第13章 王宮
眼下にも、いつの間にかあの白い泡が広がっていた。
それは今にも並行宇宙転換装置を建物ごと飲み込もうとしていた。バチバチと音をたて、稲光を発しながら拡大していくさまが、二〇〇メートル上空からでもよく見えた。
「あれが、異変か……」
紙野夏毅はつぶやいた。あれがこの世を覆いつくすのだろうか。妖精界にとどまらず夏葵の物理界までも……?
「王宮はもうすぐだ」
ブラウニーは夏毅の疑問にはこたえない。
「元の世界へ戻すと言ったが、もしもこのままおれたちがこの世界にいつづけたらどうなるんだ?」
今度は恩地少尉が訊いた。意地悪な質問だった。
ブラウニーが頭を向けた。ギョロリとした瞳が不気味だった。
「妖精界は消えてなくなる。そのあとはなにが出現するかはわからぬ」
意外にも妖精は無視せず返答した。
「おれたちのせいなのか?」
「そうだ。おまえらの存在そのものが、悪なのだ」
「悪だと……」
恩地少尉は一瞬ムッとして、顔をしかめたが、なるほどそうかもしれないと思い直した。
異世界の人間は、いってみれば「異物」だ。それが禍をもたらすというのなら、彼らにとってみれば「悪」だろう。
政府軍がおこなってきた異世界の研究は、しかし元はといえば、あの装置が妖精界から転移してきたからなのだろう。
異変の元凶はあの装置の存在だ。あの装置さえなければ、異物も存在しなかったはずである。なぜあんなものが存在しているのか――。
眼下の景色は、不気味な白い泡から鬱蒼とした森林に変わっていた。いかにも妖精界といった、人工的なもののカケラも見えない。地平線までつづく森。紀伊山地のなかとは思えないほど広い。人間の常識の通用しない世界であると、このことからも明らかだった。
異世界人を元の世界に帰すと簡単に言ったが、はたしてそう簡単にできるのだろうか……。ブラウニーの言葉の裏には、なにか別の意図があるような……。
どれくらい飛んだだろうか。ふと気がつくと、人工建造物らしきものが森林地帯の一角に見えている。表面に金属光沢があり、日の光を反射してきらめく。
森の中に突然存在しているといった感じだった。かなり大きい建造物だ。まるで山が一つ、まるごと人工物といった巨大さである。
そこへ降下していく。
どうやら王宮に到着したようだ。
降下していくにつれて、その巨大さが実感できた。これほど巨大な建造物を今まで見たことがなかった。現代建築の粋を結集して国家予算ほどの巨費を投じるか、それとも太古の王が一国の国民ほどの数の奴隷を使って何十年もかけるかしても、人間に果たしてこれだけのものを造れるかかどうかとさえ思えた。妖精王の強力な魔法を使ったのかもしれない。
妖精界ではじめて見た砦と同じようなデザインだった。人工物とはいえ、転換装置同様、人間が造った感じがしない。機能的にこうなった、という外見ではなく、無秩序に増設を重ねてできたという印象。
曲線を数多く用い、きっと内部も階層がぐちゃぐちゃで、入ると頭が混乱するような構造だろう。
巨大な王宮の前には巨大な広場があった。そこへ、一団は着地する。
ブラウニーが手を放した。
五人が地上に立つ。
夏毅がつまずいて倒れかけた。地面に手をついて、気がついた。土の地面じゃない。石が敷きつめてあるのだ。ここが王宮だからか……。
見上げるほどの高さの建造物は左右に遠くまでつづき、まさしく山のごとく立ちはだかっていた。改めて見ると、その壁にはまっ平らなところはどこにもなく、全体を凹凸が覆っていた。しかも原色に近い色で乱雑に塗りたくられて、さまざまな色のペンキをぶちまけたかのよう。これほど周囲の自然と不似合いな建物もないだろう。
その壁に巨大な扉があった。ビルの四階ぐらいの高さがあり、ロケットの格納庫のようだ。たぶん左右に開く金属製の扉。もしこれが本当に扉だとしたら、よほど大きな妖精がいるのだろう。それこそロケットのような。それは王宮を守る警備兵かもしれない。
