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13)イドリス領の龍



 王都に急報が届いた。


 イドリス領内にある森に、龍が現れた。

 山のような巨龍だ。



 イドリス領は、魔族の国ドルフェスとの国境近くにある。


 エルナート国とドルフェス国は、海で隔てられているが、一箇所だけ、細く短い陸路で繋がれている。

 忌まわしい陸路は、小さな半島の先端にある。イドリス領は、その半島の領だ。


 イドリスの町は、できるだけ魔族の国に繋がる陸路から離れたところに作られている。

 町には、強力な結界が張られている。魔王の侵攻から領民を護るためのものだ。


 国境周辺の森と陸路の管理は王国が行っている。国が、常時、警備の隊を派遣して見張っていた。


 警備の隊は、イドリスの町に基地を置き、森に野営地を設営している。


 町の収益は、国境警備の騎士や従者たちが落とす宿代や食事代がかなりの割合を占めている。

 イドリス領は、魔王軍を討伐するさいには、軍の駐留地でもあった。


 そのため、イドリス領の町は、常に、前線のような雰囲気を持っていた。


 巨龍は、イドリス領、国境の森に現れ、警備にあたっていた騎士の隊が襲われた。


 念話通信と、使い魔による急報により、情報は、すぐさま、王国中に知れ渡った。



 ハルカは、その急報を、王都のギルドで確かめた。


「私、クレオ師匠のところに行きます」


「それでは手続きをしま・・」


「キーラ、代わりに手続きしておいてください。

 私、すぐに行きます」


「判ったわ、イドリス領までは、ギルドに転移の魔方陣があるから直通で行けるのよ。

 それで送ってあげる」


「すぐに出来ます?」


「イドリスのギルドマスターは、今、常時待機状態よ。

 すぐに連絡をとるわ。

 こちらに来て」


 キーラは、ハルカを連れて、ギルドの地階に降りた。

 石造りの部屋が、分厚いドアの奥にあった。

 ハルカは、王宮地下にある、招喚の間を思い出した。

 広さは桁違いに異なるが、雰囲気はよく似ている。


 キーラは、部屋の隅にある卓の上で、水晶球型の魔道具に魔力を込めた。

 水晶球に、中年の男の姿が映った。


「イドリスのヨアン」


『ああ。キーラ。

 龍の件だな』


「ええ。ひとり、送るわ」


『さっそくか』


「急いで送りたいの。

 腕は私が保証するわ。

 この子は、Sクラスどころじゃないわよ」


 水晶球の中の男の目が見開かれた。

『そりゃ有り難いよ』



◇◇◇



 イドリスのギルド、転移魔法の魔方陣に現れたのは、年若い少女だった。

 イドリスの転移魔法の部屋は、ギルド長室の隣にある。

 王都のギルドの転移魔法室とはまるで違う、明るい部屋だった。

 薄く雲のかかった空から、陽が射し込んでいる。

 魔力を見る目を持つヨアンは、可憐な黒髪の少女が、溢れるほどの魔力で満ちていることを見て取った。


「龍はどこ?」

 少女は、開口一番、ヨアンにそう尋ねた。


「君は・・」

 ヨアンは、ハルカが肩に担いでいる魔剣、ドゥルガーに目を惹き付けられた。


「あ、いいわ。

 魔力探知で探すから・・って、うわ、馬鹿デカイのが居るじゃない」


 少女は、暗闇のように底の知れない視線を遙か彼方に飛ばし、なにかを見つけた。

 すぐさま、大剣を肩に担ぎ直す。


「行くわ。

 世話になったわね」


 ハルカは、窓を開けると、天駆で飛び出した。


「まるで、旋風だ・・」

 ヨアンはあっけにとられていた。



◇◇◇



 ひと飛びで、巨大な魔力の塊の元へと参じたハルカは、小山のような黒龍を見た。

 巨龍からほど近い巨石の陰で、ひとかたまりになっているクレオの隊も、すぐに見つけた。


「クレオ師匠っ」


「ハルカ」


「よくぞご無事でっ!

