17)捜索
ハルカの龍退治のあと。
クレオの隊は、しばらく、イドリスの町に留まっていた。
龍の死骸の後始末は、王宮主導で行われることになったが、クレオは、気になることが多々あったので、索敵のジャンとエイブに探らせた。
その結果、幾つかのことが判った。
龍は、エルナート国の龍ではない可能性が高い。
龍の肉は、ハルカが斃したあと、速やかに腐り始めていた。
エルナートの龍であれば、そういう現象は起きない。
龍の遺体から立ち上る瘴気も酷い。
魔族の国ドルフェスから来たと思われる。
また、龍が現れたときに国境を警備していた隊が全滅している――と思われるが、どこの隊が詰めていたのかが、判らなくなっている。
クレオ隊は、龍が現れた丁度その日の朝に、休みを終えて任務に戻った。
前の隊と引き継ぎをする予定だったが、いつも引き継ぎが行われる森の拠点には、前任の隊が来なかった。
足留めされている間に襲い掛かって来たのが、おぞましい龍だった。
ハルカの御守りがなければ、多大な犠牲が出ていた。
さらに、クレオは、イドリスの町で休みを取っているときに、任務に当たっている他の隊らとも会っているが、今回、イドリスで任務に充てられていた隊は三個だった――行方不明の隊は除く。
三個の隊は、クレオが提唱していた魔導師と騎士の隊との連携に賛同していた。
つまり、魔王戦を実際に想定した訓練をしなければ手遅れになる、と危機感を持っているマトモな隊ばかりだった。
もしもハルカが龍を斃さなかったら、そのマトモな隊らが、イドリスで、龍に殲滅されていた可能性があった。
龍を調べている王宮が公表した調査結果を見て、クレオは暗澹たるものを感じた。
『コダナートの山の龍が、たまたま、ドルフェスから漏れてくる瘴気に当てられて、狂乱状態になったようだ』
コダナートの山の龍がイドリスに来るわけがなく、たとえ来たとしても、愚かに瘴気に当てられるわけもない。
その後、クレオの隊は、イドリス領から、無事に王都に戻った。
クレオは、王都に戻ると、ディアギレフ領での件を調べさせた。調査の結果、なにが起こったのか、だいたいのところを掴んだ。
エルバ領主のグレブは、ディアギレフ領を自分の領地とするために、工作活動をしていた。
その裏工作がうまくいったのだろう。
ハルカに、ディアギレフ領の結界の破壊をやらせることになった。
ハルカに命じたのは誰か。
命令系統が込み入っており、判然としなかった。グレブから金をもらった法務部の誰かだろうと思われる。
グレブは、ディアギレフ領の結界が破壊できたら、オークをけしかけ、ディアギレフ領を殲滅、のちに、全てを自分の領地とするつもりだったようだ。その上で、オーク討伐のための補助金をたんまり支給してもらおうと目論んでいた。
ディアギレフ領は、領内の山の麓にオークの巣窟がある。数多ある洞窟の奥が住処になっているため、放っておくと、オークが増えすぎる。
ディアギレフ領主は、昔から、オークの間引きを任務としていた。
ところが、前の愚王の時代に、ディアギレフ領は、聖女の事件絡みで弾圧を受けた。
聖女たちが、獣人の国フィレへ逃げ込むのを、ディアギレフ領領主が手助けしたとみられたため、オーク討伐のための補助金を打ち切られた。
結果、オークの討伐に人手を割くことが出来なくなり、オークがどんどん増えていった。
ディアギレフ領の町の結界は、そのおりに強化された。
誰も中に入れない。誰も出てこない。
そのままオークの間引きは、放っておかれた。
おかげで、オークが、さらに増えた。
