21)4人組の正体
――聞こえる? アロンゾ。
突然、胸元の魔道具から、声が聞こえてきた。
アロンゾは、そのとき、自室で、書き物をしていた。
「聞こえる・・」
アロンゾは、ハルカの魔道具を手に取り応えた。
――シュンと会ったの。今、一緒に居るわ。
トゥムサルの町、ギルドのすぐ側の宿、「麦風亭」ってとこ。
「すぐ行く」
アロンゾは、簡単に支度をし、部屋を飛び出した。
◇◇◇
法務部に外出許可申請を出した。
忌々しいことに、シュンの件で、アロンゾは関係者と見なされている。
査問の結果がまだ出ていないため、外出許可を取ってからでないと、王宮を出られないことになっていた。
外出許可がないと、門衛で、色々面倒な事態になる。
アロンゾが苛々しながら、手続きを行っていると、セシーが来合わせた。
「アロンゾ、どこへ行くのです?」
――間の悪いときに・・。
アロンゾが提出した申請書類を鷹揚に眺めていた文官が、今度は、セシーに見惚れている。
セシーは、アロンゾの耳元に唇を寄せ、
「シュンの件ですか」と問う。
セシーの目が、怖いほど真剣だ。
アロンゾは、思わず視線を避けた。
――彼女・・少し、偏執的ではないか・・。
「シュンのことね?」
「まだ、わかりません。ただ、確認を・・」
「私も行きます」
「しかし・・」
「行きますわ。
それに、私が一緒のほうが、良いと思いますわよ。
それ、外出許可の申請書類ですよね?
私なら、法務部に、一瞬で、許可を取らせるわ」
――背に腹は代えられないか・・。
もたもたしていたら、シュンとハルカは、場所を移してしまうかもしれない。
「・・頼みます」
セシーは、笑みを浮かべ、アロンゾの書類を手にしたままの文官に向き直った。
◇◇◇
アロンゾの外出許可は、たしかに、一瞬で取れた。
セシーが、「それに封蝋を捺しなさい」と言ったとたん、文官がてきぱきと、封蝋を捺したのだ。
セシーとアロンゾは、通用門で待ち合わせた。
セシーは、王宮内を全力疾走でもしたのか、支度は早かった。
転移魔法でトゥムサルへ向かう。
トゥムサルは、王都からだと、小山を越え、湖を迂回しなければならないが、距離的には近かった。
麦風亭は、すぐに判った。
「シュンっ」
「あ、セシーも来たんだ」
とシュン。
シュンの姿を見つけたセシーは、店の中に駆け込むようにして、シュンの隣の席に座った。
「良かった、元気そうで。心配しましたわ」
「ごめん」
久しぶりにセシーと会ったシュンは、「やっぱり、騎士は違うんだな」と思った。
リイナやビアンカたちに比べて、雰囲気が違う。
表情から、所作から、全てに、気品を感じる。
リイナたちは、やっぱり、スレてて、汚れた雰囲気をしていた。
王宮を出てひと月も経つからか、それが判る。
――ハルカと会って、一緒に居て安心できたのは、ハルカが綺麗な雰囲気を持っていたからかもしれない。
一方、アロンゾは、セシーとシュンとの会話を聞いて、意外に感じていた。
てっきり、ふたりは、気まずい関係だろうと考えていた。
シュンが嫌がるようなら、セシーの記憶を消して、追い返すことも覚悟していた。
アロンゾは、
「ハルカ、ありがとう。助かった」
と礼を言った。
「どういたしまして。お食事は?」
「よろしければ、ご一緒したい」
「私もご一緒しますわ」
とセシー。
ハルカが店員を呼び、料理の注文などが一段落すると、
「シュン。
シュンの疑いは晴れたのよ」
とセシーが言う。
「あの騎士は、嘘をついていたと認めました」
と、アロンゾ。
「そうか・・。じゃぁ、セオドアの隊は?」
セシーが、唇を噛んでうつむくばかりで何も言わないので、代わりにアロンゾが答えた。
「隊に魔族が侵入し、さらに、勇者を貶めるべく偽証をした騎士も居ましたから。