 デカトカゲっ、相手してやるわ」


 ハルカは、いきなり龍に襲いかかり、ドゥルガーを龍の頭に振り下ろした。


 グゥアアァアー。


 龍はハルカの攻撃を首を反らせて避けながら、黒煙のようなブレスを吐き出してきた。

 黒龍のブレスは、肉を腐らせる毒ガスだった。

 ハルカは、天駆でブレスをかいくぐり、首にドゥルガーを叩きつける。

 ガキンという音がして、龍の首に浅い傷がついた。


「アハハハ、嘘みたいに固いでやんの」


「龍と闘いながら、笑うでない・・弟子よ」

 ハルカの笑い声を聞き、クレオがぼやく。


「隊長、少し、後ろに退けましょう」

 と副官。


「そうだのぉ」


 騎士たちは怪我人を抱えながら、さらに後方の岩の陰まで下がった。


 ハルカは、持っている大技を、残らず、龍にぶつけ始めた。


 ドゥルガーに雷撃を纏わせ、龍の足を焼き切り、炎を纏い熱く焼けたドゥルガーで龍の目を貫く。

 辺りに龍の肉が焦げる匂いと咆哮が充満する。

 ハルカの動きに、形の大きい龍は負けていた。龍が遅いわけではないが、空気抵抗の分、ハルカに分があった。ハルカは、身体強化魔法で膨大な魔力を体に注ぎ込み、力と速度を無限大に嵩上げさせ、気持ち良くドゥルガーを振り回した。


