24)殺人蜂
2日後。
ダンジョンの入り口を抜け、薄暗い中に踏み込みながら、
「何階層まで行くか、目標は決めないのかい?」
とタイジュが仲間たちに話しかけた。
「32階層くらいにある大型昆虫の魔物がぞろぞろ出てくる辺りで連携をテストしたらどうかと思ってます」
「そうね、あの階の連中、あちこちから飛び掛かってくるから、前衛、後衛を分担してみるのにいいかも」
とハルカ。
昨夜、シュンたちは、一応、パートを決めた。
盾役はシュン、前衛はセシー。
索敵はタイジュ。
後衛はアロンゾとハルカ。
これで決定というわけではなく、様子を見て交代もしてみる積もりだった。
「ハルカもアロンゾも、32階層までは行ってるんですね」
とセシー。
「私は、40階層までです」とアロンゾ。
「私、ここは、45階層だったかな」
とハルカ。
「じゃぁ、連携をテストしたら、45階層まで行こうよ」
とシュン。
「ダンジョンで泊まりになりますね」
「食料とかは?」とセシー。
「現地調達だろ」とシュン。
「イモムシが美味しいわよ」とハルカ。
「「え・・」」と、セシーとシュン。
「本当ですよ」とアロンゾ。
田舎育ちで、ハチの幼虫を栄養食にしていたタイジュは、平気な顔をしていた。
◇◇◇
32階層までは、問題なく来られた。
ハチや蚊、バッタ、セミなど、巨大で凶暴な昆虫型魔獣が蠢くフロアに到着した。
ハチ一匹でも成猫くらいの大きさがある。バッタは中型犬よりも大きい。
生えている樹木も大型だった。
一抱え以上もある木ばかりが生えている。
屋久島に似てるな、とタイジュは辺りの景色を見て思った。
巨木がうっそうと生えているおかげで、視界が悪い。
「すげー、蚊が俺の顔くらいもある」
シュンは、飛んでくる蚊を剣で切り裂いて落とした。
「血を吸われると、ミイラみたいになります」
とアロンゾ。
「どんどん、来ますね」
セシーは固い甲虫に手こずっている。
「セシー、そいつは、炎撃で焼き殺すと早いです」
「私は、炎撃は・・」
「アロンゾ、セシーの得意な魔法属性は、水魔法だよ」
とシュン。
「初級レベルもダメですか」
「・・はい」
「とりあえず、増えてきたから、炎撃使うよ」
シュンは、剣で甲虫どもを払いながら前に立ち、前面の魔物をいっぺんに炎撃で焼き払った。
目の前の連中が居なくなると、彼方に控えていた蛾や巨大なバッタどもが動きだす・・よりも早く、アロンゾとハルカの雷魔法が炸裂。
稲光と黒煙が治まると、シュンたちの周りに居た虫たちは、あらかた片付いていた。
タイジュが、ふと姿を消す。
隠密で姿を隠し、索敵を開始。
ほどなく戻ると、
「真ん中と右の道は行き止まり。宝箱はあったけど、誰かが漁ったあとだったな。
左方向は、奥まで通じてるけど、スズメバチをクマみたいに大きくした奴の巣があった」
みなに報告した。
「ああ、殺人蜂ですか」
「幼虫と卵が高く売れるのよ。
あと、巣の欠片は、常時、ギルドに、依頼が来てるわ」
とハルカ。
「巣をひとつ収穫できれば、4人家族が1年は暮らせます」
とアロンゾ。
「・・収穫するんですか」とセシー。
「しようよ」とシュン。
「では、多数決で」
手を上げなかったのは、セシーひとりだった。
「セシーは、反対なの?」とハルカ。
「迷っているうちに、決着が付いてしまいまして・・」
まさか、一匹の大きさが成人男子以上もある蜂の巣を収穫することになるとは、セシーは思ってもみなかった。
◇◇◇
歩きながら、作戦を立てる。
「危険な奴なので町の近くの森とかなら残らず殲滅ですが、ダンジョン内の場合は、女王蜂と側近の蜂らは逃がしてやった方が楽です」
とアロンゾ。
「そうなの? どうして?」
とシュン。
「女王蜂を追って他の蜂たちも逃げていくので、巣を手に入れやすいんです」
「なるほど。
でも、女王蜂は、大人しく逃げてくれるのかな?」
とタイジュ。
「おびき出すんです。
