16)迫害、そして逃走
「セシー、もう、泣き止めよ。
セオドアや怪我人とみんなを運ぶんだから、手伝え」
シュンは、魔物に削られた腹から臓物が見えている冒険者の女にヒールをかけ、抱えあげた。
その横では、仲間を手助けしている皮鎧の男の姿があった。
セシーは、うつろな顔で、ゆらりと立ち上がった、
「セシー、怪我がきついなら・・」
「なんともない・・」
血や涙や鼻水で美人が台無しだった。
セシーは、顔をぬぐいもせず、セオドアの身体を背負おうとする。
正直、セシーは、まったく、使い物にならなかった。
力が入っていないし、セオドアから離れようとしないのだから。
けれど、無いよりはマシだった。
少なくとも、怪我人たちの見守りはできる。
ぐったりとした騎士や冒険者たちの、生死は判らなかった。
温もりを感じながら、助かってほしいと祈った。
ダンジョンでの死者は、放置されることが多い。
仲間が助けて運ぶことが出来る状況と、出来ないときがある。
わかりきったことだ。たいていの場合、無理はしない。
それでも、シュンは、明らかに死体だと思っても、残る力を使って運んだ。
◇◇◇◇◇
目が覚めると、白い天井が見えた。
エルナートで真っ白い天井の部屋を、シュンは、ひとつしか知らない。
治癒室の天井だ。
――病室?
・・とたんに、記憶が蘇る。
怪我人や遺体を20階層から、ダンジョンの出口へ運んだ。
魔力や体力が切れかけていたので、何度もキアゲハから「もう、止めとけ」と言われたのだけれど、止められなかった。
まだ温もりのあるひとたちが居た。
シュンが結界で護った冒険者と騎士は、怪我も浅く、自分で動けていたし、無骨な冒険者の幾人かは、怪我人の搬送を手伝ってくれていた。
けれど、半目を開き、ぴくりともしない皮鎧の男たちや、女たちは、痛ましく、運ぶのが辛かった。
そうしているうちに、仕舞いには、目に付く人たちは、残らず運び出せた。
そのころには、炎空の塔に入ろうとしていた周りの冒険者たちや、ギルドの職員たちが集まってきて、怪我人の手当を始めていた。
シュンは、心底、安堵したのを覚えて居る。
それからの記憶が途切れた。
――たぶん、緊張が解けた瞬間、気を失ったんだ。
「大丈夫ですか」
気遣わしげな声。
視線を横に向けると、アロンゾが居た。
「アロンゾ・・居たんだ・・」
「気分はどうですか?」
「気分は、あまり良くない。
でも、身体は大丈夫・・と思う」
「シュンがやられるとは・・。
どういう状況だったんですか?」
「セオドアは?」
アロンゾは、ただ、首を振った。
「セオドア・・ダメだった?」
シュンは呆然と尋ねた。
「ええ」
たしかに、酷い状態だったのは判ってた。
それでも、助かっていて欲しかった。
「魔族が出た・・騎士に、魔族が紛れ込んでいたんだ」
「騎士・・に?」
「変身したんだ。
突然・・あ、いや、その少し前から、兆候があって・・」
・・と、ふいに病室のドアが開き、数人の男たちが踏み込んできた。
「シュン殿、体調が良くなられたのでしたら、証言を聞きたい」
「あなたは、法務部の文官ですね。彼の体調は、どう見ても良くは無さそうですよ」
アロンゾが不機嫌に言う。
「たかが勇者の教育係に、命令する権利はないっ」
文官は、口角泡を飛ばし、アロンゾを怒鳴りつけた。
アロンゾは、男たちのひとりに肩を掴まれるようにして部屋から出された。
シュンは、こいつらに証言するのは嫌だな、と思った。
――シュン、この連中は、敵の息がかかってるかもしれないな。
話すことを選んだ方が良いかもしれん。
キアゲハが言う。
『うん』
シュンも、同感だった。
◇◇◇◇◇
体調が良くなれば、すぐにでも、元の生活に戻れるんだろう、と漠然と思っていた。
けれど、ダンジョンで魔族が出てから1週間が過ぎても、シュンは、部屋に軟禁された状態だった。
キアゲハの情報で、「アロンゾも軟禁されてるみたいだ」と判った。
なにか、難癖を付けられて、法務部と自室を行ったり来たりさせられている、と言う。
シュンは、あれから、何度か、法務部に呼ばれて証言をさせられた。
シュンの話すことは、毎度、同じだった。
