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26)捕らえられた間者



 アロンゾ、タイジュ、ハルカの3人は、さらに森の奥に進み、木立の中の岩場に腰を下ろした。


「許可は、『異世界の勇者なら良い』でした」

 とアロンゾ。


「僕は、ダメなんだね」


「いえ、タイジュなら、かまいません。

 なにしろ、異世界の勇者の保護者ですから」


「それは良かった。

 では、シュンを呼ぶよ」


 タイジュが、目を伏せて押し黙った。

 魔力の流れを感じる。


「間もなく来るよ」とタイジュ。


 転移魔法を使い、シュンは、すぐに姿を現した。


「なんか用?」

 と、シュンは辺りを見回し、ハルカとタイジュ、アロンゾが居るのを確認すると、

「ふうん? どうしたの?」と言いながら、タイジュの隣の岩に腰を下ろした。


「かいつまんで言うと、ハルカがアロンゾの正体に気付いて、脅しをかけ、ようやく、アロンゾの秘密の暴露にこぎ着けたところだよ」

 とタイジュ。


「えー、さすがハルカ」


「タイジュ、かいつまみ過ぎじゃないの」

 とハルカ。


「まぁ、大筋は、あってるよね」


「セシーは、呼ばなくていいの?」

 とシュン。


「勇者だけしか、許可が下りなかったんです」


「許可? なに、許可って。それで、アロンゾの秘密って?」


「私は、獣人国フィレの、間諜なんです」


 シュンとハルカは、アロンゾの顔を見詰めた。

 タイジュは、驚いた様子はなかった。むしろ、楽しそうに微笑んでいる。


「どういう任務だったの?」

 とハルカ。


「勇者の能力、性質、人格などを、調査し、報告すること」


「なるほどね」とタイジュ。


「どうして獣人国が?」

 とシュン。


「それは、長い物語になりますが・・順を追って話します。

 異世界から招喚された勇者が、魔王を斃したあと、晩年、どうなったか、知っていますか?」


「勇者の晩年?」とシュン。


「エルナートの公的な資料には、載せられない結末だろうね。

 調べても、はっきりと判らなかったから。

 2000年前の勇者は、僻地の領地の令嬢と結婚したあと、領主殺害事件に巻き込まれた、とはあったね。

 でも、勇者がどういう風に巻き込まれたのかは、ぼやかされてて判らなかったなぁ」

 とタイジュ。


「そうなの? タイジュ、調べたの?」とシュン。


「親としては、気になる情報だからね」


「私は、師匠に教えてもらったわ。3人とも、獣人国フィレで余生を過ごしたって」


「そうです。

 ここ2000年の間に招喚された異世界の勇者は、3人とも、魔王を斃したあと、獣人国に移り住んで、余生を過ごしました。

 なぜ、エルナートに居られなかったのかというと、暗殺されそうになったからです」


「3人とも・・?」とシュン。


「フィレ国の記録では、3人とも、となっています。

 勇者たちの証言を記録した資料です」


「なぜ、暗殺を?」とシュン。


「魔王を斃せるほど強い勇者ですから。

 魔王が居なくなってしまえば、ただの危険物です。

 エルナートの記録や伝説では、不自然なくらい、『魔王討伐後』の勇者の記録が消えてます。

 あるいは、人間側にとって、不都合な部分は改竄されている。

 勇者が、傲慢な振る舞いをしたので、消されそうになったとか、理由づけされてるのです。

 しかし、なんの関係もない国から連れてこられて、人間たちのために、命をかけて魔王を斃した勇者たちですよ。

 殺さねばならないほど人格に問題があるはずないでしょう」


 アロンゾは、説明を続けた。

「人間の国は、あまりに強すぎる勇者が居ることで、疑心暗鬼になったんです。

 勇者が、嫁をもらい、その領地に行けば、領主は勇者を利用して国を乗っ取るんじゃないかとか。

 絶えず、そういう疑いや、嫉みが生じたわけです。

 2000年前に現れた勇者のときも、そうでした。

 彼の勇者は、狩人だったそうです。

