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15)炎空の塔、現れた魔族


 ここ数日、平穏が続いていた。


 セオドアの隊は、以前とは打って変わって、雰囲気が良くなりつつあった。

 騎士たちは、いくぶん、表情が軽く、明るい。

 挨拶とともに、言葉を交わすこともあった。


 ――こんなに簡単に変わると思わなかったな。


 意外だった。セシーも、しおらしくしている。


 ――これなら、もうしばらく居てもいいかな。でも、情が移ると、逃げだし難くなるな。セオドアは、前よりいっそう熱心に指導してくれてるし・・。


 逃走計画は、準備だけ進めて、一旦、延期にしておいた。



◇◇◇



 8日後

 シュンは、意気揚々と、早朝、訓練場へと歩いていた。


 今日は、訓練のためではなく、集合のためだった。

 ダンジョン「炎空の塔」へ向かうのだ。


 初めて、ゴミダンジョン以外の、ダンジョンらしいダンジョンでの訓練だった。


 ――久々に、楽しい訓練が出来そうだよ。


『嬉しそうだな』

 キアゲハの機嫌も良い。


 ――セオドアも、嬉しそうだったよ。

 いつもクールなセオドアが、微笑んでたから。


『あのゴミダンジョンの他は、初めてだからな。

 そもそも、どうして、ゴミダンジョンにしか行けないのかが判らん』


 ――変だよな。


『色々とな』



◇◇◇



「『炎空の塔』は、難攻不落と言われているダンジョンだ」

 と、セオドアが言う。


 セオドアの説明を聞きながら、シュンとキアゲハは、こっそり話していた。


 ――防炎とか、耐熱のスキルが無かったら、大変そうだよな。


『だな』


 幸い、シュンは、父タイジュのおかげで、思い付く限りのスキルを取りまくっている。

 その中には、耐熱も、防炎も入っていた。


 ――なんとかなりそうだな。


 正直、遠足気分だった。

 ・・このときは。


◇◇◇


 セオドアの隊から着いてきた騎士は5人。

 その中で、シュンが名前を覚えているのは、セシーとハメスの2人だけだった。

 ハメスは、シュンが訓練で怪我をしたときに助けてくれた文官に生意気な口を利いていたので覚えていた。

 キアゲハは、もっと見分けが付くらしいが、シュンは、そもそも、覚える気がなかった。


 ――ま、騎士連中は無視して、ダンジョンを楽しめばいいや。


『そうだな。僕は、残念ながら、シュンに貼り付いてるしかないけどさ』



 赤茶色の石造りの巨大な塔が、数キロ離れた路からも見えた。


 近づくにつれ、塔が砂漠の中に建っているのが判る。


 荘厳な姿だった。


 薄青い空、棚引く雲を背景に。果てが見えないほど高い塔が聳えている。

 周りは砂丘が波打つ砂の海のように広がっている。

 冒険者と思われる男たちが群がる蟻のように見えた。


 ――バベルの塔みたいだ・・。


『日本なら、絵ハガキが売れそうだな』


 ――せっかく感動してたのに、スケールのちっさいこと言わないでくれよ、父さん・・。


 塔のダンジョンのそばに、冒険者ギルドが建てた馬車留めの小屋があった。

 セオドアたち一行は、銀貨を払って馬をそこに預けた。


 ――うわぁ、興奮するな。


『周りの連中、ゴツイのが多いな』


 ――多いっつうか、ひとり残らずゴツイじゃん。


『小柄で華奢なのは、シュンくらいか・・』


 ――俺のことは引き合いに出さなくていいよっ。


 塔の入り口は、石をアーチに組んで造られていた。

 高さは2.5メートルくらいの半円形。

 潜って入ると、ひんやりとする・・が、それは入った瞬間だけだった。

 砂漠に照り返す熱射から、石造りの日陰に入ったおかげで、一瞬、涼しくなったような気がしたけれど、数歩、中に踏み込むと、塔の中には、熱源となる魔物だらけなのが、すぐに判った。


