25)アロンゾの秘密
殺人蜂の巣を手に入れ、懐が温かくなった5人は、武具の手入れをしたり、消耗品の買い出しもかねて、しばしの休息をとった。
手入れの済んだ得物を受け取った帰り、アロンゾとハルカは、町の通りを歩いていた。
天気は気持ち良く晴れていた。
平日、昼の通りは、買い物客と、昼食の店に入る客で、賑わっていた。
「ハルカ。
王宮に居た露出狂のことを教えて貰えませんか」
とアロンゾ。
アロンゾは、以前から気になって、何度か尋ねていたのだが、いつもはぐらかされていた。
「あのね、王宮の廊下を変なひとが歩き回ってたわけじゃないから、気にしないで」
「じゃぁ、どこで見かけたんです?」
たたみかけるように尋ねられ、ハルカは、観念して話すことにした。
「教えてあげたら、誰にも言わない?」
「・・憲兵に突き出した方がよくないですか?」
「それはちょっと難しいかな。
私の方が捕まるかも・・」
「は・・?」
「あのね、私、教育係に、ミケーレっていう使えない文官が付いててね。
役立たずで、質問しても満足に答えてくれないし。私のこと馬鹿にするし。
でね、そいつに、口紅をプレゼントしてあげたら・・」
「そいつは、男じゃないんですか?」
「女っぽい顔してたけど、男だったわ。
ピンク色の綺麗な口紅よ。
そうしたら、明くる日、ミケーレの唇が、ほんのりピンク色でね」
「・・え・・」
「だから、バラ色のブラウスをプレゼントしてあげたの」
「・・ハルカ・・」
「でもね、ただあげるんじゃ、面白くないでしょ。
んなわけで、ボタンに細工したの。
奴の姿が鏡に映った映像を、私が見られるように」
アロンゾは思わず、額に手を当てた。
「それでね、アロンゾ、聞いてる?」
「・・聞いています」
「そしたら、傑作映像が毎日のように送られてくるようになってね。
今度見せてあげる」
「・・つまり、それが、露出狂だった、と?」
「そうなの。
なぜか知らないけど、毎回、必ず、下半身剥き出しだったものだから」
「・・なんてものを・・」
「あの映像は、売れるわ」
「ハルカ・・」
「ホントよ」
「辞めてください。
その映像を、取っておいてるんですか」
「傑作なんだもの」
「今度、私が消去してあげます」
「一目見たら、ぜったい、アロンゾも、消すのが惜しくなるわ」
「なりません」
ふたりが喋りながら歩いていると、ボロの服を着た子供が走ってきて、ハルカにぶつかった。
「もたもたしてるなよっ」
子供が去り際に憎まれ口を叩く。
「ハルカ・・」
アロンゾが何かを言いかけた。
「スリね。
あの子が取ってった財布は空よ。中身入りは、袋の中だから」
「財布をくれてやったのですか」
「あの子も、長く生きられるとは、限らないんでしょ」
「どんな悪党になるかも判りませんけどね」
「触ると指が折れるコインでも入れておこうかと思ったんだけど。さらわれて、無理矢理、働かされてる子も居る、って聞いて、止めたの」
「ハルカは、そういう話は、誰から聞くんですか?」
「クレオ師匠の隊のひとたちか、仲良くなったギルドの職員が多いわね」
「ハルカは、教育係の騎士たちとは、良い関係だったみたいですね」
「ええ。
シュンは、違ったみたいね」
「そうです。入り込んでいた魔族が、彼らに暗示をかけていたようです」
「どんな暗示?」
「『嫉み』を植え付けられていました」
「魔族は、瘴気のない人間の国では、弱体化すると聞いてるけど?」
「弱体化しても強かったようですから、かなり高レベルの奴だったと思われます」
「高レベルの魔族なら、王都の、しかも、王宮勤めの騎士団に入り込めるのね」
「ハーフだったのでしょう。
死んだ魔族の身体は、霧消し、詳細は不明です。
騎士が魔族だったことを、王宮の連中は認めたくなくて、馬鹿な誤魔化しをしたんですよ。
調べが、不十分なんです。
手引きした者は、ある程度の地位だったはずです」
「私の情報をクレオ師匠たちが隠してなかったら、私も同じ魔族に狙われたかもね」
「クレオ尉官の隊が、イドリス領で龍とやりあったとき、ハルカは手助けに行きましたね」
「あ、バレた?」
「バレバレですよ。
ギルドの窓から森の方へ向けて飛び出したところを、街のひとが目撃してますから」
「えへへ。秘密ね」
「了解」
アロンゾは微笑んで応えた。