五人ともがその巨大な扉を見上げていた。
「妖精王ってのは、どんなやつなのか知ってるか?」
ふいに、恩地少尉が夏葵に訊いてきた。
「えっ?」
呆けたように王宮を見上げていた紙野夏葵はハッとして振り向いて、
「さぁ……。あたしだって初めてこんなところに来たから。なにがいるのか、わからないです」
あまりに知らないことだらけで、申し訳ない気持ちの夏葵だった。
「あのでかい扉から中へ入るってのかな?」
つぶやくように阿川ルイスが言った。
すると、それが聞こえたかのように扉が左右に開きはじめた。外側にゆっくりと、重そうな音を発しながら。これだけ大きな物体が動くと、さすがに迫力がある。
扉の下部には巨大な車輪がいくつもあり、おそらく相当な重量があるだろう扉を支えていた。広場に石が敷きつめてあったのはこのためだったのだ。
扉は自動ではなかった。あけたのは、見上げるほどの巨人だった。四メートルぐらいの背丈の妖精。毛むくじゃらで、猿のようだった。雪男だといったら通用しそうだった。この王宮の門番だろう。こいつは特に魔力を使わなくても強そうだった。扉をあけきると、直立不動で使者を迎える。全然動かないが、見下ろしている視線だけでもけっこう威圧感がある。
扉の向こうは広間になっており、ざっと百メートルほど先に大きな壁があった。
「中へ入るぞ」
ブラウニーが、五人の人間をうながした。そのあとからゴブリンたちがぞろぞろと、なにか意味不明の妖精の言葉をしゃべりながら入っていく。
ここにいる妖精王が、異世界人を元の世界へ戻してくれる……。本当にそれが可能なら、まさに希望の光だ。
しかし、急に態度を変えたのはなぜだろうか……。いけにえにささげるのと元の世界へ帰すのとは、ずい分とちがう扱いではないか――。
この世界が滅びようとしていることが、どうして妖精にわかったのか。そして、それを防ぐにはどうしたらいいのかということをどうやって知ったのか。さらに、その方法が変更されたということ……。
解決されない謎が増えていく一方だった。
やがて、広場をわたりきった。
つきあたりにも、両開きの扉。この扉の向こうが王宮なのか――。
妖精王の王宮。妖精界にこんな場所があるとは、夏葵は全然知らなかった。妖精界には妖精王が存在していることは知っていたが、まさかこんな建物があるとは……。
王宮の扉はここも巨大だった。さっきの扉と同じぐらい。
ブラウニーがそれをあけて、中に入った。
回廊がのびていた。目がくらむほどの高い天井は、きっと背の高い妖精のため。窓らしいものや照明らしきものもないのに、ほんのりと明るい。それに奇妙奇天烈な装飾……。あまりに強烈な印象で、慣れるのに時間がかかりそう……。エッシャーのだまし絵のような感じがしないでもない。
五人とも声を失ってしまっていた。
妖精界という、人間の世界とは異なる次元の場所には、ただただ圧倒されるしかない。
ただ、夏葵だけは他の者と違った意識だった。妖精界へ行ったことのある人間などいない。そうとなれば、帰ったら一躍時の人となるのではないか――。そんな想像もしてしまっていた。
先頭を行くブラウニー。五人の人間のあとにゴブリンがついてくる。周囲にはそれ以外に動くものはない。これだけ巨大な王宮なのに、なぜ誰もいないのか。王以外に住む者はいないのか。それともあまりに大きいために、人口密度が低いのか……。ますます深まる謎。
長い回廊だった。王宮に入ってから三分はすぎていた。王はどこにいるのだろう。そして、どんな姿をしているのだろうか……。
――妖精王。この妖精界を統べる者……。
「妖精王って、どんな姿をしてるんだろうな」
