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12)奇妙な嫌がらせ



 明くる日。


 ――なんだよ・・これ。


 朝、訓練場に行く前、ショートソードと防具を取りに行ったシュンは、目の前の有様に、しばし唖然としていた。

 いつも使っているショートソードに、黒いネズミみたいなものが突き刺さっていた。


 ――マジかよ。


 シュンは、王宮の警護兵用備品のショートソードを借りて使っていた。

 「勇者見習い」のシュンは、自分専用の装備品を持っていない。


 シュンは、まだ、自分がどんな戦闘タイプでいくのか、決めていない。


 魔法重視なら、魔導師らしくローブを羽織り、杖や短杖を装備するのも良い。

 あるいは、接近戦重視ならショートソードに盾や鎧。

 魔剣士というのもある。

 シュンは小柄なので、大剣は無理と思っていたが、身体強化魔法を使いこなすのが上手かったため、ロングソードでも、案外、楽に扱えた。

 セオドアは、自分が大剣を使うからか、ロングソードが一押しらしく、シュンに教え込もうとしている。


 身のこなしが俊敏なのがシュンの持ち味なので、ロングソードはどうかと思うが、少し迷っている。


 そんなわけで、しばらくは、王宮の備品を借りているつもりだった。


 屋外の訓練場と騎士団の宿舎の間に、室内訓練施設があり、その備品室に各種武器、防具が置いてある。


 シュンがいつも使っているショートソードも、手入れしたあとはそこに保管してあるが、「借り中」の武器は、棚手前の展示ケースのような台に置くことになっていて、今は、シュンが借りているショートソードだけが置かれていた。

 そのショートソードに、黒ネズミが串刺しになっていたのだ。


「セコい嫌がらせだな。せっかく手入れしておいたのに」


 シュンは、ぶつぶつ言いながら、ネズミを石の床の上に飛ばし、火魔法で燃やす。

 魔法の「浄化」でショートソードの汚れをざっと綺麗にしてから、布を取り上げて磨き始めた。


『隊の連中がやったわりに、地味だな』

 胸元のキアゲハが、のんきに感想を述べる。


 ――だな。


『軍隊のいじめと言ったら、ふつう、殴る蹴る、だろ』


 ――そういうマッチョなのは、いいや。ネズミの方がいい・・いや、ネズミも嫌だけど。


『殴る蹴るの方が、露見しやすくていいだろ。セオドアも少しは考えるはずだ』


 ――そうかな。


『セオドアは、管理職には向かないようだが、騎士としては一流だし、真摯にシュンの訓練をしてくれている。

 信用できる』


 ――たしかに、セオドアは、師として尊敬してるけど。

 他の隊の連中はタチが悪いよ。挨拶しても無視だし。


 シュンは、セオドアの隊の連中から、しょっぱなからハブられていた。


 最初のうち、訓練は、セオドアがマンツーマンで指導してくれていた。

 隊が、しゃしゃり出てきたのは、何週間も経ってからだった。


 セオドアは、騎士団のうち、王都西部の隊を任されている隊長だった。

 それで西王都隊の騎士が、シュンの訓練に就くようになった。


 ――あのまま、セオドアの個人指導だけで良かったのにな。


 セオドアは、いつも変わりなく、熱心にシュンの指導をしてくれていたので、隊の連中の態度など気にしていなかったが。それでも、気分は悪い。


『騎士たちは、貴族階級だろう。

 貴族の坊ちゃんたちが、どこでネズミを調達してきたんだろうな』


 ――犯人は、騎士じゃないってこと?


