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23/33

23)パーティ結成



 その日。

 タイジュ、シュン、アロンゾ、ハルカ、セシーの5人は、お祝いもかねて、旨い食堂へ出掛けて昼食を食べ、戻ってくると、シュンの部屋で買い物に行く相談をしていた。


「タイジュの衣類と靴を買うのは、決定・・として」

 とシュン。


 タイジュは、今は、アロンゾの服を借りて着ていた。

 サイズ的に、シュンの物はどれも合わなかった。

 靴は、余っていた魔物素材をタイジュが錬金術で靴っぽく加工して履いているが、裁縫スキルは持っていないので微妙な出来栄えだった。


「それから、セシーは、ダンジョンは、始めてなのよね。

 色々、要ると思うわよ」

 とハルカ。


「野営の支度とかですね」


「私は、寝袋ひとつでダンジョンで寝起きしてるけど」


「ハルカ、夜番は、しないのですか?」

 とアロンゾ。


「休むときは魔道具を周りに置いてるの。結界用と、あと、危険物が近づいたら、龍の咆哮が大音量で鳴り響くように作ってあるやつと、2種類」


「えっと・・どうして、『龍の咆哮』?」

 とシュン。


「目が覚めるし、小さい魔物は、それだけで逃げてくし。お薦めよ」


「「なるほど」」

 と、タイジュとセシー。


 ――いや、近所迷惑だし。そこで納得するのは、ちょっと違うだろ。

 と、シュンは思った。


「そう言えば、セシーが、セオドアの剣を、『聖剣の代わりに』とか言っていたね。

 あれは、どういう意味なんだい?」

 とタイジュ。


「先の愚王が、聖剣を叩き割ったらしいので・・」

 とセシー。


「私は、愚王が聖剣をどこかへ隠した、って師匠から聞いたけど?」

 とハルカ。


「私は、愚王が、聖剣に呪いをかけて使えなくした、という情報も聞きました」

 とアロンゾ。


「どれが本当だろうね。

 でも、どうやら、聖剣は、使えない状態らしいね」

 とタイジュ。


「それで、シュンにセオドアの剣を使って欲しいんです」

 とセシー。


「うー・・ん」


「魔王討伐に使うか否かは、問いません。

 お詫びです」


「ごめん、セシー。

 ちょっと、保留にしておいて。

 セオドアのこととか、色々、俺、まだ、気持ちの整理が出来てないし」


「判りました・・」


「そういえば、ふつう、パーティ組むとき、前衛、後衛、索敵、魔法使い、と役割分担するよね。

 このメンバーの場合、どうなるのかな」

 とシュン。


「そうですね。剣士のセシーが前衛としても。

 バランス的に、盾役が足りないかもしれませんね」

 とアロンゾ。


「私、やってもいいわよ」

 とハルカ。


「盾もってるの?」とシュン。


「結界魔法は得意よ。

 盾を買ってもいいし。

 使ったことないけど、あれで殴って闘うのは、練習しとくわ」


「大規模攻撃魔法を使えるハルカを盾に使うのは、もったいないような気もします。

 もう少し、メンバーの適正を見てから決めても良いですよ」


 アロンゾは、「盾」と聞いて、まず「盾で殴って闘う」と思い付くハルカには、性格的に盾役はムリと思ったのだが、やんわりと宥めておいた。


「ソロでもいけるメンバーが大半を占めてるからなぁ。

 父さ・・タイジュは、後衛かな」


「他人が居ないときは、父さんでもよくないかい?」

 とタイジュ。


 14,5歳に見えるシュンは、16,7歳に見えるタイジュを「父さん」と呼ぶのは、みんなから禁止されていた。


「ダメだよ、俺、そんなに器用に使い分けできないから。

 もう、タイジュで、統一するって決めたんだ」


「はぁ・・判ったよ。

 僕は、キアゲハのときは、索敵は得意だったんだけどね。

 身体を透明化することも出来たので」


「索敵役としては理想的ですね」

 とセシー。


「そうだね。今は、実体化してしまったので、その点は残念かな。隠密スキルが、どれくらい使えるかは、試してみるけどね。

 あと、攻撃魔法や、結界魔法も、上手い方だ」


「タイジュは、鑑定持ちではないですか?