女王蜂は、自分のほど近くに、夫候補として育ててる幼虫を置いてますので、それを盗んでくれば死に物狂いで追いかけてきます」
「・・それが楽なやり方ですか・・」
とセシー。
アロンゾが平然と語る作戦を、セシーはなんの冗談かと思ったが、他の3人は楽しそうに聞いている。
「ハハ。
夫にすべき相手も自分で産むのか。
究極の自給自足だね」
とタイジュ。
「他の巣の蜂から相手を探せばいいのに・・」
とハルカ。
「殺人蜂は、そんなには居ませんからね」
「それで、巣は空になるの?」
とシュン。
「いくらかは残ります。
残りの幼虫を警護している蜂は退治することになります。
毒を使うと、食材として使えなくなるので、雷撃が基本です」
とアロンゾ。
「水攻めとかは?」とタイジュ。
「蜂蜜が薄くなるので、巣の攻略にはお薦めできません」
「ところで、その女王蜂は、どれくらい巣から遠くに追い払えばいいの?」
とハルカ。
「私が試しにやったときは、小さい巣でしたので、巣が見えなくなってから、さらに5分ほども走れば、側近の蜂の隊列も十分に巣から離せましたね。
女王蜂は、帰巣本能が無いので巣に戻れませんし、側近の蜂たちは女王蜂を連れ帰ることは出来ませんので、他の場所で、また新たな巣を作り始めるしかないんです」
アロンゾが思い出しながら言う。
「どうして連れ帰ることが出来ないんだい?」
とタイジュ。
「そういう生意気なことをすると、側近といえども、女王に殺されますからね」
「・・凶暴ね。さすが殺人蜂」
とハルカ。
「でさ、誰が幼虫を抱えて走る?」
とシュン。
「夫候補の幼虫は、3,4匹は居ますので、ふたり居た方が良いでしょう。幼虫は、ひとの幼児くらいの大きさはありますから。
私がひとりでやったときは、3匹まとめて網に包んで走りましたけど、かさばるので走るのに邪魔でした」
とアロンゾ。
「ここは、公平に、くじ引きにしましょ」
とハルカ。
「幼虫を捕まえる役は?」
とシュン。
「ああ、それは、索敵の僕かな」
とタイジュ。
「私の提案した作戦ですから、私もやりますよ」
とアロンゾ。
「幼虫を抱えて走るより、怖い役ですね」
とセシー。
「いや、転移魔法と結界と隠密を駆使すれば、なんとかなるんじゃないかな。
巣は御殿みたいに大きかったから、動きまわる余裕はありそうだったよ」
とタイジュ。
「・・御殿みたいな巣を、収穫するんですか」
とセシー。
「高く売れるのは、蜂蜜を溜め込んでる幼虫の寝床の部分だけですから、小屋くらいの大きさですよ」
「・・小屋を・・どうやって持ち帰るんですか」
「空間魔法付きの袋で」とハルカ。
「誰が、そんな、国宝級のアイテムを?」
「私、持ってるわよ」
とハルカ。
「私も持ってますよ」
とアロンゾ。
「俺も持ってるよ。タイジュの手作りのやつ」
とシュン。
シュンの空間魔法付きの袋は、ペイジの死体を運ぶのにも使ったものだ。
「・・判りました」
くじ引きの結果、幼虫を抱えて走る役は、セシーとシュンに決まった。
◇◇◇
タイジュとアロンゾが巣から盗み出してきた幼虫をパスされたセシーは、ビビりながらも、幼虫を抱えて、全速力で走り出した。
すぐ隣では、シュンも幼虫を抱えて走っている。
ふたりとも、身体強化魔法で底上げした脚力で、野草生い茂る森の中を蜂に追われて疾走した。
――もっと、走り込みの訓練をやっておけば良かった・・。
今さら後悔しても遅いが。
新入りのころは、訓練で走り込みをやっていたものだが、騎士となってからは怠っていた。
訓練以外の雑多な任務があった、というのもあるが。
おかげで、全力疾走は久しぶりだ。
幸い、女王蜂は肥満体で、あまり早く飛べない。側近の蜂たちは、女王蜂に寄り添うように飛んでいるので、襲い掛かって来なかった。
その他大勢の蜂たちは、女王蜂を追い越そうとはせず、大人しく、側近の蜂たちの周りを飛び周りながら付いてきている。
「よしっ、巣が見えなくなった!
