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19)北の魔森にて




「アロンゾ、どこに行っていたんです? 連絡が付かなくて、心配しました」


 アロンゾは、王宮に戻ってほどなく、セシーに捕まった。

 本当に心配していたらしく、表情が険しい。


 ――よほど、シュン発見の先を越されたくないんだな。


 アロンゾは苦笑した。


「私なりのツテを使って、探してました」

 声を潜めて答えた。ふたりは、王宮の廊下に居た。


「なにか、判りましたか?」


「まだです。

 ・・ところで、セシー。

 この間、お願いした件は、いかがでしたか?」


「居場所を変えませんか」


「ええ、その方が良いでしょうね」


 ふたりは、セオドアの控え室に入った。

 セオドアの部屋は、片付けて王宮に返されるはずだったが、そのまま、セシーが使わせてもらうことになった。

 見た目よりも性格は無骨なセオドアの控え室は、飾り気がない。

 予備のためか、新品の武具が部屋のテーブルに鎮座している。


「総務部勤めの兄に尋ねました。

 なぜ今ごろ、そんなことを、と聞かれましたが、あの当時のことを、整理して、理解し直そうとしている、と言っておいたわ」


「手間をかけました」


「いえ。私も、聞いて良かったです。

 愚王の王妃は、逃亡し、行方は判らなくなったそうです。

 おそらく、死んでいるだろう、と兄は言っていましたが、兄自身も、信憑性に欠けると思っているみたいです。

 王妃は、王宮の塔の一室に閉じ込められたはずなのに、明くる朝には姿が見えなくなり、見張りは3人とも死んでいた。

 見張りの3人は、ひとりは真っ二つに、ひとりは灰になり、ひとりは巨人に踏まれたように潰れていた。

 それだけの惨劇があったのに、物音はしなかった。

 その日の夕刻、王妃とともに逃げたはずの侍女の遺体が見つかった。

 呪いのダンジョンのある王都の森で。魔物に上半身を喰われていた。

 でも、王妃の姿はどこにもなかった」


「判りました。

 有り難うございます」


「アロンゾの欲しかった情報は、ありました?」


「王妃は、『暗示』の術が使えた、と小耳に挟んだのです。

 それで、王妃のその後が気になりました。

 ハメスは、『暗示』が得意だった疑いがありますから」


「そうでしたか」

 セシーは物憂げにうつむいた。


「セシー、愚王の王妃の名は、呪われていますので、もう、忘れて下さい。

 王妃の名は、想い出すのも不浄です。

 協力していただいて、感謝します」


「いいえ。

 そういえば、兄も、愚王の王妃は不吉な存在だから、あまり関わらない方が良い、と言っていました」


「ええ、さすが、ヴェルガ家の跡取り、よくご存じです。

 ところで、シュンの件ですが。

 協力者に、手助けを依頼してきました」


「どなたですか?」


「秘密です・・と、言いたいところですが、口外しないと約束していただけますか?」


「約束します」


「ぜったいですね?」


「契約魔法でしばってくれてもいいです」


「了解」


 アロンゾは、契約魔法の魔方陣を短杖で宙に描く。

 「汝は契約する・・これから述べられる者の全てについて他言はしない事を」と、投げやりなほど簡単な契約の言葉を呟く。


「秘密を護ることを誓う」というセシーの言葉が発せられると同時に、宙に浮かんだ魔方陣に光が走り、セシーの頭上で砕けた。


「一人目の勇者、ハルカ」

 と、アロンゾは打ち明けた。


「一人目の勇者?」

 セシーが怪訝な顔をする。


「一人目が居ることを、知らなかったんですか?」


「招喚の儀式を何度も行ってることは聞いていたけれど、すべて失敗だったと・・」


「一度目の招喚は成功していたんです」


「それなのに、シュンを招喚したというのですか?」


「そうです」


「・・なぜ?」


「一人目が少女だったから、と聞いています。

 心許ない、と」


「ハルカは、失敗だったのですか?」


「いえ」


「では、シュンより、強いのですか?」


「どうでしょう?