 例のパーティの連中が殺人犯だということを、タイジュには見えてたんですよね」

 とアロンゾ。


「あれは、鑑定とは、少し違うんだ。

 僕がシュンと、こちらの世界に引っ張られて来るときに、偶然、得たスキルでね。

 そのおかげで、色々、判るときがあるんだけれど。

 自分でも、正体不明のスキルなんだ」


「正体不明のスキルなんて、あるんですね」

 とセシー。


「セシーは、魔法は、どのくらい使えるの?」

 とシュン。


「私は、騎士の訓練ばかりやっていましたので、魔法はあまり、得意ではありません。

 魔力は、並より多くあるようですが。

 身体強化魔法にばかり、使っていました。

 鑑定によると、適した属性は、水魔法です」


「じゃぁ、剣にブリザード纏わせるとか、出来るわね」

 とハルカ。


「れ、練習します」


「まぁ、色々、確認する必要はありそうですね。

 低レベルの階層なら連携の必要もないですが、難易度の高い階層や敵には、組織化して闘う方が、攻撃能力も、防御能力もあがります」

 とアロンゾ。


「そうだよね。

 バラバラで突っ込んでいっても、効率悪いと思う」

 とシュン。


「では、ダンジョンを攻略しながら、連携方法を探っていきますか」

 とアロンゾ。


「いいね」とシュン。


「賛成」とハルカ。


 セシーも、「ええ」と頷く。


「えーと、僕は、その側で、リハビリも兼ねて、訓練してるよ」

 とタイジュ。


「タイジュ、リハビリが必要なの?」

 とシュン。


「自分の身体を再現したおかげで、普通の動きに支障はないけど、リハビリというか、細かい確認はしたいな。

 あと戦闘訓練は、必要。

 シュンの訓練に付き合ってたから、イメージトレーニングはばっちりやってる積もりだけど、実際、身体を使わないとね」


「判った。付き合うよ」

 シュンが張り切って答えた。



◇◇◇◇◇



 明くる日の午後。


「トゥムサルのダンジョンは、訓練や連携確認には丁度良いレベルかもしれませんね」

 とアロンゾが言った。


 5人は、トゥムサルのダンジョン、7階層に来ていた。


 タイジュが、「身体の調子を試したい」と言うので、肩慣らしに来た。


「そうだね。これと言って特徴はないけど、無難だね。

 危険度も、獲物も、採取できる薬草や鉱物も。どれをとっても、中堅どころって感じだな」

 とタイジュ。


 セシーは、飛びかかってきた獰猛な鼠型の魔物を切り払った。


 セシーの身体強化魔法の魔力の流れを見て取ったハルカが、

「セシーは、魔力は、けっこうあるのね。

 でも戦闘には、あまり利用してないの?」

 と言う。


「騎士団では、そういう訓練は、していませんので」


「あのね、クレオ師匠が言っていたんだけど。

 騎士団の連中は、魔導師レベルに魔力がある奴も居るのに、それを大事に仕舞い込んで、まるで使わないって。

 なんで、そうなの?」


「騎士団の訓練は、マイルズ将軍が決められているんですが、頭の固いひとで。

 セオドアも、ときどき、憤慨していました」


「クレオ師匠は、魔導師と騎士団との連携も進言してたらしいけど、ぜんぜん、通らなかったみたいね」

 とハルカ。


「ええ・・まぁ」


「騎士団と魔導師の連携というのは、つまり、クレオ尉官は、対魔王戦を意識した訓練を考えていたんだろうね」

 とタイジュ。


「そうかもしれません」

 とセシー。


「でも、その進言は、無視されてたわけか」

 タイジュが考え込みながら呟く。


「その、マイルズ将軍ってひと、大丈夫?」

 とハルカ。


「大丈夫・・というのは?」


「騎士団を、魔王と闘わせる気がないのね」


「いえ、まさか。

 騎士団の仕事は、国を護ることです」


「でもさ、魔王や魔族との闘いは、剣だけじゃダメだと思うよ。

 当たり前のことだけど」

 とシュン。


「そうでしょうね」


「セシー、まるで他人事のように言ってるけど、魔王が出て来て、騎士団が派遣され、戦力が足りなかったら、死ぬのは君たちだし、傾くのはエルナートなんだよ?」

 とタイジュ。


「騎士は、上の者に絶対服従なんです」


「「はぁ・・」」

 シュンとタイジュが、同時にため息をついた。


「そういえば、王都の貴族たちは視野が狭いんだ、ってアイリス師匠が言っていたわ」

 とハルカ。


「古くからの既得権益を守るのが、貴族の仕事みたいなものですからね」

 とアロンゾ。


「でもさ、魔法をまるっきり使えない騎士団が束になっても、魔族が炎撃や雷撃でなぎ払ったら、ボロ負けするよ。

 マイルズってひとは、どうする積もりなのさ」

 とシュン。


「そういう攻撃は、魔導師たちが結界で防ぐことになっています」


「防御はそれでい良いとしても、攻撃は? 遠距離から攻撃魔法を仕掛けてる相手に、剣は届かないぜ?

 ふつうの弓は、魔族には通じないよ」


「魔導師に結界を張らせながら近づき、剣で闘うのです」


「ちゃんと魔導師を護りながら、闘えるの?

