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11)勇者訓練


◇◇◇ イサワ タイジュ (井沢 大樹) ◇◇◇



『奇妙な世界だな。

 魔法のある世界とは』


 タイジュは、真夜中の空を、ふわりと舞っていた。


 始めてシュンがスキルを取得できた日から、すでに3日が過ぎていた。

 今夜は、シュンが眠るのを確かめて、王宮を抜け出した。

 あれからも、シュンのスキル取得は、ごく順調だった。

 シュンは、3日前に、10個ものスキルを取得できている。

 基本魔法のスキルは、すでに取得済みだ。

 今夜も、すでにスキルを取得している。今回、シュンが得たのも、リストには無い魔法スキルだ。

 シュンは、元の世界でやっていたゲームのおかげで、魔法の種類や、どんな魔法があるか、という情報を持っている。

 それで、シュンが、「闇魔法のスキルが欲しい」と言うので、取得させてやった。


『物騒な魔法だったな。ブラックホールを出現させる魔法とは・・』


 タイジュは、思い返して、薄ら寒くなった。


『シュンが、あんな力を欲しがるとはな』


 取得に、かなり手こずったのは、それだけ重いスキルだったからだろう。

 使いこなせるかは、まだ判らない。室内で練習するのは危険と判断し、試すのは先に延ばした。

 闇魔法は、スキルを取得するだけでも、あれだけ難しかったのだ。時期尚早に思われた。


 タイジュは、見張りの気配をうかがい、王宮の庭園を見下ろしながら、塀の間際まで飛んできた。

 塀から上の部分に、光の膜のようなものが、うっすらと見える。


『なるほど。さすが王宮。

 結界が張ってある。

 もしも出ることが出来ても、戻って来られるか判らないな。

 庭園内で練習するか』


 タイジュは、庭園内の雑木林の中、小さく空き地になった場所に舞い降りた。


 シュンのスキル取得と一緒に、タイジュもスキルを得ている。けれど、まだ使ったことはない。

 タイジュは、日中は、シュンの魔法と武術の練習を見守っている。

 夜半は、シュンの相談相手になったり、見張りの気配を探ったりしていた。

 ここでの暮らしも、だんだん慣れてきている。


 ときおり感じられる見張りの気配は相変わらず、気になる。

 彼らの気配が感じられるのは、定期的ではなく、ランダムだった。


 ふいに現れ、ふいに去って行く。

 彼らが何者なのか、まるで判らない。


 殺意は感じられない。

 味方とは思えないけれど、少なくとも、今は、シュンに危害を与えるつもりはないのだろう。


『もしかしたら、ただシュンが逃げ出さないよう、見張っているだけなのかもしれないな。

 あるいは、訓練の成果を知りたい連中が居る・・?

 そんなのが王宮に入り込んでいるとしたら問題だけどな。

 まだ、情報が少なすぎる。

 仮説を立てるのにも、無理があるか・・』


 警戒は続けるが、今のところ危険は無さそうだ。


『とにかく、「魔法」を使えるよう訓練しておいた方がいいだろう』


 シュンの訓練に付き合って、アロンゾとシュンが魔法を使う姿は見ている。

 身を守る手段として、または、情報を集める手段としても、これほど便利なものは無い。


 シュンは、ここ2,3日で、目に見えて、魔法のレベルを上げていた。

 脳内のイメージと、「目に見えない力」を感じる繊細な感覚を使い、魔法を発動させているようだ。


『僕は、身体を持っていない。

 同じようにはできないだろうな』


 アロンゾが魔法の手本を見せながら、シュンに説明していた言葉を思い出す。


『まず、魔力を感じる・・んだったな。

 と、言っても、僕の身は、そもそも、「魔力のようなもの」で出来てる気がする。

 その場合、どうすればいいんだろう?

