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2)ハルカの訓練日記



 6日後。


 訓練場では、ハルカとクレオの部下が模擬戦を行っていた。


「はぁっ!」

 ハルカは、訓練用の剣で突いてきた剣士をなぎ払った。


 本来なら、素振りなどの基礎を中心にやるべきだが、勇者仕様の訓練は、色々省いて超特急で進んでいる。剣術スキルをいくつか取得したおかげで、師匠の模範の動きを真似るのが容易い。身体能力も上がり、以前とは比べものにならないくらい、俊敏に動ける。

 スキル取得が順調なせいか、訓練も順調だ。


「そこまで! 勇者どの。昼休憩じゃ」


 クレオ尉官に告げられ、ハルカは「ありがとうございました!」と、きびきびと礼をした。

 この組織の軍隊の礼をハルカは知らない。部外者だからか、教えてもらえなかった。

 稽古をつけてもらって礼をしないのは居心地が悪いので、日本風の礼をしている。悪くはないと思う。クレオ尉官も、騎士のひとたちも、笑顔になるから。



 しばしの休憩と昼食のため、訓練場から部屋に向かう。

 王宮は広い。ハルカにあてがわれた部屋まで、5分ほどかかる。


 ――通勤時間、5分か。


 庭園は花々あふれる花壇と完璧に手入れされた緑鮮やかな庭木で造園されており、眺めながら歩くと疲れが癒やされていく。


 見上げると二つの太陽が薄ボンヤリ見える。


 ――疑似太陽・・。


 どうやって、ふたつ目の太陽を浮かべているのかは、よく判らない。

 あり得ない技術力だけれど、実際に、太陽がふたつ、照っているのだ。


 ――日照時間が少ないから、ふたつ目を作ったのかな?


 ここに来て、まだ1週間ほどだが、この辺りの気候は温暖で、雨も適度に降っている。暮らしやすいところではあった。


 部屋の浴室で汗を流す。シャワーはないけれど、湯船にぬるま湯が溜めてある。


 どういう仕組みか判らないが、変わった風呂だ。

 お湯は侍女が毎日替えてくれる。「マドーグ」という装置で温度調節が出来るようになっている。もしかしたら、エコロジカルな温水装置なのかもしれない。


 テーブルに用意してある昼食を食べると、午後は、アイリス師匠の魔法の訓練だった。


 この一週間で、光魔法、水魔法、土魔法、火魔法、風魔法、聖魔法の、初級魔法スキルのいくつかはレベル1まで習得した。他にも剣術や武術のスキルも取っているのに、その上で魔法のスキルも取っている。一日にふたつ、みっつのスキルを得た日もざらにある。習得したスキルを使いこなす訓練も順調に進んでいる。


 「驚異的な速さね」とアイリス師匠に褒められ、俄然、やる気が出ていた。


 武術の方はお粗末でも、魔法でなんとかなるかもしれない。


 ――アイリス師匠は、褒めて延ばすタイプの師匠なんだよなぁ。

 でも、あまり有頂天になると、伸びなくなるかもしれないから、気をつけよう。

 「驕る平家は久しからず」とか言うし。



◇◇◇◇◇



 夕方には座学の授業があった。


「過去最強の(麻薬王)魔王は、山を一撃で吹き飛ばしました」

 と、教育係の文官ミケーレは言った。


「山の大きさは?」


「高さ1500ほど」


 ――富士山の半分くらい?