『この施設に入れるのは、騎士だけじゃないだろう。

 それに、確かに、ここで剣を借りてるのは、シュンくらいしか居ないけど。

 もしも、他の者が犯人だったら、単に、一番取りやすい剣を鼠退治に使っただけかもしれないし』


 ――そうだけど・・。


『とりあえず、ショートソードは、もう綺麗になったろ。

 訓練に行こう』


 ――うん。



◇◇◇◇◇



 その夜。


 シュンは部屋のソファで、資料を読みながらくつろいでいた。

 アロンゾが貸してくれた魔術関連研究資料の写しだった。

 アロンゾは、シュンに必要そうなものは、よく貸してくれる。

 異国の文字を読み取るのは面倒だが、おかげで、この国の言葉の読解力が上達している。


 シュンと一緒に、キアゲハも資料をのぞいていた。


『この「魔剣」の入手方法、面白いな。

 「迷宮で貰える」とは、気前がいい』

 とタイジュ。


 ――気前が良いというか・・。階層主が持ってるから、倒せば手に入るってことだよ。


『階層主にしてみれば、強盗にあったようなものだな』


 ――ダンジョンなんて、そんなもんだよ。

 それより、父さん。この国には、聖剣があるはずなんだけどさ。


『「せいけん」?』


 ――聖なる剣だよ。魔王討伐に使われる、伝説の剣。


『そう言えば、魔王の弱点は、聖魔法だったな』


 ――通説では、勇者は、魔王を倒すとき、聖剣を持たされるんだ。


『へぇ』


 ――でも、この国では聖剣の話が出てこないな、と思ってさ。俺専用の剣があれば、今朝みたいに、俺の剣が、ネズミの串刺しに使われることもないし。


『そうだな』


 ――でも、聖剣って、持つひとを選ぶらしいから、少し不安でもあるんだ。


『剣が、持ち主を選ぶのか?』


 ――うん。もしも、勇者のくせに、聖剣に拒絶されたら、かなり惨めだよな。

 まぁ、まだ、見習いだけど。


『ただの剣なら、誰でも振り回せると思うけど。

 一種の魔道具なのかな? 魔力を使うのなら、魔力量が足りないとか、なにか、持ち主制限があってもおかしくないな』


 ――魔力量とか、そんな単純なものじゃないと思うよ。なにしろ、伝説の武器なんだから。


『三種の神器の天叢雲剣みたいなものかな。

 それは、なかなか、ロマンがある』


 ――うん。男のロマン、って感じ。


『アロンゾに聞いてみたらどうだ? ネズミの件も、彼に言えばいい』


 ――ネズミのことはいいよ、あんなの。


『情報の共有さ。

 変な呪術みたいな意味があったら困るだろ』


 ――うーん・・。


 キアゲハが、急に、ふわりと部屋に舞った。


『ちょっと、隊の連中を偵察してくる』


 ――どうしたんだよ、突然。


『時間が丁度良い。オトナが酒飲んで、くだを巻いている時刻だ』


 ――あの、ネズミのこと調べるの?


『それもある。

 セオドアの隊の連中は、シュンと会った最初から、無愛想で、雰囲気悪かっただろう』


 ――うん。


『騎士なんて、そんなものだと思っていたけど、もしかしたら、何か理由があったのかもしれない』


 ――理由? 俺が、ガキだからじゃないの? ガキの世話なんか、騎士の任務じゃないって思ってるのさ、きっと。


『シュンの世話をやいてるのは、セオドアなんだけどな。

 まぁ、とにかく、行ってくるよ』


 ――大丈夫なの?


『隠密スキルを得たからね。透明モードで行ってくる』



 タイジュは、昼間、騎士のひとりの髪に、自分の鱗粉を付けて置いた。

 よく喋りそうな騎士を選んで置いた。ボリスという名の騎士だ。

 騎士たちの会話から、彼らの行きつけの酒場も判っている。


『容易い仕事だ』


 透明な蝶の身体が、見つかることはない。

 生命反応や、魔力を感知するスキル持ちが居ても、こちらは隠密スキルを持っている。


 タイジュは、王宮敷地内にある宿舎や官吏たちの寮が建ち並ぶ北棟へ向かう。

 寮や宿舎そばに設けられた門は、夜中近くまでひとの出入りがあり、隙を見てくぐり抜けられる。


 町に出ると、辺り一帯をサーチする。鱗粉の気配を発見。


『転移』


 一刹那、タイジュは、酔っ払いで賑わう酒場の中に居た。


『酒場なんて、久しぶりだ』


 酒を飲む店は、どの世界でも違いはないようだ。すれた感じの見目美しい女性がグラスや料理を運んでいる。客は男が大半で、女連れの男客がちらほら。女性だけの客は居ないようだ。