グレブに頼まれた『誰か』は、ディアギレフの町を護っている結界を、ハルカに壊させようとした。
他に、壊す方法が見つからなかったからだろう。
ところが、ハルカは、これを断った。
ハルカにオークをけしかけたのは、腹を立てたグレブのスタンドプレイと思われる。
しかし、領主のグレブほか、関係者一同、オークの群れに殺されており、生き残りは、領主の長男、ただひとり。
彼は、オークの群れがまばらになった隙に、邸の地下室からディアギレフ領の町に助けを求め、生き残ることが出来た。酷く衰弱しており、詳細は聞けない有様という。
今のところ、オークの群れは、ディアギレフ領からは、ほとんど出ていない。
オークたちは、ディアギレフ領と隣村を結ぶ道の真ん中に、ぽかりと開いた穴に落ち込んで、数を減らしているという。
とりあえず、よそへの被害は押しとどめられている。
クレオに情報提供してくれたギルド組織連合副会長のキーラの話によると。
「その穴というのが、すさまじい大地の亀裂で、穴の底には、毒液と毒ガスが詰まっていて、落ち込んだオークが、残らず溶けてるって話。
まぁ、よくもそんな穴が、ちょうどよく空いたものよねぇ」
クレオは、「それは、儂の弟子がやったかもしれん」と応えておいた。
――ハルカは、死んだことになっておるんだのぉ。
どうしたものか。
このままにしておいた方が、狙われなくて良いような気もするのぉ。
とりあえずクレオは、副官とも相談し、「ちょっと、様子を見ておこう」ということにした。
◇◇◇◇◇
アロンゾが、ノックの音に応えてドアを開けると、セシーが立っていた。
ドアを開ける前からセシーであることは見抜いていたが、アロンゾは、セシーをいぶかしげに見た。
男性の文官や武官の寮や宿舎の建ち並ぶ王宮北にある区画に、そもそも女性が入り込んでいる姿を見るのは希だ。
王宮内に要職の親族をもち、実家は公爵という立場のセシーは、かなり自由に王宮内を歩き回れるが、まさか男性の寮にまで出向くとは意外だった。
「話がありますの」
と、セシーに居丈高に言われ、アロンゾは、無言で室内に通した。
「アロンゾ、あなた、シュンを探すの?」
閉じられたドアの前に立ったまま、セシーが言った。
「まだ、彼の訓練の任務を終えられたと思っていませんから」
アロンゾは、やむなく応えた。
「私も、シュンを探したいんです。
どうしても。
彼に、渡したいものがあるんです」
「なにを渡すつもりですか?」
「兄の遺品を。剣を渡そうと思っています」
「竜雲剣ですか」
「ええ、まぁ、そうです」
「あなたの家の家宝でしょう」
「あの剣は、今は、私のものです。
私の家から、騎士は、私と兄しか出ませんでしたので。
父は、私に、兄の剣をくれました」
――気前が良いな。
と、アロンゾは思った。
セシーは、公爵の第二夫人の子だ。
ヴェルガ家には、正妻の子息子女らが5人居る。
第二夫人の息子と娘は、万が一の保険、あるいは、駒に過ぎない。
そのセシーに家宝を与えたらしい。
「公爵に話したんですか?」
「いいえ、必要ありません。私の剣ですから。
私は、聖剣に関するあの噂が、単なる噂ではなく、本当であることを知っています。
兄と父が話しているのを、偶然、聞いたんです。
聖剣は、ないのですよ。前王が、聖剣をたたき割ったので」
「たたき割ったのが事実かは判りませんが・・」
「竜雲剣は、聖魔法との相性が良いのです。シュンなら、魔王討伐に使えます。
どうしても、渡したいんです」
「今さら、シュンが、魔王討伐に関わるはずがないでしょう。
こんな目に遭って。
命をかけてエルナートのために闘ってくれると思いますか?
