第15章 帰還
マシンゾーンがどんな罠を張っているやもしれなかったが、そんなことに気がまわるほど心に余裕はなかった。異世界人たちは通路から広大な明るい空間へと飛び出した。
ゴゴゴゴ……という重い機械音が空間全体に響いていた。
ドームのようなところだった。しかし壁面ははるか遠く、正確にはどんな形の空間なのかはよくわからなかった。明るい光が、その壁面から発せられているせいかもしれなかった。
そしてその中心に、まるで城のようにそそり立つ建造物があった。いや、これも建物ではなく、巨大なマシンなのだろう。これが転送装置なのか……?
妖精の転送装置とはずいぶんと造形が異なる。これほど巨大な機械を今までに見たことがあっただろうか。圧倒的な存在感。
こんな巨大な装置を前に、まずどうしたらいいのか見当もつかない。どうやって転送装置を使うのか――。
妖精王なら知っているはずで、これからその説明があると、だれもがそう思ったとき――。
新たな敵が出現した。マシンゾーンにとっては、人間たちの目的がなんであるかは関係なく、単に侵入者を排除することを考えているだけで、いろんな方法で攻撃してくる。
そして今度は――。
人間型の機械だった。二体のロボット。
ついに、こんなものが出てきたか――。
紙野夏毅はあきれた。
侵入してきたのが人間であるということに気づいたマシンゾーンが、その対抗手段として人間型の機械兵器を送り出したということなのか――?
だがいったいどんな攻撃をしてくるのだろうか。その体の中に、どんな武器を隠しているのか。どんな武器でもありそうな気がする。マシンゾーン内部に侵入してからここへ来るまでとはちがう攻撃をしてくるのか。――未知の相手に、頭の中を想像が駆け巡った。
人間型とはいっても、身長は二〇メートルぐらいある。まさしく巨大ロボットだった。造形は決してかっこよくないが、現実的な迫力をもってそこに存在している以上、脅威を感じずにはいられない。
遅れて夏葵、妖精王、それにつづいて妖精たちがどどどっと通路からドーム空間に入ってきた。
「なんだ、ありゃ?」
夏葵が叫んだ。
「見てのとおりさ」と夏毅。
二体のロボット……。
メタリックボディの人間型防御システム。外骨格の人間か、はたまた西洋甲冑を身に着けた人間のような外観だが、手足の長さが人間とちがって、腕が長い。足の関節はどこにあるのかわからない――全体が蛇腹になっていた。頭部には目鼻を連想させる凹凸があったが人間の顔とは似ても似つかない、オモチャのロボットのようなテキトー感漂う造形だった。
それが空中に浮かんでいる。巨大な装置を背に、それはまるで絵のような光景だった。
「熱でも出そう……」
「おれもだよ。けど、こいつを倒さなきゃなんない。いくらばからしくてもな」
「そりゃ、わかるけど……」
「気をぬくなよ。どんな攻撃をしてくるかわからん」
チッ、と夏葵は舌打ち。
もしこの人形がおれたち人間の対抗手段として出てきたとして……と恩地少尉は思った。人間と同じ能力を備えているのか……?
マシンゾーンのことだ。木偶人形であるわけはないだろう。
しかし――マシンゾーンはどうやってこんなものを作ったんだ?
「恩地少尉」
阿川ルイスが呼びかける。
「おれは流れ弾が装置に当たらないように上空から攻撃する。援護してくれ」
言うが早いか、魔法の機関砲を連射する。空薬莢が砲身から空中に撒き散らされる。
が、攻撃目標のロボットが、目にも止まらぬスピードで移動して、あっという間にルイスの背後へ回りこんだ。
「なにっ!」
ルイスは反射的に飛行具を反転させる。バリアを張った。
ロボットの胸部から、エネルギー体のような光の球が発射された。
「うわっ!」
命中して、ルイスのバリアが吹き飛んだ。
「くそっ」
ロボの再攻撃を回避するため、距離をとる。
「待て、ルイス! 攻撃をやめてくれ!」
恩地少尉が突然叫ぶと、ルイスの飛行具に接近した。
「なにを言ってるんだ?」
驚いて、ルイスは恩地少尉を見る。血迷ったか?
