表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/33

1)プロローグ 一人目の勇者、ハルカ


 勇者招喚は、簡単なことではない。

 ゆえに、なるべくなら、勇者招喚を行わずに魔王を斃したい。


 けれど、禁忌の薬に手を出した前王の悪行のおかげで、エルナート国は魔王を斃す手段をことごとく失っていた。


 愚王は、王太子と有志の手により処刑された。しかしすでに、魔王を斃すのに必要な獣人国フィレとの信頼関係は失われ、聖女たちは国内から逃げ出していた。


 勇者を招喚するしかなかった。


 愚王のせいで衰えた国力を搾り集め、ようやく勇者招喚にこぎつけた。


 過去、これまで招喚された勇者たちは、いずれも途方も無く強かった。

 ぜひ、今回も、筋骨隆々たる若き戦士が招喚されてほしいものだ――と、誰もが願っていた。


 ハズレ勇者だったなら、また勇者招喚の儀式を行わなければならない。

 出来れば、最初の一回で、理想的な勇者に現れてもらいたい。


 そう願いながら、関係者一同、魔方陣を見つめていた。



■■■ 一人目の勇者 ■■■


◇◇◇ ミクニ ハルカ (御国 春佳) ◇◇◇



 春佳は、友人の葵に押しつけられたラノベの表紙をちらりと見て眉をしかめた。


『異界の勇者は二度死ぬ』


 ――どっかで見たことのある題名だわ。パロディか。

 ファンタジーは役に立たないから嫌いだって言ったのに。


 春佳は、葵に言ったのだ。

「だってさ、ファンタジーって、『人間も、妖精も、魔物も、みんなお友達、仲良くしましょう』みたいな、ボケた物語でしょ。

 私、そういう偽善的なお話、苦手だから」


 それでも、「面白いから」と置いていかれた本は、やむなく鞄に突っ込んだ。


 ――『世の中は、そんなキレイなものじゃない』のにな・・。

 この間だって・・。


 道徳の小冊子が配付されたときのこと。

 資料と一緒に教育関係のエライひとの推薦文付きチラシも渡された。

 そのときは、「ふーん。こういうエライひとが関わってる資料ね」と、なにげなく目にしていた。


 それからひと月後。

 そのエライひとは、未成年買春で捕まった。


 立派な人間のフリをして、「ひととはこうあるべき」とかキレイゴトを並べていたオトナが中学生の少女を買っていたという。しかも常連。


◇◇◇


 学校では、なぜか、「疑うことは良くない」「人は信じ合おう」とばかり教え込もうとするが、「教育関係のエライひと、未成年買春事件」でメッキが剥がれた。


 信じ合う、って、まぁ、良いことだけどさ、それだけじゃ足りないよな、と春佳は思う。


 ――見えている姿と、本当の姿は、違ってるかもしれないじゃん。

 だから、ファンタジーより、ミステリーが好きなんだよ。

 ミステリーの面白さは、「物事の裏側を見て真相を探る」ことだから。



◇◇◇◇◇



 ハルカは、薄暗い部屋で目覚め、上体を起こした。

 2,3メートルほど離れた辺りに複数の人の気配がする。

 堅く目を閉じていたせいか、まだ視野がおぼつかない。それでも周りの空気が異質であることは、肌で感じ取れた。

 足元の石造りの床には、異様な文様の円が描かれている。


 ――ここ・・どこ?

 ・・私、誘拐、された?


 ハルカは、直前までの記憶をさぐる。


 ――コンビニに向かって歩いている途中だったよね。

 夜、レポートを仕上げてたら、シャーペンの芯が無くなって。


 財布をつかんで玄関を出たところまでは、とりあえず思い出した。

 それから、マンションの角を曲がったところで、いきなり視野が揺れはじめて、ハルカは気を失った。


 ・・で、目が覚めたら、この石造りの広間に居た。


 ――貧血を起こしたところを拉致されたのか。

 身代金目的? うちは金持ちじゃないのに。それとも、人身売買?