 ハルカは、生きている氷龍のヒゲを、なにげなく断ち切れるくらいの強さです」


「・・判りました、なんとなく。

 その、一人目の勇者は、今、どこに居るの?」


「一人目の勇者は、今、行方不明、ということになっています。

 ですから、ハルカの居場所は、極秘です。

 私が彼女と会ったのは、ドゥイッチの森のダンジョンでした。

 もしも、シュンを見つけたら、連絡してくれることになっています」


「行方不明って・・どういうこと?」


「ディアギレフ領のことで、彼女は、王宮に逆らった。

 ディアギレフ領の結界を壊すよう、依頼されたのに、彼女はやらなかった」


「ディアギレフ領・・あのオークの群れに襲われた?」


「そうです。

 ハルカは、オークの群れに襲われ、死んだことになっています」


「でも、無事だったのね」


「当たり前です。たかがオークです」


「でも、数十万の群れだったと・・」


「何億の群れだとて、オークはオークです」



 ――オークの群れは、突然、出現した地面の裂け目のおかげで、隣村には襲って来なかった。

 あの件には、ハルカが絡んでいた。

 『連中』にとって、強すぎる勇者は、要らない。

 ハルカは、要らない勇者だった。

 一人目の勇者も、迫害された・・。


 アロンゾが思考していると、


「途方も無い話だわ・・」

 と、セシーが呟いた。


「とりあえず、私たちの目的は、シュンを見つけることです。

 それで、あなたは、シュンに剣を渡す。

 ハルカとシュンは同じ異世界の人間ですから、ある程度、近くに居たら同じ波動に気付けます。

 ハルカだけに頼る積もりはありませんが、打てる手は、打って置いたわけです」


「判ったわ。

 期待しておきます」



◇◇◇◇◇



 エルナート国、「北の魔森」。


 王都の北に位置する、マヌアガム領の森は、北の魔森と呼ばれている。

 「ダンジョンに生りかけた森」、などとも言われている。魔獣が異常に多い森だ。

 森は広すぎる上に危険で、調査しきれていない。


 なぜ森が危険地帯になっているのかは、伝説のような仮説がある。


 その昔、まだエルナートと魔族の国が海で隔てられていなかったころ。魔族が魔霊樹の木を大量に植えていた場所、と伝えられている。

 魔霊樹の木は、怨嗟を吸い瘴気を溢れさせる木だ。今はもう、エルナートには無い木だが、伝説が本当なら、余韻が未だに残っていることになる。



 王宮から逃げ出したシュンとキアゲハは、王都にしばらく潜伏したのち、ナバラルの町に移った。

 ナバラルに来たのは7日ほど前。ナバラルは、北の魔森にほど近い町だ。

 森で魔獣を狩り、町に戻って金に換え、生活費を得る日々を、数日続けていた。


「銀貨2枚か・・」


 シュンはベッドの上で、今日、森で採れた素材を売り、手に入れた金を眺めていた。


『まぁまぁだな』

 キアゲハが応えた。


「効率としては、どうなんだろ。

 宿代と食費、交通費、投擲用ナイフや雑費を引いたら、大銅貨6,7枚しか残らない」


『プラスだから、いいんじゃないか』


 タイジュは、この国の貨幣相場を考えながら答えた。

 おそらく、銅貨100円、大銅貨1000円、銀貨1万円、金貨5万くらいではないだろうか。

 つまり、シュンのこの日の純利益は、6000円から7000円程度。

 仕事の危険度からすると、微妙だ。

 だが、エルナート国でなんら後ろ盾もなく、学歴や資格もない少年の稼ぎとしては上等だった。


「ゴミダンジョンのオークの魔石は、ひとつで大銅貨5枚にはなったよ。

 それで、安い宿なら一泊して食事も出来た」


『あのオークの魔石があって助かったな』


「うん。っていうか、あのオークの魔石が大量にあったから、王宮を飛び出す気になったようなもんだし。

 でも、ショートソードを買ったから、そうとう目減りしちゃったな」


 シュンは、王宮から出てすぐに、セオドアが良いと言っていた武器屋でショートソードを買った。手持ちの金が足りず、オークの魔石を見せたら、金の代わりに受け取ってくれた。

