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二重迷宮の彼方  作者: 赤羽道夫
第2部
14/15

第14章 マシンゾーン

「作戦は、どうなっているんだ?」

 恩地少尉が訊いた。まさか全軍正面突破というわけではないだろう。目的があるのだから、それを達成するにはなんらかの作戦が必要だ。これは人間でも妖精でもかわらないだろう、たぶん。――いや、そう考えるのは早計か。人間はよく戦争をするから戦術が確立されているが、妖精はそうではないかもしれない。妖精は戦争をするのか?

 妖精王が振り向いた。

「ゴブリンに城の防御を破壊してもらい、そのあとおまえたちが装置に近づく」

「それじゃ、ほぼ正面突破じゃないか! こっちの損害が大きくなるぞ。もっとマシな作戦が立てられないのか」

「妖精には妖精の戦い方がある」

 まったく――と恩地少尉は吐き棄てた。妖精は論理的にものを考えることはしないらしい。それとも単に頭が悪いのか。妖精の特性がわかっていたら、おれがもう少しちゃんとした作戦を立てただろうにと歯がゆかったが、もっとも、妖精たちは妖精王の言うことしかきかないだろうと、あきらめた。

「マシンゾーンは、空中兵士をくり出すだろう」と妖精王、

「襲いかかってくる空中兵士をかわしながら、城の中へ突入する。マシンゾーンの攻撃から身を守るには、よけるしかない。一撃でも当たれば、それまでだ。――飛行具の具合はどうだ」

 作戦云々については、あまり議論する気はないようだった。それならその作戦が成功するように、できるかぎりのことをするだけだな、と恩地少尉は思った。

「ヘリとは大ちがいだな。戸惑うぐらいだ。思ったように飛行するとは、信じられん。もしこれが我が軍にあればと思うんだが……」

「それは魔法の力で動いている。妖精がいない世界では、動かないだろう」

「だろうな……」

 元の世界では内戦が長期化している。新兵器が必要だ。パイロットを育てることが簡単なこの飛行具を戦闘機や爆撃機に改造して大量投入すれば、政府軍は監視を強化できるだろう。

 だがかなわぬ夢だ。いや、まてよ。あきらめるのは早いぞ。元の世界へ戻るときに、妖精界からなにかを持ち帰れないか? この乗り物に限らない。魔法の力を持つものならなんでもいい。それができれば、政府軍にとって……いや、国とって大きな利益をもたらすだろう。なにか方法はないものか……。



 たしかに思ったとおりに動くけど……と、夏葵はこの飛行具の性能を思った。ヘリや飛行機の操縦経験はないから専門的なことはわからない。オートバイのような座席すらなく、手でつかむとろがあるだけで、振り落とされそうである。

「しばらくついて行きながら、練習したほうがいいんじゃないか」

 夏毅が言って、飛行具をよせてきた。

「わかってるよ」

 と夏葵はつっけんどんに、

「マシンゾーンに入る前になんとかコツをつかんで……」

 思うように動くとはいっても、人間には上下方向へ移動する日常がないから、感覚をつかむのに苦労しそうだった。

「どれくらいのスピードが出るか試してみる?」

「おれを実験台に使うな。音速だって超えられるかもしれないけど、そんなスピードに体がついていくかよ。ちゃんとしたパイロットがいるんだから、専門家に教えてもらおうぜ」

 あいにくだが、と恩地少尉が先回りした。「期待にはこたえられそうにないな。普通のヘリコプターとはわけがちがう。おれに聞いたって、教えられることなんてないぜ。こっちだって戸惑ってるぐらいなんだからな。もっとも、ヘリコプターと同じでも、自転車のようにすぐに操縦できるかといえば、それは無理だ。そんな簡単に教えてマスターできるもんじゃない」

「そうなの……」と夏葵。

「じゃ、こうなったらテレビゲームの要領で行くしかないかもな……」

「テレビゲームのようにはいくかぁ? だいたい、シューティングはあんまり得意じゃないだろうが」

 夏葵に向かって言った。同じ人間だから、夏毅が苦手なことは夏葵も苦手ということになる。

「……たしかに」

 夏葵はうなった。自信ない。シューティングゲームでは、いつも同じステージの同じ場所でやられてしまってゲームオーバーになる。あれは絶対反射神経だけじゃクリアできないぞ、と思う夏葵だった。