 広い塔の中のあちこちに冒険者と思われる男たちが散らばり、その足元を、赤く燃えさかるハリネズミのようなものが、凄まじい勢いで走っている。


 ――火傷しそうだな・・。


『実際、火傷するみたいだよ』


 よく見ると、幾人かの冒険者たちの手や腕に、火ぶくれが出来ているのが判る。


 ――さすが。ゴミダンジョンとは違うな。


『難攻不落だからね。

 ゴミダンジョンは、攻略する気にもならないダンジョンだろ』


 ――そこまで言わないでよ、可哀想になる。

 けっこう、愛着わいてるんだから。


 さらに奥へ進むと、熱気は真夏の暑さを思わせるほどに高まり、赤ハリネズミが襲いかかってくる。

 ハリネズミのくせに、とんでもない速さだ。ぼんやりしてると、残像しか見えないほどのスピードで攻撃してくる。

 炎を纏うハリネズミに、焼けたハリで刺されると、かなり痛い怪我を負わされる。


 シュンは、難なく剣で切り裂いているが、騎士たちは、意外と苦戦している。

 動きが人間とはまるで違うためらしい。


『騎士連中、1階層で手こずってるのか』

 タイジュが呆れたような、がっかりしたような呟きを零した。


 ――魔獣には慣れてないんだな。


『魔王戦では、魔獣を使い魔に使役する魔族も出てくる、とアロンゾの資料に書いてあったんだがな』


 ――そしたら、お終いだよな。


『お終いが早すぎるよ』



◇◇◇



 10階層くらいまでは、難なく進んだ――シュンとセオドアにとっては、だが。5人の騎士たちは、みな、怪我をしていた。

 無傷なのは、セオドアとシュンだけだった。


 シュンには説明がないので知らなかったのだが、5人の騎士のうち、ひとりは、まだ新人の騎士で、戦力的には心許ないがヒールが得意なので同行したらしい。

 このヒール役新人に、ふたりの騎士が護衛役で、3人ひと組。

 それにプラスして、セシーとハメスで、計5人という内訳だった。


 ヒール役の騎士まで怪我をしているのは、セオドアが、「かすり傷はいちいち治すな」と言ったからだ。


 ――なんだか、気の毒な状況だなぁ。


『このくらい、当たり前だよ、騎士だろ』


 ――そうだけどさ・・。



 ここに来るまでの道中に聞いたが、セオドアは、20階層までは進むつもりでいる。


 20階層までは、地図も正確なものが売られている。出てくる魔物やその退治方法も知られている。

 20階層くらいまでは、中堅どころの冒険者が、頑張って上っている。

 それ以上になると、上級でないと無理と言われている。

 急にレベルが上がるらしい。

 そんな話を、騎士たちは話していた。

 ゆえに、セオドアは、20階層までは行こうと考えたらしい。


 けれど、このぶんだと、厳しそうだ。


 ――俺、騎士たちを、ちょっと、援護してやろうかな。


『優しいな、さすが我が息子』


 ――優しさじゃないよ。騎士に優しくする気なんか、無いし。

 途中で帰ることになったら、つまらないからだよ。


『そりゃそうだな』


 シュンは、セオドアに、「ヒール役の騎士の、援護、しますか?」と、一応、聞いた。なるべく小声で。


 セオドアは、かすかに微笑んで、うなずいてくれた。


◇◇◇


 18階層。


『シュン・・』


 ――なに?


『あいつ、気になるんだ。

 そっと、ハメスを見てみなよ』


 ――え・・?


『気付かれないように見るんだ、自然な感じに』


 ――判った。


 シュンは、辺りを警戒するフリをして、斜め後ろに居るハメスに視線を走らせた。

 ハメスの目、黒い虹彩の真ん中にある瞳孔が赤い。


 ――あれ? 目の色が・・。変わってる。


『あいつ、変だ・・ハメス。さっきから、変なんだ。

 ときどき、魔物に、目配せみたいな、妙な視線を送ってる』


 ――マジ?

 どうしたんだろ。雰囲気もおかしいよな。

 なんか・・物騒な感じ。


『しばらく様子を見ておくよ』


 ――判った。


◇◇◇


 19階層。


 ハメスの挙動不審は、続いていた。


『いや・・もしかしたら。

 彼は、元から人間じゃない。魔族・・もしかしたら、ハーフ』


 キアゲハの言葉は、独り言のようだった。


 ――ハーフ?


『純血種の魔族なら、王宮に入れるはずがないから』


 ――どうしようか・・。


『ここは、場所が悪い。

 一般の冒険者が居る。それに騎士たちには敵う相手じゃない』


 ――でも、あいつが、襲ってきたら?


『そのときは、応戦するしかないな。

 もしも、彼が、なにもせず、大人しくしているのなら、出来れば、やり過ごしたい』


 ――やり過ごすって?