 目覚めたばかりのハルカは、寝起きのぼんやりした頭の中で想像を巡らせた。


「勇者どの」

 と、ハルカの周りを取り囲んでいる面々のうちのひとり、金色の頭髪に端正な顔、瀟洒な衣服を纏った王子風の青年が言った。


 ――「勇者」ってだれ?


「いきなり、お呼びして、申し訳ない。

 我が国を助けていただきたく、招喚させていただいた」

 と、王子様風青年が言う。


「え・・?」


 ハルカは思わず、顔を強ばらせてうつむいた。


 ――なに、これ、いったい・・。大がかりな冗談?


 ・・すると。


「☆○□△&●☆。⊿※γ」


 うつむいたハルカの耳に、意味不明の声が聞こえて来た。


 ――あれ~? なんだ? 今のコトバ・・。


 ハルカは慌てて顔を上げた。


「・・報償は十分にとらそう」


 いつの間にか、話し手は、となりの大臣らしき初老の男性に移っていた。


 ――さっきの、なんだったんだろう。変な外国語だった。単語すら聞き取れなかった。


 ハルカは、再度うつむいて、急いで考えた。


 ――なにか、高性能通訳機みたいなのがあるの?

 ここは・・どこかの組織・・?


 うつむくと、とたんに、「αθ◇☆¥。●△☆。⊿@#」と、ひとの言葉が宇宙言語みたいになる。


 慌てて、前を向く。

 大臣の言葉は、まだ続いていた。

「・・人族の敵、魔王を倒すために、お力添えをお願いしたい」


 ――「マオー」? 人類の敵?

 「麻王」? マフィア? 麻薬王を倒す・・?


 ハルカは、懸命に考えを巡らせた。

 目の前には異国の人間たちが並んで居る。服も奇妙だ。


 ――どう見ても、世界的な組織・・だよね・・。


 背中が寒い、冷や汗で濡れてるからだろう。


 ――どうして私が、こんな秘密結社のエラいひとたちに懇願されてるんだろう? 私、知らない間に、なにか、特別な才能とか持ってたの? いや、まさか。

 もしかして、麻薬王の女の好みが、たまたま、アタシだったとか・・んな馬鹿な、あり得ん。違うって。キモいし。

 ・・でもさ、お淑やかな和風の女が好みの外国人男性って多いよね・・。あるいは、麻薬王は東洋人で、娘に私が似てるとか・・?


 ハルカは神妙な顔で、

「お話は、だいたい判りました。お困りのようですから、お力になりたいとは思いますが、自信がありません。私は、ただの学生なんです」

 と答えた。


 ――いきなり麻薬王の前に突き出されても、瞬殺される自信がある。瞬殺ならまだしも、なぶり殺しとか、拷問とかマジ勘弁だし。マフィアの拷問なんか、想像を絶するスゲぇやつだ、きっと。