 マイルズは、魔導師と連携した訓練もしてないんだろ?」


「魔導師なら、自分の身は自分で護るべきかと・・」


「なに言ってんだよ、騎士のくせに。結界魔法で護ってもらうのに、その魔導師は護らないのかよ。

 俺がエルナートの魔導師だったら、そんな騎士団の面倒みるのは、お断りだな。

 魔王が出て来たら、逃げるよ」

 とシュン。


「そ、それは、しかし、騎士が魔族を斃せば、自動的に、魔導師も守られるわけですから・・」


「アロンゾは、宮廷魔導師だよね。

 魔王が出て来たら、どうする積もりだったんだい?」

 とタイジュ。


「さぁ?」


「アハハ」


「ハルカ、なぜ笑うんです?」

 とアロンゾ。


「今の『さぁ?』って、『敵前逃亡します』っていう意味でしょ」


「勝手に翻訳しないでください」


「心の声が聞こえたのよ」



◇◇◇◇◇



 明くる日、シュン、セシー、ハルカは、宿で遅い時間まで休んでいた。


 昨日は、けっきょく、ダンジョンで、夜半まで過ごした。

 最初は、タイジュの身体慣らしの積もりだったが、連携を考えるために、それぞれが、互いの戦闘能力を見ながら、15階層まで、遅々としたペースで進み、宿へ戻った。



 通りを歩く若い魔導師らしき男に、焦げ茶色の髪の青年が声をかけた。


 なにげなく見ていた通行人は、ふたりは知り合いだったのだな、と思った。

 魔導師は品の良いローブを纏っているし、青年は綺麗な顔をしていたので、それなりに目立っていた。


「アロンゾ、奇遇だね」

 とタイジュは言った。


「私の後を追って来たのではありませんか」

 アロンゾは苦笑した。


「正解。

 聞きたいことがあってね」


「では、その辺の店にでも座りますか」


 ふたりはすぐ側にあった店に入った。軽食が食べられる店だ。

 午前中の時間だったこともあり、客は早めの昼飯か、遅めの朝食をとっているらしき老若男女の姿がちらほら見える程度だった。


 ふたりが茶を頼むと、焼き菓子が二皿、ついてきた。


「男ふたりで、こういう店に入るのは、少々、不似合いかな」

 タイジュがゆったりと椅子にくつろぎながら言う。


「私は、友人知人と話をするのに、たまに使いますよ」アロンゾは茶をひとくち飲み、「お話というのは?」と尋ねた。


「単刀直入に言うと、アロンゾがセシーと行動を共にしていたのは、なぜかな?」


「彼女が、シュンを探す手伝いをしてくれたからです」


「でも、結局、見つけたのは、アロンゾがハルカに、シュンのことを頼んでくれたからだよね」


「結果的には、そうでしたが、セシーの父親と兄は、総務部の大臣と高官です。

 顔が広いんです。おそらく、王宮一です。

 彼らの情報収集能力は、愚王を引き摺り降ろすさいに培われたようです」


「なるほど」


「そういえば、私も聞きたかったことがあります。

 セシーは、シュンとタイジュに、ずいぶん、罪の意識を感じているようですが、彼女は、なにを、やらかしたんですか?」


「シュンの使っていた剣で、ネズミを串刺しにした」


「ああ、あの犯人は、セシーでしたか。

 意外な犯人でした」


「そうかい?」


「誇り高きヴェルガ家のご令嬢が、まさか、ネズミの串刺しを作るとは思い付きませんでした」


「本人が白状してたよ。

 あとから、ずいぶん、謝ってたけどね。

 当時の記憶は、ぼんやりしてて、あまり覚えてないみたいだったな」


「記憶がないんですか? 本当に彼女が犯人ですか?」


「武器庫にネズミが出たので、剣で串刺しにしたところまでは覚えて居るってさ。

 そのあと、ぼんやりして、そのまま、ネズミの串刺しのまま、剣を元に戻したらしいよ」