夏葵の思考を見すかしたかのように、夏毅がつぶやいた。同じことを考えていたのだ。
「きっとウルトラマンのような巨人よ」
マリイが茶化すように言った。
「ビルの四階ぐらいありそうだからね」
夏葵が聞いたことのある〝妖精王〟とは、これといった特徴はあるようでないような……とぼんやりしたものだった。
王がいるということは、すなわち国家があるということだが、人間世界でいう国家とは、たぶんずい分ちがうものだろう。
行き止まり。回廊の終着地点に着いた。
ブラウニーが振り返った。
「王の御前である。全員、そこで待て」
そう言ったものの、そこに妖精王らしきものの姿はない。それどころか一匹のパックもいない。
部屋の壁を見るが、おなじみのヘンテコリンな模様しかない。
「妖精王って、どこにいるんだよ?」
たまらずルイスが言った。
ブラウニーはそれにはこたえず、クルリと背中を向けた。そして上の方を見上げ、
「われらの世界を守るものよ。あまたの精に平定をもたらすものよ。絶対にして唯一のものよ。妖精王、われらの前に……」
なんだか仰々しいことを言った。すると、
「よく来た、我が子よ」
ずっしりとした重低音が天井の方から降ってきた。内臓まで響いた。
五人全員が声のする方向を見る。
「いっ……!」
そして全員が息をのんだ。
妖精王は、たしかにこの部屋にいたのだ。ただその姿が誰もが想像していなかったものだったから気がつかなかったのだ。
まるで――大仏のようにそびえている。
これが、妖精王……。
身長は四階建のビルほどあった。巨大な妖精だ。足から体にかけて、部屋の奇妙な模様にまぎれていたが、椅子から立ち上がって動きだすとその容姿が明確になった。
妖精王は、妖精に多い緑色の服を着ていたが、ピクシーよりもずっと複雑で、王宮のデザインのように曲がりくねった模様がつけられていた。
顔は人間の男にそっくりだった。金髪が部屋の明かりに輝く。
驚異だった。この妖精界では見るものすべてが驚きだったが、この妖精王もまた驚くべき存在だった。
「異世界人を連れてきました」
そんな人間たちの反応を無視してブラウニーは言った。
「ご苦労だった。下がってよい」
妖精王は五人の異世界人を見下ろした。
ブラウニーが言われたとおりにすみやかに退室する。
夏毅の脳裏に「いけにえ」という言葉が甦った。最初は異世界人をいけにえとして妖精王に捧げるはずだった。ということは、妖精王はおれたちを食べるのだ。なるほど、これだけ大きければそんなイメージがある。
妖精はなにを考えているのかはわからない。それは妖精王とて同じで、だから急に気がかわって、人間に食欲を感じて食べようとするんじゃないかと夏毅は恐怖を感じた。
「おまえたちが異世界人か。ようこそ我が王宮へ」
妖精王の声に威厳を感じるのは、その姿のせいだけではない気がした。全身から発せられる気が王の存在感をかもしだしていた。
「おまえたちのせいで妖精界に異変が起きている。これをこのまま放置すれば、この世は滅ぶだろう。妖精界を正常に戻すため、おまえたちを元の世界へ戻す」
五人全員が黙ってその王の言葉を聞いていた。元の世界へ戻るということが、いよいよ現実のものとなる――。たとえどのようなテクノロジーが介在していようとも、魔法を使おうとも、今はそれに頼るしかない。
「ちょいと待ちな」
そのとき、恩地少尉が口をはさんだ。
「元の世界へ戻してくれるのはありがたいが、その前に聞いておきたいことがある」
妖精王が恩地少尉を見た。射るような視線だった。だがその迫力に気圧されることなく、恩地少尉は言った。
「おれたちを、最初はいけにえにするつもりだったのが、どうして急に変更になったんだ? おれたちがここにつれてこられたのは妖精界を救うためらしいが、どうもどうなっているのかはっきりわからん。いったいなにが起こっているんだ。妖精王ならちゃんとした説明できるだろう。こたえてもらえるかい?」