恩地少尉の今までになくあわてていた。
「あいつはおれの部下なんだ。政府軍の兵士だ。攻撃するな」
「なんだって?」
ルイスは目を見張り、ロボットを振り返る。あれが……仲間だって?
同じ建物内に恩地少尉とはべつに政府軍兵士がいたのは記憶していた。妖精界に転移されたとき、そばには恩地少尉しかいなかったから、てっきり異界都市に残ったままなのだろうと思っていた。
それが……あのロボットだと恩地少尉は言う。にわかには信じられず、
「なにを根拠にそうだと言えるんだ」
「わからないか? よく見ろ。頭のところだ」
頭……。恩地少尉に言われて、ルイスは一方のロボットを注意深く見つめた。頭には顔のようなものがあるにはあったが、いかにもロボットといった造形だった。
そこをよく見ると、口にあたる部分が透明になっており、その内部に――。
「あっ!」
少し見づらいが、たしかに人間の顔が見えた。
「あんなところに!」
そして、もう一方のロボットにも。
「いったいどうしたの」
マリイが飛行具を近づけてきた。
「あのロボットの中に人間がいるんだ。しかも恩地少尉の部下だ」
「攻撃は中止だ。仲間を殺すわけにはいかない!」
恩地少尉は今までとは違う敵に仲間の姿を重ね合わせ、焦燥を覚えた。
だが妖精たちは、恩地少尉におかまいなく攻撃をかけようとしていた。スズメバチの大群のようにドーム空間に広がると、妖精王の号令でいっせいに魔法を放つ。
「妖精王!」
恩地少尉が必死に呼びかけた。
「待て! 待ってくれ! あれは仲間だ。破壊するな」
妖精王が気づいた。光球が、恩地少尉の飛行具に近よったかと思うと、元の姿に戻った。巨人、妖精王。
「どうした?」
と、見下ろして。大きな顔に大きな目玉がギョロリ。
「あれは、おれたちの仲間だ。人間だ」
恩地少尉は懸命に訴える。
「攻撃を中止してくれ。たのむ。あいつらも一緒に異世界に連れて帰らねばならん。殺してしまったら、妖精界は滅びるぞ」
「なに……。あれが、異世界人だというのか?」
「機械の内部に閉じこめられているんだ」
「ううむ……」
妖精王は二体のロボットを見た。しばらく見つめてから、恩地少尉に視線を戻した。
「わかった。それならば、どうしても救けださなければならないな」
「妖精王!」
そのとき、妖精が空中を走ってきた。長く伸びた金髪のグルアガッハである。
「魔法が通じません。なにをしてもだめです。しかも敵の攻撃は強力で、我々の被害は増えてます」
「むう……」
妖精王はうなった。初めて焦りの色がうかがえた。ここへきて最大のピンチを迎えたのだ。しかしのんびり対策を練っている時間はない。マシンゾーンの攻撃が激しくなってくる。
夏毅と夏葵も、状況の変化に気づいた。
妖精王のそばへよる。
「どうしたんですか」
二人は同時に尋ねた。
「仲間が捕まってるんだ」
恩地少尉が手短に説明した。
妖精界に跳ばされた政府軍の兵士が二人、マシンゾーンに捕らわれている。この二人を救け、いっしょに元の世界へ帰らなければならない。残していけば妖精界は消滅する。
でも――どうするべきか。マシンゾーンに人質をとられているようなものだ。
それに妖精たちの魔法が通用しない。そうなると打つ手があるのか? 妖精王の魔法でもそれほど効果がないかもしれない。あったとしても妖精王の魔法だけでは彼らを救けられないだろう。
となると――。
人間の力に頼るしかない。しかしなにができる? ここまで戦ってこれたのは魔法の力があってこそなのに。それが使えないとなると、戦えといっても無理ではないか――。
不安材料はまだある。
捕まった二人の兵士が生きているのかどうか。そして、たとえ生きていたとしても、まだ人間でいるのかどうか――。たとえばマシンゾーンの洗脳を受けているかもしれない。
だがそれでも、ここであきらめるわけにはいかなかった。どうにかしなければならない。
「魔法で救け出すことはできないが、間接的にならなんとか援護できるだろう」
そう妖精王は口を開いた。