「ああ、もちろん、そうであろう。勇者どのが魔王を斃す力をつけるまで、精一杯のフォローをさせていただく。

 とりあえず、お疲れかもしれぬので、部屋でゆっくりされたらよい。詳しい説明もいたそう」

 大臣風のエラそうな人物がそう言った。


 ――とにかく、目の前の連中が、どんなヒトたちか判らないうちは慎重に行動しよう。

 もしかしたら、壮大で手の込んだ悪戯かもしれないし。・・ホンモノ・・かもしれないし。

  危なかったら協力するフリして隙を見て逃げよう。


 ハルカはそう自分に言い聞かせ、「はい」と、応えた。


◇◇◇


 それから、部屋に案内された。


 大臣は「宰相」という位だったらしい。この秘密結社は、王国風になっていることが判った。

 ハルカの生活の面倒は、侍女たちが受け持ってくれる。

 王宮の一室が、当面のハルカの住まいだった。



◇◇◇◇◇



 明くる日。


 ――今日は、朝から、座学かぁ。


 ハルカが招喚されたのは昨日。時差の関係か、ここでは午後早めの時間だった。

 あれから、色んなひとが、入れ替わり立ち替わり部屋を訪れ、ひとの紹介や、説明を聞かされた。

 この組織のひとたちが、ずいぶんハルカに気を遣っていることは判った。

 誰も彼も、言動の端々から、「助けてほしい」という想いがうかがえる。これがお芝居だったら、上手すぎる。


 「マフィア壊滅の手伝い」は、いよいよ断りにくくなっている。


 座学はまだいいが、格闘技を学べと言われても自信がない。

 所属していたミステリー愛好会ではハルカは、ハードボイルド系ばかり好んで読んでいた。だから、秘密結社の一員になるのは、やぶさかではない。しかし、実際問題として、ハルカの運動神経は並レベルだ。


 ――でも、あのとき、「お力になりたい」とか言っちゃったし、ちゃんとやらないと、要らない奴と思われそうだし。


 そうすると、始末されるかもしれない。どんな始末か判らないけど。


 ――とりあえず、おとなしく言うことを聞いて様子をみよう。私の助けが要るみたいだし。手助けできる自信は皆無だけど。


 気を取り直して着替えを済ませる。

 渡された服というのが、妙な代物だった。練習着らしい。

 灰色のエリのない前ボタンのシャツと、ズボン。ダサいのだ。似合わん。練習用の武具は、実技の訓練が始まったら支給されるとか言っていた。



◇◇◇◇◇



 なぜハルカが拉致(招喚)されたのか。


 麻薬王(魔王)が2~3年以内に現れる可能性が高いからだ。

 麻薬王(魔王)は、おおよそ100年に一度、出現する。

 過去の例を鑑みると、プラスマイナス2~3年の誤差があり、そう考えると、すでに危ないのだ、という。


 ――時間のスケールが変じゃん。『100年』も続くマフィア組織なんて、あるわけ無い。通訳の誤差かもしれない。「10年に一度マフィアのボスが凶悪化する」みたいな感じ?


 教育係の男は早口で、立て板に水のごとく喋り続けている。座学の講義はどんどん進み、立ち止まっている暇がない。

 ハルカは、意味の判らないところは、すべて「通訳の誤差」のせいにしておくことにした。


 瘴気と魔力が蔓延しているこの世界では、魔王が現れるのは必然、と諦められている。

 魔力とは、ある種のエネルギーだ。

 この国では、魔力で灯りを灯し、身体強化で荷を運び、水を浄化し・・etc.と、生活のあらゆる場面で魔力を使う。その魔力が魔王出現の原因ならば、魔王という国難に立ち向かうしかない。