それは他の四人ともが思っていたことだった。妖精どもはどいつもこいつもまともな話をしない。ここに来れば、妖精王に聞けば、今この妖精界でなにが起こっているのかがはっきりすると期待した。
「……よろしい。知りたいというなら話そう」妖精王は人間たちをじっくりと見つめた。
「余の治める妖精界に起こるすべてのことがらを、余は感じ取れる。そなたらが妖精界へ来たことも瞬時にわかった。
ところが、その後に起きた異変は、感じられこそすれ、その正体がわからなかった。ただ、それが妖精界を滅ぼすものであるということは、直感的に知れた。
妖精界では、天変地異を静めるためには妖精王にいけにえを捧げるというのが習慣となっていた。異変の原因は、異世界から来たそなたらであると余は判断したため、いけにえはそなたたちとした。ゆえに、そなたらを余のいけにえとなるのがが通例であるし、妖精たちもその認識でいた」
「ちょっと待ってよ!」
声を荒げたのは夏葵だった。
「それならあたしは関係ないでしょ!」
妖精王の言う理由なら、夏葵が誘拐されたのは理不尽極まる仕打ちである。
妖精王はじろりと夏葵に一瞥をくれると、
「いけにえに捧げられる、すべての異世界人を集めよと妖精どもに命じた結果、妖精界の外側にも、異世界人が転移してきていた。それで捕えたのであるが、そなたは、転移した異世界人ではないのか?」
「正真正銘、この世界の人間です」
「ならば、なぜ、そなたはそこの異世界人と同じ性質を持つ?」
妖精王は夏毅を指差した。でかい手だった。
夏葵は言葉に詰まった。
「それは……」
と言ったきり声が出ない。なぜと訊かれても理由などわからない。
「すまんな」
夏毅がこそっと謝った。
「同じ人間で」
つまり、夏毅と同じ性質を持つ夏葵を、夏毅と間違えて誘拐してしまったのである。妖精には区別がつかなかった。怒りをどこにぶつけてよいかわからず、拳を握りしめた。
妖精王は、黙った夏葵にかまわず続けた。
「ところが、事態はそう単純なものではなかったのだ。異変を感じ続けていた余は、次第に異変の性質も知ることになった。余の魔力をどんなに高めても、この異変は静められないとわかったのだ。
異変の原因を排除しなければならない。それも完全な形で。
異世界人を元の世界へ戻すことになったのは、そんな理由からだった」
「いまひとつ、わからんな……」
恩地少尉が正直な感想を漏らした。王といえど、妖精は説明が下手なようである。これ以上説明を求めても期待しているようなことは聞けないだろうと、これで納得することにした。
恩地少尉の感想を気にすることなく、妖精王は言った。
「事態は急を要する。できるだけ早くしなければならない。妖精界を救うため、そなたらを元の世界へ戻すために、余らともにマシンゾーンへ行く。よいな」
「…………」
よいな、と言われても、「承諾できない」とはいえなかった。
「急いでいるというのなら、すぐに元の世界へ戻してもらいたいものだな」
ルイスが口を開いた。
「マシンゾーンへ行くって? なんだそれ?」
「マシンゾーンに行かなければ、おまえたちを元の世界へ戻すことはできない。覚悟せよ。マシンゾーンは危険だ」
「なんだと?」と恩地少尉。
ルイスもマリイも、そして夏毅も夏葵も妖精王の言葉に驚いていた。危険だ、という言葉に反応して。
「ここですぐに元の世界に戻してくれるんじゃないのか?」
と、夏毅は不服を訴える。
「危険って、どういうことなの?」
マリイも心配のあまり訊いた。それがもっとも気になることだった。妖精がはびこる世界にあって、妖精王に危険と言わしめる存在が想像できなかった。