この有様で、エルナート国と、勇者と、信頼関係が築けると思いますか?」
「魔王討伐をしてくれなくてもいいです。
お詫びです」
「魔王討伐をしないのなら、剣など、必要ないでしょう」
「それは、シュンに直接、聞きます」
――彼女、なにを必死になってるんだ? 不可解だ。
アロンゾは、『心奥の鑑定』で、セシーの心を覗いた。
セシーは、無防備になっていたため、読み取り易かった。
「シュンは、王宮の方でも、探していると思いますが」
アロンゾはセシーを探りながら、返答した。
「ええ。
でも、探し手は多いほど良いですから」
「すみませんが、私は、これから所用がありますので」
アロンゾはセシーを部屋から出した。
ドアを閉めると、使い魔の虫を取り出す。
窓を開けると、寮の敷地から歩み去るセシーの後ろ姿が見えた。
ブーツに視線を送る。
虫はアロンゾが目を留めたセシーのブーツの後ろ部分に貼り付いた。
――なんだったんだろう、あの感情は。
セシーの心は、苦しみ、乱れていた。
「シュンへの強い執着」・・偏執的なほどの。
「罪の意識」「強い贖罪感」・・。
――彼女、いったい、なにをしたんだ?
調べる必要がありそうだ。
――それから、「秘密の共有」。
シュンの秘密か・・どんな?
シュンが、なにか秘密を抱えていることは知っていた。
おそらく、「隠蔽」のスキルを持っていることも、予想していた。
シュンの胸の内は掴めなかった。
――これでは、私の『任務』も、進まない。
それにしても、シュンの訓練を、いったい誰が、何のために邪魔しようとしているんだろう。
勇者の訓練を邪魔しても、得するのは魔王と魔族だけだ。
――人間側に、得する者が居るか?
居るとしたら、魔族に脅されているか、騙されている奴か。
人質でも、取られているのか。
勇者が魔王に敗れたら、人間どもは、皆殺しだ。
それも、生易しい殺され方ではない。
なぶり殺しだ。
――それを欲する奴が居るとはな。
◇◇◇◇◇
4日後。
再び、セシーが、アロンゾの元を訪れた。
アロンゾは、あれから、セシーの行動を虫に見張らせ、セシーが、アロンゾだけではなく、他の数人の文官や、武官、商人などにも、シュンの行方を当たらせようとしているのが判った。
なぜアロンゾのところに来たのか謎だったのだが、単に、手当たり次第に当たった中のひとりが、アロンゾだったらしい。
アロンゾの部屋に入ったセシーは、前回同様、立ったまま、アロンゾを詰問した。
「偽証した騎士を糾弾したのは、あなたですね?」
「糾弾? 問い合わせをしただけですが?」
「宮廷魔導師が、騎士の言動を問い合わせること自体が、糾弾と同じようなものです」
――なにを大げさな・・。
アロンゾは眉を顰めた。
シュンやセシーと、異なる証言をしている騎士について、法務部の文官に尋ねたのは本当だ。
冒険者ギルド辺りで言われている話と、騎士の証言が違っているので、「どうしてですか」と尋ねたのだ。
シュンの教育係として気になる、という建前で話を付けておいた。
偽証をしている騎士は、大した貴族ではない。
揺さぶりをかければ事態が早く収拾するのではと期待してやったまで。
糾弾などということを、宮廷魔導師ができるはずもない。
エルナートの宮廷魔導師は、騎士階級の下なのだ。
戦闘時の重要度は高いと思われる宮廷魔導師だが、地位は低い。
「そのことには、感謝しています。私には、勇気がなかったので」
とセシー。
「泥を被る勇気がなかったことを、わざわざ私に報告しないでください」
「遠方の治療院に閉じ込めるぞ、と言われて、気が焦っていただけです。
私は、あのとき、あったことを、正直に話しました。
ですが、狂ってると言われて・・」
「狂ってる?」
アロンゾは、セシーの表情をうかがった。
「そうです。私は、狂ってると。そう言われたんです、法務部の文官に。
あの場にいた騎士は、5人です。それから、隊長のセオドア。
セオドアとハメスとボリス、バナドは死にました。
生き残りのひとりは、『勇者の魔法が暴走したようだ』と言い張った。
真実を証言したのは、シュンと私だけだった。
ですが・・。シュンの証言は虚言と断じられ、私は、狂ってると言われた。
本当のことを話したというのに」
セシーの口調に、悔しさが滲む。
文官ごときに、公爵令嬢が、「狂ってる」と言われたのだ。
腹を立てても不思議は無い。
――セシーとセオドアの父親、ヴェルガ公爵は、この件で、どういう立場なんだ?