 夏毅が気を取り直して言った。

「しかしゲームとちがって命懸けだからな。やりなおしがきかない。この機械にはどんな武器があるんだ?」

 見回しても機関砲らしきものはない。人間にとって武器というとだいたい想像がつくが、妖精にとってはどういうものが武器と呼ばれるのだろうか。剣や弓矢だなんて、勘弁してほしかった。

 それについては妖精王がこたえてくれた。「その飛行具には魔法があるから、おまえたちにも微弱ながら魔法が使える。それを武器とするがよい」

「魔法だって? じゃあ、なんでもありかよ」

 機関銃だろうが対空ミサイルだろうが核爆弾だろうが、なんでも出せるわけだ。

 だがどれだけの魔法力が使えるかによって出せる武器もかわってくるから、無制限に強力な兵器を使えるかというと、おそらくそうではない。

「微弱な魔法って……。どの程度の魔法が使えるの?」

 夏葵が訊いた。

「ゴブリン程度だ」と妖精王のこたえ。

 しかし、そう言われてもゴブリンがどんな魔法を使うのかわからないからイメージが定まらない。

「なら、練習すべきだな」

 冷静な対応の恩地少尉だった。

 操縦もそうだが、どんな武器を使えるのか、なんでも試してみなければならないだろう。あまり時間はないのだから、ぐずぐずしてはいられない。なにができるかできないか知っておかなければマシンゾーンで戦えない。

「そうだな」

 ルイスがうなずく。

 そして、はやくも飛行具の操縦と魔法攻撃の練習にとりかかっている大人たち三人を見て、夏毅と夏葵も彼らにならって練習を始めた。



 進むうちに――。

「マシンゾーンが近づいてきた」

 唐突に妖精王が言った。

 えっ? と全員が前方を見つめた。しかしマシンゾーンらしきものは見えない。前方には山脈があり、そのふもとまで森林が続いている。

 出発してからおよそ一時間。みっちり訓練したが、飛行具の操縦も魔法も、使いこなすというには到底およばない。飛行具のほうはどうやらさまになってきてはいたが、魔法は皆目というありさまだった。あらためて言うのも恥ずかしいような状態だった。こうなったら、ぶっつけ本番。なるようにしかならない。

「どこにマシンゾーンがあるって?」

 ルイスが訊いている。

「見えぬか? あれだ」

 妖精王が指さす方向――。山脈の中腹あたり、やや複雑な地形になっているところ。そこに、なにかがある。

 が――。

「あれがマシンゾーンか……?」

 夏毅はつぶやいた。まだ遠くてはっきりとは見えないが、想像していたのとは少しちがう。港湾地域の石油化学コンビナートのようなシルエットを思っていたのだが……。

「銀色ピカピカでもないね……」と夏葵。

 〈マシンゾーン〉というぐらいだから、もっと機械がいっぱいといったようなものだと想像した夏毅だったが、見えるのは妖精王の王宮のデザインを少し控えめにしたような感じの建物なのだった。

 それに小さい。建物自体は非常に大きいのだが、マシンゾーンという名前から受ける広大な地域という印象からすれば、かなり規模が小さい。

「あの建物がマシンゾーンなのか?」

 恩地少尉が妖精王に訊いた。まさか、という気がして確認した。

「なにを言ってる。あの山脈のように見えるものが全部マシンゾーンだ」

「なんだって?」

「あれは山のように見えるかもしれないが山ではない。マシンゾーンそのものだ。近くで見ればよくわかるだろう。そして、あの建物のようなものは内部へ入るための入口だ」

 あれが山ではないというのが信じられなかった。どう見ても山にしか見えない。左右に遠くまでつづく山脈。マシンゾーンの大きさには納得できるものの……。

 絶句していると、妖精王はさらに言った。

「あの〈山〉の内部に異世界へ戻る装置がある。どこにあるかはマシンゾーンに聞かなければわからない」

「ええっ?」

 そんな重要なことを間際になって発表する妖精王の気がしれなかった。そこが妖精らしいといえば、そうなのかもしれなかった。

 マシンゾーンに聞くというのも不可解である。

 不信感が頭をもたげてきそうになる言動だったが、それでもここまで来た以上、妖精王を信じるしかなく、疑いだしたらきりがない。勝算はあるのだろう。失敗したら、この世が滅びてしまうのだから。