王宮から移動しなければならないようだが、それはそれほど深刻なことではなかった。これまであっちこっちに移動したし、妖精に空を連れ回された。だからこれからどこかへ行かなければならないとしても、あまり苦にはならない。しかし危険が伴うとなれば話はべつだ。危険は、妖精界に来たときから常につきまとっていた。それをどうにかくぐり抜けてこられたのは、単に運がよかっただけだろう。その運がこれからも続くという保証はどこにもないわけである。なるべくならリスクを避けたいところだった。
妖精王は余らとともに、と言った。それでもまだ危険だということは、相当危険であるといえた。
「マシンゾーンは異質なところだ。妖精界にあって余らとは違う存在が支配する。攻撃隊を破り、マシンゾーン内部の装置にたどりつかなければならない。失敗すればこの世は滅びる」
「なんだって?」
夏毅は叫んだ。
「そりゃ、どういうことだよ」
「どうやら、大きな試練が待っているようだな」
うなずいて、恩地少尉が落ちついた口調で言った。
「そんなのんきな話かよ」
ルイスが恩地少尉に真面目な顔を向けた。冗談を言っている場合ではなかった。
マリイが確認するように、ルイスに言った。
「攻撃される、って言ってたよね。マシンゾーンかなんか知らないけれど、妖精王が危険だというからには、たたごとじゃないわ」
マシンゾーン――機械地帯。その語は、魔法の支配する妖精界に似合わない。それと戦うことになるという。いったいどんな戦いなるのだろう。
恩地少尉は肩をすくめ、傍らのルイスとマリイを見る。
「ここで議論していても始まらん。それに戦闘となれば、おれたちの出番じゃないか。妖精界へ跳ばされる前はおれたちはそれをやってきていたし、元の世界へ帰っても、我々を待っているのは、その戦争だぞ」
「元の世界へ帰っても、できればあんたとは戦いたくない――と、おれは感じてるよ」
ルイスは、恩地少尉に親近感を持ち始めていた。いっしょに危機をくぐりぬけてきた者同士だと。
「でもこっちにはろくな武器もないのよ。弾丸だって残り少ない」
マリイは不安を口にした。戦うというなら、勝つ見込みが欲しかった。
「その心配はないだろう。妖精王がおれたちの手持ちの武器をアテにするわけがない。ここは妖精の力にすがって戦おうじゃないか」
恩地少尉には、自分が戦闘のプロであるという自負があった。それに、ここで戦わなければ明日はない。戦いを避けて生き残れても、世界が消滅すればなんにもならない。
「そりゃ、たしかにそうだろうけど……」
つぶやいた夏毅は、未知なる戦いに不安を覚えずにはいられない。
「マシンゾーンって、いったいどんなところなんだ?」
マシンゾーン。機械ばかりの地帯で、機械が生命体のように存在しているのだろうか……。
想像すらできない。
夏葵は肩をすくめた。
「あたしは知らない。マシンゾーンなんて初めて聞いたわ。でも想像するような機械地帯だとしたら、へんだよ。だって、妖精界が物理界の人間と接触を断ったのは産業革命のはるか前だから、妖精界に機械があるわけないんだけど……」
「接触がないのは人間にとってだけで、案外、妖精はこっそり物理界に入って人間の様子をうかがっていたのかもしれないな」
「あたしも今そう思った」
「それか、マシンゾーンは、妖精とはちがうものが創りだしたものか……」
「とすると、もっと理解不能なものなのかな。魔法なんかよりもっと怖いかも」
「戦いには慣れてるんじゃなかったの?」
やたらと分析する夏毅を茶化した。
「だからって、戦闘が平気だとは言ってないよ。おれは兵隊じゃないんだ。命をかけるんなら、ビビッて当たり前だ」
「でも、やらなきゃなんない。あたしは関係ないけど」
「おい、まてよ。なんで関係ないんだよ」
「だって、あたしは異世界人じゃないもん。マシンゾーンかなんか知らないけど、あたしは異世界に戻るわけじゃないから、行く必要ないじゃん」