 とにかく、そういうわけで、魔王を斃す必要がある。


 魔王は、歩く災厄だ。途方も無く強い。

 魔王を斃すには、魔王の弱点を突かなければならない。

 弱点はほとんど無い魔王だが、聖魔法が苦手だ。

 聖剣で切り裂けば、だいたい退治できる、という。


 ――「セーケン」とは、暗殺用の暗器のことらしい。

 でも、この、「だいたい退治できる」というところが心配なんだけどな。それに、切り裂くところまで持って行けるのか、って話よね。


 およそ200年前、異世界から招喚された勇者は、魔王に圧勝した。

 圧倒的な強さで魔王に襲いかかり、魔王がミンチになるまで、切り裂きまくったという。


 凄まじい強者だった、そうだ。


 ――超うらやましいんですけど。


 98年前に現れた魔王は、比較的弱めの魔王だった。獣人と聖女のパーティによって打ち倒されたという。

 獣人の勇者とは、お隣の国から来た勇者のことらしい。


 異世界の勇者とは、特殊な才能を持つがゆえに、外国から拉致(招喚)された人間。とハルカは理解した。「特殊な才能」というのは、まだ判らない。


 「聖女」とは、ここの関連団体で「聖魔法と治癒魔法の巧みな女性たちの組織」があって、その女性たちのことだと、ミケーレという教育係は言う。


 ハルカは、『勇者の歴史』の第一課を学び終えてから、

「今回も、98年前と同じにやればいいんじゃないですか?」

 と、ミケーレに尋ねたのだ。


 すると、ミケーレは、

「毎度、同じ手が通用するわけじゃないんです」と、なにやら歯切れの悪いことを、顰め面で言う。

 この教育係、総務部から派遣されてきた文官で、淡い金色の長髪をゆるくウエーブさせ、水色の目の可愛い系美青年なのだが、教育係としては、はなはだ不親切だ。

 いちいち情報を出し惜しみする。どうやら、部外者には言えない事情があるらしい。


 ――アタシ、部外者じゃないよね? 渦中のヒトだよね。

 と、ハルカは思ったが、仕方なく追求を諦めた。


 とにかく、魔王討伐には勇者が必要なのだ。


 異世界人の勇者が魔王に有効な理由はいくつかある。

 異世界人には、魔王の「精神錯乱」のマフォーが効かないのだ。

 「精神錯乱」は、魔王の得意な闇魔法の一種で、強い認識阻害を引き起こす。


 敵と思って攻撃したら樹木だったり、靄を毒ガスと勘違いしてパニックを引き起こしたり、果ては、勇者同士で同士討ちさせられ、狂い死んでいく。

 あらゆる場面で精神に攻撃が繰り出され、魔王に立ち向かう戦士たちを使えなくする。

 防ぐ魔道具をあれこれ装備しても、魔王の魔法は強力すぎて、防ぎきれないという。


 ――つまり精神に異常をきたす催眠攻撃があるらしい。


 ところが、異世界人は精神構造が、この世界の人間と違っているため、魔王の精神錯乱の魔法は、たいして効かないのだ、という。


 ぜんぜん効かないわけではないが、魔道具をひとつふたつ装備すれば、たとえ魔王が近くにいても完全に阻止することができる。


 ミケーレは、その魔道具の有用性を述べ、

「異世界人や獣人と違って人間の精神は繊細なわけで、この類の魔道具は、対魔王戦には、必ず必要です」

 と言う。


 かなり嫌みな言い方だ。異世界人(つまり、ハルカ)は、精神が雑だと言いたいのか。

「へぇ、じゃぁ、『じゅうじん』にも、魔王の精神錯乱魔法は効かないわけですね」

 とハルカ。


「まぁ、そうだ」

 ミケーレがうなずく。


「それじゃぁ、じゅうじんに魔王討伐をお願いすれば?」


 ミケーレは、「それはちょっと・・」と、ごにょごにょしている。


 この日は、イラっとしたまま、講義が終わった。



◇◇◇◇◇



 2日後。


 ハルカには、座学の教育係ミケーレの他に、実技の教育係が2人も付くことになっている。


 今日は、そのうちのひとり、アイリスが、「マフォーの実技」指導をしてくれることになっていた。


 ――「マフォー」って、なんだろう・・。


 と思いながら、ハルカは、身支度を調えた。


 ハルカが、朝食を済ませ、ダサい練習着を着て待っていると、アイリスが来た。

 亜麻色の髪に、紫色の瞳のキレイなひとだ。20代半ばくらいに見える。

 彼女はホーデン家の「きゅうていまどうし」だという。秘密結社にはハルカの知らない職業がある。


 ところで、教育係のミケーレやアイリスは、「念話通訳」によって、通訳をしてくれる。

 「念話通訳」の魔法は、相手の目を見て声を聞けば、知らない言語でも9割くらいは意味が判る、という便利な技術らしい。言葉の通じない相手には、直接、念話で意味を伝える。そのさいも、目を見ると伝えやすいとか。

 同時通訳に向いている技術らしい。


 アイリスは、「言語学習のための、お役立ち魔法がいくつかありますので、スキルを得れば、すぐに習得できますよ」と言っていた。


「今日は、王宮の庭園で、魔法の実演をします」

 とアイリスが言い、ハルカとふたり、王宮を出て、刈り込まれた草原のような場所に出た。


「ここが、魔法の実技訓練に、ちょうど良いのですよ」

 と、アイリスが微笑む。惚れ惚れするほど綺麗な笑顔だ。


「では、初級光魔法から。

 『灯れ』」

 アイリスの短杖の先に光りが灯った。


 ――手品?