 ちなみに、この組織では、会話程度では単位を使わない。

 長さや重さを語るときは、「長さ50」や「長さ0.5」とか「高さ200」などと言う。

 重さは、「重さ30」や、「重さ100」などと言い表す。

 訓練着を用意するのに、ハルカは身長を計られ「1.6」と言われたので、長さの数値1は1メートルで間違いない。

 ゆえに、高さ1500の山は、富士山の半分くらいと見ていいだろう。


「魔王というより、力的には、神の領域だなぁ」

 ハルカが、独り言をつぶやくと、


「魔王が神ですと? 不敬なことを言うものではありませんよ」

 ミケーレが、エラそうに言う。


「この魔王は、1000年ほど前に現れました、歴代最強の魔王でした。

 最強の魔王は、いきなりエルナート国にやってきて、エルナートの山を吹き飛ばし、王都を地獄の猛火で焼き尽くし、更地にしたのです」

 とミケーレの説明が続く。


「クレオ尉官は、『当時のエルナートの王が、魔王からの使いを惨殺し、魔王の逆鱗に触れた』と言ってましたけど?」

 とハルカ。


「ああ、そういうこともあったかもしれません。些細なことは、飛ばして問題ありません」

 ミケーレは言い切った。


 ――些細なことかなぁ? いきなり使いを惨殺したんだから、大問題だと思うんだけど。いくら麻薬王が相手とはいえ。


「あなたは、クレオ尉官に、『魔王の歴史』を学んでるんですか?」

 ミケーレが不機嫌に問う。


「クレオ師匠と世間話してるときに、『山を吹き飛ばした魔王が居た』って聞いただけですよ」


「まぁ、いいです。

 とにかく、その魔王は、実は、妻の尻に敷かれた魔王で、魔族の国から300年間、出て来ませんでした。

 そのうちに、不審死したと記録にあります。

 歴史上、勇者に討伐されなかった魔王は、この魔王だけです」


 ――うーん、クレオ師匠に聞いた話と、微妙に違うなぁ・・。


 クレオ尉官は言っていたのだ。


『王都を焼かれ、恐れおののいた人間たちは、ひたすら、大人しく、様子を見ておった。


 そしたら、魔王は、魔族とともに、魔族の国ドルフェス国(マフィアの本拠地があるところ)に引っ込んで、仲間の魔族らと、仲むつまじく、暮らし始めた。

 人間などには、目もくれず、見目麗しいと評判の魔族の姫君を侍らせ、それは、幸せそうに暮らしていると、ときおり、見せつけるように、わざわざ魔族が噂を垂れ流しに来おったそうだ・・。

