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二重迷宮の彼方  作者: 赤羽道夫
第2部
12/15

第12章 異変

 周囲の木々をなぎ倒し、その建物は突然そこに存在していた。

 体育館ほどの大きさのプレハブ。

 異界都市で見たときは夜ということもあって、夏毅たちにはその全体がよくわからなかったが、まだ日が落ちる前に見るその建物は簡易的で、急ごしらえの感がぬぐえなかった。

「無事にたどり着けてなりよりと言いたいところだが――」

 恩地少尉は、建物の入口ですわりこむ夏毅たちに向かって、意地悪く言った。

「すぐに元の世界へ帰れると思ってもらっても、そうはいかないぜ」

 のども乾いて、もうそろそろ限界だと音を上げたかった阿川ルイスは、恨めしそうに恩地少尉を見返す。

「装置を動かすのが大儀なのか?」

「電気はないからな……」

 恩地少尉はドアを開ける。

「太陽電池パネルだけでは電力が足りない。さ、ともかく入ってくれ」

「電気がないで起動できるのか?」

 ルイスは立ち上がり、絶望的なまなざしを向ける。電源がなければ装置が動かないだろうと気分が沈んだが、それでもなんらかの手があるのだろうと、恩地少尉頼りだった。

 開けたドアから全員が入る。プレハブの内壁の上のほうにぐるりと取り囲むキャットウォークのさらに上に窓があり、夕日が赤く入ってきていた。

 柱のない室内空間の中央にあるのが並行宇宙転換装置。夕日に赤く染まったそれは、人間の思考ではありえなさそうな外見をしていた。

 大木の切り株に蔓が覆っているようで、その蔓が電気コードのように見えないこともないが、無秩序感が半端ではなかった。葉に相当するものはなく、さらに各部が原色で塗り分けられ、そこが植物らしくなかった。

「これから装置を調整する」

 転換装置の扱いは任せておけとばかりに、ルイスの心配を払拭するように恩地少尉は言った。

 一度作動した装置は、調整しなければ作動しないのだ。

「手伝おう」

 ルイスは申し出た。

「頼む」

 恩地少尉は振り返る。

「できるだけ早く動かしたいからな。全員の手を使いたい」

「えっ、でも……」

 戸惑ったのは紙野夏毅と紙野夏葵だった。

「おれ、転換装置のことは、全然知らないし、調整なんて」

 とドギマギして夏毅。

「あたしもよ」と夏葵も。

「手が足りない。なんのためにおまえらを連れてきたと思っているんだ。死にたくないなら手伝え。おれの指示に従うだけでいい。頭はいらん」

「ううむ……」

 状況はわかってはいるが、本当にできるのかと二人とも顔を見合わせ、不安になった。

「高校生だといっても、ここでは通じないわよ」

 瀬岡マリイが不安げな二人を諭すように言った。

「生きるか死ぬかってところなの」

「やることはけっこう多いぜ。夜になっても終わらないだろうな」

 ルイスが脅す。

「ええー」

 そんなにかかるものなのかと、うんざりな夏毅。

「ぐちを言うな。とにかくやれるだけのことはやるんだ」

 ルイスはたしなめた。

「こんなところにいつまでもいられない。武器が有効であるとはいっても、弾薬はいつか底をつく。妖精と戦い続けるわけにはいかないわけだからな」

 それはそのとおりだと、夏毅も理解していた。政府軍との戦いに巻き込まれ、今度は妖精との戦い……。平凡な一高校生がこんな数奇な人生を送ることになるとは――。

「やりましょう」

 夏葵は腕まくりした。

「なにかできそうなことがあったら、言ってください」

「そうこなくちゃね」

 マリイがウインク。

「では、おれが指示するから、そのとおりに作業してくれ」

 言うが早いか、恩地少尉はてきぱきと指示を出した。

 それは見事な手腕だった。

 さすがに少尉――士官だけあって、それ相応の教育を受けてきた成果を発揮した。ルイスとマリイも、転換装置について無知ではなかったから、指示内容を正しく理解でき、作業は順調に進んだ。

