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22)新生



 セシー、シュン、アロンゾ、ハルカの4人のパーティで、ダンジョンに臨んだ。とはいえ、ただ「材料」を取りに行くだけなので、途中の道は素通りだった。


 ――さすが、勇者がふたりも居ると、ダンジョンも、街の散歩と変わらないのね。

 セシーは、半ば呆れていた。


 ハルカもシュンも、アロンゾも、世間話や、シュンのこれまでの道程などを話しながら、魔物など、見もしないで始末している。

 5階層くらいから罠も現れはじめたが、セシーの足元の罠は、ハルカかアロンゾが教えてくれる。

 騎士団では、精鋭部隊のひとりと、もて囃されていたセシーだが、このメンバーの中では最弱だった。


 さほど時間もかからずに、10階層までたどり着いた。


「あの奥だよ、大毒蜘蛛のデカい巣があるんだ」

 シュンが、本道の壁にぽっかりと空いた脇道のような洞穴を指し示した。


『洞窟は、神経毒が蔓延しているよ』とタイジュが警告する。『結界を纏うか、毒避けの魔道具が要る』


「結界魔法で、毒を避けられるのですか?」

 とセシー。


『ふつうの結界じゃだめかな。

 僕とシュンは、毒耐性があるから、大丈夫なんだけど』


「私も毒耐性、あるわよ」

 とハルカ。


「私は、毒避け結界を張れますから」

 とアロンゾ。


 4人の視線がセシーに集まる。


「私、ここで、待ってます・・」


「ちょっと待ってて」

 ハルカは、肩に担いだ袋から魔石を取り出すと、魔石を見詰めながら魔力を込め始めた。錬金術の加工はすぐに終わった。


「これを持って結界を張れば大丈夫。半日くらいは保つわ」


「ありがとう」

 セシーは魔石をポケットに入れた。


 大毒蜘蛛の洞窟は、脇道の割に大きかった。洞窟の幅も高さも大きく開けている。

 ときおり飛びかかってくるクモやクモの糸を払いながら中に進むほどに、薄紫の毒の靄が濃くなり、さらに奥に行くと、濃密な毒が充満している有様だった。

 壁が、毒でテラテラと光っている。

 奥には、大毒蜘蛛の巣の部屋が広く空いていた。

 4人は、入り口から中の様子を見た。


 ――すごい・・たくさん・・。


 セシーは気が遠くなりそうだった。

 大毒蜘蛛は、大中小、さまざまな大きさのものが、部屋を埋め尽くすほど居た。放射状の蜘蛛の巣が幾重にも部屋中にかけられ、楕円や球形の大量の繭が、不気味に垂れ下がっている。


「素材を保護しながらクモを始末しないといけないわね」

 とハルカ。


「雷魔法でいきましょう。黒焦げにしないように威力を調整して」

 とアロンゾ。


「判ったわ」


『「了解」』と、シュンとタイジュ。

 タイジュはシュンの胸元から飛び出し、宙を舞う。


 セシーが、横壁から飛びかかってくるクモを剣でなぎ払っているうちに、4人の雷魔法が炸裂した。


 バリバリバリバリバリ・・・・・。


 部屋が雷鳴と稲光で埋め尽くされた。



 数分後。


 クモが動かなくなったので、ハルカとシュンとタイジュは、カマイタチの魔法で蜘蛛の巣を払い、アロンゾは炎魔法で焼いて除けた。セシーは、粘りけのないクモの巣の縦糸を選んで剣で切っていく。