『穏便に王宮に帰り、それから、対処を考える』


 ――そう出来ればいいけど・・。


『最善を期待し、最悪に備えよう・・とはいえ、最悪の事態になったら、犠牲はひとりふたりじゃ済まない。

 落ち着けよ、シュン。気取られるな』


 ――・・判った。

 シュンは、剣を握り治し、気を引き締めた。


◇◇◇


 20階層。


 階層主の居るドアの前まで行って、引き返す・・というのが、今日の予定だった。


 下手したら命を落としかねない難攻不落のダンジョン訓練が、ようやく、ここで終わる。


 地図で確認・・予め、確認はしてあるのだが、再度、確認する。


 「炎空の塔」は、階層主の部屋や、上の階層へ進む階段が隠されており、そのことが、さらに塔を難攻不落のダンジョンならしめている。


 けれど、20階層までは詳細な地図が手に入るため、迷う心配はない。


 地図の通りに進む。


 ――なんか、魔物、やけに多くないか・・。


 これまで通り、ヒール役騎士の警護をしながら、魔物を炎撃や剣で仕留めているのだが、急に忙しくなった。

 次から次へと、火の玉のような蝙蝠や、炎の尾を振り回すキツネが飛びかかってくる。


『それに、魔物のレベルも、いきなり上がってるみたいだな』


 ――急に難易度が上がるのは、21階層だったよな。

 階層数えるの、間違ったのかな。


『いや、20階層であってる。僕はヒマだから、ちゃんと数えてた』


「どうも、変だな。

 いったん、引き返す」

 セオドアが、とうとう、撤退命令を出した。


 騎士の隊の中に、「これで終わりだ」みたいな気の緩みが、一時、感じられる。

 けれど、そんな緩みは、即座に消えた。


 リザードマンの亜種が現れ、一振り、手を振り払うと、炎の嵐が巻き起こった。


「ぎゃぁあぁー」

「うわぁー」


 悲鳴を上げられた騎士は、まだ良い。

 リザードマンのより近くに居た冒険者が、またたく間に炭化する。


 シュンは、即座に結界を張り、そばに居た騎士と、数人の冒険者を炎から護り、氷塊の剣を飛ばし、リザードマンの首を撥ねた。


 さらに、もう一頭のリザードマンが、炎撃を放つ。

 シュンは、ひと飛びで前に出て、剣で炎撃を散らす。

 剣に雷炎を纏わせ、リザードマンの首を切り裂き、返す剣で、後方から現れたリザードマンを真っ二つにする。


 セオドアが、襲い掛かってきたオークジェネラルの相手をしている。

 ただのオークジェネラルではなく、「炎空の塔」仕様の奴らしく、炎を纏い、次々に炎撃を放ってくる。

 セオドアは、それらを危なげなく剣で散らし、オークジェネラルの燃える身体を剣でえぐっている。


 悲鳴に振り返ると、一群の冒険者の方へ、炎を纏った熊が襲い掛かろうとしていた。

 シュンは、熊のそばに闇魔法を発動、熊はブラックホールに吸い込まれて消えた。


 炎の熊は、数頭は残っている。

 こちらを警戒しながらも、青黒い炎を立ち上らせ、いまにも襲い掛かる気配がする。


 シュンは、生き残った数名の冒険者と騎士らに、

「結界で護るから、こっちに集まって!」

 と怒鳴った。


 彼らが走り込んでくる。

 シュンは、雷撃で彼らを援護。

 騎士と冒険者が集まったところで、出来うる限り、最強の結界を張る。


「このまま、結界で護りながら、下に逃げます!」


 シュンが声をかけると、全員がうなずいた。

 騎士が1名に、冒険者は7名居た。2つ、3つのパーティの生き残りが集まったようだ。


 ――セシーとセオドアが居ない・・。


『シュン、仕方が無い。セオドアなら大丈夫だろう。

 みなを護らないと』


 ――そうする。


 シュンが、あたりの様子をうかがっていると、後ろから、焦ったような声が聞こえた。


「あぁっ! は、ハメスっ」

 シュンが護っていたヒーラー役の騎士の声。


「ま、魔族だっ」


「騎士が、魔族に・・」


 数メートル離れたところで、漂うようにゆらゆらと歩いていたハメスが豹変していくのを、シュンたちは、見た。


 騎士の服は亀裂が入り裂けてゆき、青黒い身体が現れる。

 ハ虫類のように、ぬめり鈍く光る肌はもはや、人ではなかった。身体は元の二回りも大きくなり、筋肉の瘤がめきめきと、その身体を覆う。


『シュンっ、変身が完了する前に、なにか放ってやれっ』


 ――判った!


 シュンは、光のナイフを無数に宙に出現させ、ハメスに残らずぶつけた。


 変身が完了間際だったハメスの身体に、ずぶずぶと刺さっていく。


 ハメスは、「ギィエェェー」という悲鳴のような、雄叫びのような声とともに、どす黒い雷撃を周囲にまき散らす。


「セオドアっ」

 セシーの悲鳴。


 セシーを背に庇うセオドアの身体を、ハメスの雷撃がえぐる。


「セオドアっ」


 シュンは、再度、ハメスに光りのナイフを見舞う。


 ・・と、シュンの耳に、ハメスの声が届いた。


「こいつは、強くなり過ぎてる・・。


 処分だ・・」


 ハメスの身体から、魔力の靄が漂う。


『デカイのを撃ってくるつもりだっ』


 ――くそっ。


 シュンは、生き残ったみなを護るため、結界を辞めることは出来ない。


 ふと、胸のキアゲハが、わずかにシュンの身体から浮いた。


 キアゲハから、膨大な魔力のゆらぎが放たれる。


 ――聖魔法・・?


 それは聖魔法で造られた槍だった。

 槍は、いましも攻撃魔法を繰り出そうと仕掛かっていたハメスの身体のど真ん中に突き刺さった。


「グワォオオォー」


 断末魔の叫びを響かせながら、ハメスが胡散霧消した。


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