 そのまま、300年が過ぎ。

 ふつうであれば、100年ごとに次ぎの魔王が現れるのだが、なぜか現れず。

 最強の魔王は、斃すこともできず。そのまま時が過ぎ。

 平穏が、300年続き。

 300年と少しの時が過ぎた頃、魔族の国で平穏に暮らしていたはずの魔王が、ふいに姿を消したという。

 そうして、それきり。

 どこにどうして消えたのか、魔族たちも、まったく判らなかった、と言い伝えられておる。

 最強の魔王は、この世界の歴史始まって以来、始めて討伐されずに消えた魔王。

 異例中の異例の魔王じゃった』


 ――1000年も前の伝説なんだから、正確さを求めてもしょうがないとは思うけど。きっと、クレオ師匠の話の方が正しいに決まってるよね。

 でも、奥さんの尻に敷かれている麻薬王、っていうのも、ちょっと面白いかも。



◇◇◇◇◇



 3週間経った。


 ハルカの訓練着姿も板に付いてきた。最初は似合わんと思っていたのだが、毎日、着続けているうちに、すっかり馴染んだ。

 剣の腕前は、スキルを取りまくり、訓練に励んでいるうちに、形になってきている。すでに、新兵レベルは卒業し、そこらの騎士には負けない。

 勇者チートのおかげで、弓術や体術、投擲などのスキルも手に入れ、暇さえあれば修行していた。


 もはや、『ゴブリンより弱い勇者』と影で笑われていたハルカではない。


 今日の模擬戦は、実践さながらの2対1の攻防を繰り返し訓練した。


「さすが勇者だなぁ」

 騎士たちが汗を拭いながら屈託無く笑う。


「師匠たちの訓練のおかげです」

 とハルカ。


「魔王が出てきたら、雑魚たちは俺らが始末しますからね」


「・・お願いします」


 ハルカは、訓練を終えて部屋に帰りながら、「はぁ」とため息をついた。


 ――こりゃー、逃げられんわ・・。

 しょーがない、女は度胸。

 頑張って、マオー退治、するか・・。

 師匠たちのおかげで、順調に強くなってるし・・。



◇◇◇◇◇



 明くる日。


 ――う~~む。


 ハルカは、ベッドに座り込み、綿製の生理用品を手に考え込んでいた。


 勇者(見習い)とはいえ、ハルカは一応、女の子である。ゆえに、月に一度、来るものがある。

 勇者招喚と身体の再構築を体験したせいか、ずっと遅れていた。

 もはや、勇者になったおかげで、女を辞めることになったか、と諦めの境地だったのだが。


 そろそろ来るかも・・、と体調の変化によって気付いたハルカは、侍女のエリザに頼んで生理用品を買ってきてもらった。エリザが持ってきてくれたそれは、日本の便利なモノとは似ても似つかぬ代物だった。


 ――う~~む。こんなモノで生理中に激しい訓練が出来るとは到底思えないなぁ。

 マズイ・・ぜったい、マズイ。あの、クマ師匠が生理休暇をくれるとは思えないし、申告もしづらい。


 明日の訓練に備えて、もう寝なければならないのだけど、心配で眠れそうにない。

 クレオ師匠は、「明日は、投擲のすごいワザを教えてやる」などと怖いことを言ってたし、アイリス師匠は、「明日は、雷撃を極めます」と言っていた。

 ゆえに、投擲スキルと雷撃スキルをグレードアップさせておかなければならない。師匠ふたりの訓練は過酷なのだ。スキルがないと死ぬ・・。


 ――スキル獲得・・? そうだ。錬金術スキルを手に入れて、超高性能な「生理用品」を作ろう。


 ハルカが錬金術というものを知ったのは、本の知識だった。

 ハルカは、侍女のエリザから、『魔法の種類』という本を借りて読んでいた。


 この組織での言葉は、言語習得スキルをいくつか取得して、すでに話せるようになっている。けれど、読み書きの方は、まだ学習中なので、練習をかねて、やさしい本を何冊か借りた。

 『魔法の種類』は、そのうちの一冊だ。

 なかなか面白い本で、その中に、「錬金術の魔法」のことが載っていた。

 なんと、錬金術のスキルがあると、「どんな物質でも作れる」んだそうだ。


 ――こいつは、使える・・。


 と、ハルカは思っていた。

 もしも、勇者業が失敗して、この組織から追い出されても、錬金術スキルがあれば、金儲けできるかもしれない。

 なにしろ、ハルカは、高校2年で、この組織に拉致されてしまったのだ。ハルカの学歴は、このままでは「高校中退」だ。

 自分の意思ではなく、理不尽な理由で高校中退になりそうなのだから、この組織に居る間に手に職をつけたって罰は当たらないだろう。


 明日の訓練のため、スキルのグレードアップも必須だけれど、生理用品も絶対に要る。スキル獲得はもはや熟れたものだ。必要なら、二度寝、三度寝してスキルを手に入れれば良い。


 ハルカは「錬金術とるぞ~」と口ずさみながら、分子や素粒子のレベルから物質が変成され、思いのままポーションや魔道具やインゴットを作り上げていく様をイメージする。


 ベッドに横になり、「錬金術」のことを夢想していると、やがて眠りがハルカの意識を支配していった。


 スキル獲得は、このひと月以上の間、繰り返し繰り返し、行ってきた。

 必要なスキルを手に入れるために、必死にスキルを願い、得てきた。

 コツは掴んである。


 まどろみの中で、「なんか、引っかかる・・」とハルカは感じた。

 ――錬金術スキル獲得は、そんなに難しいものなんだろうか・・。


 錬金術スキルが、スムーズに入ってこない。


 ――でも、必要だから、手に入れないと・・。


 無理矢理つかみ取るようにして、自分が錬金術師になるイメージを展開し、まどろむ意識を、さらに深い熟睡の中に落とし込んでいく。


 明くる明け方。

 目を覚ましたハルカは、無事に錬金術のスキルを手に入れていることを確認した。

 投擲スキルと雷撃スキルも二度寝、三度寝してグレードアップさせた。おかげで、かなり寝坊して朝食を食べそこねた。それでも錬金術スキルのおかげで、その日のうちに、超高性能生理用品を作り上げることに成功した。