 魔力を使い過ぎて、魔力が尽きたとき、魔力で存在を維持している僕は、消えてしまわないかな』


 その可能性はある。

 魔力が無くなったら、魂が持っている精神の力――みたいなもののみで存在を維持することになるが、魔力が枯渇する衝撃に耐えられるか判らない。

 キアゲハとシュンはスキルを獲得するにしたがって、スキルに必要な魔力量も増えている。

 おかげで、キアゲハの姿は、以前よりもはっきりとして、安定している。

 以前のように、うっかりして消えかけたりすることが減った。

 シュンも喜んでいる。


 それでも、「体が無い」ということは、「いつ消えてもおかしくない」状態であることには変わりない。


『慎重にやろう』


 とりあえず、光初級魔法を試してみることにした。


『魔力はある、スキルもある。

 でも、光を灯す指がない。

 さて、どうなるか。

 「灯れ」』


 キアゲハの身体全体が、ぽわんと光った。


『うん、まぁ。想定範囲内。

 火魔法はどうなるかな。

 「燃えろ」』


 キアゲハの身体が、燃え上がるように炎に包まれた。


 炎を追い払うように羽ばたくと、火玉が、思いの外、勢いよく飛んでいった。


『おっと・・』

 慌てて炎を追いかける。

 『水』を発動。

 なんとか消し止めた。


『危なかった。けっこう、高威力なんだな』


 ふと、足音が近づいてくる。

『見張りの兵か・・』


 木の幹に貼り付き、『隠蔽』と唱える。


 兵士が遠ざかるのを確認すると、また、魔法の実践を行った。



 けっきょく、スキルを得た魔法は、闇魔法以外は、全て発動できた。

 なんら問題はない。

 むしろ、シュンよりも速やかに使えたような気がする。


『魔力の固まりで出来ているような僕は、その力を、ただ、スキルの助けを借りて使えば良いだけなんだな。なんら、コツも技も要らない。

 実体を持たないがゆえのメリットだろう。

 闇魔法は、ブラックホールに吸い込まれてしまうと困るから辞めておいたけど』


 ふたたび、見回りの兵士の気配がする。


 キアゲハは、部屋に戻るために飛び立った。


 シュンの部屋の窓が見えてきたところで、キアゲハは、木立の影に身を潜めた。


『使い魔だ・・』


 黒褐色の猿のような生き物が、木の枝の上に居る。葉陰に身を隠し、じっと、シュンの居る窓の方をうかがっていた。


 窓にはカーテンが掛かっていて、外から中は見えない。

 室内は見えないはずなのに、窓を見つめる猿の目が、怪しく赤く光っている。


 ・・と、猿が、ふいに振り返り、赤い目をキアゲハの方に向けた。


 タイジュは咄嗟に、『隠蔽』と魔法を発動。


『間に合ったか・・?』


 猿は、こちらをうかがうように、視線を彷徨わせている。


『ただの目じゃないな、あれは・・』


 猿は、しばらく、キアゲハの隠れる木立を見つめていたが、どうやら諦めたのか、再び、窓を見張り始めた。


 赤目の猿は、朝日が昇り、辺りが薄青く明るくなるまで、見張りを続け、王宮に人の動きが出始めると、木から木へと、鳥のように飛び移りながら去って行く。


 キアゲハもふわりと飛び立った。


 遠く距離を置きながら、あとをつける。


 猿は、王宮の西側にある廊下の窓から、中に飛び込んだ。


『ほう。王宮住まいなのか』


 キアゲハも、後を追おうとするが、窓は、無情にもパタリと閉められた。


『エライな、猿。ちゃんと閉めたか』


 窓に貼り付き、中をうかがう。猿の姿はない。

 窓を素通りして廊下に入って見たが、もはや、どこにも猿の気配は無かった。



◇◇◇◇◇



 ひと月後。


「シュンっ、まただめだ! 背後からの気配は、視線で確認する前に、まずは、『気配探知』からの情報を捉えるんだ。スキルを、使いこなしてない!」


「はいっ」


 ――くそっ。難しいな。


 セオドアの訓練は、細かくて厳しい。

 獲得したスキルを使いこなすことに、重点を置いていた。


 ――でも、この訓練に食らいついていけば、そうとう強くなれる。

 俺の強さへの渇望は、あの事件のせいもあるんだろうか・・。


 スキルを得て、実技訓練が始まってから、シュンの強さへの渇望はふくれあがっていた。

 魔王など関係なしに、強くなりたい。

 出来うる限り、もしも可能なら、この世でもっとも強くなりたい。


 力が欲しい。


 ――・・いや、今は、そんなことは忘れておかなければ・・。


 自分の技を鍛錬させることだけに集中しておかないと。

 よけいなことを考えてたら、セオドアに付いていくことは出来ない。


 気を引き締め治す。

 模擬戦の相手の騎士は、すでにシュンに、打ち込みを開始していた。



 短い昼休憩のあと、午後は、アロンゾとダンジョンに向かう。


 ――今日は、けっこう、ハードスケジュールだな。


 アロンゾと2人で馬を走らせていた。


 王都の南にあるダンジョンは、正式には、「王都南騎士団管轄特別監視洞穴」または、「王都南のダンジョン」と言うらしいが、別名の「呪いのダンジョン」や「ゴミダンジョン」という名で知られている。