「ええ……? そうかな。だったら、なんで妖精は王宮にきみまで連れてきたんだ。きみもやっぱりマシンゾーンに行かなきゃなんないんじゃないか……?」
「ええ?」
夏葵は考えをめぐらせる。
夏葵が異世界人ではないことを伝えても、妖精王はそれほど関心を示さなかった。それはこの件について、夏葵はどうでもよい存在だったからだろう。が、放置されても夏葵としては困るのである。
「ともかく、妖精王に訊いてみれば?」
夏毅はチラリと巨大な妖精王を見た。
「あたしも今、そう思ったよ」
夏葵も妖精王を見上げた。
妖精王はさっきからじっと人間たちの会話を聴いていた。きっと返事を待っているのだろう。
よ、よし……。と気合を入れて、
「妖精王」と夏葵は言った。
妖精王の巨大な顔にあるギョロリとした瞳が、夏葵を射るように見つめる。じっと見つめ返していると、吸いこまれそうだ。
「あたしは異世界人じゃなくて、物理界から連れてこられたの。だから異世界に戻るんじゃない。それでもマシンゾーンへ行かなきゃならないの?」
妖精王の目玉がグルグルと動いた。
「そなたは異世界人を呼んだ。異世界人を元の世界へ戻すには、そなたの力が必要だ。もちろんここにいる人間は、すべてマシンゾーンへ行かなければならない」
ああ、やっぱり……。
そうじゃないかな、と思っていたが、それがはっきりすると夏葵はガックリした。ここまで来たら一蓮托生。いっしょに行くしかないということかと、あきらめた。
「もう、よいかな? では、出発するとしよう」
妖精王が動いた。
「ちぇっ、休憩なしかよ」
ルイスがボソッとつぶやいた。
全員、できれば休憩したいのが本音だった。
妖精王がどうやって外に出るのかと思っていたら、そのまま扉へ歩いていく。のっしのっしと、大迫力で動く足。まるで雲の上の巨人の館に忍びこんだジャックのような気分だった。
しかしいくら大きな扉とはいえ、妖精王はそれよりさらに大きい。体を縮めて通れたとしても、王宮の外へ出るまでには長い長い通路があったはずだ。ちょっと無理なんじゃないか? でも出られないわけはないだろうから、どうにかするんだろう。
と――。
妖精王が近づくと、扉が自動的に開いた。そしてさらに――。
框が変形した。蛇が大きな獲物の飲みこむときのように、ぐっと拡がったのだ。そして、その拡がったところを巨大な妖精王が通りぬける。
通路に出た。
「おれたちも行くぞ」
ぼんやりと、あるいは圧倒されてその光景を見ていると、恩地少尉が言った。
「主役は、おれたちなんだからな」
さっさと妖精王のあとについていく恩地少尉。さらにそのあとから、ルイス、マリイの二人のレジスタンス。そして夏葵、夏毅がつづいて部屋を出た。
通路にそびえる妖精王。天井につかえてしまいそうなほど高い。でもどうやって王宮の外へ出るのだろうか。これではシロアリの巣の中にいる女王アリのようだ。あまりに巨大になりすぎて、もはや自由に動くことさえままならない。
妖精王に踏みつぶされないように少し距離をとって、五人が通路で集まる。
どこから発するのかわからない不思議な、しかし柔らかい照明に照らされた明るい通路に、突然強烈な光が差しこんできた。強烈なライトのようだがそうではない、太陽光だ。
天井が開いていく。音もなく、ドームが開くようにゆっくりと。
「こりゃ、すごいな……」
恩地少尉がつぶやいた。
やがて円形の開口部ができあがった。太陽の光が明るく通路を照らす。壁の奇妙な装飾がその光によって、またちがった模様に見えた。芸術のようにも見えるが、芸術といっていいのだろうか。
下から見上げると、まるで大型ミサイルのサイロのようだった。
どうやら天井の穴から妖精王は外へ出るつもりらしい。ということは、飛ぶのか?