 払われたクモの巣から、大量の繭が落ちてきた。


 クモは、すぐ近くで作業をしていても、動く気配はなかった。小さなクモは雷撃に耐えきれず死んでいるようだ。


「いい感じに無力化できたね」

 とシュン。


 セシーが人間大のクリーム色の繭を、剣で切り裂く。

 出て来たのは、すっかり体液を吸い取られたミイラだった。


「セシー、繭が新しくてキレイそうなやつを選んだ方が良いと思いますよ」


「判りました」


 4人は、次々と繭を切り裂いて行った。

 繭の数は膨大だが、ほとんどは古く汚れていた。

 新しそうな繭も、中身は既に干からびているものが多い。


 ようやく、リイナたち4人の遺体が見つかった。

 リイナとジャックは、クモに体液を吸われたらしく、既にミイラになっており、元の姿は見る影もない。


 素材として使えそうなのは、ビアンカとペイジ。

 男が良いのでペイジ一択だった。幸い、ペイジの遺体の状態は良かった。

 しばらく仮死状態だったのかもしれない。

 シュンとアロンゾが、裂いた繭でペイジの身体をくるみなおしてから、空間魔法機能のついた袋に詰める。


 なるべく死体の新しいうちに宿へ帰るため、急いでダンジョンをあとにした。



◇◇◇◇◇



 トゥムサルの町は夕焼けで辺りがオレンジ色に染まり始めていた。


 宿からダンジョンへ出発したのは午後早めの時刻だったが、ダンジョンの10階層までの往復時間に加えて、クモの繭から目的の死体を探す時間がかなり長くかかったようだ。


 宿に向かう道すがら、間もなく着くころになって、

「時間が遅くなってきたけど、セシーは、帰ったほうがいいんじゃない?」

 シュンが尋ねた。


「私は一緒に居ます。シュンと一緒に修行します」

 セシーが即答した。


「修行って・・。でも、蟄居は、大丈夫?」

 とシュン。


「大丈夫です。家に居ることにしてもらいますから」


 シュンは、心配だなぁ・・と思ったが、セシーは自信満々な様子だった。


「ハルカは?」

 とアロンゾ。


「私も一緒に居るわ。面白そうだし。

 それに、気になることもあるし」


「気になること、とは?」


「魔族とか、かな」


「そうですね。

 私も、ハルカは、そばに居ていただきたいです。

 ハルカの腕は知っていますが、心配ですから」

 とアロンゾ。


「そう? ありがと」

 ハルカが頬笑んで応えた。



◇◇◇◇◇



 シュンの部屋で、タイジュの身体を造る準備を進めた。


 といっても、大してやることはない。


 クモの繭は、遺体保存袋としては良いものらしく、ペイジの死体は、青白い肌以外は、生前の状態を保っている。


 長丁場に備えて、シュンたち4人は、早めの夕食を終えていた。


「要るものは、特にないんですか?」

 とセシー。


『死体の下に、カバーを敷いて欲しい』


「わかりました」


 セシーとシュンは、ベッドカバーの布を広げて敷いた。

 ハルカが、魔法で死体を浮かせて上に乗せる。


『服は邪魔だな』


 シュンとアロンゾが、死体から服をはぎ取った。

 多数の傷跡が目立つ筋肉質な身体が、剥き出しになった。膝下には、切断されたかのような盛り上がった細長い傷痕があり、胸の中央から脇腹にかけても赤黒い大きな傷の名残がある。細かい傷跡は数え切れない。