「とにかく時間がない。思いつく限りのことをやって、糸口を見つけるしかないだろう」
さっきの通路から追っ手が現われた。妖精たちを追撃してくる。迎撃しようと妖精たちが動き、激しい戦闘が開始された。たしかに時間がない。
「一か八か、大バクチをうつしかないってわけか……」
つぶやくように夏毅は言った。
「やってやろうじゃないか」
ルイスが覚悟を決めて言った。
「どうせ一度は死んだ身だからな」
妖精に捕まっていけにえにされる寸前だったのだ。
「それもそうだな」と恩地少尉、
「今さら逃げることはできないし、逃げられたとしても、この世界が滅びたら同じだ」
マリイがうなずいた。三人の大人たちの心がひとつになった。
こうなったら夏毅と夏葵も、迷っている場合ではなかった。
そう――。もう目の前に目的があるのだ。そのためにここまで来たのだ。
夏毅は夏葵に視線を送った。夏葵は見つめ返した。奇妙な光景だった。まるで双子のように。
うなずきあった。
「行こう」
「うん」
五人の人間たちと妖精王は二体のロボットに向かっていった。
魔法は通用しない。それはわかっている。だが完全に通用しないか確認したわけではなかった。どこかに弱点があるかもしれない。
動きを止められれば、ロボットの中の二人を力ずくで救出できるだろう。
飛行具を巧みに操り、振り回されるロボットの巨大な腕をすりぬけて、夏葵はハンドブラスターで狙う。
発射。高熱体がロボットの体に命中するが、拡散する。まったく通じない。やはり魔法で出した武器では効果がないのだ。
ロボットの攻撃をバリアで防ぎつつ飛行しながら、夏毅は思案する。思い切ったことをしなければ埒があかない。
夏毅が夏葵に呼びかけた。
「おれがロボットにとびうつるから――」
「わかった。あたしがロボットの注意をひいておく」
夏毅がなにをしようとしているのかわかった。言いおわらないうちに、夏葵は派手にブラスターを撃った。夏毅に当たらないようにロボットの足元を狙って。傷をつけることさえできないが、気をひくことぐらいはできる。
夏毅の飛行具がロボットの背後から接近する。タイミングをはかって、動くロボットの肩の上に飛行具を移動させた。
気合をいれて、跳び移った。
ロボットの硬い体は不思議な材質だった。金属のようだが冷たくはなかった。それは木製のようなさわり心地だ。表面はツルツルではなく、がらくたのよせ集めのようにいろんなものが飛び出していた。
夏毅は魔法でロープを出し、振り落とされないように適当なひっかかりに結び付ける。
「よし――」
政府軍兵士はロボットの頭部に捕えられている。夏毅はロボットの首に近づき、前方へとまわりこんだ。ゴテゴテしているため足場は多いがどれも不安定で、しかもロボット自体が動くから思ったようには進めない。それでも一歩一歩慎重に足元をたしかめながら移動した。
肩のあたりから、夏毅は巨大な頭を見上げる。そして――。
「あれか!」
ちょうど、ロボットの顔を口のあたりだった。透明な部分があった。角度がつらくて内部が見えにくいが。
でもあそこへ近づくには、この壁のようなところを登らなければならない。しかもたどり着いたとしても、腕力だけで救けだせるかどうかわからない。
「とにかくやってみろ!」
自身に気合を入れるかのように言い、夏毅はよじ登りはじめた。がらくたのようなところに手足をかけながら。ロボットが急に動いた。
「うわっ」
必死でしがみつく。囮役の夏葵の飛行具は急機動。ブラスターから機関砲に武器を切り替えている。効き目がなくとも、どうにかしようという行動だった。
ロボットの放った光弾が夏葵の飛行具をかすめる。
「バリアを張れ!」
声が届いていないかもしれなかったが夏毅は叫んだ。
言ったと同時に飛行具に命中する。一瞬やられたと思ったが、バリアが直前に張られていて被弾していなかった。夏毅はホッと胸をなでおろす。
一方、恩地少尉、ルイス、マリイは、もう一方のロボットのほうにかかりきっていた。
そして妖精王は――?