 その後。


 アイリス師匠と雑談中。

 ハルカが、

「ここの生理用品は、使いづらいですよね~」

 と、こぼすと、アイリス師匠は、魔法を使って、清潔かつ簡単、完璧に処置する方法を伝授してくれた。


「魔導師の女の子限定のウラ技ですけどね」

 とアイリス師匠がウインクする。


「あはは・・」

 ――アタシのあの苦労はなんだったんだ・・。

 微妙に無駄な苦労をした気がした。


 それから、ハルカは、アイリス師匠に、錬金術スキルで作った超高性能生理用品を見せてあげた。

 師匠は、「まぁ、高く売れそうですわね」と、ちょっと驚いていた。



◇◇◇◇◇



 ハルカは、アイリス師匠に、ミーたんを紹介した。

 キジトラの子猫を飼っている、とアイリス師匠に話したら、会わせてちょうだい、と言われたのだ。


 クレオ師匠には、以前に、ハルカがミーたんを中庭で日なたぼっこさせていた時に、偶然、居合わせたので紹介してあげた。

 アイリス師匠には、この日、初めてだった。


「可愛い子ね」と、アイリス師匠が微笑み、「この札は?」と、ミーたんの首に掛かっている『ティム済み』を表す札を指さす。


「教育係のミケーレが、この札を手に入れてくれたんです。これを付けていれば、王宮内でも飼えるって」


「まぁ、あの文官が・・」

 とアイリスが眉をひそめる。


「師匠も、腑に落ちないと思いますか?」


「それは、まぁ、ねぇ・・」

 師匠は、なにか考え込んでいる。


 ハルカは心配になった。

 ハルカも、前から気になってはいたのだ。まさか、あの文官が、ハルカのために気遣ってくれるなんて、あり得ないのだから。


「あの文官は、融通が利くひとじゃないと思いましたけどね」

 アイリス師匠が物憂げに言う。


「ですよね」

 ――どういう風の吹き回しだろう。


「ハルカ、この『ティム済み』札の意味が判りますか?」


「飼い慣らしたペットであることを、示す札だと聞きました」


「そうです。でも、札の機能は、それだけではありません。

 王宮内の個室は、動物は入れないよう、魔道具が入り口に設置されてます。

 『動物たちが部屋に入りたがらなくなる』という効果があります。

 でも、『ティム済み』札を付けたペットは、楽に部屋に出入りできるようになります」


「そうだったんですか。

 でも、ミーたんは、札がないときでも部屋に入れられましたけど・・」


「ええ。強力な魔道具ではないので、魔力の強い人間が抱えて入ってしまえば、なんとかなるんです。

 それから、『ティム済み』札には、もうひとつの機能があります。こちらの機能の方が、大事なんですけどね。

 それは、狂乱状態になった動物を、止める効果です」


「狂乱状態・・? って、なんでしょう?」


「『狂乱状態』とは、使い魔に特有の、危険な状態です。

 使い魔は、主の命令に絶対服従です。

 主は、使い魔に、敵を襲わせることができます。

 その際、もっとも簡単な方法は、敵の目の前で、使い魔を狂乱状態にすることです。

 『ティム済み』札は、それを阻止するわけです」


「この札に、そんな機能があるんですか」


「ええ、その札は、魔道具なのです」


「狂乱状態の動物を、どうやって阻止するんですか?」


「殺すんです」


「・・物騒な札だったんですね」


「まぁ、おかげでミーたんが飼えるんですから、良かったですね」


「はい・・」


 ――なんだか不安だ・・。