 良い剣だった。だから、後悔はしていない。


『武器は必要だ』


「剣は気に入ってるよ。

 でも、デカい買い物をした分、稼がないと。

 父さん、やっぱり、ダンジョンの方が効率いいな」


『そうだな。

 まだ、北の魔森での狩りのコツを判ってないからな』


「アロンゾと、王都の方から通っていた辺りの森なら、地形や、どの辺にどんな魔獣が居るか覚えてるけど。ナバラルの町からだと、ダメだよな。船着き場の川辺の辺りは、安い魔獣しか居ないし」


 北の魔森は広大な魔の森だ。ここで魔獣を狩る冒険者は多い。


 北の魔森は、ダンジョンのごとく特殊な場が形成されていて、転移魔法が使えない。

 その代わり、森から魔獣があふれ出すことが、あまりない。

 そういうわけで、森で魔獣を狩る冒険者たちは、交通手段を考えなければならない。


 北の魔森に入るには、王都からなら馬車で2時間かかる。


 距離的に近いのはナバラルの町だが、川を渡る必要がある。

 川幅は広く、シュンの天駆では、飛び越えるのがきつい。

 船を使う交通費はけっこう高く、乗り合い船は時間が決まっているので面倒だ。


 マヌアガムの町からだと、船を使う必要はなく、馬で2,30分ほどで森の狩り場に着く。

 その代わり、マヌアガムの町は、通称「ぼったくりの町」と言われ、森に通うのに便利なのを良いことに、宿代から馬代から、なにもかも高い。ぼったくり価格だ。


 北の魔森周辺の、他の小さな村の数少ない宿は、固定客で埋まっている。


 北の魔森を長く狩り場にしている冒険者は、森の中に拠点を築いている者が多い。

 シュンも、森で何度か野宿しているが、虫や小動物や魔物がうようよ居る森で結界を張りながら寝るより、町の宿に泊まる方が快適だ。

 けっきょく、金を使って町の宿から通うほうが多かった。


『北の魔森は、もう辞めて、ダンジョンにすればいいんじゃないか』


「う・・ん。

 でも、15歳からなんだろ、ギルドに登録できるのは」


 シュンは、冒険者のギルドは見学に行った。

 説明も聞いた。

 だが、登録はまだしていない。

 ギルドに登録せずともダンジョンには入れるが、獲った素材はギルドに卸した方が楽だ。ギルドは足元を見ないし、夜中でも受け付けている。ダンジョンの詳細情報も手に入る。

 なによりも、ギルドに依頼されている仕事を受けると、より実入りが良い。

 どう考えても、ダンジョンに潜るのなら、ギルドに登録をしたい。


『シュンは、もう、15だろ』


「この世界では、俺は、15に見えない。

 真否判定受けるのは、嫌だし」


『真否判定を受けても、大丈夫じゃないか? 年齢を見るだけなら』


「そうかな。俺、偽名使いたいし。

 異世界人であることがバレたら困るし」


『僕が思うに、冒険者ギルドでは、そんなに厳密に、真否鑑定は、しないんじゃないかな。

 せいぜい、犯罪歴くらいだろう。

 「鑑定」ではなく、「真否判定」なのだから、神経質にならなくても大丈夫だよ。

 そうでなければ、ギルドに登録する冒険者が半減するよ』


「そっか・・」


『僕も、そのうち、冒険者ギルドに登録できるかもしれないよ』


「え・・どうやって?」

 シュンは、ベッドから身を乗り出して、椅子の背にとまるキアゲハを見つめた。


『体を、実体化、できるかもしれない』


「実体化・・って?」


『僕の身体を作るんだ。

 スキルを獲得するに連れて魔力がずいぶん増えたし、魔法も色々使えるようになってる。

 錬金術も、最上級レベルまで上げられてるから、できると思う』


「マジ? 人造人間に乗り移る、ってこと?」


『人造人間というほどのものではないけど・・』


「でも、難しいんだろ? 失敗したら、危ないんじゃないか?