巨大な体が空中にじっとしているのを、夏毅は頭を巡らせて見つけた。
なにをしているのかと不審に思った次の瞬間、妖精王の体から緑色の光がほとばしった。それが二体のロボットを包みこんだ。
と、ロボットの動きが停止した。魔法が通じた?
「動きを止められるのはわずかな時間だけだ」
妖精王は魔法力全開。かろうじて効果があったという感じだ。そう長くは維持できないだろう。
今のうちに夏葵はすかさず飛行具をロボットの頭によせた。夏毅の援護にまわる。
「どう? なんとかなりそう?」
「やってみなきゃ、わからん」
夏毅はやっとキャノピーにたどり着いた。内部を見た。
「いた!」
若い男の顔があった。男は目を見開いて、夏毅を見つめ返した。見知らぬ顔に一瞬びくっとなったが、生きていることがわかってホッとした。
夏毅は魔法でハンマーを出した。片手で扱える登山タイプ。
「今、救けるからな」
ハンマーの尖っているほうをキャノピーの端にたたきつけた。たしかな手応えがあったが、あんのじょう傷もつかない。もう一度。さらにもう一回。
ハンマーの金属部が砕けた。
「げっ!」
「あたしがやる」
夏葵がキャノピーの正面に立った。
そのとき、
「近づくな、侵入者! マシンゾーンから消えうせろ」
その声は、キャノピーの中からだった。兵士がしゃべっていた。
だがそのセリフに耳を疑う。マシンゾーンから消えうせろ?
突然ロボットが動きだした。とうとう妖精王が力つきた。魔法の効き目がきれたのだ。
ロボットの腕が、顔にしがみついていた夏毅と飛行具に乗っていた夏葵をたたいた。二人は弾きとばされ、落下。
床にたたきつけられる前に、妖精王の魔法が二人を救った。落下の速度が鈍くなって、空中に停止。一瞬気を失っていた。頭を手で押さえた。
「ててて……」
「やっぱだめか……」
ロボットを見上げる。
状況は絶望的だった。ロボットにはどんな手も通用しない。しかも捕まっていた兵士は洗脳されていた。救け出すのは至難の業だ。
このままではこの世は滅んでしまう。なのにマシンゾーンにはそれがわからない。歯がゆかった。
ルイスの飛行具が妖精王のもとへ降下してきた。
「妖精王! もう一度魔法をかけてくれ。今度こそ救けだす!」
まだあきらめてはいなかった。あきらめるわけにはいかない。
こうしている間にもディフェンスの妖精たちはマシンゾーンの攻撃に次々と倒れていった。
ルイスの言葉に、夏毅と夏葵も奮起した。
――なにがなんでも成功させなければ。
「妖精王、頼んだ」
夏毅はルイスのあとを追った。
二手に分かれていては戦力が分散して効果が薄くなる。ここは全員一丸となって一方のロボットに対したほうがいい。
だがロボットの攻撃は激しい。洗脳されている兵士二人は、恩地少尉が必死に呼びかけてもまったく耳を貸さなかった。
妖精王の魔法は一回目より効力時間が短かった。
「うわっ」
ロボットの光弾攻撃で夏毅のバリアが消しとんだ。さらに連続攻撃で飛行具が被弾した。バランスが崩れる。
――しまった!