あるいは、シュンを追い詰めようとした奴は、よほど地位が高いのだろう。
「あの事件のときにあったことを、うかがっても良いですか」
アロンゾは、事件の詳細は、すでに調査済みだった。
けれど、セシーの口からも聞いておきたかった。
アロンゾはセシーに椅子をすすめた。
セシーは、椅子に落ち着くとすぐに話し始めた。
「ハメスは、魔族だったんです。
あれが起きたのは、炎空のダンジョンの20階層でした」
「話の腰を折ってすまないが、セオドアが、シュンをダンジョンに連れて行ったのは、無許可ですか?」
「え・・?」
「私は、シュンをダンジョンに連れて行きたいと上に申請していたのだが、全く許可が出なかったのです。
同じ教育担当であるセオドアには、どこから許可が出たのか気になります」
「ダンジョンが、禁止されていたんですか?」
「呪いのダンジョン以外は、移動に時間がかかるうえに、危険なので行ってはいけないことになっていました」
「危険?
ダンジョン訓練は、危険と判断されていたんですね?
そのまま、禁止されていれば、あんなことには・・」
セシーの目に涙があふれる。
「それは、そうですが。
セオドアには、どこかから許可が出たんですよね?」
「許可など、出すべきではなかった・・」
「では、許可されていた、ということですよね?
どこから?」
アロンゾは、辛抱強く尋ねた。
「兄は、セオドアは・・、ダンジョンの許可が出たと、嬉しそうにしていた。
兄は、喜んでた。
死ぬことになるとも知らないで・・」
「その許可はどこから?」
「セオドアは、許可を得るために法務部に出向いていたのよ、熱心に。
シュンの訓練のために・・」
アロンゾは、「話を中断させて、すみませんでした」と小さく呟き、
「ハメスが魔族だったと判ったのは、炎空の塔の、20階層だったんですね?」
と、話の続きをうながした。
「ええ・・。
20階層までは、本当に順調でした。
シュンが、ほとんどひとりで魔物たちを倒し、階層主も、さほど苦も無く倒していたわ。
セオドアが、『私の出番がないな』と、機嫌良く言ってて・・。
20階層に出たところで、異変が起きたんです」
セシーは、起こったことを淡々と、順を追って話した。
魔物たちが狂乱状態だったこと。しかも、上位種の魔物が大量に居た。
巻き添えで、関係のない冒険者が、数人、死んでいる。
セシーと残った騎士や冒険者たちを庇い、シュンが、初めて見る魔法を使った・・。
「初めて見る魔法?」
「黒い穴が宙に空いて、魔物を吸い込んでいったように見えたわ。
でも、私の角度から見たら、そう見えただけかもしれないけど」
「・・それから?」
「ハメスが狂ったんだわ。
彼は、魔族だったのよ。
頭にツノが生えてきて。ヤギのような。
それから、ハメスがなにか、喋ってましたわ。
人間の声じゃなかった。
しわがれて、おぞましい、呪われた声」
「ハメスは、なんと言っていましたか?」
「聞き取れなかったわ。
意味もない言葉だったのかも。
私は、少し離れたところに居て、魔物の声や、悲鳴でうるさかったし。
なにか、『こいつ』とか、『処理』とか、そういう単語が、少し聞こえたような気がしたけど。
呪いの言葉だったのかも」
「そうですか・・」
――セシーには聞こえなかったのか。
シュンは最後に私に教えた。
『こいつは、強くなり過ぎてる』
『処分だ・・』と、ハメスは言ったと。
「シュンを、探して、連れ戻したいのです。
セオドアのためにも、国のためにも」
とセシー。
――迫害していた張本人たちが、よく言うな・・。
「それなら、偽証した騎士をかばうのは、もう、止めた方が良いと思いますよ」
「もう、あの騎士は、白状しました。
隊は、・・終わりです」
セシーは、唇を噛んだ。悔しげに顔を歪めている。
「仕方ありませんね」
「仕方ないの一言で、終わらせられることじゃないわ」
「それだけのことを、してしまったんじゃないですか」