 接近していくにつれ、マシンゾーンの正体が明らかになっていった。最初、山のように見えていたものが、次第に複雑な表面をあらわにしてきたのだ。

 たしかにそれは植物でも岩肌でもなかった。かといって機械かというと、そういうイメージでもない。

「機械という感じがしないな……」

 夏毅はつぶやいた。金属とは思えない外観。プラスチックでもコンクリートでもない。未知の物質――妖精界にだけ存在する物質かもしれない。

 しかし不思議なのは材質だけではなかった。その形は、人間が考えた規則性や整合性などの調和とはまったく無縁なものだった。だからといって、妖精がつくったものとは、またちがった印象を受ける。だが人間にはおよそ似合わないという点で共通しているといえるだろう。マシンゾーンの機械は、機械だけの思考で作られているから、妖精や人間などの別の第三者が使うという目的がない。内部はきっと移動しにくい構造をしているだろう、と予想された。

 さらに接近する。

「来るぞ!」

 妖精王がいきなり叫んだ。

 なにが?――訊くまでもなかった。急速に接近してくるものが見えた。ちょうどマシンゾーンの入口あたりから、なにか小さなものが飛び立っている。

「マシンゾーンの飛行兵士だ。防衛網が動きはじめた」

 そして妖精王が妖精たちに指示を出した。

「ゴブリンは前へ出よ。魔法で飛行兵士の攻撃をかわしつつ進め」

 すかさずゴブリンたちが前へ出る。妖精王の命令は絶対だ。一糸乱れない動きで迎撃態勢に入った。はたしてゴブリンたちはどのような魔法を使うのか――。それさえわかれば、人間にも魔法の使い方を見よう見真似でどうにかなるだろうと望みが持てた。

「あれが、飛行兵士か?」

 接近してくるものを見て、そう言ったのは恩地少尉だった。視力のあまりよくない夏毅と夏葵には、まだよく見えない。

 さらに接近する。次第に見えてきた。

 超小型の飛行機械だった。左右につきだした翼はそれぞれ一メートルほど。しかもよく知っているような飛行機とはちがう形だ。それでも、なじみのない形ではあっても、航空力学的理屈にあうような形だったので、マシンゾーンという名に納得できる気がした。魔法という得体の知れないものよりは、あるいは人間に理解しやすいのかもしれない。が、もちろんそれは錯覚にすぎない。妖精界に存在するものは、すべて人間にとっては異質なものだ。妖精だろうとマシンだろうと。

 ゴブリン軍団とマシンゾーンの飛行兵士が接触した。ついに戦闘開始だ。

 五人の人間たちは、じっと息をつめてその闘いを見る。



 ゴブリンたちは、一機(と数えていいのかどうか)の飛行兵士に対して数匹で群がった。数の上では妖精のほうが有利だった。なにしろ妖精界じゅうの妖精が集まったといった感じなのだ。その迫力からすれば負けるとは思えない。

 飛行兵士にとりついたゴブリンは鋭い爪で攻撃する。無機質の主翼をむしりとり、たたき落とした。

「あれが魔法かよ」

 夏毅はあきれた。どちらかというと物理的な力で破壊しているという感じだ。ゴブリンの魔法攻撃を真似ようと思っていたから、どんな魔法を使うかと期待していたのに。

「よく見るがいい」

 妖精王が指さした。

「あの魔法は、自らの力を大きくしているのだ。全身の気を集中して、放出する」

 そう言われて、夏毅はじっと観察してみた。ゴブリンに手――爪の部分が少し光っているように見える。

「なるほど……」

 とつぶやく。だが……それでも、と、どこか納得できない。

「でも――」

 夏葵が夏毅の気持ちを代弁した。

「あんなの真似するなんて……。なんか魔法というのとはちがうなぁ……。だいたい、おしゃれじゃない!」

「しかし、あれしか使えないんだろ。それとも使い方しだいか――」

「あれはあまり参考にしないほうがいいのかもね」

「おれもそう思う」

「なんかへんな感じだな」

 夏葵は感じるものがあって、夏毅を見る。

「他人としゃべってるっていう感じがしない。なんて言うか……やっぱり、あたしとあんたは同じ人間ってことなのかな」

 ひとりでしゃべっている感じというのは、デジャ・ヴュを連続して体験しているようで奇妙だった。

「今はそんなことを考えている場合じゃないぞ。マシンゾーンの入口はもうすぐなんだからな」

「わかってるよ」

 ゴブリンがマシンゾーンの飛行兵士の第一防衛隊を突破した。妖精側の被害も出たが全体からみればわずかだ。まだじゅうぶん戦える。

 マシンゾーンの入口へ近づく。入口の周囲にある奇怪な構造物がはっきりと見える。それは――ひとことで言うなら、スクラップでつくった仏像――だろうか。ゴテゴテと、とても意味があるとは思えないようなものがくっつきあっていた。