夏毅の体が落下する。すかさず夏葵が空中で拾いあげた。がっしりと腕をつかんで飛行具の上に引きあげる。
「大丈夫?」
「グッタイミング。――なんとかね。けど……」
ロボットを凝視する。気のせいか、さっきより大きく見える。彼我の力の差。自分たちの無力さを思い知ったからかもしれなかった。
「どうしても、無理?」と夏葵。
やっつけられない。
「奇跡でも起きないかぎりな」
夏葵に視線をやって夏毅、
「おれさえいなかったら、こんなことにはならなかった。おれを恨むか?」
「今さら――。でもあんたと心中なんて、ご免だからね」
が、そのとき――。
またロボットの動きが止まった。
妖精王の魔法――ではない。ロボットだけではなく、妖精たちを攻撃していたマシンゾーンの戦闘機械もすべて停止しているのだ。静寂と、妖精たちのどよめき。なにかが起こったのだ? そして不安。これからなにが始まるのか。マシンゾーンはいったい……。
きょろきょろと、あたりを警戒する。
「妖精王!」
恩地少尉が叫んだ。
「なにが始まるんだ?」
「わからない。だが危険はないようだ」
パリン。
と、ロボットの顔の部分、透明な窓が弾けた。するりと人間が吐き出された。二人の兵士が落ちてくる。
恩地少尉とルイスがあわててそれぞれを受けとった。
兵士は気を失っていた。飛行具をホバリングさせると、体を横たえる。なにはともあれマシンゾーンは二人を解放してくれた。しかし……。
「どういうことなんだ……?」
空中に停止するロボットを見上げ、恩地少尉はつぶやいた。こたえる者はなかった。誰にもわからなかった。妖精王さえも。
「奇跡が起きたの……?」
夏葵は傍らの夏毅を見る。
「まだわからないよ……。けど……」
周囲の不気味な静けさ。いったいこの状況を見て、なにをしたらいいんだろう。
妖精王が様子をうかがうように、ドーム内を飛び回った。
「転送装置に行くぞ」
まだ戸惑っている人間たちは、互いに顔を見合わせた。――だいじょうぶなのか?
「マシンゾーンが理解したのだ」と妖精王、
「マシンゾーンも、世界が滅びることに気がついたのだ。我々に協力すると言っている」
ドーム中央にある城の天守閣のような巨大な機械の複合体の周囲を飛び回りながら、妖精王はマシンゾーンの意志を感じとったのだった。
自己を守るために、人間たちを異世界に返さなければならない。妖精界を消滅させるわけにはいかないのだ。
妖精王が〝城の天守閣〟の上のほうへと飛ぶ。この機械のかたまりのどこに転送装置があるのか知っているようである。
飛行具を操って、その後を追った。
上部にヘリポートのような場所があった。全員そこへ降りた。
目の前は機械がごちゃごちゃと、さながらスクラップの山だった。稼働可能な機械があるとは思えない。はたしてほんとうにここに転送装置があるのか――。
まさかこんな形でたどりつくことができるとは思ってもみなかった展開だった。あんな絶体絶命の状況からの大逆転。よくもこんなぎりぎりで、マシンゾーンが理解を示してくれたものだ。
複雑な心境で成り行きを見守った。やがてそのスクラップがごそごそと豪快に動き、独立したひとつの機械が登場した。それもやっぱりどう見てもスクラップだったが、どうやらそれが転送装置らしかった。
いよいよ、帰るときがきたのか――。
願いつづけていた帰還。ほとんど絶望的な思いで異世界をさまよい、逃げ回り、のたうちまわっていた数日間を夏毅は思い返した。元の世界に戻る――。前にいた世界ではかなわなかった。
だが……ついにかなえられる。
夏毅だけではなかった。ルイスとマリイも、そして恩地少尉とその部下の二人の兵士も。
「目が覚めたか」
恩地少尉が着陸した飛行具の上に寝かされていた兵士の様子に気がついて声をかけた。
「あっ、隊長……」
むくっと起きる上がると、不思議そうな表情でまわりを見た。
「いったい、自分は……」
「話はあとだ。帰ってからな」
