだよ」
「でも、もう、すでに、フィレとエルナートの関係は、最低最悪だろ?
さらにエリザまで捕まえたのは、なんでだろう」
とシュン。
「シュン。まだ、最低最悪ではありませんよ。
あと、残っているのは、フィレ国のエルナートへの軍事侵攻です」
「あ・・」
「エリザひとりのために軍事侵攻はありえませんが、きっかけのひとつにはなります。
連中は、他にも計画を建てていることでしょう。
フィレ国の忍耐を崩す積み木を積み重ねるようなものです。
すでに、フィレ国は、子供たちが惨殺されたときに、軍事侵攻する予定だったんです。
一旦、止めたのは、聖女たちのためです。
マレネたちは、もしかしたら、愚王に惨殺されるのが判っていながら、怒れるフィレ国を鎮めるために、自分らを生け贄にしたのかもしれません。
とにかく、それで、今は、フィレ国からエルナートへの軍事侵攻は、延期されているんです」
「延期ですか?」とタイジュ。
「延期ですね。
愚王が滅ぼされたあと、エルナートは、いちおう、子供たちの件で、詫びを入れてきました。
フィレ国国王は、許して欲しければ、エルナートの王族の首を100人分寄こせと答えたんですが。
エルナートは、代わりに愚王の首を寄こそうとしました。
フィレ国は、そんな穢らわしいものは要らない、肥壺にでも捨てろ、と返答しました。
エルナートは、肥壺に捨てずに、塚を作りました」
「お墓に入れたということ? その首」
とハルカ。
「王家の墓ではありませんが、王家の墓の、となりの空き地に、塚を作って納めてます。
愚王の首が、あまりに禍々しいので、隔離しようとした、と記録されています」
「けっこう、立派な塚を作ったらしいね。
聖魔法で、灰にした方が良かったんじゃないかねぇ」
とタイジュ。
「私も、個人的には、そう思いました。
そのうえで、肥壺に入れれば良かったんです。
でも、どういう風な経緯か詳細はうやむやですが、塚に封じ込めたんです」
「エリザを捕まえた奴らの最終目的が、フィレ国の軍事侵攻だとしたら、裏工作が、どれほど上手くいったとしても、連中は、エリザを酷い目に遭わせようとするかもしれない」
とシュン。
「王宮に居る間は、それは難しいと思います。
王宮内の見張りの中には、フィレ国とは関係なしに、まともな文官や警護の者が、多数含まれていますから」
「では、彼らが、もしもエリザを狙うとしたら、王宮から連れ出したタイミングの可能性があるね」
とタイジュ。
「ありますね・・」
アロンゾが憂鬱に同意した。
「王宮の出入り口の見張りは、どうなってるの?」
とハルカ。
「十分とは言い難いですが、出入りの門には残らず貼り付いています」
「十分と言い難いのなら、俺たちも、見張りに加わった方がいいんじゃないか」
とシュン。
「そうだね。
連れ出されるのを阻止するんだったら、それこそ、荒事専門の、僕らの出番じゃないのかな」
とタイジュ。
「拉致されるとしたら、夜の可能性もあるわね。
今夜からでも、見張りに・・」
とハルカが言いかけて、言葉を止めた。
――宿の廊下、聞き覚えのある足音、それに、馴染みのある魔力波動。
「セシーね」ハルカが呟く。
「私は、消えましょう」とアロンゾ。
「私の部屋は隣よ。転移で移って」
ハルカが、部屋のある方の壁を指さす。
「了解」
アロンゾが姿を消すのと、ドアがノックされるのと同時だった。
シュンがドアを開けると、セシーが立っていた。
「遅くなりました」
とセシー。
「お疲れ様」とタイジュ。
「ハルカもここに居たのね」
「ええ」
「父たちは、動いてくれていたわ。
エリザは、大丈夫だと思うわよ。
多少、不審な点はあったみたいだけど」
「そうなの?」
「商家に養女に来ていた子だったのだけど、父親が、以前に、工作員の疑いで、取り調べられたことがあったのよ。
でも、彼女の紹介状は問題ないし、侍女の仕事は、ちゃんとやっていたみたい。
なにも心配いらないわよ、ハルカ」
「ありがとう。
私は、もう、休むわ」
ハルカは、ベッドから立ち上がると、部屋を出た。
「セシーは、王宮に泊まるんだよね」
「ああ、いえ。この宿に部屋を取ったわ。
なにごともなく済みそうで良かったわね」
「でも、本当に、何事もなく済みそうなのかな」
とシュン。
「どうして?」
「今、聞いた限りだと、エリザは、父親が、以前に取り調べを受けたことがあっただけで、その他には、なにも問題はなかったんだろ」
「そうよ」
「それなのに、なぜ、捕まったんだよ」
「捕まったんじゃないのよ、シュン。
調べられただけよ」
「でも、ハルカは、エリザが捕らえられたと聞いて、心配して、ここまで来たんだよ」
「親しくしていた侍女のことだから、よけいに心配したんじゃない?」
「エリザは、でも、監禁されて・・」
「取り調べを受けただけだから、監禁はされていないわよ、シュン」
「そうなの?」
「そのはずよ」
シュンは、反論しようとして、言葉を止めた。
――アロンゾの情報では、エリザは、地下室に監禁されている。
でも、セシーは知らないんだ・・。
「フィレ国とのハーフの人間を、ただの疑いで取り調べするのは、どうなのかな」
シュンは、言葉を選びながら言う。
「疑いがあるから、取り調べをして、それで問題がないとはっきりした、ということよ」
「判ったよ」
「判ってもらえて、良かったわ」
セシーは、ようやく、ほっとしたように微笑んだ。
◇◇◇
セシーが部屋を出て行ってから、ハルカとアロンゾが、再び、シュンたちの部屋を訪れた。
アロンゾが、防音の結界を張りなおす。
シュンは、はぁ、とため息を吐き、
「なんか、温度差があるよな」
と、独り言のように呟いた。
「ああ、なに、判りきったことじゃないか」
とタイジュ。
「どう判りきったことなんだよ」
「根本的なところから、違ってるんだよ」
「どういうこと?」
「セシーは、侍女ひとりのことなんか、もとから大したことじゃないと思ってる。
だから、エリザが、実際に、どこで、どうしているのか、ぜんぜん確かめなかった。
でも、たとえば、もしも、ハルカだったら、いの一番に、エリザの無事を確かめるだろ。
しょうがないよ。
貴族と平民の違いさ」
タイジュは、淡々と、息子に言って聞かせた。
シュンは、「はぁ」と、再度、ため息をついた。
――アロンゾが、セシーのことを、「エルナート側の人間」と言ってたけど、こういう意味か・・。俺、認識が甘かった。
「ねぇ、見張り、どうする?」
ハルカの言葉が、シュンを、現実に引き戻した。
「そうですね。
エリザが注目を集めている今の時点で連れ出されることはないだろうと思いますが。
油断は捨てたほうが良いかも知れません」
とアロンゾ。
「今回の件は、アロンゾは、上からの指示で動いてるんだよね?
それとも、アロンゾは、自分の考えで決定していいのかい?」
とタイジュ。
「シュンたちの活動に関しては、ある程度、私に裁量権が与えられましたので・・」
アロンゾは、しばし思考し、「見張りの手伝いをお願いします」と、3人に告げた。