「気をつけろ」

 と妖精王が注意をうながす。

「次の攻撃がくるぞ」

 そのせつな、高速でなにかが飛んできて、すぐ近くを通り過ぎていった。あまりに速くて判別できない。もっとも、見えたところでたぶんなにかはわからなかっただろうが。

「砲弾か――?」

 恩地少尉が警戒した。

 大きな発射音こそしなかったが、そう思える。砲弾のような物質ではなく、エネルギー体かもしれなかった。どちらにせよ、当たればアウトだろう。しかしあれをよけるとなると、ほとんど神業に近い。

「バリアを張れるかな……」

 夏毅はつぶやく。

 よけられないとなると、魔法でバリアを張って防ぐしかない。だが〝ゴブリン程度の魔法〟でどこまで可能かわからない。

「迷っている暇はないよ!」

 夏葵がぴしゃりと言った。

「とりあえずバリアを張って進もう」

 夏葵の言う通りだった。すでに覚悟を決めているはずで、今になってできるかどうか逡巡している場合ではない。

 魔法の練習ならさっきした。自信なんかあるはずもないが、やるしかないのだ。

 妖精王に聞いた呪文を唱える。

 ほとんど時間をおかずに半透明の膜が飛行具の前方に現われた……。成功――のように見えた。あとはこれを維持しながら進んでいく。

 次々と飛んでくる砲弾モドキがバリアに激突して四散していく。衝撃は吸収しきれず飛行具が揺れ動いたがバリアは破壊されず、なんとかこれでいけそうだ。

「いい考えだ」

 夏毅と夏葵の飛行具を見て、ルイスも同様のバリアを張った。

 マリイも、そして恩地少尉も。

 他の妖精たちも各自の魔法で対処していた。人間並みの大きさの妖精ディーナ・シーが襲いかかる砲弾を破壊した。どんな強力な魔法を使ったのかは人間には見えない。

「あそこが入口だ」

 妖精王が言う方向には、巨大な洞窟を思わせる入口が黒くぽっかりと見えていた。いよいよマシンゾーンの内部に突入だ。

 ゴブリンたちを先頭に、妖精大軍団はマシンゾーンに入った。



 明かりがところどころに見えるが、全体としては薄暗い。マシンゾーンの住人にとって光は必要なのだろうか。

 内部は、上下階層には分かれてはおらず、統一性のない、要するにグチャグチャだった。

 しかし飛行具に乗っているから床を意識する必要はない。移動するのに障害にはならない。それに、意外と広い。操縦が下手でもぶつかることはないだろう。ただ、入口の近くだから広いのかもしれず、この奥は狭くなっている可能性もある。

 妖精王はあの巨体で動き回れるのだろうか。当然ここで立ち止まるつもりはないだろうから、どうにかして狭くなるマシンゾーンの内部へ進むのだろう。

「どっちへ行くんだ?」

 と恩地少尉が訊いた。

 全員がキョロキョロとマシンゾーンの内部を見回している。このどこかに異世界へ帰るための転送装置がある――。期待感が強まる。

「どうやって装置のある場所をマシンゾーンに訊くんだ?」

 と妖精王に向かって夏毅。

 装置のある場所をマシンゾーンに聞く、と妖精王は言っていた。まだ聞いていない。そもそもマシンゾーンに聞くというのが具体的にわからない。

 奇妙なマシンゾーンの内部。だが、そこにはだれも――動くものはない。さっき戦った飛行兵士は全部出て行ってしまったのか。しかしそうだとしても、第二次攻撃があってもおかしくないはずだ。

