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二重迷宮の彼方  作者: 赤羽道夫
第1部
3/15

第3章 奈良→大阪

 荷物を抱えた男たちが集まってきた。銃や弾薬の他、最小限のサバイバル品の入ったリュックを背負い、その姿は遠征に赴く兵隊そのものだった。

 紙野夏毅には、まるでなにかの映画のロケを見ているようで現実感がなかった。命をかけて戦う兵士……本当にそうなんだろうか。疑うわけではなかったが、それが夏毅の正直な感想だった。

 十六人の兵士たちが四台のクルマに分乗すると、出発。

 夏毅はトラックの荷台に乗っている。荷台には荷物の他にポウルと何人かの男たちが乗っていた。

 クルマは、街の道路をゆっくりと進む。ちゃんと舗装されてはいたが、壊れたクルマや戦車やらで障害物が多く、スピードが出せないのだ。

 きのう見た廃虚の光景が延々とつづく。広い道路に立ち並ぶ、うち捨てられたビルや住宅。ゴーストタウンと化した大和高田市。この世界に、いったいなにが起こったのだろう。

 ラルフの話で聞いても想像しにくかった。核戦争とも違う、得体の知れない大きな出来事……。

 やがてクルマは街を抜けた。ところどころに建物が点在する地域。おそらく、かつては田畑が広がっていた場所なのだろう。いまは荒れ放題である。

 前方に山が見える。二上山だ。それほど標高は高くない。せいぜい、三、四〇〇メートルといったところだ。山の頂と頂の間の比較的低い峠を越えていく国道166号線に乗った。

 この山は金剛山地に含まれ、奈良県と県境である。越えると大阪府に入る。

 ――大阪平野もゴーストタウンなのだろうか。

 大都会がゴーストタウンなどとは、想像もつかなかった。

 熱い太陽が照りつける。

 荷台には日射しを避けるためのわずかな屋根があるおかけで幾分暑さはましだったが、乗り心地は想像以上に悪かった。しかも悪路だ。アスファルトは傷み、でこぼこの地面にタイヤがぶつかるたびに突き上げるような衝撃が車体を揺らした。乗り物酔いに強いと思っていたが、これにはさすがに閉口して、おしゃべりする気にもなれない。もっとも、ポウルたちも黙ったままで夏毅に話しかけようとはしなかった。脚を投げだし荷台のフレームに背をもたせかけて、眠っているようにじっとしていた。エンジン音が大きすぎて、普通の声では聴き取りにくかった。

 吹く風が熱かった。

 峠を越えるに至って、トラックのスピードは街の中よりさらに落ちていた。これだと梅田までまる半日も走り続けなければ到着しないというのも納得する。高速道路を使えばものの三〇分もかからないのに、そこを使えない理由は夏毅にもなんとなく想像できた。

 峠をすぎ、なだらかな下り坂を下りていく。

 大地震でも起きたのかと思うほど壊れた住宅が道の両側に見られた。

 羽曳野市に入っていることを示す大きな道路標識が道に落下して行く手をふさいでいた。それを回り込んで先に進む。

 倒れている電信柱がやたらと多く、それを避けて通るためにスピードが上げられない。山を越えたとたん、障害物が多くなってきているのは、それだけ人工物が増えているということの現れだろう。

 まっすぐ西へと向かい、国道170号線を北上する。藤井寺市から大和川にかかる橋をわたって八尾市に入った。その間、すれちがうクルマもなければ、道を歩く人や走っている自転車も見かけなかった。代わりに見えるのは、破壊された建物やクルマ、折れた電柱や垂れ下がる電線などだった。夏毅の表情は険しくなったまま、能面のように凝り固まってしまっていた。

 昼過ぎにクルマを停めて休憩した。

 夏毅はすでにくたくただった。道路の状態が悪く、絶えず揺れる車内で長時間すわっていたせいで。しかし今池ポウルや他の仲間たちは平然とした顔でいる。おそらくこんな移動には慣れているのだろう。

「もうへばったのか、新入り」

 トラックから降りて、クルマのようには動かない地面の上で水を飲んでいると、ポウルが声をかけてきた。

 夏毅は「はあ……」と疲れた表情でため息。

「まだ旅は長いぞ」

「うん……」

 見回すと、みんな思い思いの場所で休んでいた。クルマのエンジンを見ている者もいた。こんなサファリラリーのようなことをしていたらエンジンだって傷むだろう。おしゃかになってしまっては、立往生してしまうことになる。神経を遣うのも無理ない。

