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二重迷宮の彼方  作者: 赤羽道夫
第1部
6/15

第6章 遭遇

 田村ラルフと阿川ルイスが宿舎に来たのは、紙野夏毅が戻ってから一時間ほどあとのことだった。

 そのころには、夏毅はすっかりリラックスしていて和やかな雰囲気でくつろいでいた。

 いくぶんマシな食事をたいらげ、いつ戦闘になるかわからない、という神経の張り詰めた状態から解放されて、だれもがホッとしていた。

「すっかりだらけやがって」

 冷めたスープにパンをつけて頬張り、ラルフは苦笑しながら仲間たちに笑いかける。

 そこへ、いきなりドアが強くノックされ、ひどくあわてた様子の青年がとびこんできた。

「ラルフ、大変だ」

「どうした?」

「敵が侵入したらしいんだ」

「なんだと?」

「さっき爆発音がしただろう」

「あれがそうなのか――」

 五分ほど前に大きな音がしたのはみんな気づいていた。それがなんなのかわからなかったが、おそらく落盤だろうということで、そのときはそれ以上の詮索はしなかった。

「第4ビルの地下二階で三人殺された。敵は少人数らしいが、詳細はわからない。未確認だけど、このビルへも侵入しているようなんだ」

「わかった。すぐに行く」

 テーブルを囲んでいたラルフたちは、立ち上がると部屋の隅においてある自動小銃をとった。

「夏毅はここにいろ」

 弾丸の装填・確認をすると、あわただしく出ていった。



 夏毅一人が取り残された。

 一人で食べおわると、ふう、と息をつく。

「それにしても、なんだなんだ? 落ち着かないやつらだな」

 つぶやいた。

 さっきまで大勢いたのに、あっという間に誰もいなくなってしまった。

 夏毅は、さてどうしようかと思った。一人でここでじっと待っているのもつまらなかった。ここにいろとは言われたが、少しの間だけなら、宿舎を出たっていいだろうと勝手に判断した。

 満腹ではなかったが、とりあえず納得できる食事もできて、気分もよかった。

 夏毅はドアを開け、左右を見る。まっすぐな廊下がつづいていた。誰もいなかった。

 来るときは右からだったので、左へ行くことにした。

 この辺りはビルの地下で変化もなく、面白味に欠ける場所だった。

 一度、三番街に行ったが、他にもなにか面白いところはなかったろうか、と記憶をたぐる。

 ――地上へ出てみるか。

 なんとなく、そう思った。

 大阪・梅田は地下の街で、商業施設はほとんど地下にあり、地上には大型のビルしかない。

 しかし、それは夏毅の知っている梅田である。記憶とは異なる場所だってありえた。もちろん、ゴーストタウンと化した梅田に営業している商業施設など皆無だから、過度な期待はしない。それでも、なにか発見があるだろうと思ったのだ。

 たとえば繁華街なんかどうだろう。もちろん今は廃虚だろうが、それでもなにか当時の残骸でも見つかれば、それはそれで、ちがう意味でおもしろいかもしれない。

 なら、地上へ出てみよう――。

 適当に地下を歩いていたら、地上へ出る階段に出くわすだろうと、夏毅は簡単に考えていた。どこに出入り口があるか正確に知っているわけではないが、いろんなビルに接続しているわけであるし、すぐに地上へ出られるだろうと思った。

 薄暗い陰気な地下をいつまでもほっつき歩きたくはないから、最初に見つけた階段を上った。

 駅前第2ビルの一階に上がった。

 昼間なら外光が通路の先のガラスドアを通して入ってくるから、たとえ電気が通じていなくてもじゅうぶんに明るいが、深夜となればまったくの闇である。

 これではだめだ、と夏毅は思った。手探りで通路を進もうにも、どの方向に通路があるかすら見えない。

 地上へ出るのをあきらめ、階段を下りて再び地下二階。薄暗い通路を西へと移動した。

 大阪駅前第1から第4ビルを地下でつなぐディアモールに出ると、突然天井が高くなった。

 風を感じた。

 見上げると、高い天井は窓になっており、地上のビルが星明かりにうっすらとシルエットを見せていた。割れたガラスが床に散っているのが、靴で踏む感覚でわかった。

 天井までは十メートルほどもあり、高すぎてそこからは出られない。夏毅はうらめしげに天窓を見つめ、それからさらに西へ移動した。

 ディアモールから直接地上へ出る階段を見つけられなかった。

「こんなに暗いと難しいな……」

 夏毅はぽつりとつぶやく。

 あまり遠くへ行くと帰り道がわからなくなるから、それはイヤだな、と思い、曲がりくねってはいかず、なるべくまっすぐに行くようにした。

 第一ビルの地下二階へ入った。

 そこでも地上への階段があったが、第二ビルと同じで外へは出られそうになかった。

 しばらく行くと、だんだん通路が荒れてきた。天井や壁がところどころで崩れ落ち、鉄筋が露出していた。地下水がポタリポタリと落ちていたり、壁にしみが広がっていたりと、なんだか陰気な雰囲気だ。照明も心許ないし、引き返そうか、と思った。