隊の騎士全員、蟄居を命じられています」
「セシーは、ここに居ていいの?」
「私も、蟄居してることになってます。でも、私の場合、偽証はしなかったから、割と大目にみられてるんです。
それに、シュンにこれを渡したかったので・・」
セシーは布でくるんできた剣を取りだし、シュンに差し出した。
「これって・・」
「兄の剣。遺品の」
「こんなの、受け取れないよ」
「でも、受け取ってもらわないと・・困ります」
「なぜ?」
「聖剣の代わりに・・」
「聖剣の代わり?」
シュンは、セオドアの美しい剣に視線を落とす。
けれど、手を触れようとはしなかった。
注文した煮物と唐揚げが運ばれて来た。
ハルカとシュンの前には、すでに料理が運ばれていたが、ふたりは手を付けずに待っていたらしく、セシーとアロンゾがフォークを手に取ると食事を始めた。
「疑いは晴れたのですから、王宮に帰りませんか」
セシーがシュンに問う。
「いや、止めとく。
ひとりの方が気楽だ。
王宮だと、変な妨害が入るし」
「でも、王宮には、結界が張ってあります。安全です」
セシーが、畳みかけるように言った。
「結界とか、そういう問題じゃない。騎士団の隊に魔族が入っていたじゃないか」
シュンはきっぱりと答えた。
「それは・・そうですけど・・。
では、どうしても、戻られないのですか?」
「戻らない」
「では・・では、私も、ご一緒します」
とセシー。
「は?」
「一緒に修行します」
「修行?」
「ええ、そうです」
セシーが頷く。
「でも、修行といっても、俺、このまま、冒険者を続ける予定なんだけど・・」
「では、私も、付き添いましょう」
とアロンゾ。
「え・・でも、仕事は?」
「私の仕事は、君の教育係なので」
「えっと・・アロンゾ、もしかして、怒ってる?」
「それは、まぁ。
でも、こちらに多大な落ち度があったのは、判っていますので」
アロンゾは、気遣わしげな視線をシュンに投げかけた。
シュンは、居たたまれない気持ちになった。
アロンゾに頼りたい気もする。けれど、シュンが黙って王宮を出たのは、アロンゾの信頼に対する裏切りだったと、シュンは今ごろになって気付いた。そんな自分が、彼に頼っていいのか。
それに、ここまでひとりでやってこられた、という意地もある。
シュンが、応えられずに居ると、
『シュン、アロンゾに一緒に居てもらった方がいいと思うよ』
父の声がする。
――そう・・かな。
『ここで意地を張ったら、かなり後悔することになるよ、色んな意味で。
いままで彼に相談しなかったことを謝りたいなら、一緒に居てほしいと、頼んだらいい』
――判った。
「あ、アロンゾ、もし、仕事に差し支えなかったら、一緒に、居て・・ください」
「・・もちろん」
アロンゾは、なぜか戸惑った顔をしていた。
見ると、ハルカも、食事の手を止めて、いぶかしげな表情を浮かべている。
平気な様子で唐揚げを食べているのは、セシーだけだった。
「どうしたんですか? みんな?」
とセシー。
「ええ、今、少々、気になる現象を目にしましてね。
セシー。君は、シュンの、『なんらかの秘密』を、知っているんだったね?」
「え・・」セシーは、唐揚げをごくりと飲み込み、「あ、あの、それは・・」視線を泳がせた。
「シュン、秘密って、もしかして、その胸の蝶?」
とハルカ。
「え・・ハルカ、どうしてそれを?」
「だって。今日、シュンを助けたとき、シュンの胸から、魔力の流れがあって、シュンを護るように結界が張られたのが見えたもの」
「あ・・」
シュンは、咄嗟に、キアゲハが貼り付いている胸を手で押さえた。
「それに・・今しがた、シュンが無言で居たときに、胸の蝶の痣が、魔力で輝いていましたね」
とアロンゾ。