「ハメスの行動がおかしくなり、魔族に変身してセオドアを殺し、こちらにも攻撃を仕掛けて来たので返り討ちにした」
他に言いようがない。それが真実なのだから。
法務部の連中は、魔道具を用意してシュンの証言を記録し、立会人も付いていた。
シュンは、事情聴取のたびに、法務部の役人の何人かが、精神操作系魔法で、シュンを誘導尋問しようとしているのに気付いていた。
シュンに、『狂乱した魔獣を斃すうちに、魔法の操作を誤って、セオドアやハメスを殺した』と言わせようとしている。
彼らに、魔力量が桁違いのシュンを精神操作できるはずもなく、シュンは、頑なに、
「ハメスが魔族に変身し、セオドアを殺し、攻撃をして来たので返り討ちにした」
と言い続けた。
シュンが部屋に戻り、ぼんやりしていると、セシーが訪ねてきた。
「シュン、急ぎで、大事な話があるんです」
部屋に入りこんでドアを閉めたとたん、息せき切った様子で早口に言った。
「なに・・?」
シュンは、セシーが良い話を持ってくるはずがない、と咄嗟に思い、嫌な予感がした。
彼女の様子も、不穏な感じだった。
「シュン、このままでは、シュンに、セオドアを殺した罪が被せられそうなので、私と、真否判定を受けてください」
とセシーが言う。
「なんで俺が・・。
セオドアを殺すはずないだろう。
セオドアを殺ったのは、ハメスだ」
「だから、真否判定を受けさせてもらえばいいんです。
そうすれば、私たちが、真実を話していると、判るのですから」
セシーは熱心に話した。
「どういうことだよ」
「だから、勇者が、魔法を暴走させて、セオドアや冒険者をやったと、カイトが・・騎士の生き残りが証言したので・・」
「そんな馬鹿な!」
カイトは、シュンがずっと護ってやっていた、ヒーラー役の騎士だった。
「ですが、信憑性があるから、信じられたわけですので・・」
「信憑性がある?
俺は、そんなことは言ってないし、あんたも、言ってないんだろ?
生き残りのやつ、あの場に居て見てたんだぜ。
ハメスが魔族だった。変身したのを見てたはずだろ?
なぜ、本当にあったことを証言しない?
なぜ嘘をつく?
あいつを真否判定にかければいいだろ」
「貴族を真否判定にかけるのは、手続きが要るんです」
「騎士だろうが、貴族だろうが、知ったことじゃない。
時間がかかっても、やればいい」
「シュン、騎士が嘘をついたことが広まれば、セオドアの隊は、もう終わりです。
それでなくとも、魔族が騎士団に入り込んでいたんですから。
だから、早いうちに、私たちが、真否判定を受け・・」
シュンは、セシーの言葉を遮った。
「悪いけど、協力する気はない。
セオドアには感謝しているけど。
俺は真否判定は受けない。
こんな結果になって、悔しいよ。
いちばん、勇敢だったセオドアが犠牲になったんだから」
「セオドアが残した隊を潰すわけには・・」
「セオドアが、俺の訓練を、どんなに頑張ってやってくれていたか、あんたたちは、ひとつも見てなかったんだな。
俺は、魔王をなんとかしなきゃいけない使命があった。
セオドアは、それを手伝ってくれたんだ。
その間、隊の連中は、なにをやってたんだよ?
あんたたち、いつも、連んでたんだろ。
なんで、魔族が混じってたのに、気付かないんだよ。
妹だから、なんだってんだ。
甘ったれるなっ」
「失敬なっ! 私は・・」
「あの騎士の連中に、いったい、なんの価値があるんだ?
最後の最後まで、嘘をついて。
なんの誇りだ?
欺瞞と、要らないプライドを護りたいのか。
あのセオドアが・・、誇り高いセオドアが、懸命にやってきたことは、なんだったんだよ。
セオドアは、たとえ、俺がガキだったとしても、国のために頑張ってたんだ。
俺を、国を護る勇者にするために。
それなのに、あんたたちは、何のために騎士をやってたんだよ。
台無しにしたのは、あんたたちだろうっ」
「そ・・んな・・なにを・・」
「俺には、守りたいものがあるんだ。
真否判定なんか、受ける気はない。
王国がどうなろうと、知ったことか。
潰れる運命なら、潰れてしまえばいい。
もう、魔王なんか、どうでもいいんだ。
お前らが選んだことだ。
魔王は、自分たちで倒せよ。
倒せるんだろう?