 ――それにしても、禍々しい龍ね。

 龍って、もっと、聖なる感じの生き物じゃなかったっけ。

 変ね。

 瘴気も凄いし。


 ドゥルガーを思い切り振り回すのは好きだが、相手の龍の濁った目が醜悪だ。それに、龍が動くたびに毒の匂いが辺りにまき散らされる。

 岩陰に隠れているクレオの隊のみなも心配だ。

 おそらく、毒結界で防いでいるとは思うが、限度があるだろう。


 ――もうちょっと効果的に攻撃できないかな。


 力任せに切りつけても、浅い傷が付くだけだ。

 雷や炎を剣に纏わせると、それなりに抉ることが出来ていた。


 仕舞いに、ハルカは、ドゥルガーに聖魔法を纏わせた。

 魔剣との相性はあまり良くないはずの聖魔法だが、バトルハイ状態だったハルカは、気にせずやってのけた。

 禍々しい魔剣のドゥルガーは、ハルカに無理矢理、聖魔法を纏わせられ、一瞬、聖なる剣のような、神々しい金色に輝いた。

 ハルカが魔剣を満身の力を込めて振り下ろすと、ドゥルガーの剣先から膨大な聖なる魔力が放出される。


 聖なる輝きは、光の筋となり、龍の胸元を貫いた。


 ギャアアァァアー。


 龍の断末魔の咆哮が、辺り一帯の空気を震えさせる。


 龍の胸で、聖なる光が大爆発を起こした。


 広大な森が金色の光で埋まった。太陽が地に落ちてきたかのごとく。


 満ちあふれた聖なる光は、森の魔物や、忍び込んでいた魔族を残らず一掃し、竜巻のような光の渦をそこいら中に巻き起こした。


 しばらくの間、全てが光に包まれていたが、やがて、静まっていった。


 光が収まったのち、そこには、胸に大穴を空けた山のような龍が倒れて居た。



◇◇◇



「お怪我はありませんか? クレオ師匠、隊のみんな」


 龍を斃したハルカは、早速、クレオたちの元へと駆けつけていた。


「怪我は、先ほどの聖なる光を浴びたときに、なぜか治ってしまいました」

 半ば呆然状態の騎士たち。


「みなさん、ご無事で良かったです」

 ハルカは、隊の面々に視線を走らせ、欠けたメンバーが居ないことを確かめた。


「無事ですよ、お守りのおかげで」

 と副官。


「代わりに、お守りは砕けてしまいましたが」

 騎士たちが苦笑する。


「また作ります」


「ひとりで龍を倒すとは・・。

 さすが勇者どのです。

 国の者たちも喜ぶでしょう」

 と副官。


「あ、それなんですけど、私、今、お尋ね者なんで・・」


「お尋ね者とな?」

 クレオ師匠が首をかしげる。


「はい。実は、ひと月ほど前に、ディアギレフ領の結界を、ぶっ叩いて壊すように、命令されまして」


「なんと? そんな命令を? いったい、どいつが?」

 クレオの顔が強ばる。


「判りません。

 とにかく、命令されたので、行かなければならなかったんです。

 でも、ディアギレフの領民が危ないから、断ったんです。

 そうしたら、オークの群れを、けしかけられまして」


「なんですと?」

 と副官。


「ヴィーヌという、オークをおびき出す薬を、馬にかけられました。

 エルバ領主グレブに依頼されたチンピラにやられたんです。

 それで、ヴィーヌという臭い薬は、グレブに返しました。

 ディアギレフ領は、オークが大繁殖して危なかったので、隣村にオークの群れが行かないように、山間の道の真ん中に穴掘っておきました」


「穴・・?」


「落とし穴です、師匠。上手に出来ました」

 ハルカが、褒めて、と言いたげに微笑む。


 クレオは、

「そうか、そうか、よくやった」

 とハルカの頭を撫でてやった。


「そういうわけで、私は、居なかったことにしてください」


「しかし、龍を倒したのは、ハルカどのなわけで・・」

 と副官。


「副官どの、私は、組織に負われるお尋ね者ですから」


「いやいや、悪いのは、そもそも・・」


「ええ、私としては、悪いのは連中だと思ってますけど、今は、マズイんです。

 それに、龍なんか、誰が倒したって、同じですし」


「いや、それは・・」


「私は、師匠や、隊の皆に武術を習ったんですから。

 面倒だから、みんなで倒したことにしておいてください。

 で、私は、ちょっと、居ないことにしてくれれば、全て丸く収まるんです。

 じゃ、お願いしますよ、師匠。

 約束です。

 ゆびきりげんまん、嘘付いたら、針千本、のーます」



 ハルカとクレオ師匠の隊は、徒歩でイドリスの町に向けて歩き始めた。騎士の愛馬たちが、みな、龍のブレスにやられてしまったからだ。


「それでは、儂の愚息がハルカの担当になる前に、ハルカは王都を飛び出したのですな?」

 クレオが残念そうに言う。


「そうなんです、師匠。おかげで、師匠似のご子息に、お会いできませんでした」


「ふむ」


「・・あ、師匠、なんだか、ずっと向こうから、団体さんが来てますね」


「町の龍討伐隊かもしれません」

 千里眼持ちの索敵、ジャンが目をすがめる。


「師匠、私は、これで、おいとまします」


「そうか・・。

 ハルカ、ディアギレフ領のことは、儂に任せて置くがいい。

 なんとかしておく」


「無理はなさらないでください。

 私は、大丈夫ですから」


 クレオは、不憫そうな顔で、ハルカの頭を撫でる。


「では、師匠、隊のみなさん、お元気で」

 ハルカは、転移魔法で姿を消した。



◇◇◇◇◇



 シュンは、訓練場から自室へ向かう小道を、足を引きずりながら歩いていた。

 訓練着は、肩の辺りで裂け、血が滲んでいる。


 ――マズッタなぁ・・。イテテ・・。


『シュン、隊のヒーラーに頼まないのか?』


 ――要らない。


『しかし、あれは、訓練というより、リンチじゃないか』


 セオドアが留守なのをいいことに、隊の騎士たちが、シュンに無理矢理ハンデの魔道具を付け、訓練とはとても言えないような模擬戦をやらされた。


 ――そうでもないさ。

 けっこう、良い訓練だった。


『はぁ・・』


 ――ため息つかないでくれよ。


『今日は、アロンゾの訓練がないから、休めるのが救いだな』


 ――ふたりとも、イドリス領の龍退治にかり出されるのかな。


『かもな』


 アロンゾが、出掛けに、シュンに伝言していったのだ。

 言付けを持ってきたアロンゾの侍女によると、イドリス領に現れた龍のことで、国中、大騒ぎだという。

 冒険者ギルドでは、龍討伐のためのAクラス以上の冒険者に招集がかかり、王国の騎士団はもとより、近隣の領主たちにも応援要請が出ている。


 ――こんなことやってる場合じゃないのにな。

 俺は、まだ、手伝いに行けないのかな・・。


『シュンは、勇者見習いだからなぁ。まだ訓練開始から3ヶ月くらいだろ。

 ムリだと思われてるんだろうね』


 ――ちっ。悔しいな。


『お、あれは・・。総務部の文官だな』


 向かいの方角からこちらへ歩いてくる文官の姿がある。衣服を見ると、管理職クラスのようだ。


 ――よく知ってるね。


『僕は、王宮内で、間諜活動してるからね』


 ――セシーとハメスの件?