 地下鉄西梅田駅までやってきた。

 南方向の堂島地下センターは、もっと暗くて、ライトでもなければ進めそうにない。オバケでも出そうだった。RPGのダンジョンなら、オバケではなくモンスターだ。おそらくレジスタンスも利用せず、放棄されたままの区画だろう。

 北側から風を感じた。地下鉄トンネル内に吹く風だろうと思ったが、地下鉄が動いていないのに、風が吹くはずがなかった。

 その風上に向かって進んでみた。

「おや?」

 わずかな星明かりで、天井に大きな穴があいているのがわかった。直径は五メートルほど。そこから星空が見えていた。

 まだ土埃の匂いがただよっていて、それはこの穴があいてからそれほど時間がたっていないことを意味していた。

 しかも、自然の落盤なんかではなく、人工的に破壊されてできた穴だというのが、夏毅にはわかった。

 ――おそらく、あの音の正体がここだ。

 爆弾で破壊された跡がどのようなものになるのか夏毅は知らなかったが、ここがそうだという確信があった。

 穴の端からロープが下りていた。おそらく何者かがこのロープを伝って地下へと下りた――たぶん、政府軍の偵察部隊。

 夏毅は、破壊された天井の破片が散らばる床を踏みしめ、垂れているロープの真下に来ると、引っ張ってみた。頑丈なザイルの手触りを確認すると、それを伝い上がりはじめた。この場所は他より天井の高さが低く、体力的にもできそうだと踏んだのだ。階段を探すほうがよほど楽なはずだが、目の前のロープに飛びついてしまった。政府軍の偵察部隊が帰ってきたら……というところに考えがいかなかった。

 ロープをたぐりよせ、体を引き上げていく。

 それほど時間をかけず、服を汚しながらも地上へ出た。

 息を切らして昇りきった夏毅は、立ち上がって周囲を見回す。

 ヒルトンホテルのすぐ近くだった。JR大阪駅の南側が正面に見えた。梅田のど真ん中である。

 夏毅の記憶にあった梅田は街灯に照らし出され昼間のような明るさの不夜城だったが、この世界の梅田には明かりがひとつもなかった。歩いている人も、道路を行き交うクルマもなく、まさしく、死んだ街だった。

 夏毅は薄ら寒さを感じた。こんなにも賑やかな街がゴーストタウンと化していることが、夢でも見ているかのように思えて、背筋がぞくっとした。祭のあとのような寂しさなんて生やさしいものではない、人間を拒絶しているような静けさだ。

 ――なんでこうなってしまったのだろう。

 夏毅はそんなことを考えてしまう。

 かつて人々がここでどんな生活を営んでいたのか――。夏毅は興味があった。自分のいた元の世界にはない、なにか素晴らしいものがあったのでは、と――。

 だが今のここはまるで遺跡だ。昔のように、あるいは、夏毅の知っている梅田のように活気ある街に蘇ることがあるのか……。

 それはもちろん、この世界の人々の手にかかっていて、夏毅には関係がない。内戦が終わらない限り、平和が訪れない限り無理だろう。

 しかしもし夏毅がこのままこの世界から戻ることがかなわなかったら――。いやな想像だったが、じゅうぶんにあり得た。そうなれば、無関係ではすまなくなる。

 冷静に考えれば容易に想像できそうなのだが、夏毅はどこかまだ現実がわかっていなかった。どこか緊張感が足りていなかった。

 夜はまだ明けていなかったが、もう闇ではなかった。わずかに明るい。日の出はもうすぐといった感じだ。

 ということは結局徹夜か、と夏毅は思った。ぐっすり休むつもりが、やはり環境のちがいからか、緊張して神経が完全にはリラックスできていないのだろう。眠いのはたしかだが、どうも眠れそうにない。

 歩きだす。

 誰もいない街。地下街よりも静かだ。地上にある都市のほうが見棄てられてしまって、地下にある都市が再利用されているとは、皮肉な感じだ。

 この内戦に勝つのはどちらだろう? レジスタンス側に勝つ見込みはどれほどあるのだろうか? 諸外国が内戦で苦しんでいるのを報道で見ている夏毅は、何年戦っても決着のつかない戦争を他人事の気分で見ていたが、この世界で起きている戦いも、いつまでたっても明確な勝者・敗者の決まらない泥沼なのだろうと思った。なにかを得ようとして始めた戦争だが、その戦争によって得られるはずのものが失われてもなお戦いつづけるのが人間だとするなら、まったくもって救いようがない。