「・・なるほど」


「ああ、あと、それから、セシーは、シュンに闇討ちをしかけてきたな」


「まさか、シュンを殺そうとしたんですか?」


「彼女、本気だったよ。

 イドリスの龍騒ぎで、アロンゾとセオドアが留守にしていたときだったな。

 その前日に、シュンが、セオドアの隊の連中にハンデ付きでしごかれて、けっこうな傷を負ってね。

 たまたま、その姿を見かけた文官に、隊が注意を受けたわけだ。

 そのことで、セシーは、頭に血が上ったんだろうね。

 セオドアが左遷される、とか言ってたから。

 まぁ、シュンの方が強いので、事なきを得たけど、最初の一撃は、危なかったな。

 シュンが訓練場から引き上げるときに、油断していたところを、いきなり、斬りかかってきたのだからね」


「セシーの同行を許したのは、間違いだったかもしれませんね」

 アロンゾは、考え込んでいる。


「いや、そのことに関しては、僕も、かなり打算的な考えを持ってるんだ。

 アロンゾがセシーと行動を共にしていたのは、セシー本人よりも、彼女の後ろ盾のヴェルガ家を当てにして、だよね」


「身も蓋もない言い方をしてしまえば、そうです」


「僕も、同様なんだ。

 どんな理由があれ、彼女が息子を殺そうとしたことを忘れるほど、僕は、お人好しじゃない。

 彼女は、今は、反省してるようだけど、また、同じような暗示にかかるかもしれないし。

 とはいえ、彼女の父は、エルナートの権力者のひとりだ。

 シュンが、この世界で生きていかなければならないのなら、そういうモノを無視するわけにいかない。

 繋がりをもっておくのは、良いことかと思ってね」


「シュンの嫁に考えてるわけじゃないんですね」


「いや、まさか。論外だよ。

 彼女は、家柄も、姿も、上等なのは認めるけど、やったことは記憶から消せないな。

 最初の印象は、最後の印象と言うし。

 でも、判断するのは、息子だからね。

 幸い、シュンは、今のところ、彼女のことは、なんとも思っていないようだけど、男は、美人に弱いからな。

 こういうとき、子息が政略結婚を進んで受け入れる貴族の習慣は、良いよね。

 親の意見が絶対なんだから。

 本当は、ハルカがお嫁さんになってくれたら嬉しいんだけどね」


 タイジュがなにげなく言うと、アロンゾの周りの空気がにわかに寒冷化した。

 タイジュは、アロンゾの様子を横目で見て、密かに微笑んだ。


 タイジュは、「でも、ふたりはまるきり恋愛感情的なものは無さそうかな。まぁ、性格的にも、無理か」と付け足しておいた。

 それでアロンゾは、今しがた聞いた発言は忘れることにした。


「忌憚の無い意見が聞けて、良かったです。

 セシーに関してですが。

 実は、私は、一応、彼女を、テストしたんです。

 呪術に対する耐性と、何らかの精神操作を受けていないか、試しました」


「それは、興味深いテストだね」


「簡単なものです。

 タイジュは、先の愚王の王妃について、なにかご存じですか?」


「愚王の犯罪行為の半分は、実は、王妃が為したものだった、という話だったね」


「そうです。

 愚王を暴虐の王に仕立てたのは、王妃ではないか、と言われています。

 数々の無視できない事実があるので、単なる噂ではありません。

 王妃の名は、呪われているんです。

 その名を想い浮かべるだけで、悪影響があります。

 セシーに、わざと、愚王の王妃について、尋ねました。

 セシーは、総務部高官の兄上に問い合わせをし、私に、きちんと報告もしてくれました。

 多少の引っかかりはありましたが、合格です」


「どんな反応だと、不合格なんだい?」