「そういえば、イドリス領って、いつもあんなに、魔族が入り込んでいるの?」
ハルカの言葉に、アロンゾは振り返った。
「『あんなに』とは? どれだけ入り込んでいたんですか?」
「そうね・・。龍を探すときに魔力をサーチしたら、奴らが居たのよね。
魔物でも、人間でもない、嫌らしい魔力の連中。あれが魔族よね。
ざっと、30人ほどかしら」
「そんなに?」
アロンゾは、呆然という顔をしている。
「ふだんは居ないのね?」
ハルカも真面目な顔になった。
「王国から派遣された隊が常時警備していますし。
魔族どもは、瘴気のない地域には、好んでいきませんから。
入り込んでいるとしても、せいぜい、間諜が様子を見に来ているだけです」
「間諜のために30人は多いわね・・」
「クレオ尉官の騎士団は、索敵も優秀なはずです。サーチもされていたでしょう。
気付かなかったのは、妙ですね」
「私が駆けつけたとき、クレオ師匠の隊は、交代で森の警備に入ったばかりだったの。
森の警備は、ローテーションでしょ。
野営しながら警備をしたあと、数日はイドリスの街で休む、という繰り返しでね。
龍が出た辺りは、クレオ師匠の隊と、もう一個隊が任務にあたってて。
龍が出た朝に、クレオ尉官たちは、休みを終えて現場に戻ったの。
だから、交代する前の隊が、見落としてたんだと思うわ。
つまり、魔族たちが入り込んだとしたら、数日のうちね」
「なるほど。
クレオ隊の前に警備していた隊に問題があったのか」
「前任の隊は壊滅したって聞いてるわ」
「調べておきましょう。
森の魔族たちがどこへ散ったかが気になる」
「死んだと思うわ」
「死んだ、ですか? 30人も居た魔族が?」
「龍を斃すときに、思い切り全力で聖魔法の爆発系を使ったんだけど、一瞬、森中が金色になって、龍の胸に大穴が空いて、斃れたの。
そのあと、森中の魔物と魔族の反応が消えてたから」
「えーと、ハルカ・・。龍に聖魔法を?」
「ちょっと禍々しい感じの龍だったから、聖魔法、効くかなって、試したの。
爆発したのは意外だったけど、ドゥルガーに無理矢理、纏わせたから、その影響かしら。
よく判らないの。使いこなせれば、けっこうな大魔法よね。
でも、あんな風になったの初めてだし。
なにか、条件があったんだと思うわ。
もしかしたら、龍の方に、爆発した原因があったのかしら。
検証してみたいけど、アレやると、目立つから、どこかで、またチャンスがあったらね」
「・・判りました」
◇◇◇◇◇
明くる日。
そろそろ、打ち合わせをして、ダンジョンに行こうか、と各々、考え始めたころ。
午前中は、5人は別行動だった。
シュンとタイジュは、消耗品買い出し担当だった。
セシーは、自室で、武具の手入れをしていた。
アロンゾは、朝から出かけていた。
ハルカも、宿を留守にしているようだった。
こういう日は、宿の食堂に、昼食に集まるようになっている。
昼頃。
セシーと、タイジュ、シュンが先にテーブルに着いていると、アロンゾが、なにか、考え込む様子で食堂に入って来た。
その後、ハルカも到着した。
アロンゾは、料理の注文よりも先に、口を開いた。
「すみませんが、知人と偶然、会いまして、用事が出来ましたので、数日、王都に戻ります」
「そうですか。気を付けて」とタイジュ。
「いってらっしゃい」とシュン。
「お気をつけて」とセシー。
席についたばかりのハルカは、応えず、アロンゾを怪訝な目で見ている。
「ハルカ、どうかしましたか?」
アロンゾがハルカに視線を移した。
「いいえ。なんでもないわ」
「じゃぁ、食事にしようよ」とシュン。
料理が運ばれ、食事を始めたが、いつもより静かだ。
「ハルカ、食欲が無いのかい?」
とタイジュ。
ハルカは、なにかを考え込んでいる様子だったが、
「え? ええ、そう」
と、上の空で答えた。
「食事したら、すぐに出るの?」
シュンがアロンゾに問う。
「準備を終えしだい出ます」
「俺らは、どうしようか? 予定どおりダンジョンでいい?」
「そうだね」とタイジュ。
「ごめんなさい、私、ちょっと、用事が出来たわ」
とハルカ。
「今日は3人で行きましょう」とセシー。
「うん、いいよ」
タイジュとシュン、セシーは、また後で打ち合わせをすることにして、解散した。
◇◇◇
それぞれ、部屋に引き上げてから、しばらく後。