 ポウルと入れ代わりに田村ラルフが夏毅のもとに来た。

「二〇分ほどで出発する。あまりゆっくりするわけにはいかないんだ」

「ひょっとして、まる一日、夕方までずっとこんな道路が続くんですか?」

「そうだ」

 あっさり言われて夏毅はまたため息をついた。こんな調子では、元の世界へ戻るなど、ずっとずっと先のことのように思えた。

「敵襲!」

 出し抜けに叫び声が上がった。

 全員の動きが慌ただしくなった。次々とレジスタンスたちがクルマに乗りこんでいく。

「太陽の反対側から二機接近!」

 弾かれたように、ラルフもクルマに戻っていった。

「総員戦闘態勢!」

 なにが起きたのかと夏毅が戸惑っていると、

「なにをボケッとしてるんだ。出発するぞ、早く乗れ!」

 ポウルが叫んだ。トラックのエンジンはすでにかかっている。夏毅は急いで荷台へ飛び上がった。

「いったいなにが起こったんですか」

「敵が来たんだよ!」

 敵? 政府軍?

 だが周囲には、うち捨てられた町が見渡す限り広がっているだけで、敵らしき影は全然見えない。いったいどこに敵がいるというのだ――そう思って、夏毅は荷台の上のポウルたちの様子を見る。

 全員空を見上げていた。夏毅はその視線を追った。

 と、快晴の澄み渡った青い空に、なにかが小さくキラリと光った。

 ――飛行機か。

 それは見る見るうちに大きくなって、やがてエンジン音を響かせながら接近してくる飛行機の形がはっきりとわかるようになった。あれが……。

「来た! 伏せろ!」

 ポウルが叫んだ。

 次の瞬間――。

 飛行機が機銃を撃ってきた。銃弾が次々と地面に突き刺さり、土煙が上がった。土煙の列があっという間にトラックを追い越した。

 すると今度は地上からの応射が始まった。例の、機銃を搭載した小型車だ。さっきまではトラックからわずかな距離をおいて走行していたのに、政府軍機の攻撃に遭遇してからはかなり離れたところを走っていた。かたまっているといっぺんにやられるおそれがあったからだ。

 小型車の黒い機銃が天を向いていた。射撃音はすさまじいものだった。エンジンの音なんかよりはるかに大きい。

 走行している揺れる車上から、政府軍機に向けて連射する。空薬莢が何十個と銃身からはき出されていく。

 二機の政府軍機は頭上を通り過ぎた。

 夏毅は荷台に伏せながら、わずかに頭をあげてそれを見た。小型の、偵察機?

 ジェット機ではなかった。後部にエンジンをおく型だが、プロペラ機だ。主翼は短く、航続距離より運動性能を重視する局地戦闘機のようだ。が、あまりなじみのある形ではなかった。レシプロ戦闘機が支流だった第二次大戦でもみかけない形の飛行機だ。鳥というより、ハエのシルエットに近い。

 のんびり観察している場合ではない。

 政府軍機は旋回すると、再び襲いかかってきた。どうやら最初の銃撃は双方とも失敗したらしい。

 四台のクルマは交差点で散開し、各自回避行動をとった。荷台の夏毅は右へ左へ大きく振り回された。じっくり銃撃戦の様子を見ている余裕もなかった。頭を抱え、嵐が去るのをひたすら待つしかない。

 二機は低空から機銃を撃ってきた。ほとんど同時に味方の機銃が吠えた。耳をつんざくばかりの轟音が響く。

 政府軍機、上空通過。銃撃がやむ。

 夏毅はおそるおそる頭を上げ、後方を見た。

 一機の戦闘機が白い煙を引いていた。

 命中したのか?