「それは・・」と、セシーは、さらに顔をゆがめ、「判ってます」とつぶやく。
セシーは、
「また来ます。
シュンを探す手立てを考えなければならないわ」
と言いおいて、部屋を出て行った。
◇◇◇◇◇
3日後。
「法務部、総務部で人を雇い、シュンを追ってるのに、見つからないらしいわ」
セシーが総務部高官の兄から聞き込んできた情報をアロンゾに伝えた。
アロンゾ以外にも、セシーが情報を流しながらシュンのことを相談している文官や民間人は、6名は居る。
機密保持的にどうかとも思うが、セシーが声をかけている人間は、それなりの立場の者ばかりなので、問題はないだろう。
アロンゾなりに判ったことがある。
セシーは、シュンを見つけるに当たって、「一番乗り」になりたいのだ。
彼女にとって、ただ見つけるだけでは、足りないらしい。
「法務部と総務部ですか。
憲兵は?」
アロンゾは尋ねた。
「行方不明の勇者をどこで探すか、押し付け合いをした結果、ふたつの部の捜査となったようだわ。
ちなみに、連携はしていませんわ。
双方、勝手に捜査しています。
憲兵は使っていません。
シュンの行方不明は、公表されていませんから」
「シュンの存在自体、秘密でしたからね」
とアロンゾ。
「なにか、他に方法は、ないかしら。
シュンには、逃げるところなんて、ないはずですよね。
後ろ盾も、親戚もないんですから」
そう話しながら、セシーは、今さらながら、シュンが、たったひとりで、この国に連れてこられたことを思った。
友人も、親族も、親も。誰もいないこの国に。
そして、ふと想い出した。
――あのとき、あの蝶は、『シュンの身内だ』と言っていた。
でも、あのことは、秘密だ・・。
セシーは、頭をふり、思考を切り替える。
「それに、お金も無いんじゃないですか?」
セシーが言うと、アロンゾは否定するように首をふった。
「シュンは、魔石を持っています。呪いのダンジョンで拾ったオークの魔石を。それも、かなり大量に」
「どこかで、売りさばいているかもしれませんわね」
「少年が、オークの魔石を大量に売れば、目立つはずです」
とアロンゾ。
「では、探しやすいわ」
セシーが、勢い込んで言う。
「シュンは、目立ちたくないでしょうけどね」
アロンゾは思案顔だ。
「それくらいなら、父のツテで、調べられるわ。
やってみます」
「王都の店は、シュンは、避けているかもしれませんよ」
「王都周辺の店くらいなら、手を広げられます」
「流石、ヴェルガ家ですね」
代々、総務部の大臣を務めるヴェルガ家は、守備範囲が広い。
人脈は王都で一,二を争う。
ヴェルガ家にとって、セオドアの死は残念だったろう。
セオドアが居れば、騎士団への影響力もあった。
ほぼ完璧に王都の情報をカバー出来たのだ。
◇◇◇◇◇
1週間後。
未だ、シュンの行方の手がかりはない。
アロンゾの部屋に、セシーは、その報告に来ていた。
「まさか、見つからないとはな・・」
オークの魔石の売買を追えば、かなり容易く跡を追えると思っていたが、そう簡単ではなかった。
「よほど、遠くへ行ってしまったのかもしれないわ」
セシーは、見るからに気落ちしていた。
アロンゾは、シュンが、幻惑の魔法を使っている可能性がある、と考えたが、それは口に出さないでおいた。
「シュンは、オークの魔石で、どれくらいの日にち、暮らしていけると思う?」
とセシー。
「シュンが拾った魔石の数が、はっきりしないので、なんとも言えませんが。
1年かそこら、でしょうか」
「そんなに?」
セシーが目を見開いた。
「オークの魔石を売れば、ひとつ分で1日は宿で過ごせます。まぁ、上等の宿はムリでしょうが。
この3ヶ月、週に3,4度のペースで呪いのダンジョンに通っていたのだから、それくらいは貯まってるはずです。
とくに、後半は、シュンは、ひとりで、ダンジョン中のオークを瞬殺していた」
シュンは、呪いのダンジョンで、大量のオークやゴブリンを斃した。