 でも、ミーたんは、私の癒やしなんだ。

 ぜったい、守ろう。


◇◇◇


 それから、アイリス師匠から、ミーたんが迷子になったときのための、鈴付き「名札」をもらったので、ミーたんに付けてあげた。



◇◇◇◇◇



◆◆ ハルカの訓練日記 ◆◆



【蒼の月10日】


 今日から、くんれん日記を付ける。


 じじょのエリザに聞いたら、今日は、「蒼の月10日」だという。この組織は、こよみまで独とくだ。ホントの日付がわからん。


 アイリス師匠に、「文字を書くれんしゅうになるから」と、魔道具の日記ちょうをもらった。

 エルナートのことばは、もう会話はできるけど、読み書きは、おぼえてない。


 だから、がんばって、この国の言葉で、日記をかく。

 でも、さいしょのうちは、あまり書けない。


 この国の文字、むずかしい。


 魔道具の日記ちょうはおもしろい。

 こがた『タブレット』に、にてる。



◇◇◇◇◇



【蒼の月15日】


 あの役立たずの文官には、はらが立つ。


 なんとか、クビにできないものか。


 日記に書きたいけど、たんごのつづりを、まだおぼえてないから、書くのがタイヘンすぎる。


 スキルを手に入れて、書けるようにしてやる。



◇◇◇◇◇



【蒼の月18日】


 完璧だ。もう、エルナートの言葉の読み書きは、習得した。

 スキルさまさまですぜ。


 アイリス師匠が魔道具日記帳をくれるとき、「念入りに鍵かけておきましたから、ハルカ以外には読まれる心配はありませんよ」と言ってた。

 だから、安心して、洗いざらい書いてやる。


 あのアホ文官めは、初めて会ったころ、窓ガラスに映る自分の姿を横目でちらりと見て、ガラスに向かって微笑んでいた。


 あのときから、「なんて、アホみたいなヤツだろう」と思っていたのだ。


 あいつは、私の教育係のくせに、質問しても満足に答えないし、態度は悪いし、役立たずだった。

 あの文官の授業は要らないから、アイリス師匠とクレオ師匠の訓練時間を増やして欲しいんだけど、誰に訴えたら良いか判らない。


 アホ文官は、身につけている指輪や靴や金鎖なんかを見ると、おエラい人だと思う。

 だから、クレオ尉官やアイリス師匠に言ったら、迷惑になる気がする。


 この間、アホ文官は、魔物の生態についての授業で、「オーク(豚人間)やゴブリン(小鬼)は、年頃の人間の女を見ると興奮して捨て身で襲ってくるので侮れない」、と言った。


 アホ文官は、私が今では、オークなんぞ瞬殺できることを知らないのだ。

 アホ文官とは出来るだけ会話したくないから、これからも言わない。どうせ、信じないだろうし。


 さらに、アホ文官は、「でも、あいつらは、見た目でも女らしい女に興奮するので、勇者どのは、その点、安心ですから、落ち着いて対処すればよろしい」と、嘲るように笑いやがった。


 彼が言ってること自体に反論はない。けれど、アホ文官の言い方には、トゲがあった。

 いかにも、私が、「貧乳」と言いたげで。貧乳じゃないわい、ちょっと小粒なだけだし!

 形はいいんだから!


 でも、ここで動揺したら敵の思うつぼだから、

「ミケーレどのは、見た目、女っぽいから、気をつけた方がいいかもしれませんね」と、言ってやった。

 あやつは、「ご冗談を」と答えた。

 嫌みで言った積もりなのに、平気な顔をしている。

 それどころか、なぜか、嬉しそうだ。


 なぜだろう?