恩地少尉は穏やかに言った。
「体のほうはだいじょうぶか?」
「はい、平気です。しかし、なにか……長い夢を見ていたような気分です……」
軽く頭を振ると立ち上がり、飛行具から降り立った。
自分の身になにがおこっていたのか、ぼんやりとした頭でそれを思い返しながら、兵士は恩地少尉やもう一人の仲間がいることに安心した。
「これからもっと驚くようなことがおこるぞ。だが心配するな。質問もあるだろうが、あとにしろ」
かすかな含み笑いで、恩地少尉は言った。
妖精王が転送装置に向かって進み出た。マシンゾーンと話ができるのは妖精王だけだ。上手くやってくれることを期待するばかりだった。
全員がかたずをのんで妖精王に注目していた。
鉄屑のかたまりのような転送装置の前に妖精王はしばらく立ち止まった。どういう会話がかわされているのか誰にもわからなかったが、口をはさむ者はなかった。
しばらくして、妖精王が振り返った。
「転送を始める。まずはそなたらからだ」
政府軍の三人を指さす。
恩地少尉を先頭に、まだ状況がよく把握できていない兵士二人が前に進み出た。
「そなたたちもだぞ」
言われて、ルイス、マリイが前に出る。
「この五人は同じ世界の人間だな……」
ズバリ言い当てられた。さすが妖精王である。
「いっぺんに転送する」
同じ世界の人間なら同じ属性を持っているから、その属性を見て転送する世界を決定できる理屈だった。
「いや、でもマリイは──」
ルイスが戸惑っている。そう。マリイはルイスや恩地少尉とは違う世界から来ていた。にもかかわらず、妖精王はマリイを同じ世界の人間だと判断した。このまま転送してまうとエラーが起きてしまわないか?
「どうした? 全員が同じ世界へ帰りたいと思考しておるぞ」
妖精王の言葉で、ルイスはマリイを見る。
マリイは微笑んでいた。
「そうか、そういうことか──」
どの世界の人間かは、結局どの世界へ帰りたいと願っているか、で決まるのだ。
「いや、いい。続けてくれ」
ルイスは先を促す。
夏毅と夏葵、生き残った妖精たちが、遠巻きに見ている。
「上手くいくかな……」
夏葵がつぶやく。
「いくさ」
傍らの夏毅がこたえる。
「そうでなきゃ困る」
夏葵をチラリと見て、
「きみが思ってることはわかるよ」
「っう……」
夏葵はのどをつまらせた。ホントにいやなやつ。こんなやつといつまでもいっしょにいなくない、と思った。
転送装置が開いた。
人間が入るにはかなり大きな空間だった。いったいこの装置は誰が使うことを前提につくられたのだろうか。マシンゾーンは、どうやって異世界を知ったのだろうか。かつて――妖精界と物理界との交流があったように、異世界どうしにも、なんらかのつながりが存在していたのだろうか。そういう交流のある世界が存在していたということも考えられなくもない。この世界の歴史がいつからあるのか、それは人類なんかよりよっぽど長いかもしれない。それらの疑問に対する回答は得られず、人間には永久の謎として残るにちがいないだろう……。
広い装置の内部にはちょうど体がすっぽりおさまるような窪みがいくつもあった。
どこか不安げな表情を浮かべているのは、ルイスだった。歯医者で治療を受けていて見知らぬ器具を見たときの気持ちに似ているかもしれなかった。だいじょうぶだと言われていても、心が承知してくれない。
「こんなので、本当に戻れるのかよ……」
とつぶやく。
「ここまで来て、信じるしかないわよ。度胸を決めましょう」
ルイスの隣の窪みに入ったマリイは装置の内部を見まわし、腰を下ろした。
政府軍兵士の一人が、「隊長」と振り返る。なにか言いたげだった。
恩地少尉はその目を察してうなずいた。
「では、転送を開始する」
妖精王が宣言した。
すると、装置のステージが発光しだした。
そして、装置のふたが閉じる直前だった。
「なにをする!」
妖精王が叫んだ。