 ――ひどい名前だよな。


 何度か通っているが、醜悪なゴブリンやオークがうじゃうじゃいる。たしかに、ゴミ溜めのようなダンジョンだった。


 アロンゾは、「大したダンジョンじゃありませんが、新人が剣を振り回すのに丁度良いですよ」と言っていた。


 シュンにとっては「人の形をしたモノ」を斬り殺すのに慣れる場所として、適していると思った。


 ダンジョン入り口の前に到着し、馬から下りて周りの木に繋いでいると、ふと、アロンゾが、シュンの腕を手に取った。


「どうしたんです、この傷は」

 アロンゾが眉をひそませている。


「今日の剣術訓練で、少し切っただけだけど?」


「それは判る。なぜ『治癒』をしない?」


「これでも、何度か治癒魔法をして、だいぶマシになったんだ。

 痛みが無くなったから、忘れてた」


 シュンは、アロンゾが気にするのも無理ないと思った。

 ダンジョンに入るのに、傷ついた腕では全力が出せない。

 シュンは、傷の残っていた腕に、再度、治癒をかけようとすると、アロンゾが、すでに治してくれていた。

 これくらいの魔法なら、アロンゾは、まるで呼吸をするように容易く魔法を発動させる。


「セオドアの隊に居る治癒師は、仕事をしないのか?」

 とアロンゾ。


 ――ああ、アロンゾが気にしていたのは、そこか・・。

 と、シュンは気付いた。


 セオドアは、エルナートの騎士団に所属している。

 騎士団は、エルナート騎士団長の下、中隊と小隊に分けられている。

 その中で、「西王都隊」所属の小隊の長が、セオドアだった。

 セオドアの下に騎士たちが就き、騎士たちには、それぞれ、従者らが付いている。隊の中には、ヒーラーも当然居る。

 シュンの訓練には、騎士全員が付かされているわけではない。おそらく、隊の通常任務の他に、シュンの世話が付け足されているような形なんだろう。


「居るけど。このくらい、自分で出来ると思ったんじゃないか」


「前も似たようなことがあったな」


「うん、まぁ・・」


 訓練で雷撃を剣に纏わせていたところ、うっかり、自分の脇腹に火傷を負ったことがある。そのときも、シュンの治癒魔法では癒やしきれず、アロンゾに手当をしてもらった。


 アロンゾは、なにも言わなかったが、思うところがあったのだろう。


「どうなってるんだ? 隊との訓練での傷だろう。

 傷が深かった場合は、隊のヒーラーが手を貸すはずだが?」


「どういう仕組みかは知らないけれど、俺は、自分で治癒するのも、修行のうちだと思っていた」


 おかげで、シュンの治癒魔法のレベルは上がっていた。元々、シュンは、治癒魔法が苦手で、上手くできなかった。しばしば使っていなければ、もっと下手なままだっただろう。


「そういう問題じゃないんだけどな。

 まぁ、良いです。

 腕が大丈夫でしたら、ダンジョンに入りましょう。

 今日は、階層主を討伐します」


 シュンは、アロンゾとダンジョンに踏み込んで行った。



 呪いのダンジョン、2階層階層主は、アサシンオーク。


 シュンが、スキルを得られるようになってから、10日間ほどは、王宮の訓練場で、得たスキルを使いこなす訓練をしていた。

 呪いのダンジョンを訓練で使うようになったのは、12日ほど前。


 呪いのダンジョンは、ゴミダンジョンと言われるだけあって、難易度は低レベルだ。

 攻略するだけなら簡単だ。

 けれど、魔法の実習をしながらなので、日にちがかかった。


 アロンゾは、シュンが、火魔法や雷魔法で、いつ、いかなる場面でも、動く的――ゴブリンの頭――に命中できるようになるまで、先に進もうとしなかったからだ。


「アサシンオークは、暗殺スキル持ちですから、その点に注意します。