 もしや、あいつは・・。

 これは、検証する価値があるかもしれない。



【蒼の月25日】


 「町に出てみたい」と、エリザに言ったら、訓練の無い日に町に連れて行ってくれた。

 エリザは、ふわふわの銀髪に大きな薄緑色の瞳の子だ。私よりひとつ年下だという。

 恋人は居ないの? と聞いたら、頬をほんのり染めて、「婚約者がおります」と言ってた。リア充やん。可愛い。


 商人街でお買い物していたら、化粧品を売ってた。エリザが、口紅を買っていたので、私もお付き合いで、綺麗なピンクの口紅を買った。


 でも、よくよく考えたら、訓練三昧の日々をおくっている私には、つける機会がない。

 それで、あのアホ文官にあげた。

「口紅を買いすぎた(ひとつしか買ってないけど)ので、差し上げます。

 妹さんにでも、あげてください」

 と渡した。

 アホ文官は、「妹なんか、居ないけど」と、ぶつぶつ言ってたけど、無理矢理、おしつけておいた。



【蒼の月26日】


 今日は、アホ文官の唇が、なんとなく、ピンクだった。

 拭い取りきれなかったのだろう。

 笑いをこらえるのが大変だった。


 ポーカーフェイスのスキルって無いのかな。


 目覚めてしまえ、アホ文官。



◆◆ ハルカの訓練日記 ◆◆



【朱の月10日】



 今日は、アイリス師匠とクレオ師匠、ふたりの師匠と一緒に修行だった。

 結界魔法の修練をやった。


 結界魔法は、1週間くらい前から訓練を始めている。


 アイリス師匠は、身体強化魔法が完全に身につく前に結界を覚えてしまうと、結界に頼って身体強化がおろそかになる、と結界魔法を後回しにしていた。


 身体強化魔法は、運動神経が超人になるやつで、オリンピック選手なら垂涎ものだ。すげ~ったら。


 身体強化魔法は、使いこなすのに手こずった。私の運動神経にはオーバースペックだったらしい。


 スキルを取得して、魔法を発動させること自体は、すぐに出来た。

 けれど、全身くまなく纏わせ、絶えず発動し続ける、というのが難しかった。

 勇者チートがなければ、ぜったい、ムリなスキルだった。


 こういう風に、もともとの私の能力不足が原因で訓練がうまくいかないと、すごく落ち込む。


 自衛隊の特殊部隊のひととか、空手の達人とかを、スカウトしてほしかったなぁ。


 でも、家庭をもっているひとが拉致されるのは、気の毒な気がする。

 奥さんとか、小さい子供の居るひとが、いきなり、連れてこられたら、辛いだろうな、と思う。


 私は、ちょうど一人暮らしに憧れるお年頃だったから、ここで暮らすこと自体は、抵抗がないかな。

 元の住まいでは、妹と、棚やパーティションで分けた部屋を共有だったから、超狭かったけど、今の部屋は、ひとりで広々した部屋を二部屋つかってるし、壁紙やカーテンとか高級そうで綺麗だし、部屋は良いよね。


 家族と、こんな形で離ればなれになったのは寂しいけれど、過酷な組織に居るせいか、思い出す余裕があまりないな。マフィアを壊滅してやったら、家族もきっと間接的に助かるよね――なんて、カッコイイじゃん、アタシ。秘密結社のメンバーっぽい。


 それで今日は、身体強化と結界で、クレオ師匠の攻撃を防ぎきれるか、模擬戦をやることになってた。


 でも、まだ未熟だから、アイリス師匠が心配して、付いてきてくれた。


 私は、訓練場の真ん中で、魔力を練り上げ、結界の準備をした。

 麻薬王との攻防は、音速で繰り広げられるので、よほどの大技以外は、瞬時に発動させなければならない。とアイリス師匠は言う。


 「音速の攻防」という意味が、ちょっと判らない。


 身体に強化魔法を纏ってから、結界を張った。


 アイリス師匠が、

「では、クレオ尉官、ハルカは・・」と注意事項を述べ始めた。


 私の結界魔法は、まだ発展途上だ。クレオ師匠に思い切りぶっ叩かれたら死ぬ可能性がある。その点を、よおぉ~く尉官に説明して欲しい、とアイリス師匠に頼んでおいたのだ。


 ところが、アイリス師匠の話の途中で、結界を張り終わったと見切ったクレオ師匠は、木刀を思い切りふるってきた。


 ゴッツン・・。と、不気味な音が、遙か遠くに聞こえた気がした。


 アイリス師匠が即座にヒールしてくれたらしく、すぐに立ち上がることができた。


 ゴリラ師匠に抗議しようと思ったのだが、


「ほほう、さすが勇者どのの結界。あの威力の太刀が、ほとんど効かぬのか!」と、クレオ師匠が、感心してくれた・・って、違うって!!