 俺としては、今のままでもいいんだけど。持ち運び便利だし」


『父親を持ち運び便利とか言うのは、良くないと思うよ・・』

 心なしか、父の声が、がっかりしている。


「でも、父さん、この世界で実体化して、生きていけるかな・・」


『こう見えても、野山を駆けまわって育ったんだから、運動神経は悪くないんだよ』


「そうかな? 父さん、少し、太めだったし」


『あぁ、それは・・。僕の実家では、毎食、料理が山ほど出て、残してはいけない家庭だったから。肥満細胞が増えてしまったらしくて・・。

 あれでも気をつけてたんだけどな。どうしても年取ると代謝が落ちるよね』


「それで叔父さんも太めだったのか・・」


 ちょっと可哀想になる。


『僕は、実体化すべきだと思ってる。やはり、子供がひとりで生活しているのは、不便なことも多いだろう。

 見ててハラハラする』


「これでも勇者だよ」


『いや、社会的に見て心細いだろう。

 父親として、中学も卒業していない息子が、ひとりで命懸けの仕事をして生活費を稼いでいるのを見るのは不憫だ』


「そう言われれば、そうかもしれないけど・・。

 でも、この世界では、当たり前のことだし。

 俺なんか、戦闘力があるだけ、恵まれてると思うよ。

 もう、この世界に慣れようよ、父さん」


『実体化は、する』

 キアゲハは、やけにきっぱり、言い切った。


「はぁ・・。判ったよ・・」


『それで、材料になる死体が要るんだ』


「え? 死体に乗り移るの? なんか、嫌だな」

 思わず、シュンの眉が歪んだ。


『いや、その・・死体に乗り移る、というのは、考えてなかった。

 「自分の身体を作る」としか・・』


「その、「作る」っていうのが、いまいち、判らないんだけど」


『僕は、そもそも、なにかに乗り移るような特技を持っていないから。

 それに、波動的に、この世界の人間は、地球人とは、微妙に違うみたいだし。

 自分の身体を作った方が、しっくりすると思う。

 そうしないと、せっかく覚えた魔法を、うまく、使えなくなりそうなんだ。

 だから、「死体を材料にする」という言い方になる』


「死体を材料にして、父さんの姿を作る、ということ?」


『うん、そう。

 僕の魂に刻まれた体の記憶を、そのまま再現する。

 ただ、健康な状態に戻りたい、とは思ってる。

 僕の短い人生の中で、とくに、最後の方は、疲れてボロボロだったから。

 なるべく、健康な体を得るつもりだ』


「ふうん。それで、どんな死体がいいの?」


『年寄りは体が固そうだから、若い方がいい』


「性別はどちらでもいい?」


『女は嫌だ』


「なんか、ワガママな言い方だな。

 見た目は? 背は?」


『あまりデカく無い方がいいかな。見た目はどうでもいいけど。

 どうせ、作り直しになるから。

 微調整はできないんで、単純に「元の体の復活」で、全力を尽くすつもりだ。

 あと、瘴気にまみれていない・・つまり、呪い殺されたりしていないこと。

 腐ってない、新鮮な死体』


「了解。

 わざわざ、死体を作るつもりはないけど、機会があったら、善処するよ」


『頼んだ』


「でも、そのためにも、ダンジョンの方がいいよね。

 人の密度が高いし、ダンジョン内で死ぬひとも多いしさ。

 そういう死体を遺族に内緒でかすめ取るのは、ちょっと悪い気もするけど」


『ダンジョン内の遺体は、どうせ、その場で火葬か、ほったらかしだろう?

 使ってもいいんじゃないか』


「だね」





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