全ての魔石を拾い集めていたら、億万長者だっただろう。
シュンは、毎度、10個ほどの魔石を拾い集めていただけだ。
訓練の後、疲れた身体で、かったるそうに、それくらいは拾っていた。
――そうだ・・、シュンは、あのダンジョンに飽き飽きしていた。
「ダンジョン中のオークを瞬殺ですか。
やはり、勇者は、凄いわ・・」
セシーは、遠く、夢見るような目で言う。
「シュンは、冒険者ギルドに登録しているかもしれません」
「冒険者ギルドですか?」
「シュンは、ダンジョンに行きたがっていたのでね。
呪いのダンジョンは、雑魚すぎたんです」
「あるいは、北の魔森とか?」
「その可能性もありますね。
行きやすいのは、ダンジョンだと思いますが。
北の魔森は、森の中に拠点を作らないと、面白みに欠けるんです。
町から日帰りで通うのは、足を確保する必要があります。
手持ちの資金が豊かにあれば、それもいいですが・・」
「では、とりあえず、ダンジョンの方を当たりますか」
「そうですね。
両方、探したいところですが。
それから、シュンがギルド登録するには、じゃっかん、問題もありそうです」
「問題?」
「シュンは、15歳だと言っていたが、小柄で顔つきも歳より幼く見えます。
ギルド登録は、15歳からなので。ギルドは、真否判定をするかもしれない」
「あ、シュンは、真否判定は、避けるはずだわ」
セシーが即答した。
アロンゾは、セシーの顔を、意味ありげな苦笑を浮かべて眺めた。
「シュンの秘密を、知っているんですね」
「あ・・」
「それは、どんな?」
「決して言わないと、シュンに約束したので言えないわ。
裏切ることは出来ませんから」
「判りました。
冒険者ギルドの真否判定は、実は、さほど厳密ではありません。
年齢があまりに不自然なときは、判定にかけるかもしれませんが、小さな町のギルドには、そもそも、真否判定の魔道具がない場合も多い。ザルなんですよ。
そういう情報を、シュンが知っているかどうか、ですね」
「シュンは、この世界の知識に乏しいはずよね」
「とりあえず、冒険者ギルドに、情報をもらわないといけませんね」
「兄に頼んでみます」
「世話になりますね」
「いえ。出来ることはすると決めましたから」
「私も、自分で出来るやり方で、当たってみますよ。
ところで、少々、話題がズレますが、聞きたいことがあります」
「なんでしょう?」
「先の愚王の王妃についてです」
「え? どなたですって?」
「先の愚王の王妃です」
「愚王の王妃・・」
「ご存じですよね?」
アロンゾがセシーを見詰める。
「え、ええ・・。
その、愚王の王妃の、なにが知りたいんですか?」
「かの王妃の、最後に関する情報、なんでも。
父上か兄上に、それとなく、尋ねてもらえませんか」
「かの王妃の・・最後・・」
「お願いします」
アロンゾが微笑み、セシーは、ぼんやりと頷いた。
セシーが退室したあと、アロンゾは考えていた。
――シュンの捜索に、これほど手こずるとは。
彼は、いつの間にか、それだけの力を付けていた、ということか。
まさか、どこかで野垂れ死んでいるはずはないし。
別れ際くらい、頼って欲しかったものだ。
彼は、王宮のだれも、信頼していなかったのだな。
シュンは、最後に、アロンゾに、
「俺の居場所は、ここには無いんだ」と言っていた。
――あのときに、なにか、気休めでも良いから応えていれば違ったのか?
まぁ、済んだことだ。
私は、シュンに、認識阻害の魔法をかけるように命令されていた。
リスト以上のスキルを取らせないように、と。
しかし、命令されたスキルの数は、びっくりするほど少なかった。
だから、命令に背いた。
そのことに対して、後悔はしていない。
シュンが、隠れてスキルを得ていたとしても、それでシュンが、魔王を倒せる勇者になれたのなら、本望だ。
――だが、そのおかげで、シュンの行動が読めなくなってしまったな。