だから、勇者を・・、俺を潰そうとしたんだろう」
「違うっ」
「違うもんか。
結果は、そうなったんだからな。
もう、話は終わりだ。
聞きたくない。
出てけよ」
「待て、まだ・・」
「出てけって言ってんだろっ」
シュンは、セシーの肩を押して部屋から出すと、ドアを閉め、鍵をかけた。
――けっきょく、あいつ、なんなんだよ。
『騎士の隊を失いたくないんだろ。
彼女の、生き甲斐なんだよ』
――俺には関係ない。
俺が、セオドアを殺したとか。冗談じゃないよ。
『目撃者が山ほど居るから、心配ないよ。
助かった冒険者たちは、みんな、シュンに感謝してたし、ギルド職員や、冒険者界隈には、とっくに、その話は広まってるはずだ。
デマをゴリ押しすれば、騎士団の悪評が王都中に広まるだけだ』
――心配要らない、って言いたいの?
『そう』
――でも、腹立つ。
『セシーは、一応、シュンの味方だろ。
ちゃんと、シュンがやっていないことを、証言してるみたいだし』
――それが普通だろ。
『それが普通では無いのが、王宮とか、貴族とか、貴族の坊ちゃん騎士なんだな。
ちなみに、セシーは、第二夫人の子だから、公爵令嬢だけど、そこまで力は無いみたいだな』
――へぇ、詳しいね、父さん。
『まぁね、色々、噂話を聞き込んだり、書類を覗いたり、やれるだけやってるから。
セシーの母親は王都中でも一、二を争う美人で、セシーは母方似だそうだ。
それより、法務部の連中は、セシーを精神操作して偽証させようとはしなかったんだな』
――そういえばそうだ。
『もしかしたら、お貴族様を証言させるのは、シュンを証言させるのとは、少々、違ったやり方になるのかもな』
――俺は、精神操作付きの証言でかまわないっての?
『そうとしか考えられないな。
セシーを精神操作するのは、簡単だからね』
――それも問題じゃね?
『もちろん、大問題だよ。
なにしろ、国を護るはずの騎士なんだからね』
◇◇
セシーが部屋から出て、しばらくすると、ノックの音がした。
ドアを開けると、今度は、アロンゾが居た。
「今日の訓練は、休みだそうです」
アロンゾが、シュンの居室に踏み込みながら言う。
「なんだか、他人事みたいな言い方だね」
シュンが苦笑する。
「私も、宮仕えの身ですから。
まぁ、それは建前として、訓練を再開する前に、降りかかってくる火の粉を払わないとなりません」
「俺のこと、信用してる?」
「もちろんです。
『炎空の塔』であったことを教えてもらえますか?」
「ああ」
ふたりは、ソファに向かい合わせに座った。
「異変が起きたところから話せばいいのかな。
20階層から、妙だったんだ。
魔物が、異常に強くなってて。
炎空の塔は、始めて行ったんだけど。それにしても、19階層までとは、あきらかに違っていた。
魔物の数も、質も。
それで、セオドアが、早めに切り上げることを決めたんだ。
引き返し始めたところで、ハメスが魔族になった。
ツノが出て来て。体が急に大きくなって。
あいつ、ハメスのやつ。
『こいつは、強くなり過ぎてる』
『処分だ・・』って言って、俺に襲いかかってきた」
「強くなりすぎてる?」
「うん」
「なるほど。
謎が解けたかもしれません」
「謎?」
「訓練の邪魔をされていた謎ですよ・・む。誰か来たようです」
部屋のドアがノックされた。
シュンは、立ち上がり、ドアを開けた。
ドアの前には、法務部の衣を来た文官が立っていた。
以前にも見た顔だった。
「勇者どの、また、証言の方を・・」と、言いかけたところで、文官は、アロンゾがソファに座っていることに気付いた。
「アロンゾ、ここに居たのですか?」
「居てはいけませんか?」
「勇者どのは、取り調べ中の身ですぞ」
「なんの取り調べだ?」
「あなた程度の身分で私に口答えすると、後々、困ったことになりますよ」
アロンゾは、口を閉じ、文官をいぶかしげに見つめた。
「勇者どの、こちらへ」
文官は、アロンゾを無視し、シュンを手招きした。
シュンは、一瞬、躊躇し、テーブルまで戻ると、置いてあった本を閉じてアロンゾに渡した。
「これは、返しておきます」
アロンゾは黙って本を受け取った。
シュンは、立ち去り際、アロンゾに、
「俺の居場所は、ここには無いんだ」
とつぶやいた。
アロンゾが応える言葉を探したときには、すでに、シュンは、文官の後を追って部屋を出ていた。
◇◇◇
シュンが王宮から姿を消したのは、その日の夜のことだった。