 身体能力はすさまじく、魔王の首を素手で引き千切ったとか。

 それで、フィレ国の、当時、熊族出身だった国王と気が合いました。

 勇者は、魔王討伐後、それまで親しくしていた人間たちに暗殺されそうになり、悲嘆にくれていました。

 それで、国王は、勇者を、獣人の国に来るよう、誘ったんです。

 それ以来、異世界の勇者は、魔王を斃したあとはフィレ国に住む、というパターンが続いています。

 3人とも、揃いも揃って、人間たちに暗殺されそうになり、獣人国に逃げ込んでいるんです」


「はぁ・・」

 シュンが、思わず息をついた。


「フィレ国が、勇者の質を知りたがった理由は、また晩年、フィレ国に逃げ込むと思ったからなの?」

 とハルカ。


「ハルカ。強大な力を持つ勇者は、フィレ国にとっても、脅威なんですよ。

 気になるのは、当然でしょう」


「私は、フィレ国を攻撃したりしないわ」


「それを確かめたかったわけです」


「俺らも、しないよ」とシュン。


「ええ、そうでしょうね」


「でも、今の話を聞くと、魔王を斃したあと、フィレ国に移住させてもらった方が良いのかもしれないね」

 とタイジュ。


「歓迎しますよ」とアロンゾ。


「安全地帯があって良かったわ」とハルカ。


 ハルカの言葉に、アロンゾが微笑む。


「でも、アロンゾって、獣人・・なの?」

 と、ハルカは言いながら、アロンゾの髪を掴んで、のぞき込んだ。


「なんでしょう?」

 アロンゾは不思議そうな顔をしながらも、されるがままにしている。


「もふもふの毛が生えた耳とか、どこかに隠してるのかと思って・・」


「ああ、それでアロンゾは、くしゃくしゃの髪をしてるの?」

 とシュン。


「してません、ありません」


「尻尾も?」

 アロンゾの髪を検分し終わったハルカの視線が、アロンゾの腰辺りに移動する。


「えーと、ハルカ。あの、私は、ハーフでして。

 黒狼族の副官レイと、聖女ゾーイが、私の両親です。

 ハーフは、色んなパターンがあるんですが、私は、容姿としては、人間型です」


「そういえば、獣人は、魔法が不得手だって聞いてたけど、アロンゾは、魔導師だね」

 とシュン。


「たしかに、聖魔法は苦手ですね。

 魔法については、私は、ハーフだという関係もあります。

 でも、人間が思っているほど、獣人は、魔法が苦手でもないんですよ」


 アロンゾは、一旦、話を切り、改めて口調を変えて、言葉を続けた。


「ところで、セシーには、私が、間諜であることは、話せません。

 彼女は、エルナート側の人間ですから」


「仲間に、秘密が出来た、ってことだね・・」

 シュンが物憂げに言う。


「気に入りませんか?」


「まぁ、仕方ないけど・・」


「話題にしなければ良いだけだと思うよ。

 アロンゾのプライベートな情報なんだし。

 ダンジョン攻略には、関係ないだろう」

 とタイジュ。


「うん。そうだね、そうするよ」


「有り難うございます」


「僕らのところに使い魔を送っていたのは、アロンゾたちなのかい?」

 とタイジュ。


「訓練の様子を見るために、よく送りましたよ」


「居室の方を見張っていたのも?」


「いえ。それはしていませんね」


「じゃぁ、複数のところから、使い魔が来てたんだ・・」とシュン。


「魔法の訓練の場にも、見知らぬ使い魔が来てました。

 居室の方を見張っていたのは、王宮側が、勇者の逃亡を警戒してのことかもしれません」

 アロンゾが、少々考え込む様子をみせた。


「他にも居るかもしれないね」とタイジュ。


「そういえば、私の訓練も、使い魔が見学に来てたらしいわ」

 とハルカ。


「そのうちのいくらかは、私が送ったものです」


「それで、アロンゾの任務は完了したのかい?」

 とタイジュ。


「異世界の勇者関連は、おかげさまで終わりました。

 ・・それで、私は、別件の間諜の仕事で、王都に行きます」


「なにか事件でもあったの?