 見ててください」


 アロンゾが飛び出す。


 ――速い・・。


 身体強化を纏わせていると、動体視力も上がる。それでようやくアロンゾの動きが見える。

 アロンゾは、アサシンオークを短杖で殴りつけた。アサシンオークは蹴りで迎え撃つ。アロンゾは、すぐにバックステップで飛び退く。

 その刹那、アサシンオークが、筒のようなものを口元に咥えた。

 筒から針のようなものが飛び出す。


 ――吹き矢か。


 アロンゾは、短杖で針をたたき落とす。

 続けざまにアサシンオークがナイフを投擲。

 アロンゾは天駆で避け、シュンの方に戻ってきた。


 アロンゾとシュンは、ドアを開け、階層主の部屋から、いったん外に出た。


「奴がどんなスキル持ちか、判りましたか」

 とアロンゾ。


「吹き矢と投擲、体術」


「ええ。あと、俊敏さですね。身体強化魔法持ちです」


「すごいな、アサシン」


「シュンも同じスキルを持っていますから、やれるでしょう。

 それから、吹き矢は、毒矢です」


 アロンゾは、吹き矢の針をたたき落とした短杖をシュンに見せた。

 濡れた針でこすったような跡がついている。


「了解」



 再び、階層主の部屋に入る。


 今度は、アロンゾが後ろに控え、シュンが前に出た。


 シュンが雷撃を放つ。

 アサシンオークは、斜め後ろへのバックステップで避けた。


 ――ちっ、やっぱダメか。


 シュンは、さらに前に出る。

 走りながら炎撃を飛ばす。アサシンオークの脇腹をかする。

 アサシンオークは、シュンに毒矢を放つ。

 左手に凝縮した結界を盾のようにまとい、矢を払う。

 ショートソードでアサシンオークの首を狙う。

 アサシンオークは首をかしげて避ける。

 動きが速い。

 避けながらシュンにナイフを投擲してきた。

 ナイフが鈍く光っている。


 ――こいつ、ナイフにも毒ぬってやがる。


 左手の結界盾でナイフを払い、右手で雷撃をたたき込む。

 アサシンオークの頭に命中。


 グゥアァア。


 さらにショートソードで首を切り落とす。

 階層主、アサシンオークが崩れて消えた。


◇◇◇


 帰りの馬上で、

「転移魔法で、帰りたいな」

 とシュンが愚痴った。

 馬は可愛いから騎乗は好きだが、疲れた身体にはしんどい。


「転移魔法は、外では使ってはいけないと言われてますので」


「理由は、なんだろう?」


「下々の者には、判らない理由のようです」


「うんざりするな」


「御意」アロンゾが薄く笑う。


 ――呪いのダンジョンも、面白くなってきた。まだ、たった二階層だけど。

 あのダンジョン、四階層までしかないんだっけ。

 すぐに物足りなくなりそうだな。


 始めて呪いのダンジョンに入ったとき。

 現れたゴブリンを見て、緒方洋たちを想い出した。


 醜悪さが、そっくりだった。


 顔が似ているわけでもないのに。

 目つきや、雰囲気が同じなのだ。


 ゴブリンをショートソードで切り裂いて殺したとき、笑いが出た。

 悲壮な笑いだ。


 『俺、こんな奴らに、負けてたのかよ』、という笑い。


 ――アロンゾがドン引きしてたっけ。


 おかげで、接近戦の上達が早かった。


 そのあとは、雷撃や炎撃を、ゴブリンの面めがけて当てる訓練だった。

 緒方洋の顔を攻撃しているような感覚がして、毎日続けるうちに、うんざりした。


 幸い、シュンは、雷撃や炎撃の操作は得意だったので、ゴブリン面攻撃は、案外、早く卒業した。

 ハンドボール部で鍛えた身体能力が関係しているのだろう。


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