――そうか、今までアロンゾは、父さんと会話しているときに居合わせたことがなかったんだ・・。
そのとき、シュンの頭の中に、キアゲハの声が響いた。
『シュン、このメンバーなら、教えてあげていいと思うよ』
その声は、アロンゾとハルカ、セシーにも聞こえたらしく、3人の視線が、同時にシュンの胸のキアゲハに集まった。
『食事が済んだら、部屋で話したらどうだろ?』
キアゲハの提案に、4人はうなずいた。
◇◇◇◇◇
『僕は、イサワ・タイジュ。
シュンの父』
キアゲハは、シュンの胸から羽ばたき出て、宙を舞ってから、ベッドに座るシュンの横に舞い降りた。ハルカとアロンゾは、しばし、固まってしまった。
セシーは、不安げに、なり行きを見守っている。
シュンの狭い部屋で、シュンはベッドに腰を下ろし、アロンゾもベッドの隅に座っていた。セシーとハルカは、部屋に備え付けられた丸椅子に座っている。
「それで、どうして、蝶が、シュンの父親なんですか?」
とアロンゾ。
『少し、ややこしいけど』
「時間はあります。私が一緒に居ても良いのなら、説明して欲しい」
『了解。
シュンが招喚される1年前に、僕は死んだんだ。
それから、ずっと、シュンを見守ってた。
シュンが招喚された瞬間も、そばに居た。
だから、シュンに付いて行こうとしたんだけれど、実は、僕は、そのとき、もう、消えかけていた。
死んでから1年も経つから、しばらく前から、成仏しかかっていた・・つまり、天に召されなければならなかった。
それを無理矢理、引き延ばしている状態だった。
付いていこうとしても、力がなかった。
それで、シュンは、招喚されるとき、キアゲハを見ていたんだけれど・・』
「キアゲハとは?」
『蝶の種類だ。キアゲハと言う。
あのとき、シュンのすぐそばに、たまたま、キアゲハが飛んでいた。
招喚の魔法による時空の歪みで、小さなキアゲハは、巻き添えで死んだんだ。
シュンは、死んでいくキアゲハを見つめていた。
キアゲハの幻影というか・・キアゲハの残像に、シュンは、注視し、力を注いでいた・・無意識のうちに。
その力を使って、僕は、シュンのところに飛びついた。
そういうわけで、僕の魂とキアゲハの残像が、混成している。
今さら、切り分けるのは無理かな。
余計に実体が無くなってしまうから。
消えたくないから、このままにしている』
「そうですか・・」
アロンゾが目を伏せて、なにか思考している。
「その・・あの。
シュンのお父様は、大丈夫なんですか?」
とセシー。
「大丈夫って?」とシュン。
「今のお話ですと、『実体が無くなってしまう』のをご心配しているみたいなので・・」
「無くならないよ」
シュンは、咄嗟に答えた。
「それなら良いのですが、手伝えることがあったら、します」
『ありがとう。
そうしたら、もし、機会があったら、死体を調達するのを、手伝ってくれたら助かる』
「死体?」とセシー。
「ああ、父さんを実体化させるのに、必要な材料、っていうか」
「材料、ですか?」
「父さんが、魔導師としては一流なのは、セシーは知ってるんじゃないかな。
あの炎空の塔で、魔族に襲われたとき、最後にハメスを斃したのは、父さんなんだ。
だから、その力を使って、父さんの、元の体を再現する予定なんだ」
「それは・・。
禁忌の魔法ですか?」
とセシー。
『この世界では禁忌でも、僕は関係ないから』
「墓を掘り起こす、とか?」
とアロンゾ。
『新鮮な方がいい』
「若い男で。
呪い殺されたんじゃないやつ」
とシュン。
「乗り移るってこと?」
とハルカ。
「死体に乗り移るんじゃなくて。
死体を材料に使って、元の父の体を創造する」
「それは・・。面倒なことをするんですね」
アロンゾが眉をひそめる。