「こっちだ」

 唐突に妖精王はクルリと向き直り、マシンゾーンの奥へと進みだした。

 妖精たちが鳥の群れのようにいっせいに反応して、妖精王のあとにつづく。

「よし、行こう」

 と恩地少尉。

「妖精王は、なにをすればいいかわかっているようだからな」

 五人が妖精王のあとを追った。

 しかしここは敵の真っただ中だ。どこから敵が襲いかかってくるかわからない。しかもどんな攻撃をしてくるのかわからないのだから、一層不安だ。

 広いマシンゾーンの内部空間。奥へ行くほど次第に狭くなっていく。巨大な妖精王が窮屈だ。

 このままでは進めなくなるだろう。が、そんな心配は無用だった。突然妖精王は光りだした。光に包まれた妖精王は、急速に縮みだし、最後には小さな光の球となった。妖精王の大変身である。

 呆気にとられる人間たちだったが、すぐになるほどと、これぐらいのことには驚かなくなっていた。妖精王ならべつに不思議でもないだろう。

 妖精たちも何事もなかったかのようだ。

 さらに進み、通路は(通路といっていいのだろうか)さらに狭まったり広くなったりと忙しい。さながら迷路だ。しかも立体的になっているから、なお複雑だ。そして明るくなったり暗くなったりと、どこからなにが現われるのか、まるでお化け屋敷のようである。

「新手が来たぞ!」

 突然、恩地少尉が叫んだ。さすがに戦場に慣れている。敵の発見が早い。常に周囲に注意を向けているのだ。

「後ろからだ!」

 恩地少尉の声に、全員が後方を見る。

 夏葵と夏毅は飛行具を反転させ、すかさずバリアを張った。攻撃からまず身を守ろうという反応だった。

 ピクシーとブラウニーが迎撃態勢。小さな体は決して戦闘的にはできておらず、人間を惑わす魔法を得意としていた。それがマシンゾーンの住人に通用するのかどうか――。

 暗がりの中から接近してくるものが見えた。

 夏毅は目を細めた。

 暗くても、妖精たちにはよく見えているのなら、先に応戦するはずだったが……。

「きゃあ!」

 夏葵が叫んだ。

 見えた。壁面を這いながら接近してくる影。昆虫の集団のようだった。

「気持ちわりぃ……」

 ゾロゾロと音がする。床だけじゃなく、どうやってはりついているのかわからないが、壁や天井にもそのマシンがいる。そのさまは、まるで――。

「ゴキブリだな、あれは」

 夏毅はつぶやいた。

 しかも、一匹でもいやなのに、これだけ大量にしかも巨大なゴキブリ(のようなもの)を見ると、気持ち悪いどころではなかった。これ以上醜悪なものを、これから生涯見ることがあるだろうかと思うほどだった。

 メカゴキブリが攻撃をしかけてくる前に、妖精たちが集団で魔法を放射した。

 いっせいにこっちへ向かってきていたメカゴキブリが突如乱れだした。酔っ払ったかのようにバラバラに動き、たちまち混乱に陥った。成功だ。たぶんメカゴキブリは魔法で幻覚でも見ているのだろう。機械が幻覚を見るというのはシュールな想像だったが。

 光の球になった妖精王が、パニック状態のゴキブリの集団に向かっていく。

 まさかとは思うが、転送装置の場所を訊くつもりなのか――あのゴキブリに?

 見守っていると、妖精王はてんで勝手に動き回っているゴキブリの上をウロウロと飛行した。やはり訊いているのか。でもあれでちゃんとした情報が得られるとは思えない……。

「妖精王は、あれで装置のありかを訊いてるのかな……」

 夏葵がつぶやいている。

「たぶん、そうだと思う」

 夏毅が応じた。

「でも……あんなゴキブリがなにを知ってるというの……」

「さぁね……。大したことはわからないかもな……。でも……」

「妖精王に任せるしかない……」

「そういうこと」

 あきらめたように肩をすくめる。

 妖精王が戻ってきた。五人がそれぞれの飛行具をよせて集まる。

「転送装置のある場所がわかった。そこへ向かう。急ぐぞ」

「あれでわかったのか!」

 ルイスが信じられないと、目を丸くした。

「どうやって訊いたんだ」

「魔法でしゃべらせた」

 なんでもないことのように、妖精王はさりげなくこたえる。妖精王にとっては、どんなに奇異に見えることでも造作ないのだ。

「ついて来い。まだ遠いぞ。マシンゾーンも、いよいよ強力に我々を排除しようとするだろう」

 マシンゾーンにとってみれば、妖精や人間は体内に入りこんだバイキンだ。白血球がよってたかってつぶしにかかるというわけである。ぐずぐすしていたら、次々と敵が襲いかかってくる。