 急速に高度を落とした。

 見るまに墜落し、爆発した。巨大な火柱が立ちのぼった。

 一機撃墜したのか――。

 なかば信じられない思いでその光景を見た。それは、テレビで見る航空ショーの事故の瞬間のようだったが、画面の中で見るのとは迫力に数倍のちがいがあった。

 呆然としていると、

「夏毅! 危ない! 伏せろ!」

 ポウルの叫び声もほとんど聴きとれない。

 もう一機が襲いかかってきた。

 気がつくと、小型機は驚くほど近くにきていた。キャノピーを通して操縦席のパイロットの顔まで識別できるほど――。

 あっ、と思ったときには、すべてが終わっていた。一瞬のことだった。

 飛行機は炎を吹きながら空中分解していくところだった。



 トラックが停止した。

 どうやら勝ったらしい。夏毅も無事だ。

 しかし、戦いで人が死んだ事実は、夏毅の心に重かった。

 飛行機に何人乗っていたのかはわからない。が、全員が死んだ。目の前で、死んだのだ。流れる血は見なかったが、たしかに死んだ。

 非現実的な気がしていた。あれで人が死ぬなんて。

 ――これが、戦争。

 ラルフやポウルたちが慌ただしく動いていた。

 停止したトラックの荷台から、夏毅はみんなの様子をぼんやりと眺めている。

 おれはなにをやってんだろ――半分放心状態の夏毅はそう思った。暑さもそれほど気にならなくなっていた。

「夏毅、そこにいたか。手伝ってくれ」

 ぬっと影が現われた。

 目玉だけ動かして影の主を見る。ポウルだった。

「また荷物運びを頼む」

「え……。どういうこと……」

 なぜ荷物を運ばなければならないのかわからない。むくっと起き、トラックの荷台から降りた。

 ポウルのあとについて歩きながら、

「どこへ行くんですか」

「あそこのトラックだ」

 指さす先に、一台のトラックが停まっていた。

「銃撃を受けて動けなくなったんだ。とても修理はできないから、おいていく。だから荷物を移そうというわけさ」

「他の人たちは?」

「あのトラックに乗ってた二人と小型車の一人が殺られた。埋葬の準備に忙しいから、荷物運びはおれとおまえがするんだ」

「え……」

 あっさり言った台詞の意味を理解して、夏毅はまさかと思った。

「待って。じゃ……さっきの攻撃で……」

「いっぺんに三人とはな。しくじったぜ」

 ポウルの口調には悲しみより悔しさがにじみ出ていた。

「いっしょに戦ってきた仲間だからな。手厚く葬ってやりたいんだ。今日はここで野営することになるから、到着はあしたに遅れるが、我慢してくれ」

 ふいに気配を感じたのか、ポウルは振り返った。

「夏毅?」

 夏毅はその場にしゃがみこんでいた。体が震えてとまらなかった。

「どうした? 気分でも悪いか」

「大丈夫……じゃないかも……」

 涙が出てきた。恐怖のためなのか、自分でもその意味がわからなかった。

「こんなことって……。これが戦争なのか」

 飛行機に乗っていた人も死んだ。そして、もしかしたら、死んでいたのは自分かもしれなかったという現実……。

「立てるか? まったく、おまえはどんな世界から来たんだ。こんなことで参ってしまうなんて。頼むぜ。これじゃ先が思いやられる」

 ポウルの言うとおりだ。

 夏毅は痛感した。今までどれほど平和な世界に住んでいたことか――。夏毅のいた世界でも戦乱に荒れる国はあった。しかしそれは遠い外国であって、おそらく一生訪れることのない、自分とは関係ないところの話だと思っていた。

 一刻も早く元の世界へ戻らないと――。ここにいては、早死にする。

 夏毅は立ち上がった。しっかりしなくちゃならない、と頭ではわかっているのだが、まだ体がいうことをきかなかった。ふらつく足取りでポウルのあとについて歩く。

 ポウルは心配そうな表情だった。――いや、呆れていたのかもしれない。

 放置が決定したトラックの近くの民家の庭で、みんなが総出で穴を掘っていた。道路は舗装されていたし、マンションの敷地内はコンクリートで固められていたから、穴を掘るのに適当な場所はそこしかなかった。とはいえ、乾燥した固い地面に大穴を掘るのは、かなり骨が折れそうだった。その傍らには――見たくなかったが――三人の遺体が並べられていた。衣服が血で茶色く染まっていた。

 泣きくずれる者は一人もいなかった。誰もが黙々と作業をつづけている。たぶんレジスタンスに参加した時点で覚悟はできていたのだろう。祖国解放のために武器をもって戦うということは、つまりはそういうことなのだ。中途半端な気持ちではできない。しかし血を流してまでも勝ち取らなければならない「祖国」とは、いったいなんなのだろうと、夏毅はまだ彼らの心がよくわからない。もし日本が外国の侵略を受けたとしたら、自分ならどうするだろう。彼らのように戦うか――? いや、たぶん、逃げるだろう。