シュンが、セシーの部屋のドアを叩いた。
シュンは、ドアを開けてくれたセシーに、
「セシー、今日は、日が悪いから、ダンジョンは辞めないかって、タイジュが言ってるんだ」
と告げた。
「そうね。
みんなの様子が、いつもと違ってましたから。その方が良いかもしれません。
・・良かったら、中へどうぞ」
シュンは、一寸、迷ってから、セシーの部屋に入った。
宿の部屋は、どこも同じ造りだが、シュンとタイジュの部屋より片付いていた。
シュンは、セシーに奨められるままに、机の前の椅子に腰を下ろした。
セシーは、ベッドに座った。
薄いカーテンを透かして窓から差し込む陽に、セシーの金色の髪がさらさらと輝いている。人形のように整った顔、白い頬、深緑の色の瞳。華奢な顔立ちだけ見ると騎士という感じはしない。
――彼女、綺麗なんだな。
今さらながら思った。
王宮に居た頃と同じ姿をしているはずなのに、シュンは、今までは、セシーが綺麗だと思ったことが一度もなかった。
ただ、目つきがきつく、『感じの悪い女』という印象が強かった。
シュンは、机の上の羊皮紙を見て、
「手紙を書いていたの? 邪魔したね」と言った。
「いいえ。
実は、ここに居ることを、家に報せてないんです」
「マズイんじゃない?」
「報せてしまうと、戻れと言われるかもしれませんでしょう」
「でも、心配してるだろ?」
「王宮を出るときに、たまたま、兄上と廊下で会いましたので、友人の家に行くから、心配は要らない、と伝えてあるんです。
急いでいましたし、一応、蟄居中でしたので、咄嗟に、言い訳したんです」
「あれから、2週間以上になるよ。
さすがに日が経ち過ぎてるよ」
「いえ、それは大丈夫です。
私が訪問する友人と言ったら、従姉妹で、バドラに住むマリオンです。
あの前日にも、たまたま、マリオンに会いたいと私は話していたので、兄たちは、勝手に勘違いしてくれると思います。
バドラに行くには、王都からは山を迂回するので、馬車で往復で1週間はかかるのですから。
そう簡単に判りませんわ」
「そっか」
シュンは、タイジュもアロンゾも、ハルカも、転移魔法を気軽に使うので忘れがちだが、普通は、転移魔法のできる魔導師は多くは居ない。
ギルドや王宮には転移魔法の設備もあるが、使用には制限がある。
王族や、高官、高位貴族レベルならいざ知らず、貴族の子弟と言えども移動は馬車が主だった。
「まぁ、一度王宮に戻って、また、誤魔化してきても良いのです。
それより、ハルカは、何か考え込んでいる様子でしたね」
と、セシー。
「うん」
「どうしたんでしょうね。
アロンゾの用事と関係あるのかしら」
「どうだろう?
アロンゾとは、別件で、なにかあったのかもしれないし・・」
「タイジュは、なにか、言ってませんでしたか?」
「なにも。
でも、タイジュも、気にしてる様子だった。
なにか判ったら、教えてくれると思うよ」
「じゃぁ、それを待つようにします」
「そうだね。
俺、部屋に戻るよ」
シュンが立ち上がりかけると、セシーが、
「シュン、少し待って。話があるんです」
と止めた。
シュンは再び椅子に座り直した。
「なに?」
「シュンと二人きりになる機会がなくて、言えなかったんです。
私は、とうてい、許して貰えないようなことをしました」
「それは、もう、過ぎたことだから・・」
「いいえ、もう、取り返しがつきません。
でも、私のことを、伝えたいと思っていたんです。
シュンとセオドア、いつも、ふたりで、剣を交えていましたよね、あの数ヶ月の間。
私は、それを、遠くから眺めるしかなかった。
ふたりが剣を打ち合う姿を見ながら、私は、いつも・・その・・。
人には言えないような感情にいつも揺れていて・・。
それが、とても激しくて。
私は、いつも、気持ちが高ぶっていたんです」
セシーは、そこまで話すと、言葉を止め、首を振り、「うまく説明できません」と言った。頬を赤らめている。
話しづらいことを、無理に話しているように見えた。
「うーん・・。
悪いけど、俺も、よく判らない」
「いつも・・。
私も、ふたりの側に交じりたかったんです」
「言えば良かったのに。
いつでも、一緒に、模擬戦でもなんでも、出来ただろ」
「ええ。そうです。
でも、言えなかったんです」
「話って、それだけ?」