 俺、出来ることがあったら、手伝おうか」

 とシュン。


「そうですねぇ・・」


 アロンゾは、しばし考え込んだ。

 念話で、どこかと連絡を取っているようにも見えた。

 実際、そうなのかもしれない、と3人は思った。


 ――てっきり、即答で断ると思ったのだが、思考しているということは、よほど困った事態なのか・・。

 タイジュは意外に思った。


「私も手伝うわよ」とハルカ。

 ハルカも、タイジュと同様に考えたらしい。


「僕は、顔を知られてないから、役に立てるんじゃないかな」

 とタイジュ。


「助かります。

 実は、ハルカのことを見張っていた同僚が、捕まったらしく」


「私のことを? 誰?」


「侍女のエリザ」


「エリザが捕まったの?」


「ええ、まぁ。

 間諜ですから、本来なら、ミスをして捕まったのなら、それは各自の責任です。

 ですが、どうやら、エリザは、ただ単に、祖母が獣人だったことが判明しただけで、捕らえられたらしいので」


「もうちょっと、詳細を説明してくれる?

 獣人は、エルナートに居てはいけないの?」

 とハルカ。


「いえ。いけないことはありません。

 数が少ないので目立ちませんが。

 特に、純血の獣人は、エルナートにはほとんど居ませんね。

 不愉快な思いをすることが多いので。

 ハーフやクォーターは、それなりに居ますよ」


「では、なぜ?」


「それは調査中です。まぁ、おおよその推測は出来ていますが。

 エルナートとフィレの関係を、よけいにこじらせたい連中が居るんですよ」


「エリザが心配だわ」


「今のところ、エリザは大丈夫です。

 まだ『疑い』の段階ですから。

 エリザは、大したことはしていないですし、何ら不利になる証拠はありませんので。

 この場合、セシーが手を回すのを手伝ってくれると助かるんですが、まぁ、なんとか、他のツテを当たります」


「アロンゾの秘密を隠したまま、セシーに相談するわ」

 とハルカ。


「そう出来ますか?」

 アロンゾは、首をかしげた。


「どちらにしろ、王都に行くのだから、セシーには、話せる範囲で事情を伝えなきゃいけないでしょ。

 エリザが捕まったことを、私が王都のギルド職員から聞いたことにするわ。

 ギルド経由で伝言が来たことにして・・。

 それで、エリザを助けに行く、と話せばいいわ」


「セシーを騙すの?」

 シュンが、眉をしかめた。


「シュン、エリザは、友達なの。

 私が王宮に居る間、ずっと、親しくしてたの。

 助けたいの。

 それに、アロンゾは、間諜なのだから、きれい事は言っていられないでしょう。

 アロンゾのことは、私が無理矢理、聞き出したの。

 だから、嘘つきの罪は、私が背負うわ」


「そっか・・。

 う・・ん、判ったよ」


「それから、実は、少々、言いにくいのですけどね。

 もしも、荒事が起こる場合に、3人に手を貸して頂きたいのです」

 とアロンゾ。


「荒事ですか?」とタイジュ。


「そうです。

 裏工作がうまく行き、穏便に済めば良し。

 しかし、もしも、うまく行かず、エリザを強硬手段で保護することになった場合です。

 その場合、フィレ国が手を出したと思われたくないのです。

 これ以上、関係が悪化すると、エルナートで暮らす獣人関係者も居辛くなりますから。

 ですから、そのときは、3人に動いていただきたい」


「つまり、僕らに泥を被ってほしい、ということだね」

 とタイジュ。


「有り体に言えば、そういうことです」


「了解」とハルカ。


「いいよ」とシュン。


「でも、勇者たちがやった、と宣伝する必要はないのですよ。

 『正体不明の連中』が犯人となればいいんです。

 その間、フィレの間諜と疑われそうな者は、アリバイを作ります」


「判った。

 でも、フィレ国が関わるのなら、そういう荒事を専門に依頼している民間組織くらい、あるんじゃないのかい?」

 とタイジュ。


「ええ、いくつか、あります。

 ところが、なぜか、しばらく前から、我々と付き合いのある『なんでも屋』に、怪しげな張り込みがついてまして。

 信用できて腕のたつところに、仕事を頼みにくい状況でした。

 誰でもいいというわけではないのでね。

 チンピラは、それでなくても使いにくいんです。

 急を要するというのに、手を打てなかったのです。

 タイジュたちは、裏稼業には慣れてないでしょうが、信頼性と戦闘能力では理想的です」


「そういうわけなら、正体不明の正義の味方になって、せいぜい、活躍するよ」

 とタイジュ。


「ま、なんとかなるんじゃね?