スウ、と妖精王の体が浮いた。そのまま上昇していく。
「メカゴジラが発進するようだな」
と夏毅は思った。
妖精王が外へ出た。
あっけにとられて見ていると、さっきのブラウニーが来た。
「われわれも行くぞ」
腕を振る。手の先に木の葉を持っている。魔法の木の葉だ。
五人の体が宙に浮かぶ。ブラウニーの動きに合わせて上昇していく。なにもない空間に浮かんでいるのは不安定でこころもとない。
遊体離脱のような感じかな、と夏毅は思った。幽霊になったらこんな感じになるのかな……と思い、いやな想像をしてしまったと内心苦笑した。
「死んでたまるかよ」
「なんか言った?」と夏葵。
「べつに――」
王宮の外へ出ると、青空が広がっていた。どこまでも澄みきって、どこに異変があるのかと思えるぐらいに。
そして大勢の妖精たち。空中や王宮の上にいろんな種類の妖精がいた。まさしく魑魅魍魎の図だ。
今までに見たゴブリンやピクシー、ブラウニー、その他、夏葵にはわかったが、緑色の服を来た女形妖精グルアガッハ、馬に変身したダニー、戦いの得意なディーナ・シー、毛むくじゃらのボーギーなど。さらに名前のわからない妖精も数多くいた。
まさしく妖精の大軍団だ。こんな大勢で殴り込みに行くということは、マシンゾーンというのは相当手強いといえるだろう。
「おまえたちに力を与えよう」
妖精王のよく響く声。
「普通の人間では、マシンゾーンにはとても入れない」
王の魔法力は、たぶん妖精界一だ。およそかなわないものはないだろう。
その妖精王が五人の人間に、魔法をかけた。
途端、体が急に楽になった。空腹感や疲労感、宙に浮いているという違和感、その他体じゅうの不快感がスッキリ消えた。これほど爽快な気分になったのは生まれて初めてのような気がした。体にいいことを全部やったらこんな感じになるのだろうかと思えるほど。それとも、肉体の呪縛から逃れた幽霊のように……。
「それと、これを使え」
さらに少し大きめのスケートボードぐらいの大きさの乗用具が出現した。五人にそれぞれ一台ずつ。飛行機? にしては、極端に短い主翼は、航空力学的に絶対飛ばないような形だし、むきだしのコクピットには操縦装置らしきものもない。常識では考えられないような設計だ。メカニックな外見ではないので、機械というより装具だった。
ひょっとしたら昔のSFアニメになら出てくるかもしれない。
「なんだい、こいつは?」
全員の意見を代表するかのように、ルイスが訊いた。
「その乗り物で、マシンゾーンに突入するのだ」
と妖精王はこたえた。
「自分の思ったとおりに動くから、心配するな」
「でもかえって操縦が難しいんじゃないか。気をぬいたら落ちちゃうとか……」
夏毅がつぶやいた。
「絶対に落ちない。おまえたちを死なせるわけにはいかないからな」と妖精王。
「マシンゾーンって、いったいどんなところなの?」
夏葵が何度も口にしていたが、まだこたえてもらっていない質問をした。
「あたしはぜんぜん聞いたことがないんだけど」
「マシンゾーンは、妖精にもわからないものだ。大昔に妖精界の一部に出現した。そこには妖精の魔法よりももっと強力な力が存在している。マシンゾーンがなにを考えているのかはわからないが、妖精界全体を支配するつもりはないらしい。ただそこに忽然と存在しているだけのようだ。妖精には関心がないのかもしれない。マシンゾーンの魔力を使うためにはマシンゾーンの防衛網を突破しなければならない。そのために、これだけの大部隊が必要なのだ」
なるほど、だからマシンゾーンの存在を誰も知らなかったんだ……と夏葵は納得した。けど……ということは、あたしたちには想像もできないようなヘンテコリンな機械があるってことか……。
「なんだかあやしい場所らしいな」
夏葵が思っていると、夏毅が言った。
「ま、妖精界そのものが、おれにとっちゃあやしいところだがな」
戦いを前に、夏毅がわざと陽気に振る舞っているように、夏葵には見えた。覚悟せよ、と妖精王は言っていた。それほど腹を決めてかかれるのかな、と夏葵は不安だった。なにもかもやめて帰れればどんなに楽なことか……。
夏毅をチラリと見て、夏葵は生きて帰れることを祈らずにいられない。
「行くぞ、マシンゾーンへ」
妖精王が宣言した。すると妖精たちがいっせいに飛び出していった。