「まだ・・伝えたいことが、あります」
セシーは、立ち上がった。
シュンの座っている側までくると、腰を屈め、顔を寄せた。
セシーの唇が、シュンの唇に重なり、さらに、押しつけられた。
シュンは、セシーに抱きしめられた。
身体が火照る。
セシーの身体の柔らかさが心地良い。
シュンは、その心地良さに溺れそうになりながらも、自分を押しとどめ、セシーを無理矢理、離した。
「なんで、こんなことを?」
「あなたが、好きです」
「まさか・・」
思わず苦笑した。
「本当です」
セシーは、ふたたび、シュンの身体に腕を回してきた。
シュンは、胸の内で舌打ちした。
――こんなの、なんか、不自然だよ。
・・でも、ちょっと、拒否るのがもったいなすぎる・・。
と・・。タイジュからの念話が、シュンの頭に飛び込んできた。
『シュン、来い!』
――え・・。今、ちょっと・・。このタイミングでかよ・・。
『早く来い!』
――ひとりで? 今、セシーと一緒に・・。
『ひとりで来い。急いで。適当に言い訳して』
――判ったよ・・。
シュンは、必死の思いで、セシーの身体を引き離した。
「ごめん、タイジュに、急ぎの用事を言いつかってたから」
「え・・」
熱っぽい顔をしたセシーが、シュンの胸元から顔を上げる。
――くそー。セシー、色っぽい顔も出来るんだな・・。
「じゃぁ!」
シュンは、盛大に後ろ髪を引かれながら、セシーの部屋を出た。
◇◇◇
シュンとセシーが、部屋で会う少し前のこと。
ハルカは、宿の部屋から転移魔法で町外れまで飛んでいた。
門衛に身分証を提示し、トゥムサルの町から出る。
隣の領へ繋がる街道をしばらく歩くと、道から外れ、森に踏み込んだ。
街道が見えなくなるまで森の奥へ進み、立ち止まる。
「どうして後を付けてきたの?」
ハルカは振り向いて尋ねた。
アロンゾが木陰からふらりと現れた。
「気になりましたので。
ハルカこそ、なぜ、こんな森の中に?」
「宿に居ると、アロンゾを拷問したくなりそうだから」
「私を拷問ですか・・」
「それで、ここで、考え事をしようと思ったの。
・・正確に言うと、迷っている選択肢を、決めようと思っただけ」
「なにを迷っているんですか?」
「私、今日、朝から、ギルドに用があって出向いてたの。
で、そのあと、街をぶらついてたら、アロンゾが歩いてるのを発見した、というわけ」
ハルカの話に耳を傾けていたアロンゾが、なぜか、切なそうな顔になる。
「ええ・・それで?」
「街の通りで、初めは穏やかな顔をして歩いていたアロンゾが、急に、思い悩む表情になったのを、私は、見てたのよ。
アロンゾが、偶然、会ったという知人を、私は見なかった。
・・それに、ふだんの行いもあるし」
「私は、ふだん、品行方正だと思いましたが?」
「嘘つきね、アロンゾ」
「『知人との再会』、『王都への出張』、これは、嘘ではありません」
「判ったわ。
誤魔化すのなら、それでいいのよ」
ハルカの声が、寂しげになる。
「ハルカ・・」
「これは、外すわ」
首にかけていたアロンゾと揃いの魔道具を外した。
「お別れよ」革紐についていた魔石を、手に取る・・と、ふいにハルカに近づいたアロンゾが、その手を止めた。
「・・どうする積もりなんですか?」
「シュンたちには、なにも言わないわ。
私は、用事があるから、みんなと離れると伝えるだけよ」
「私が戻ってきても、あなたは居ない、ということですね」
「手を離してよ。
怪我させたくないから」
「私から、離れたいんですか」
「仕方ないわ」
「なぜです? 私が、危険人物だとでも、思ったんですか?」
「アロンゾを危険だと思ったことはないわ。
これからもないでしょうよ」
「では、なぜ?」
「今、もし、アロンゾが話してくれなかったら、私は、悲しむことになるわ。
回避したいの」
「ハルカの・・第六感ですか」
「そういうこと」
「待ってください。
・・話しますから。
今、私の上司から、あなたなら話しても良いと許可が出ました」
「念話を使ったの?」
「そうです・・あー、その前に・・」
アロンゾが、ふいに言葉を切ると、後ろを振り返った。
「・・タイジュ」
と、ハルカが呟く。
「僕も、話を聞いても、よろしいですか?」
タイジュが、ふたりからほど近い木陰に立ち、端正な顔に微笑みを浮かべていた。