「さすが殺人犯。傷だらけだ」

 じゃっかん、引き気味のアロンゾ。


「グロいな」とシュン。


 セシーとハルカは、視線を死体から微妙に外している。


『女性には目の毒だったね』

 タイジュが気の毒そうに言った。


「あ、いえ、男性ばかりの職場におりましたので、さほどでも・・」

 とセシー。


「私も、オークやゴブリンの汚い裸で慣れてるわ。

 それに、王宮に露出狂も居たし」


「え・・」とシュン。


『王宮に露出狂・・?』


「ま、まさか・・」

 とセシー。


「ハルカ、その件は、あとで詳しく聞かせてもらえますか」

 とアロンゾ。


「あー、いや、あの、口が滑っただけだから。

 忘れてちょうだい。

 ほら、いま、大事なところだしっ」


 4人は、かなり気になったが、とりあえず、作業に戻ることにした。


『・・消毒・・というか、浄化しておくよ』


 キアゲハが死体の周りを飛び回る。

 鱗粉のような光が振りまかれ、汚れた死体が、綺麗になった。


『シュン、死体のそばに、シーツか、服を置いておいて。

 身体が出来上がったとき、裸だから』

「そっか・・」

 シュンはシーツをはがし、死体の横に置いた。


「魔力の供給を手伝おうか?」

 とアロンゾ。


『助かる』


「どんな風にするの?」

 とシュン。


『創造中の身体に向けて魔力を流してもらう、あるいは、聖魔法の魔力供給。ヒールではなく。

 少しずつ一定量でお願いしたい。いつでも止めてもらってかまわない。

 疲労で調整が難しくなったら、その前の段階で止めてほしい』


「了解」


 4人は、死体を真ん中にして、周りに立った。


『なんだか、出産場面を、みんなに見学されるような気になるな』


「ちゃんと邪魔が入らないように、全力で見守っててあげるから。

 安心して、お産に臨んで」

 とハルカ。


『・・ありがと』


 最後の確認をするように、しばらくキアゲハは宙にとどまった。


『始める』

 気負いのない声。


 キアゲハは、ふわりと死体の胸の真ん中に舞い降りた。


 そのまま、羽を死体にぺたりと乗せる。


 死体全体が、輝き始めた。


 輝きは徐々に増してゆき、仕舞いには目を開けるのがきついほどに輝いている。


 シュンは、その変遷を見つめた。


 ――成功・・しろ・・。ぜったいに・・。成功してくれ。


 怒濤の魔力が、死体全体を覆い尽くす。


 小さな光の竜巻のようなものが、何度も、死体をなめ回し、輝きの中で、死体の形は、おぼろげになり、靄のようになっていった。


 さらに時が過ぎると、元の死体はなくなり、ただ、金色の太陽が落ちてきて、人型となって輝き横たわるような有様となった。


 緊張が部屋を支配していた。酷く疲れる。

 セシーが力尽きたように跪いた。

 そのまま、静かに床に座り込み、ベッドにもたれかかる。間もなく、かすかな寝息が聞こえてきた。


 日付が変わり、窓の外は漆黒の闇となった。


 部屋の真ん中に横たわる魔力の固まりとなった人型の輝きは、わずかずつ、落ち着いてきている。


 明け方頃を過ぎて、空が白みかけてくるころ、アロンゾがゆっくりと腰を下ろした。


 ハルカとシュンは、そのまま、立ち尽くしている。


 シュンは微動だにしない。少しでも動いたら、父の身体が粉々になるのではないかと、怖れているかのように。

 実際、シュンは、怖れていた。


 父の身体の創造を賛成したことを、後悔もしていた。


 けれど、セシーが言った、父は「実体が無くなってしまうんじゃないか」という言葉も、ずっと、耳に残っていた。

 実体があれば、少しは、消えにくくなるんじゃないか。

 そんな思いもあった。


 いつの間にか、窓の外が明るくなっていた。明るい朝だ。


 宿には十分に金を払ってある。邪魔は来ないだろう。

 まだ時間がかかるようだったら、宿の下に顔を出した方がいいかもしれないなと、うたた寝から目覚めたアロンゾは思った。


 さらに2時間ほどが過ぎた。

 時計がないので正確な時刻は判らないが、陽の光の強さから、あと1,2時間で昼ではないかと思われた。


 ふいに、タイジュの身体の輝きが、潮が引くように治まり始めた。


 うつむいていたセシーが顔を上げ、アロンゾは居住まいを正した。


 ハルカとシュンは、相変わらず、彫像のように立っている。


「父さん・・」

 シュンが呟いた。


 そこには、青年が横たわっていた。



◇◇◇◇◇



 最初に動き出したのは、シュンだった。

 新しく出来た父の身体に、シーツをかけた。なにしろ、真っ裸だったので。


 セシーは、呆然と、生まれたばかりの青年を見つめ、

「綺麗なひと・・」かすかに呟いた。


 ハルカはベッドに腰を下ろし、アロンゾは床に座ったままだ。


 青年の胸は、無事に呼吸をしているのが見て取れる。緩やかな上下運動をしていた。


 しばらく見つめていると、ゆっくりと目を覚ました。

「ふぅ」と、小さく息を吐きながら、上体を起こす。


「父さん、おはよ」

 シュンが、傍らに膝をつき声をかけると、青年は微笑んだ。

「おはよ、シュン」

 そうして、シュンの髪に手をやり、クシャリと撫でた。


 タイジュは、「協力、ありがとう。助かった」周りを見回し、「うまくいっただろ」とシュンにつぶやく。


「うん」

 親子は微笑み合った。


「えぇと・・、その・・」と、アロンゾが口を開いた。


 シュンとタイジュは、アロンゾの方に目をやった。


「感動の親子の再会のところ、お邪魔しますが・・」


「うん」とタイジュ。

「なに?」とシュン。


「本当に、タイジュ? シュンのお父さんですか?」


「そうだよ」とシュン。

「もちろん」とタイジュ。


「えーと・・。

 少し・・、若くないですか?」


「「え?」」

 顔を見合わす、シュンとタイジュ。


「そういえば、父さん。ちょっと若返った?」


「若い・・?」

 タイジュは掌に錬金術で小さな鏡を作り出し、自分の顔を確かめると、しばし呆然とした。

「そうか・・。

 健康状態の良い体に復活させたから、若返ったんだな。

 父親の威厳が無くなってしまった」

 と、心なしか気落ちした様子で鏡を床に置いた。


 シュンは、

 ――威厳なんか、元々なかったけどな・・。

 と、思った。他の3人も、なんとなく、そう思ったが、皆、口に出さないでおいた。


 タイジュは、「仕方が無い」と、ひとつため息をつく。

「でも、だいたいのところ、成功したようだ」


 父は、イケメン顔を、にっこりと微笑ませた。




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