「次ぎに、火魔法の初級。

 『炎』」

 杖の先に、今度は火の玉が現れる。

 アイリスが杖を振ると、火の玉は飛び出していく。

 火の玉は、真っ直ぐに、庭園の先に見える、ガゼボの方に飛んでいった。


 ――あ・・、危ない。


 ・・と思った瞬間、アイリスは「(ほとばし)れ」と、また杖を振るう。


 アイリスの杖の先から水が飛び出し、火の玉を消した。


「すごい・・」


「このくらいは、どれも初級です。

 他に、土魔法、闇魔法、光魔法、聖魔法、空間魔法があります。

 ハルカも、すぐに使えるようになりますよ」

 アイリスが微笑む。


 ハルカは応えることができなかった。あまりにも動揺していたので。


 ハルカは、気付いてしまった。


 ――これ・・手品じゃない。ホンモノだ。

 ・・超能力、だ。

 某国では、軍部で、何年も前から透視能力などの研究をしている、という話だ。

 そんなものが実用化できるはずが無いと思ってた。


 ――アタシの認識が甘かったわ。すでに、こんな超能力の使い手が、秘密結社で働いていたなんて・・。

 しかも、そのお方が、私の教育係だなんて・・。


 素晴らしい・・。


 ハルカは、

 ――逃げ出すにしても、超能力を習得してからにしよう。

 と心に誓った。


◇◇◇


 ハルカが、あまりにも呆然としているので、アイリスは、ハルカをガゼボで休ませた。

 しばらくお茶を飲んでゆっくりしているうちに、ハルカは気を取り直した。


「アイリス先生、さっきの超能力は、私も使えるようになるんでしょうか」


「『超能力』? 魔法のことですね、ハルカにももちろん、できますよ」

 アイリスがうなずく。


「この組織の中では、さっき、アイリス先生がやったような、ああいう超能力は、当たり前の技なんですか、つまり・・『マフォー』という・・」


「『この組織』? ・・ええ、まぁ、『この国』では、魔法は、一般的な技術です。

 でも、みんなが出来るわけではありません。

 魔力と、魔法のスキルを持っているひとだけです。

 強い魔力を持っていれば、修練と力業で、スキルが無くても初級レベルの魔法を使うことは出来ますが・・、スキルを持っていれば、魔法の研鑽が容易です」


「スキル?」


「そうです。スキル・・。

 魔法のスキルは、だれでも持っているわけではありません。

 ハルカ。だから、私たちは、異世界人の勇者を招喚したのです。

 異世界から招喚された勇者は、望めば望むほど、スキルを増やしていくことが出来るのですよ」


 ここで言うスキルとは、「超凡の才能」みたいなものらしい。


 たとえていえば、いわゆる天才と呼ばれるひとたちは、強烈な才能を持って生まれてきている。

 モーツァルトは、生涯で626曲の名曲を遺したという。

 凡人には1曲も無理だというのに。


 スキルというものは、産まれるときに、いくつか、神さまから与えられるもので、生後は取得できない。


 ところが、勇者は、スキルを獲得できるのだ、という。


「どうやって?」ハルカが尋ねると、

「生まれ変わることで、です」とアイリス。


 ハルカが、意味が判らず首をかしげていると、アイリスが、

「ハルカは、この世界に招喚されてから、体調が良くなったんじゃないですか?」

 と朗らかに言う。


「そういえば、そうです」


 ハルカは17歳、もともと、ほぼ健康体だった。

 けれど、完璧ではなく、鼻炎の持病があった。

 高校に入ってからは、不摂生がたたり、肌荒れに悩んでいた。


 ところが、ここに来てから、そういう不調は消えていた。


 姿勢や骨盤の歪みが治ったのか、少し足が長くなった。それは前屈して気付いた。顔も綺麗になった気がする。『顔が変わった』というわけではなく、自分本来の良さが、より現れた、という感じ。