 安っぽい酒場ではない。それなりに、質の良さそうな店だ。


『さすが、騎士御用達の店』


 中を見回し、ボリスを店の隅に見つける。ボリスのテーブルには、もうひとり、連れが居た。訓練場で見た顔だ。


 ボリスは、貴族階級出の多い騎士たちの中では軽薄そうな男だ。

 幸い、飲み仲間も同じ隊の男。仕事のグチでもこぼしてくれれば、何か掴めるかもしれない。

 タイジュは、ふたりのテーブルにほど近い魔道具のランプの影にとまり、耳を澄ませた。



 3時間後。


 千鳥足で宿舎に向かう騎士ふたりをつけながら、タイジュは王宮に向かっていた。


『大したことは聞けなかったな。3時間も時間を使った割に。

 まぁ、間諜の仕事なんか、こんなものだろう』


 それでも、2,3、判ったことがあった。


 セオドアの隊の連中は、シュンの訓練の任務を、「閑職」と呼んでいた。

 つまり、彼らにとって、勇者の武術指導は、左遷みたいなものなのだ。

 さらに、ふたりは、しばしば「腕がなまる」とグチっていた。


 シュンが推測した通りだ。

 セオドアの隊の騎士たちは、勇者の訓練を、「ガキの世話」だと思っているのだ。


『初期のころならいざ知らず、今でさえも、そういう考えとは、感心しないな。

 シュンの成長速度は、凄まじいと思うんだがな』


 シュンは、毎日スキルを取得し、真面目に訓練をこなしている。

 元々、シュンは、運動神経は良かった。足も速かったし、瞬発力も高かった。

 ハンドボールで鍛えていたのだ。投擲のセンスもある。


 あの事件のせいか、強さ、力への執着もある。

 セオドアの訓練に食らいついている。


 だからこそ、セオドアも、シュンの指導に心血を注いでいる。

 そんなふたりの訓練を見て、なにも触発されずグチっているとは、騎士として情けない。


『・・変だな。

 不自然なくらい、情けない。

 他にも、なにか、要因が絡んでいるんだろうか』


 ボリスたちの会話から、ハメスという騎士と、セシーという女性騎士が、とくに不満を抱えて居るらしい。


『明日は、「セシー」と「ハメス」のグチを聞いてやるかな』



◇◇◇◇◇



「ネズミが剣に?」


「ええ、あの、大したことじゃないのかもしれないけど・・」


 結局、シュンは、アロンゾに、ネズミが剣に串刺しになっていた件を伝えた。


 今日は、王都郊外の草原で、土魔法の制御訓練を終えたところだ。

 アロンゾは、土魔法で、草原の土を盛り上げ、腰を下ろした。

 シュンも真似て椅子代わりの盛り土を作って座った。なかなか面白い。


「なるほどね。だから、武器庫の床が焦げてたのか」

 とアロンゾ。


 ――さすが。ネズミを焼いた床の焦げに気付いていたのか。


「剣でネズミを串刺しにするのって、呪術とかじゃ、ないよね?」


「現物を見てみないと判らないな。大丈夫とは思いますが。

 武器庫はひとの出入りが多いから犯人の目星もつかないですね。証拠のネズミはもう無いし。

 動機から推測するしかないかな」


「動機なら、俺を嫌ってる騎士団の連中くらいしか思い当たらない」


「そうですね。

 彼らは、シュンのことを、ずいぶん嫉んでいるようでした」


「嫉み?

 てっきり、ガキの世話をする任務を押しつけられて腹を立ててるんだと思っていた」


 タイジュが聞き込みをした結果も、それを裏付けている――タイジュのことをアロンゾに言う積もりはないが。


「たしかに、騎士の隊を丸ごと、シュンに付ける意味はないですからね。

 セオドアひとりで良いはずなのに、騎士たちを付けている。

 彼らにしてみれば、やり甲斐のある任務ではないでしょう」


「そうだよ」


「けれど、上の命令は、ぜったいです。

 文句は言えないし、それは、シュンのせいではない」


「それは、まぁ。たしかに。

 でも、嫉み、というのは?

 エリート騎士たちに、俺が嫉まれる理由はないけど?」


「騎士の連中のシュンを見る目が気になって、鑑定で覗いた結果です。

 嫉みでした」


「不気味だ・・」

 ――嫉みの籠もった騎士達の目も、それを覗けるアロンゾも。


「異世界の勇者の能力を嫉んでいるのか・・?」

 眉をひそめ、考えながら、アロンゾが呟く。


「そんなものを嫉まれても困る。

 能力が無ければ、魔王の討伐なんか出来ないし」


「考えるまでもなく判りそうなものですね。

 それとも、隊長を独占していることを嫉んでいるのか? いや、まるで、子供じみてる。

 少し、気になりますね」

 アロンゾは、思案げだった。


 ――タイジュも、なにか気になることを言っていたな・・。


「シュン、今度、また、こういうことがあったら、証拠を残しておいてください。

 犯人が見つけられるかもしれません」


「判りました」



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