『まず、僕は、「乗り移る」という技能を持っていない。
それから、この世界の人間の身体は、僕にとって、異世界の身体だ。
そのまま使うと、何らかの制限が出る。
弱体化すると困るから、身体をそのままには使わない。
材料として使って、魂の記憶に刻まれた、自分の身体を再生させる』
「なるほど」
「そう言う事情なら、もしかしたら、死体の心あたり、あるわよ。
ねぇ、シュン、今日、洞窟の奥に投げ飛ばした連中・・どうなってるかしら?」
と、ハルカがシュンに言った。
「あ・・、どうかな。
でも、多分、死んでて、もうクモに喰われてると思うよ」
「なんですか? その・・投げ飛ばした連中、というのは?」
とアロンゾ。
「えっと・・。
俺、パーティ組んでた連中に、騙されてたんだ。
それで、ダンジョンの10階層、クモがうじゃうじゃ居るところで殺されそうになって。
ハルカに助けられた」
「シュンが、ぼんやりしてなかったら、自分で返り討ちにできたでしょ」
「そうだけど。
さすがに、ちょっと。ショックだったもんだから」
「ま、とにかく、そういうワケで、そいつらが洞窟の奥に居るの。
逃げたり、食べられたりしてなければ、だけど」
「クモがうじゃうじゃいるところ・・、と言いましたね」
とアロンゾ。
「そうよ」
ハルカが頷いた。
「4人は、大毒蜘蛛の巣窟に飛んでいったよ」
とシュン。
「なるほど。そうしたら、素材に使えるかもしれませんよ。
大毒蜘蛛は、しばしば、獲物に筋弛緩剤を注入して、生きたまま糸でくるんで保存しておくことがありますから」
とアロンゾ。
「生きてるとしたら、殺すのは抵抗あるな。余罪がありそうだから、憲兵に突き出すという手もあるし」
とシュン。
『突き出しても、どうせ死罪だろうけどね。
連中の荷物を見れば、なにをやっていたか、すぐ判るだろうから』
「そうなの?」とシュン。
『ジャックが持っていたショートソードは、エンチャント付きなのに、彼、ぜんぜん、使いこなしてなかった。
たぶん、誰かから奪い取ったやつだろう。エンチャントに気付いてなかったんだ。
それから、リイナの短杖。彼女、黒檀って言っていたけど、あれは、黒漆で仕上げた魔杉だった。自分で手に入れたのなら、間違うのはおかしい』
「もしかして、シュンのお父さんは、知ってたんですか?」
とセシー。
『タイジュと呼んでいいよ、セシー。
知ってたよ。
男ふたりは、「人殺し」と、魂に刻印されていた。
刻印されるくらいだから、そうとう、やっていたと思う。
女ふたりのうち、ひとりは「嘘つき」・・たぶん、詐欺師だろう。
もうひとりは、窃盗犯』
「シュンは、なぜ、そんな連中とパーティを?」
とアロンゾ。
「楽しかったんだ。
まぁ、喋ったり、食事したり、表面だけの付き合いなら」
アロンゾ、セシー、ハルカたち3人の、シュンを見る目が、痛ましげになった。
『シュンの社会勉強になると思って、放っておいたんだが。
なかなか、最悪の結末だった』
「当たり前じゃないですか。
そういうの、父親としてどうなのかしら」
とセシー。
「父さんは、一応、忠告してくれたんだ。
でも、この世界なら、殺人くらい、よくあることかと思って・・」
「いや、よくはないよ、さすがに。
正当防衛とか、悪人の成敗での致死なら、魂に殺人犯と刻印されることはないのだから」
とアロンゾ。
『たぶん、ケンカして、うっかり殺したくらいでも、刻印はされないと思う』
「ええ、そうです」
「そっか・・。連中、ホントに、クズだったんだな」
「ところで、そういうわけだから、遠慮なく素材にするとして、まだ使えるか、見に行かない?」
とハルカ。
「いいね」
アロンゾが笑みを浮かべた。
――こういう状況で笑えるって、怖いよな。
と、シュンは思った。