 そのあと、また、クレオ師匠は、本気で打ち込んで来た。

 でも、気絶したときに、すげぇグレードアップした強力な結界魔法のスキルを手に入れたらしく、超絶堅固な結界を張れて助かった。



 クレオ師匠との訓練は、命がけだ。


 ほんと、困る。



◇◇◇◇◇


『呪いのダンジョン』



 ハルカが、よくクレオ師匠に連れて行かれるダンジョンは、正式名称、「王都南騎士団管轄特別監視洞穴」・・あるいは、「王都南のダンジョン」。

 けれど、このダンジョンを、そんな名前で呼ぶ者は居ない。

 別名、「ゴミダンジョン」。あるいは、「呪いのダンジョン」。



 ある日、アイリス師匠が、その名前の由来を教えてくれた。


「クレオ尉官が、ときおりハルカを連れて行ってるダンジョンは、ワケありのダンジョンなのよ」とアイリス師匠は、話し始めた。


「その昔、あのダンジョンが出来たてのホヤホヤのころ。ある魔導師が、イタズラをしましてね。

 出来たてのダンジョンだったから、攻略は簡単だったのでしょう。

 最下層のダンジョン・コアまでたどり着き、コアに、『脆弱の呪い』をかけたのです。


 その魔導師は、たいそう強力な魔導師でしてね。

 以来、呪いが解けませんの。

 おかげで、あのダンジョンは、最下層は4階止まり。

 ゴブリンやオークくらいしか魔物が出ないし、宝箱も無いし、珍しい薬草が採れるわけでもない。鉱石も採れない。

 役立たずダンジョンに成り果ててしまいましてね。

 ですから、冒険者も訪れず。

 とはいえ、ちゃんと管理しませんと、ゴブリンやオークが湧き出て来ますのでね。

 ホントに、王都のお荷物ダンジョンなんです。

 ときおり、新人騎士の訓練も兼ねて、ゴブリンとオークの間引きをしているところなのです」


 ――それで、洞窟の出入り口に、退屈そうに見張りの兵士が立ってたのかぁ。

 と、ハルカは合点した。


「じゃぁ、ダンジョン・コアを破壊して、潰して無くせばいいんじゃないですか?」

 とハルカ。


「ええ。そうしたいところなんですが・・。呪い付きのコアですからね。

 下手に破壊すると、破壊した者に呪いが跳ね返って来ますし、なにしろ、ムダに強力な呪いがかかってるものですから、手が出せず、放置してるんですよね」


「はた迷惑な魔導師ですね。そいつに責任とらせればいいんじゃないですか?」


「それがですね・・。

 彼は、そのあと、魔王討伐で活躍してくれたんですけど・・。その時に重傷を負って亡くなってるのです。

 どうやら、無理矢理、魔王討伐にかり出されることの仕返しに、ダンジョン・コアのイタズラをしたみたいですわ。

 よほど行きたくなかったんですね。


 彼は、当時、新婚さんだったんです」


「・・可哀想な方だったんですね」

 ――こりゃ、責められないわ。


「ええ・・。そうです。

 ちなみに、その魔導師は、我が家の三代前の当主の長男でした」


 ――・・師匠、返答がしづらいです。お話が、重いのか軽いのか、判らなすぎて・・。



 その後。


 ハルカは、『ダンジョンの歴史』という本の中で、「呪いのダンジョン」に呪いをかけた魔導師の挿絵を見た。

 噂の新婚の奥さんと一緒に並んで居る画だった。


 魔導師は、小太りの中年のおっさんだった。

 それから、魔導師の隣で、たおやかに微笑む新妻は、15歳くらいの、お花の妖精のような超絶美少女だった。


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