 アイリスの説明によると。

 招喚された勇者は、元の世界から、こちらの世界に来るときに、体がいったん消滅してから再構築される、いわゆる「生まれ変わった状態」になるのだという。


 ――この組織では、「瞬間移動」の技術が実用化されているらしい。

 その副次的効果で、身体の再構築がされた・・ということか。


 「再構築」とは、言うなれば、生まれたてほやほやの赤ん坊のごとく、傷みや不具合のない状態に、体がリセットされた、ということ。


 異世界人たちの招喚の影響は、その後も残る。


 異世界人は、もともとは、この世界の人間ではない。


 ゆえに、魂は、自然と元の世界に戻ろうとする。


 招喚されてからしばらくの間は、異世界人の魂は、元の異世界に引き寄せられ、この世からさまよい出やすい状態になっている。

 そのため、異世界人は、熟睡した時や、ふと意識が遠のいたときに、魂がこの世から迷い出て、半分死んだような状態になる・・と言っても、それは一瞬のことであり、本当に死ぬわけでもないし、ふつうに目覚めることが出来るので、問題はない。


 とにかく、そのようにして、疑似死体となるたびに、擬似的に生まれ変わることができる。


 そうして擬似的に生まれ変わるたびに、スキルが授かれる隙間が出来る。


 そこで、眠る前に、「こういうスキルが欲しい」とイメージしてから熟睡すると、明くる朝には、そのスキルを手に入れることが出来るのだという。


「勇者、すご~」

 とハルカ。


「ハルカが、その勇者なんですけどね」

 アイリスが苦笑する。


「でも、ぜんぜん、自分がそんな凄い、って感じがしないんだけど」


「ハルカは、招喚されて間もないですから、これから、スキルを増やせますよ。

 ただし・・」

 アイリスは、眉をひそめて言葉を切った。


「ただし?」

 ハルカは、アイリスの様子に不安になる。


「スキルを増やせる期間は、招喚されてから、しばらくの間だけです。

 魂が、こちらの世界に馴染んでしまえば、もう、『疑似的生まれ変わり』は起きません。

 どれくらいの期間スキルが増やせるかは、個人差があるんです。

 これまでの例では、最長が半年、最短が2ヶ月でしたわ」


「つまり、その、『特殊な才能』を伸ばせるのは、限られた期間だけ、ということですか」


 ――期間限定か・・。しかも、かなりの個人差がある・・。


 ハルカは、自分はどれくらいスキル獲得の期間が与えられているんだろう・・と、心細くなった。


「ええ。本当に。神のみぞ知る、なんです。

 異世界の勇者は、『疑似的生まれ変わり』によって、得たスキルをレベルアップすることさえ出来るんですよ」


「スキルのレベルアップ、というのは?」


「ひとは、持っているスキルを、鍛錬することで、さらにグレードアップすることができます。

 だれでも、自分のスキルを伸ばすために、長い時間をかけて、訓練して、さらに強力にしたり、緻密に制御したり、できるようにします。

 異世界の勇者は、『疑似的生まれ変わり』で、スキルのレベルアップを望めば、訓練を省略することさえできます」


「それは、ズルイですねぇ・・」

 ――なんか、人間的にダメになりそうだな。


「異世界の勇者は、特別な存在なのです。

 ただし、これにも、じゃっかんの制約はあります。

 オーバースペックなスキルは、なかなか身につきませんし、『疑似的生まれ変わり』をもってしても、手こずります。

 訓練をしないで得るレベルアップは、あくまで、補助的なものと考えてください」


「了解です。

 訓練しながらレベルアップした方が、身につくような気がしますしね」


「そうですね。その心がけは大事です。

 でも、スキルの訓練をした上で、グレードアップに『擬似的生まれ変わり』を利用するのは、良いと思いますよ。

 限られた期間と環境の中では必要です。