恩地少尉が転送装置から飛び出し、そばで見ていた一匹の妖精の首ねっこを取り押さえると、すかさず転送装置に戻った。その直後、捕まったピクシーが悲鳴を上げるなか、ふたが閉じ装置が作動した。ピクシーを巻き込んで。
「ああっ!」
一瞬の出来事に妖精王、妖精たち、そして夏毅と夏葵はあっけに取られた。
「そうか――」
夏毅は、恩地少尉がなにを企んでいたのか理解した。恩地少尉は妖精界の力を持ち帰ろうとしたのだ。政府軍の勝利に導くために、少しでも力になろうとして。
でも、それは無理じゃないか……と思う。
作動している転送装置が見ながら、夏毅はそう思う。
「それは無理だよ」
夏毅の隣で夏葵が悟ったような口調で言った。
「妖精の力は、異世界では使えない」
「たぶん、恩地少尉もわかってたと思うよ。無理かもしれないけれど、なにかをやらずにはいられなかったんだろ」
可能性としておそろしく低くても、国のためになにかをしたかったのだと、夏毅は恩地少尉の気持ちを察した。それは、夏毅にはない、国を思う純粋な意思だ。
妖精王は結果がどうなるかわかっているようで静観している。なにも問題はない――そんな態度で平然とかまえていた。
やがて……装置のふたが静かに開いた。
固唾をのんで、内部の様子を見守る夏毅と夏葵。
装置の内部には、もう人間の姿はなかった。
ルイスとマリイと、そして恩地少尉以下のふたりの政府軍兵士も。ただ、恩地少尉が取り込んだピクシーだけがぽつんと残っていた。人間たちは元の世界に帰れたが、妖精がいるべき世界はここだ。だから異世界へ行くことはできない。
恩地少尉の思いは断たれたのだった……。
妖精王はそれを知っていて、あわてることもなかった。冷静に、まるで何事もなかったかのように、
「最後は、そなただ」
うなずくと、夏毅はすすみだした。
転送装置に入った。夏葵を振り返り、
「じゃあな」
「ねぇ……」
「ん?」
夏葵は一瞬言いよどんだ。なんとなく、最後の言葉が言いにくかった。もう二度と逢うことはないだろう。二度と逢いたくないとも思う。そういった心が全部夏毅と同じというのが、ためらわせるのかもしれなかった。
「達者でな」
そう言った。それ以上言わなくとも気持ちはわかっているだろう。
「ああ。きみこそな」
夏毅もさりげなくこたえた。
転送装置が作動した。無事に帰りついたのかどうかは確認できないが、心配していてもはじまらなかった。信じる以外にないのだ。
世界は救われた。消滅の危機から脱したのだった。夏葵には全然実感がわかなかったが。
ホントにこの世は滅びようとしたのだろうか。なんだか、キツネにつままれたような気がしないでもない。だって、妖精だけが大騒ぎしたようで……。ま、いっか。
ブラウニーたちにつれられて、夏葵は物理界へ帰るところだった。空を飛ぶということにも、ずいぶんと慣れた。けれどもせっかくもらった魔法も物理界に入ったと同時に消失する。
すごく惜しい。あの飛行具に乗って学校へ行けば、ラッシュも遅刻も気にならないのに――。
でも――。
そんなことより、失うところだった自分のすべてが再び自分のもとに戻ってきたということが、いちばんうれしかった。
それに貴重な体験もできた。どれだけの人間が話を聞いてくれるかわからないが、帰ったら大騒ぎだろうな、本でも出版しようか、などと余裕がでたために、そんな呑気なことも考えられた。
妖精界から砂漠地帯を過ぎると、森林地帯が見えてきた。物理界への入口だ。
まさか浦島太郎になってはいないだろうな、と心配になった。帰ったら何百年もたっていたりしていたら、目も当てらない。
もし――と夏葵はふと思った。あのまま妖精界が消滅していたら……この物理界にはどんな影響があっただろうか。人間は、妖精界の消滅に気づくことはなかったろうか、妖精界消滅の影響が物理界にまで及んだとしても……。
紀伊山地を抜けて、高取町へと入った。
田んぼが広がり、家々の屋根が日を受けて光っている。