「何らかの呪術の影響が残ったままだと、愚王の王妃について、記憶を留めることができません」


「呪いというのは、恐ろしいものだね。

 まぁ、セシーは、僕が浄化をしておいたからさ」


「タイジュが、セシーを浄化したんですか」


「そう。彼女が、シュンを殺そうとしたときに」


「つまり・・、ということは。

 彼女は、自力で、魔族の暗示から抜け出せたわけではないんですね」


「彼女は、自力では、無理だったろうな」


「・・なるほど、情報の共有というのは、大切ですね」


「ふむ?

 もしも、もっと早く、僕の今の情報があったら、彼女の合否に対する判断は、違ってたのかな」


「もちろん。

 不合格です。

 魔族の暗示など、自力で払いのけて貰わないと困ります。騎士なんですから。

 セオドアの隊の全員が、暗示にかかってたわけじゃないんです。

 軽重もさまざまです。

 つまり、はね除けることも可能でした。

 実のところ、気になっていた点もあるんです。

 先の王妃のことをセシーに尋ねたとき、彼女の最初の反応は、『茫然』でした。

 なんとか、言葉の意味を捉えることが出来ましたし、調べることも出来たので、問題ないと考えたのですが。

 浄化を受けていたのに、あの反応だとしたらマズいですね。

 タイジュの浄化は、どの程度のものだったんですか?」


「僕の浄化の強弱かい?

 そうだな・・。

 狂乱状態の使い魔を、お座りさせるくらいの強さかな」


「はぁ・・」

 アロンゾは、思わず、うつむいて額に手を当てた。


「つまり、彼女は、暗示や呪いに弱いのかな?

 それとも、なにか、精神的な問題を抱えてる?」

 とタイジュ。


「そういえば、セシーに関してですが。

 彼女の噂を、ちらと聞いたことがあります。

 下世話な話ですが。

 彼女が、セオドアに、道ならぬ恋をしている、という」


「ふうん・・。

 そういう話なら、彼女の心の弱さの理由が判るな」


「と言うと?」


「いくらエルナートでも、兄妹で愛し合う、というのは、タブーじゃないのかな」


「いくらエルナートでも・・というか、エルナートでは、そういうのは、穢らわしい、と忌避されていますよ」


「ヴェルガ家のご令嬢が、忌避されるような恋愛感情を持っていたわけだ。

 どのくらいの年月か判らないけど、自分の感情を否定しながら生きてきたのだとしたら、相応の心の歪みが生じていても不思議はないよ。

 その歪みを、魔族に付け入れられたとしたら、納得できるな」


「禁断の恋に関しては、ただの噂ですよ」


「セシーがシュンを殺そうとしたのは、シュンのせいでセオドアが左遷されそうになったときだよ」


「そうでしたね・・」


「それから、僕は、少々、疑っていることがあってね」

 とタイジュ。


「なにを?」


「セオドアの隊の連中、なにか、麻薬のようなものを、飲まされてたんじゃ無いかな」


「麻薬?」


「ああ、この世界では、なんて言うのかな。

 精神に影響を与える薬」


「禁忌の薬ですか。

 たしかに、そういう薬が使われたかもしれませんね。

 なにしろ、ハメスは、隊の一員でしたから、飲食物に混ぜ込む機会は山ほどあったはずです」


「同じ量の薬を口にしたのなら、体格の小柄な女性には、より効くだろうね」


「でしょうね。

 彼女の醜態には、それなりの理由があった、ということですか。

 それでも、セシーのことは、許せないんですね? タイジュ」


「ダメだな。

 アロンゾも、人の子の親になれば、判るよ」




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