 このメンツなら」

 とシュン。


「エリザに手を出した奴らは、ゴブリンのエサでいいかしら。

 アロンゾは、安心して完璧なアリバイを作っててよ」

 とハルカ。


「ハルカ、エリザに手を出される前に、なんとかする予定ですので・・」


「判ってるわ。たとえばの話よ」

 ハルカは、珍しく、不安そうな様子をしていた。


◇◇◇


 それから、4人は、詳細な打ち合わせをした。


 アロンゾは、先に王都に戻るが、彼は、王宮には入らず、王都内で工作を進める予定になっている。

 基本的に、タイジュたちとは、別行動となる。


 ハルカは、セシーには、ギルド経由で「友人のエリザが捕まった」と知って王都に戻る、と相談する。その際、タイジュとシュンも同行することを伝える。


 その上で、協力してもらえるか否かは、セシーに任せれば良い、ということに決めた。


◇◇◇


 打ち合わせが長引いたおかげで、宿に戻った頃には、すでに陽が傾いていた。

 宿屋に近づくと、夕食を作る匂いと音がした。


 掃除の行き届いた古い宿の階段を上り、ハルカは、セシーの部屋の前に立ち、ドアを叩いた。隣には、タイジュとシュンも居た。


「あら、ハルカ。

 どうしたの?」とセシー。


「私、用事があって、王都に戻ることになったの」


「アロンゾと?」


「アロンゾとは別よ。

 部屋に入っても良い?」


「ええ」

 セシーは、タイジュとシュンをちらと見てから、部屋に入れてくれた。


「タイジュとシュンは、椅子を使って。

 ハルカは、ベッドに」


「ありがと」


「それで? 王都に行く理由を聞いてもいい?」


「ギルドで、知り合いのギルド職員からの伝言をもらったの。

 私の友達が捕まったの。

 それで、王都に行くわ」


「友達が捕まったって・・どういうこと?」


「私が、王宮に居たときに親しくしていた侍女のエリザ。

 彼女、獣人とのクォーターだったの。

 それで、捕まったの」


「獣人とクォーターだっただけで、捕まることはないわよ」


「でも、捕まったのよ」


「その子、スパイだった、ということはない?」


「ないわ」


「セシー。それで、俺らも、手伝いに行くことにしたんだ」

 とシュン。


 タイジュとシュンは、ハルカの説明の下手さに、不安になっていた。

 余計なことを言わない点は良いと思うが、これでは、セシーは、理解できないだろう。


「シュンも、王都に行くの?」

 セシーがいぶかしげに尋ねる。


「うん。ハルカを手伝う予定」


「でも、王都に行くのは、危ないでしょう。

 シュンは、探されてるのよ」


「変装しようと思う。髪の色を変えたりして」


「でも、ハルカの説明では、はっきり判らないけど、取り調べを受けるなりの理由があるのかもよ」


「とにかく、ここに居たんじゃ、なにも出来ないから行くよ」


「タイジュ・・も?」

 自信無げに、セシーが視線を向ける。


「もちろん」


「あの、タイジュ。

 今の話では、エリザという侍女が捕まった理由が、判らないわよね」


「ああ。捕まった理由が判らないから、助けなきゃいけないんだ。

 もっともらしい理由があるのなら、納得もできるけれど。

 理由が無いのだからね」


「・・なるほど・・。

 そういうわけでしたら、私も行きます。

 理由くらいなら、兄は文官ですから、判ると思います」


「そうかい。助かるよ」

 タイジュは微笑んで応えた。



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