 要は、スキルをほったらかしにして、レベルアップまで『擬似的生まれ変わり』に頼っていては、いざというとき、使いこなせないのが問題なのです。

 とりあえず、いちばんの懸念は、スキル獲得できるのは、期限がある点ですね。

 ですから、ハルカには、まず、戦闘に使えるスキルを、どんどん獲得してほしいのですよ」


 戦闘能力がお粗末なハルカが、十分にスキルを増やせないと、麻薬王と戦える勇者になるのは不可能だ。

 勇者になりきれず、逃げ出すことになったとしても、戦闘能力は要るだろう。


「判りました。頑張ります」

 スキルをどれだけ増やせるかは、生き残る確率に直結している。

 おまけに、スキルを増やすには、ただ、スキルをイメージしてから熟睡するだけでいいらしい。


 ――自慢じゃないけど、熟睡するのは得意だ。寝付きはいい方だから。明日から・・いや、今夜から、必死に、スキルを増やしまくらなければ。


◇◇◇◇◇


 召喚3日後。


 支度や朝食が終わったころ、指導の武官が迎えに来てくれた。

 今日から、武術の稽古が始まるのだ。


「よろしく。勇者どの。

 儂が武術指導担当のクレオじゃ」


 ハルカは、クレオを見た瞬間、見惚れてしまった。


 ――く○モンに似てる・・。


 クレオ尉官は50代のごつい武人だった。クマっぽいゴリラという容貌。


 ハルカは、実は、く○モンが好きだ。愛していると言って良い。

 ハルカの持ち物は、どれもみな、く○モン柄で統一されているほどだ。


「よ・・よろしくお願いします」


 ――か、可愛い・・めちゃ可愛い。

 この組織、気に入ったわ・・。



 それからハルカは、馬車に詰め込まれた。馬車は、軽快に走り出す。


 ――なんで馬車? よほど排ガス規制が厳しいのかしら。エコやん。


 隣にはアイリスが座っている。アイリスが念話通訳を担当してくれるのだ。く○モン尉官は、念話通訳が出来ないらしい。


 街中を走っているときに辺りの様子を見てみると、外国の中世を思わせる光景が広がっている。


 ――ずいぶん古ぼけてる町ね・・。もしかして、この町、アーミッシュに似ているのかも・・?


 走り続けること20分ほど、馬車は、とある森の中で止まった。


 樹木で覆われた小高い丘があり、その丘の麓に洞窟がある。かなり大きな洞窟だ。入り口の直径は3メートル以上はある。

 洞窟入り口の両隣には兵士が立っていた。


「今日は、ダンジョンで訓練をする」

 と、いきなりクレオ尉官が言う。


「ダンジョン・・とは?」

 ハルカが恐る恐るたずねる。


「迷宮ですよ、ハルカ」

 とアイリス。


 不安に苛まれながら、

「えっと・・ここで、どのような訓練を?」

 ハルカは、クマ・・いや、クレオ尉官に尋ねる。


「ふむ。軽く手慣らしをされてはいかがかな、と」


 ――軽く手慣らし? く○モン尉官の言う「軽い手慣らし」って、ホントに軽いんだろうか・・。


 などと考えながら、クレオ尉官の後を着いていく。

 薄暗い洞窟の中を、15分ほども歩く。

 洞窟の中は、ヒカリゴケで、ほの明るく照らされていた。暗いけれど歩くのには支障ない。


 ――それにしても、嫌な雰囲気のところだなぁ。禍々しいっていうか。お化け屋敷みたいなオーラに満ちてる感じ。


 ふいにクレオが立ち止まる。


 ――なにが始まるのかな。


 ハルカはさらに不安を募らせながら、クレオのすぐ後ろで立ちすくむ。

 ハルカの隣のアイリスは、精霊のように儚げに品良く立っている。周りには3,4人の騎士も居る。だれも動揺していない。不安げなのはハルカだけだ。


 時間にして15秒ほども後。遠くから、グぅゲゲゲゲという不気味な声が聞こえてきたかと思うと、妙な生き物が4,5匹も現れた。


 ――なんだ~? 妖怪っぽい猿?


「アイリス先生、あれ、なんです?」


「ゴブリンですよ。弱レベルの魔物です」


「魔物? あれが弱?」


 ――そもそも、魔物って、なに?