 夏毅は足をとめた。

 大阪駅の北側に来ていた。JRの貨物駅跡がフェンスに囲まれてその向こう側の空き地は見えない。が……ヘリコプターらしき上部がフェンスの上からのぞいていた。

 これまで見てきた戦車の残骸と同様、これも破壊された兵器だろうと思っていたが――。

 ヘリコプターをそばで見たことがなかった夏毅は、珍しくてそっと近づいてみた。

 フェンスの破れ目からのぞいて見ると、オイルのにおいが漂う、じゅうぶんに飛べそうなヘリコプター。胴体には見覚えのあるマーキング。それは、羽曳野で襲いかかってきた政府軍機のつけていたものと同じだった。

 ――まちがいない、あのマークだ。ということは……。

 政府軍の兵隊が、ここに来ている!

 あのとき言っていたのは、このことだったのか――地下街に敵が潜入した、と。

 夏毅はやっと状況を実感した。

 ここにヘリコプターがあるということは、当然戻ってくるはずである。となると、ここにいてはまずい。

 素早く周囲に視線を走らせた。まだ誰も近づいてこない。今のうちにと、夏毅はヘリコプターから離れた。

 道路をはさんだ向かい側のJR大阪駅の北口への階段をのぼり、停止しているエスカレーターの陰に隠れ、様子を見る。

 侵入した政府軍の部隊がレジスタンスの手によって駆逐されたなら戻ってくることはない。だが敵はプロだ。ちゃんとした教育や訓練を受けた兵士なのだ。いくらレジスタンスのほうが大勢だといっても、出し抜かれるかもしれない。

 そんなことを思っていると、しばらくして何人かの走る足音が聞こえてきた。静かなゴーストタウンだから、ちょっとした音でもよく聞こえるのだ。

 さっきよりもかなり明るくなってきていた。夏毅は息をひそめて、待った。見つかったら殺されるかもしれなかったから、身動きもせず。銃撃されたら、こんなコンクリートの壁に隠れても、銃弾はらくらく貫通してしまうだろう。こんなところからのぞかないで、そそくさと帰ればよかったかもしれないな、と思ったが、もう遅い。

 政府軍の兵隊だ。それらしい服装をしている。全部で八人。一人だけ軍服ではなかった。レジスタンスの兵士のようだ。捕まったのか? ヘリコプターに近づくと、次々を乗り込んでいった。素早い動きだった。

 見守るうちに、ヘリコプターのドアが閉じられる。どうやら全員が乗ったようである。

 夏毅はホッと胸をなでおろす。どうやら見つからずに事なきを得たようだ。

 が、気が緩んだ直後、後頭部に硬い物を押しつけられた。

「動くな」

 同時に声がかかる。

 夏毅はなにが起こったのか瞬時に理解した。万事休すだ。脂汗が浮かぶ。少しでも不審に思われたら引き金を引かれてしまうだろう。銃口を突きつけているのがレジスタンスなのか政府軍なのか、それをたしかめることもできない。ヘリに全員が乗ったと勘違いしてしまったかもしれなかった。

「両手を高く上げろ」

 夏毅は言うとおりにした。

「もっと高く。そうだ。――おまえ、政府軍じゃないな。ここでなにをしている」

 どうやら政府軍ではないようだ。

「おれは敵じゃない。レジスタンスのラルフにここへ連れてこられたんだ」

 振り返らずに夏毅は言った。

 するり、と背後の男は前へ回りこんだ。

「おまえは、たしかにラルフと部屋にいたな……」

 彼は、侵入者の一報を伝えにきた、あの青年だった。

 銃口を引いて、

「こんなところで、なにをしてるんだ」

 改めて聞いた。

「いや、その、ちょっと……」

 夏毅は口ごもった。説明しにくい。いや、そんな説明よりも――。

「そうだ、そこに政府軍のヘリコプターが」

「なに?」

 彼は、夏毅が指差す方向を見つめる。一機のヘリコプターが建物の陰に置かれていた。

「そうか……。やはり隠していたか」

 つぶやくと、夏毅の背後に向かって言った。

「おい、みんな。敵を見つけたぞ」

 夏毅が振り向くと、そこには数人の男たちがいた。敵の捜索をしに、地上へ出ていたのだ。手に手に自動小銃を持っている。

「おまえはラルフのところへ戻れ。きっと心配しているぞ」

「えっ? ……ああ、……わかったよ」

 ――黙って出ていったのはやはりまずかったか。

 レジスタンスの男たちは政府軍のヘリコプターに向かっていった。間もなく、銃声がしだした。

 夏毅は引き上げることにした。ラルフたちが待っている。


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