「わかった」

 恩地少尉はうなずいた。妖精王のこたえで納得できたわけではなかったが、時間がもったいない。妖精王の力の一部でも、その正体が明らかになったら、元の世界でそれを活用することができるかもしれないとの下心がうずいた。

 目的地がわかれば、あとはまっしぐらにそこへ急ぐのみ。具体的にどれぐらい離れているのか、どれだけ時間がかかるのかは、さっぱりわからなかったが、とにかく進むしかない。

 マシンゾーンの攻撃は突然だった。壁が動きだした。複雑な凹凸をもつ壁が、まるで生きているかのように迫ってきたかと思うと、あっという間に行く手をふさがれた。今度はどういう攻撃をしてくる?

 緊張が高まる。今のところ妖精側に大きな損害は出ていないからといって油断はできない。

 妖精王が壁に向かって魔法を放った。だが壁に変化はない。もう一度。破壊されない。時間がかかりそうだった。

 後ろを振り返る。マシンゾーンは侵入者の逃げ道を断ってから攻撃をするつもりかもしれない。

 恩地少尉が、攻撃に備えて魔法で武器を合成した。使い慣れたサブマシンガンが最も有効な武器だった。イメージのしにくい超兵器よりは、たとえ魔法という得体の知れない力で作り出しても安心はできる。

 夏毅も何か武器が必要だと、イメージを頭に思い描いた。バリアを張るだけでは不足だ。

 手に銃が実体化した。拳銃だった。使い慣れているとはいいがたいが、何度か手に持ったことはある。その経験にすがった。決して強力な武器ではないが、強力な武器といえば扱いに困っておそらく使えないだろうと予想した。

 強力な武器といえば、あとは光線銃ぐらいしか思いつかない。スターウォーズではあるまいし、それじゃあまりに現実感が薄い。

 夏葵はなにを魔法で出すのだろうかと見ると、光線銃を出していた。

「そんなもので、だいじょうぶかよ」

 まさかホントにそう来るとはと、夏毅は苦笑した。

 夏葵はチラリと夏毅を見た。

「そんなこと言ったって、なにも思いつかないもん。こんなものでも、なんとかなるでしょ」

 バチバチッ!

 そのとき、電撃殺虫器のような音がした。まわりにいる妖精たちが次々と、まるで虫けらのように黒焦げになって落ちていく。

「なんだ?」

 夏毅はあわてた。

 まだ敵の姿は見えないにもかかわらず、こんな攻撃に出てくるとはと、マシンゾーンの未知の攻撃力に驚き、警戒した。敵が見えないのでは応戦できない。

 妖精たちが戸惑っている。キョロキョロと落ち着かず、キーキーとわめいている。

 恩地少尉がサブマシンガンを撃った。発射音が反響する。

「どこにいるんだ?」

 夏毅にはまだ敵が見えない。弾丸が飛んでいく方向を目で追った。

 ――いた!

 まわりの壁の凹凸にまぎれていたが、よく見れば動くものの存在がわかった。さっきのゴキブリとは、かなりちがう。ずっと大きいのが単独で接近してきた。熱帯にすむ大型カブトムシを連想させた。

 あれが電撃攻撃をしているやつか……。

 確認できると、すぐにルイス、マリイも敵に弾丸をたたきこんだ。魔法のマシンガンは無限弾倉。威力がどれだけ高いかは、魔法の力によるところだろうが、連続して命中させれば、たぶん倒せるだろう。

 夏毅は狙いをつけ、発砲。はずれた。魔法だからといって命中率が上がるわけではないらしい。弾丸をコントロールできればいいのだが、それも魔法力の大小によるのかどうかまではわからない。たとえ命中してもそれほど効果はないかもしれない。拳銃の殺傷力もイメージできればいいのだが……。