「ええ。ただ、数が増えるとやっかいです。それから、人間の女を襲って孕ませるのを好むので、か弱い少女は気をつけた方がいいでしょう」


 ゴブリンの体長は1メートル少々ほど。背は高くない。腕が体の割に長く、細身マッチョだ。全身に筋張った筋肉がついている。

 手に手に錆びた斧や剣、歪な盾を持ち、顔は醜悪だった。血走った目にブルドッグみたいな、うねうねとした皺が寄り、肌はねっとりした感じの緑色だった。


 ――吐きそうなくらい醜い・・。こんなんが、人間の女を襲って孕ませるって? キモすぐる。


 クレオ尉官は、突進してきたゴブリンを、あっけないくらい簡単に剣で切り裂いた。まるで蚊を払うような、なにげない一太刀だった。

 真っ二つに裂かれたゴブリンは倒れたとたん、靄となって消え、小さな石がコロリと落ちた。

 残りのゴブリンは、いったん退き、警戒態勢をとっている。

 クレオは、にっこりとハルカの方に振り向き、

「さ、さ、勇者どの。剣の訓練を・・」

 とほざいた。


 ハルカは、すぐさま出口の方向へ回れ右すると、そそくさと歩きだした。


「あ、あれ? 勇者どの?」

 クレオとアイリス、その他、騎士らが追いすがる。

 ハルカが、ずんずん出口に向かっていると、あとから追い越してきたクレオが、ハルカの前に立ちふさがった。


「ど、どうしたんです? 勇者どの」

 とクレオ。

 クマっぽい顔が、いかにも困った表情をしている。


 ハルカは、クレオの顔をまじまじと見つめると、

「クレオ尉官、つかぬことをうかがいますが・・」と、前置きをする。

「なんでしょうかな?」

 クレオは首をかしげ、マジで判らない、という顔をしている。


 ――このぉ~・・天然か・・。


「クレオ尉官、新人を訓練するとき、こちらの組織では、いきなりゴブリンと戦わせるんですか?」


「ハハハ。まさか」


「・・ですよね。私も『ずぶの素人』ですが、おそらく、素振りとか、剣の持ち方とか、そういうところから始めるんじゃないかと思います」


「もちろん、そうですよ」

 クレオは機嫌良くうなずく。


「・・それなのに、なんで、私に、ゴブリンと戦えって言うんですかね?」


 クレオ尉官は、一瞬、間の抜けた顔をした。それからおもむろに、皮鎧の内側から羊皮紙のようなものを取り出し、

「このマニュアルに、勇者どのにはこれで良い、と書いてありましたからな」

 と言う。


「は? それは、勇者暗殺マニュアルですか?」


「ハハハ、面白いことを言う。

 勇者訓練マニュアルですがな」


「んなバカな・・」


「前回、来られた勇者は、武官が素振りなどを教授したり、模擬戦をやろうとすると、軽くあしらい、『バカにするな』と怒られた。

 そこで、ダンジョンにお連れすると、5匹のゴブリンを瞬殺し、『ここは良い訓練場だ』と喜ばれた・・、とありましてな」


 ――だれだ、そいつ・・ゴ○ゴ13か?


「前回の勇者どのですから、198年くらい前の話ですが」

 とクレオ。


 ――江戸時代かよ・・。武士か? サムライ? 脳筋サムライめ! 勝手に勇者のハードル上げやがって・・!


 ハルカは、荒立つ気持ちを深呼吸で抑えた。

「あの、クレオ尉官、正直に言います。私も命が惜しいんで。

 勇者って言っても、個人差があるんです、適正もあるんです!

 私は、まずは、新人剣士風の訓練でお願いします。

 200年前の脳筋・・いや、勇者は、サムライだったんです、元々戦士だったんですよ、つまり、すでに、訓練済みの奴だったんです、でも、私は違いますからっ」


 ハルカがまくしたてると、クレオは、呆然とそれを受け止め、理解したようだった。

 ゆっくりと、「なるほど・・」とつぶやき、「了解した」と答えてくれた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