御所市から大和高田市内へ。次第に建物が増えていった。JRと近鉄の線路に電車が走っている。
自衛隊のヘリコプターが飛行しているのが見えた。近づいてくる。緊急発進したのかもしれなかった。
なんか……、しばらくは騒がしくなりそうだなと、ブラウニーに囲まれて飛行しながら夏葵は思った。
考えたってしょうがない。もう妖精界へ行くこともないんだから。いや……まてよ。もしかしたら……なにが起こるかわからない。一度妖精と接触したから、これからも妖精とのつながりがあるかもしれない。
――それもいいか。
夏葵は諦観したように、そう思った。なにはともあれ、無事に帰れたんだし。
「ただいま!」
大和高田市を見下ろしながら、晴れた気持ちで紙野夏葵は叫んだ。
近鉄・西大寺駅を降りると、紙野夏毅は学校へ向かって歩き出す。首に巻いたマフラーを締め直すと、肩にかけたカバンの中身ががさごそと音をたてた。
ひとり大きくうなずき、歩き出した。
行方不明四日間。無事に帰れてホッとした夏毅だったが、周囲は大騒ぎだった。家族はもちろん、警察にまでいろいろと訊かれた。
しかし本当のことを話すわけにもいかずに「わからない」で通した。事実を話したところで到底信じてはもらえないだろうし、悪くすると大人たちを怒らせてしまうかもしれない。そんな愚はおかせない。
幸い、マスコミにかぎつかれることもなく、平穏に日常生活に復帰することができた。
そして今日、一週間ぶりの登校だ。
もうすぐ始まる期末試験に向けて勉強を再開しなければならない。遅れを取り戻すのだ。
学校への道すがら眺める風景は、いつもの見知った通学路。
思えばとんでもない経験だった。あんな殺すか殺されるかの大冒険などもうこりごりだった。内戦で荒れる街も、妖精がはびこる森も――。二度とごめんである。
友人が前を歩いているのを見つけた。
「よっ。しばらく」
声をかけると、友人が振り向き、そして驚く。
「おおっ、紙野! 一週間もどうしてたんだ? インフルエンザだったのか?」
学校では、行方不明だという話をしていなかったのを知っていた。実にありがたい配慮だ。
「ま、な……」
夏毅はあいまいにこたえた。ぜんぜん怪しまれていなかった。
「あれ……? 病気で臥せっていたわりには、なんだか日焼けしてないか……?」
「う……。そ、そうかな?」
意外なことに気づかれて、夏毅はとぼけた。まさかそんな指摘を受けるとは思っていなかった。話題をそらそうと、べつの話を振った。
「ああ、それよか、授業かなりすすんだかな?」
「まぁ、学級閉鎖をしていたわけじゃないからな。ノートなら貸してやるよ」
「恩にきるよ」
「来年は受験だもんな」
「進学先、もう決めてあるのか?」
「おれはまだだ。いくつか候補を絞っているけど、最終的な進学先は決まってない」
「そうか……」
「そういや紙野は宇宙大学へ行きたいんだったな。もし合格したら、うちの高校初だよ」
「うん。なんとか合格して、将来は宇宙で働きたいからね」
そのとき、ゴオオ、という音がして、二人はその方向を見る。通学中の他の生徒たちも同じ方向を見ている。
その視線の先には、空を上昇していく大型宇宙船があった。その宇宙船が目指すのは宇宙基地だった。そこは宇宙開発の最前線であり、火星や木星、小惑星へ飛び立つ惑星間宇宙船の発着地であった。そこでは恒星間宇宙船も建造されつつあった。
数年前に地球に現れた異星人との交流で、人類の宇宙開発は飛躍的に発展した。今では町でその異星人を見かけることも珍しくなくなっていた。
数年後、人類が太陽系全域で活動することができるようになると、宇宙開発はもっと加速されるはずで、それに携わる技術者はますます必要になってくる。
夏毅が目指しているのはそこだった。
――そう、どこでもない、これが、おれの世界だ。
力強く、そう思った。
自転車に乗ったオレンジ色の異星人が一本足で器用にペダルをこいで、夏毅のそばを通り過ぎていった。
【完】