 そんなことを考えながらも、夏毅は敵に向かって銃を撃ち続けた。

 夏葵が光線銃を撃った。光の条が、薄暗い空間に輝く。敵の体に一直線。

 もだえる敵。どうやらきいている。

 人間たちの集中攻撃で、敵の電撃攻撃がやんだ。

 そんななか、妖精たちはあいかわらず右往左往しているだけで、敵になんらかの攻撃を与えようとはしなかった。

 どうやら妖精にはカブトムシが見えないらしい。マシンゾーンの究極の兵器だ。これを出されてしまっては、とても妖精側に勝ち目はないだろう。

「くそっ! なんとかこいつを倒さないと!」

 夏毅はなにかもっと強力な武器を考えたが、そう簡単には思い浮かばない。

「なにやってんの。ピストルなんかじゃなく、もっと強力なものを出してよ」

 夏葵の光線銃が、ブラスター砲に変化していた。まったく、まるで考えていることが筒抜けのようだ。

「今やろうとしていたところだよ!」

 夏毅は頭を回転させて、武器をひねり出した。

 バズーカ砲。でもなんかデザインが変である。本物をちゃんと見たことがなかった。前の世界でレジスタンスにいたときに本物を見たが、そのときはそんな危ないものをじっと観察しているような根性がなかった。

「これでだいじょうぶかな……?」

 不安が一瞬よぎったが、夏葵は平気でブラスターなんかを使っている。どうにかなるだろう。

「妖精王!」

 恩地少尉が呼んだ。

 光球の姿の妖精王は、恩地少尉の飛行具へ接近する。

「なにか?」

「妖精王にもあれが見えないのか」

 恩地少尉は言いながらも、マシンガンを撃つのをやめない。

「我々妖精には見えない敵がいるようだ」

「こんな敵ばっかりが出てきたら、おれたちだけじゃ、手に負えないぜ」

「マシンゾーンは、さまざまな方法で我々を排除しようとするだろう。その中で有効だと思われる手段で攻撃しくるから、たとえ妖精に見えない機械が襲ってきても、おまえたち人間が反撃してくれるから対応できる。それに同じ種類の機械は大量には存在しない。一度に襲ってくることはない。我々にはじゅうぶんに勝機はある」

「でなきゃ、困る」

 マシンガンで撃たれ体が穴だらけになって、敵は沈黙した。

「よし、なんとか倒せたようだな。――妖精王、見えない敵はやっつけたぞ。先を急ごう。壁はどうなった?」

「まだ破れない。いま、総出で壁を破壊しているところだ」

「おれたちも手伝おう。前進できなければ、元の世界に帰れないんだからな」

 恩地少尉は仲間を振り返る。

「壁を壊しにいくぞ!」



 総出でとりかかったおかげで強固な壁がやっと消滅した。妖精の一団は前進を再開する。

 マシンゾーンに突入して、どれくらいの距離を進んだだろう。目的の場所にはまだたどりつけない。いったい今、自分たちがマシンゾーンのどこらあたりにいるのか見当もつかない。右や左、上や下へ移動して、ちゃんと外へ出られるのかと夏葵は不安になってくる。

 異世界の者たちは、このまま進んでも転送装置に使って帰還するけれども、夏葵はそうはいかない。夏葵の存在すべき世界は異世界ではなく、妖精界のとなりにある物理界だ。

 帰りも当然のことながらマシンゾーンは攻撃をしかけてくるだろう。しかも味方の妖精たちはマシンゾーンとの戦闘で消耗しているはずだから、無事に外へ出られるかどうかを思うと、どうも安心できない。

 誰かのせいだと言いたかったが、愚痴にしかならないから黙っている。

 でもそんな心配も、とにかく転送装置にたどりついてからのことだ。そこへたどり着く途中で命つきれば、それまでだ。

 マシンゾーンは次から次へと波状攻撃をかけてくる。様々な防衛機能をどうにかクリアしていったが、魔法も体力がいるということがはじめてわかった。こんな調子でいったら、最後にはへとへとになってしまう。

 妖精の姿に偽装したマシンゾーンの兵士を魔法で退治すると、夏葵は大きく息をついた。

「まだ着かないのっ?」

 もう、いいかげんにしてほしい。転送装置に着く前にダウンしそう。

「マシンゾーンは広大だ。転送装置のある場所に行くには時間がかかる。だが、もう間もなくだろう」

「ホントだろうな……」

 疑い深そうに、つぶやく夏葵。

「おい、見ろよ!」

 夏毅が突然叫んだ。

 振り向くと、指さす行く手に明るく光る出口が開いていた。

「どうやら、目的地に着いたようだ」

 妖精王が言った。

 全員の表情が明るくなった。

「やっと帰れるのね……」

 マリイがつぶやいている。

 なんとか転送装置にたどり着けたようだ。これで帰還できる。

 この巨大な通路の向こうに、さらに広大な空間があると、妖精王。そこに転送装置があるのか――。

 異世界人たちは飛行具を急加速させた。


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