 例の、ネズミ串刺し事件犯の可能性がある、「セシー」と「ハメス」。


 ふたりを調べたところ、セシーは、セオドアの妹であることが判った。

 セオドアの隊の、紅一点、女性騎士。

 そういえば、シュンは、セオドアの隊に「凄腕の、隊長自慢の妹が居る」と、騎士たちの立ち話を小耳に挟んだことがあった。

 紅一点なのだから、セシーに違いない。

 美丈夫のセオドアの妹らしく、絹糸のような金髪に鮮やかな緑の瞳で、冷たい感じの美人だった。


 ハメスは、平民から成り上がった騎士だ。

 剣の腕が優れていたため、落ちぶれ男爵の養子となり、騎士団に入団した。背が高く痩せた男で、とくに目立つところはない。


 このふたりが、なぜか、シュンへの悪意を煽っているようだ、とタイジュは言う。


『どうも、変だからね。

 セシーとハメスのことだけではない。

 気になることが多々ある。

 シュンに、転移魔法を自由に使わせないこととか・・』


 ――ああ、あれは不便だよな。


『意味がない制限だ』


 タイジュと、胸の内で会話しながら歩いていると、件の文官はすぐ目の前に来ていた。

 シュンが、怪我でゆっくり歩いていたため、彼の姿が目に入ってから、すれ違うまでに時間がかかった。


「勇者どの、ですね?」

 文官が声をかけてきた。


「あ、はい、そうです」


「怪我をされているようですが?」


「訓練で、少し・・」


「少しの怪我には見えませんが? 隊のヒーラーの手当は受けないのですか?」


「ええ。

 部屋で休もうかと・・」


「治療を先にされた方がいいでしょう。

 こちらへ」


 シュンは、断る理由もないので、文官の後を付いて歩き始めた。治療室は訓練場の方角なので、後戻りするような形になった。


「ずいぶん、傷を負うような訓練をしているのですね」

 と文官。


「今日は、たまたま、酷くなりました」


「そうですか」


 ――剣術の訓練なんだから、怪我くらい、するよね。

 シュンは、胸の内でキアゲハに話しかけた。


『そりゃ・・。でも、治療もしない、っていうのは、珍しいんじゃないか』


 ――そっか・・。


 2人が歩いていると、セオドアの隊の連中が、向かい側から歩いてきた。

 施設には、休憩室もあるから、汗でも拭いていたのだろう、とシュンは思った。


「君たちはセオドアの隊ですね」

 と、文官が彼らに問う。


「はい」

 答えたのは、セシーだった。


「シュンどのが、ひどく怪我をされていましたが、あなた方の隊のヒーラーは、治癒をしないのですか」


 文官に問われると、騎士たちは、一様に、気まずそうな顔をした。

 セシーが、ひとり、平坦な顔で、

「かすり傷まで、面倒は見ません」

 と答えた。


「これが・・かすり傷ですか?」

 文官が、横に居るシュンの肩に視線を投げかける。


「まさか、勇者ともあろう方が、文官どのに泣きつかれるとは、思いませんでしたよ」

 とハメス。


「たまたま、廊下の途中で目に留めただけですが?

 どうも、あなた方は、妙ですね」

 文官が、目を細めて、騎士たちの様子を眺める。ひとりひとりの騎士の顔を、怪訝そうに、見詰めた。

 騎士たちは、目をそらし、汗をかいているものや、挙動不審な様子が見られた。


 シュンも、なにか、妙な感じがした。


 ――なんだろう・・。変だな。不自然・・っつうか・・。


『シュン、ネズミのことを聞いて』


 ――え?


『ネズミを剣に刺したのは、誰ですか、と聞くんだ』


 ――なぜ?


『いいから、早く』


「あの、ネズミを剣に刺したのは、誰ですか?」


 シュンが、突然、不可解なことを口走ったために、文官や、騎士たちの視線が、一斉に、シュンに集まった。

 シュンは、居たたまれなくなった。


 すると、

「それがなに? たかがネズミが、何だって言うのだ?」

 と、セシーが言う。


『シュン、「あなたがやったんですか」と尋ねてごらん』


 ――判った。


「あなたがやったんですか?」


「そうだ。

 それが、なんだと聞いている」


『もう、判ったからいいよ』とキアゲハ。


「いえ、確認したかっただけです」

 シュンは、答えた。



 廊下を歩きながら、

「セオドアの騎士たちとは、思えないですな」

 文官が、独り言のように言う。


「騎士とは、ああいうものじゃ、ないんですか?」

 とシュン。


「いや、まさか。

 ああ、治癒室は、こちらです。

 ヒーラーが常駐しておりますので」


「ありがとうございました」


 文官は、なにか、考える様子を見せながら、廊下を歩み去って行った。


 シュンは、治癒室のヒーラーの治癒を受けた。

 痛みも、傷も、すぐさま治った。

 当たり前のことだが、やはり、誰かに治療してもらうのは、楽で快かった。




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