あともう少し走ったら、幼虫を放り投げよう」
シュンがセシーを振り返り言う。
「はいっ」
森を抜け、シュンが岩場を飛び越えるのを、セシーは必死に追う・・と、着地したとたん、うっかり幼虫を落とした。
「あぁっ」
セシーが落とした幼虫を拾おうとしている間に、女王蜂たちが追いついてきた。
「セシーっ」
シュンはすぐさま、駆け戻り、セシーが落とした幼虫を掴み取ると、思い切り遠くに投げ飛ばした。
他の3匹の幼虫も、力一杯、ぶん投げた。
女王蜂と側近たちは、はるか遠くに飛んでいく幼虫を追い、ブゥオンブゥオンと騒々しい羽音をさせながら飛んでいった。
「はぁ・・」
セシーは思わず膝をついた。
「セシー、まだ油断するなっ」
女王蜂と側近の蜂たちは幼虫を追っていったが、まだ辺りには、女王に付いてきていた他の殺人蜂たちが大量に飛び回っていた。
シュンは、襲いかかる殺人蜂を切り裂いた。
セシーが腰を抜かして座り込んでいる間に、シュンは殺人蜂の胴体を次々と両断していく。
セシーは、シュンの閃く剣に見惚れた。
――セオドアに・・、やっぱり、似てる。
セシーはシュンの剣から目が離せなくなっていた。
以前から、シュンの剣は、セオドアにうり二つであることに気付いていた。
シュンとセオドアが剣を交わしている姿を見るのを、セシーは、密かに好んでいた。
けれど、それを認めるのは、プライドが許さなかった。
セオドアの隣に立てるのは、自分だけのはずだった。
それでも、なおかつ、シュンとセオドアが共に剣技を鍛え合う姿に惹かれずにはいられなかった。
セオドアが居なくなり、セシーは、シュンの中に息づくセオドアの剣が、以前よりも増して麗しく見える。
――もう、あの剣は、シュンの中にしか、無いんだわ・・。
セシーの剣の指導は、叔父が担当してくれた。
セシーの剣は、セオドアとは違う。
セオドアは、早くから騎士団に出入りをし、さまざまな剣士から技を盗みながら、自分の技を確立していった。
今は亡きセオドアの、美しい剣技は、もう、シュンの中にしか存在しない。
シュンの闘う様に見惚れているうちに、辺りをやかましく飛び交っていた殺人蜂のほとんどは女王蜂を追って飛んでいき、しつこくシュンとセシーに襲い掛かっていた殺人蜂は全滅していた。
◇◇◇
周囲の蜂が居なくなったので、ふたりは、巣の方へもどった。
巣では、アロンゾ、タイジュ、ハルカが、残った蜂たちを殲滅させつつあった。
すでに大量の蜂が地面に転がされていた。
一匹一匹の蜂が大きいために地面は蜂で埋まり、蜂の絨毯が敷かれているように見えた。
――すごい・・。
凄まじい有様にセシーは身震いした。
シュンも、すぐさま、仲間の支援に入った。
炎をまとった剣を振るうシュンの姿に、セシーは、また見惚れる・・と、セシーのすぐそばで、雷撃が光った。
気が付くと、セシーに襲いかかろうとしていた蜂を、ハルカが斃していた。
「ぼうっとしてると、危ないわよ」
とハルカ。
「あぁ。つい・・」
「どうしたの? 囮役、そんなに怖かったの?」
「いえ、シュンが、ぜんぶ、斃してくれたわ」
「そう?」
「シュンの剣技が綺麗なので、つい目が行ってしまって・・」
「ああ、セシーのお兄さんが、指導役だったんだっけ?」
言いながらハルカは、雷撃を飛ばし、数匹の蜂の群れを潰した。
「ええ、そうなの・・あ・・、今のシュンの剣筋・・、本当に・・本当に、セオドアそのものだったわ」
「ふうん・・って、ほら、危ないって」
ハルカは、セシーの上部から飛びかかろうとしていた蜂をドゥルガーで危ういところで切り倒す。
――困ったなぁ、これは、戦力にならないかも・・。
ま、お兄さんが亡くなったばかりだから、しょうがないか・・。
残っていた殺人蜂は、間もなく全滅した。