 合掌すると、その場を通りすぎ、トラックから荷物を移す作業に従事した。すべての荷物を運び終わり、さらにタイヤや使える部品まで取り外して持っていこうとしていると、ラルフが来てくれと言ってきた。埋葬を始めるから立ち会ってくれと言うのだ。

 ポウルと夏毅は荷物運びを中断し、みんなの集まる輪に入った。

 すでに穴の底には遺体が下ろされていた。一同の見守るなかで、ラルフは静かに口を開いた。

「我が祖国のため、尊い命を捧げた同志たちを、今ここで送る。我らは同志たちを決して忘れないだろう。我ら生き残った者たちは、いつの日か必ず希望を達成し、同志たちに報いることを誓う。神は、必ず正しき者に味方する。どうか我らを見守りたまえ……」

 そして、ショベルで土をすくうと、かぶせた。

 するとそれを合図にいっせいにみんなが土をかぶせはじめた。

 ラルフたちの胸に去来するものはなんなのだろうと、夏毅はその様子を見ながらぼんやりと思った。



 その夜は野営することになった。

 夜間は障害物の多い道路を走れないのだ。ライトを点灯すれば遠くからでも目立ってしまい、政府軍に発見される恐れもあった。

 強烈すぎる体験だった。安心して眠れというのが無理というものだ。

 腕時計を見る。午前一時を過ぎたところ。普段でも起きていることのある時刻だ。深夜ラジオを聴きながら試験勉強をしていたりする頃……。

 少しはこのサバイバルに慣れたかとは思ったが、それは甘かったようだ。これからもどんな非常識なことがふりかかってくるか想像もつかない。これではストレスがどんどん溜まっていきそうだ。

 夏毅はここで死ぬことになるんじゃないかと本気で思った。その可能性はじゅうぶんにあった。

 トラックの荷台から降りた。このままじっとしていても落ち着かない。

 静かだった。夜の静寂。ふと見上げると、驚くほどの星星が天に満ちていた。夏毅の知る大阪ではどんなに晴れていてもこれほどの数の星を目にすることはない。無数の光の粒が大量にばらまかれたようだ。こんなにもよく見えるのは、空気が澄んでいるのと、地上に明かりがないせいだろう。

 ――異世界でも、星空は同じなのだろうか。星座のことはよく知らなかったが、見つめていると、吸い込まれてしまいそうだった。ときどき流れ星が一筋光った。

 なにもかも忘れてしまいそうな光景だ。

「夏毅か?」

 声がかかった。それで現実に引き戻された。

 見ると、暗がりの中に人影。

 ポウルだった。ライフルを肩にかけている。

「見張りですか?」

「ああ。昼間のことがあるからな。余計に神経を使ってる。どうした、気分でも悪いか」

「ちょっと眠れなくて」

「そうか」

「政府軍は夜中でも襲ってくるんですか?」

「それはわからんさ。でも用心するにこしたことはない」

「つきあいます。どうせ暇だし」

「そうか」

 二人してぐるりと一周見回ると、元の場所へ。

 政府軍が襲ってくるとは思えない静けさ。

「あの……。どうしてレジスタンスなんかに入ったんですか」

 夏毅は訊いてみた。微妙な質問だったが、訊かずにはいられなかった。

「命をかけて戦う理由はなんですか?」

 ポウルはちらりと夏毅を見ると、ひと呼吸おいてから言った。

「夏毅にはまだ説明不足だったかな。政府軍なにをしてきたか、それを知ればおれやみんなの気持ちがきっと理解できると思うよ」

「…………」

「つらい思い出を話すのは、つらいことだ。だからみんな過去のことは話したがらない。しかし思うことはひとつなんだ。平和だったあのころを取り戻す。そのためなら、命さえかけられる。おれたちには、もう失うものはないからね」

 夏毅はそれ以上追及しなかった。境遇のちがう夏毅に理解できるわけもなかった。だからいっしょに戦うというのも、無茶な話だ。

 近いうちに彼らと別れることになるな、と感じた。

 ポウルやラルフたちにとっての憎むべき敵――政府軍のもとへ行くことになったとしても、それで裏切ったと恨まれるのは筋違いというものだろう。

「仲間が死んだのは悲しいが、それでも前へすすまなきゃならない。……夏毅」

「え?」

「おまえの世界の話をしてくれないか。どんな暮らしをしていたのか、どんな人たちがいるのか」

「うーん……そうですね……。じゃ、なにから話そうかな……」

 降ってきそうな星空の下で、夏毅は語りはじめる。

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