 その指示に従う夏毅と夏葵も、慣れない作業に戸惑いながらも(作業の意味もわからず)懸命に手伝った。

 ほとんど休むことなく作業した。

 日が沈み、暗い中でライトをつけての作業。いつ妖精たちが襲ってくるかわからないなかで、全員がひとつの目標にむかって必死だった。

 一度手を止めて、建物に備蓄してあった非常食をとった。簡素なものだったが空腹にまずいものはなかった。

 食事が終わると、恩地少尉は夏毅と夏葵に言った。

「おまえらは、もう休め。あとはおれたちでやる。これ以上は、おまえらには手に負えないからな」

 転換装置がこんなにも面倒くさいものだとは思っていなかった夏毅は肩をすくめる。

「じゃ、そうさせてもらいます」

 ここにいても役には立たない――それは仕方がなかった。恩地少尉の判断は的確だ。

 隣で夏葵もうなずく。

「汗をいっぱいかいたから、シャワーを浴びたいところだけど」

「おれもだ。けど、我慢するしかないよ」

 言って夏毅は立ち上がる。休んでいてもいいと言われても、休んではいられなかった。

「どこへ行くの?」

 夏葵が、歩きだした夏毅の背中に声をかけた。

 夏毅は振り返り、

「キャットウォークだよ。見張りをしてくる。妖精が来るかもしれないからな」

 梅田地下での経験が、夏毅の危機感を鋭くさせていた。

「なにかあったらすぐに知らせるから」

「あたしも行くよ」

 弾かれたように立ち上がって、夏葵は夏毅のあとを追った。疲れてはいたが、自分だけ休んでいるのも申し訳なかった。

「妖精のことなら、あたしのほうが詳しいし」

「じゃあ、二人して行ってきてくれ」

 ルイスが送り出す。

 二人は連れ立って行った。

 壁に取り付けられた梯子を上がり、四メートルほど上に設けられたキャットウォークに至った。窓を開けると、満天の星空が見事だった。

 今、何時ごろだろう……と、夏葵は空を見上げる。時計がなく、スマホは教室においた鞄の中で持ち出す余裕がなかった。もっとも、持ち出せたとしても圏外だろう。

 月が沈みかけていた。いや、昇りはじめたところか。どっちが東だろう。

 さっきの作業のときに鉄板の切れ端で切った手の傷を見る。制服のブレザーもずい分汚れてしまったし、ストッキングも引っかけて少し破れてしまっていた。

「あたしはこんなところで、いったいなにをしているんだろう……」

 なんとなくつぶやいてしまった。

 こんなことになるなんて、きのう突然部屋に夏毅が現われたときには思いもしなかった。毎日の平凡な生活にはある程度飽きていて、刺激を求めてじたばたしていたような気もしていたが、決してこんな冒険を望んでいたわけではなかった。

「それはおれも同じさ」

 夏毅がその隣で応じた。

「元の世界へ帰ってきたと思ったら、このざまだものな」

「わたしのせいじゃないよ」

「そんなこと、もちろん思っちゃいないよ」

 心外だな、という表情で、

「それよか、とにかく疲れたな。今日一日でなにがあった――」

 夏毅は指折り数えて思い返す。めまぐるしすぎて倒れてしまいそうだった。そういえば、ラルフたちは今でもどこかで戦っているのだろうか。

「夜の間に妖精が来なければいいけれど……」

 前の世界で命をかけた戦闘は経験してきた夏毅だが、これ以上はできることなら避けたい。それにはここは自分のやるべきことをやり、さらには信頼できるだれかの指示に従うことだろう。

 初めて異世界へ跳ばされたとき、どうしていいかわからず、とりあえずレジスタンスについていったように。それでどうにか生きてこられた。

「早く元の世界へ帰りたい。今頃、友だちや両親はどうしてるだろう……。定期試験も近づいているし……」

 恩地少尉は優秀な男だと夏毅はみていた。彼の力なくして元の世界へ戻るのは不可能だろう。ルイスも、ラルフの仲間として信頼していいが、恩地少尉のほうが軍人として正規の訓練を受けている分だけより頼りになりそうだと夏毅は感じていた。

「あんたのつぶやきを聞いていたら、あたしの思っていることとおんなじで、なんだか他人のような気がしない」

「だから言ってたろ、自分自身なんだって。ただ、なんていうか、位相が違うっていうか――」

「そうなんだけど……」

 と夏葵は言葉を探しながら、

「でも、あたしはあんたほどタフじゃないわ。こんなことになって、あたしはもう泣きそうなのに……。いつ妖精に捕まるかわからない……。なのにあんたはぜんぜん平気で……。あたしと同じだなんてとても思えない」

 ふうむ、と夏毅はうなずいた。そして考えをめぐらせてから言った。

「おれも最初はそうだったさ。おれが異世界へ初めて跳ばされたとき、ゴーストタウンとなってた大和高田でどうしていいか困ってた。そこでラルフに助けられて――それは話したよな」

 夏葵はうなずく。

「レジスタンスに迎えられて仲間になった。そうしなきゃ食う物もないからな。元の世界に戻ろうと思ったけど方法がなかった。そのうち戦いが始まって、まわりでゴロゴロ人が死んだよ。あのときは絶望したね。なんでおれがこんな目に遭わなきゃなんないのかと思ったよ。今も思ってるけどな。でも、だんだん慣れてくるんだ」

「あたしもすぐに慣れてくるっていうの」

「たぶんね」

「信じられない……慣れたいとも思わないわ。ねっ、あの装置で、みんな元の世界へ帰ってしまえるの?」

「そのつもりだけど……」

「ちょっと気になるのは、ピクシーが言ってた、異変というの……」

「ああ、そういえばそんなことを言ってたな。異変か。もう始まっているのかもしれんな……。どんな異変かわかんないけど」

「その異変のせいで、この世界は滅びちゃうの?」

「それは妖精に聞くしかないだろうな。もし世界が滅びるとしても、おれのいた世界じゃないからな。救うためにいけにえになるつもりはない」

「でも滅びるのが妖精界だけじゃなく、あたしの世界も含まれるなら……」

「世界を救うために犠牲になるって? そうだな……、きみの場合はおれとは立場がちがうからな。難しいだろうな……。で、もしそうなら、どうするの?」

「わからない……。どうしたらいい?」

「そんなこと、おれに訊くなよ」

 でも……と、そう突き放しながらも、考える。

「もしおれがきみの立場だったら……そうだな……自身が犠牲にならないで、世界を救う道がないかどうか模索するだろう」

「そうだよね」

 夏葵はうんうんと同意した。

「それしかないよね……」

 どんなことがあろうとも自らが犠牲になるつもりはない。たとえ地球そのものをかけられていたとしても――。

 でも、と夏葵は付け加えた。

「そんな教科書どおりのこたえはないかもしれないよね」

 それはたしかにそうで、夏毅は返す言葉がなかった。



「おい、いつまで寝てる。早く起きろ!」

 ルイスの怒鳴り声がした。

 夏毅は毛布をはねのけた。目をこすり、歩き出そうとして足を引っかけて転んだ。

 いつの間にか眠ってしまっていた。しかも狭いキャットウォークで。

「いたっ」

 と声を上げたのは、となりで寝ていた夏葵だった。

 エッ? と思ったが深くは思わず、夏葵に向かって、

「起きろ!」

 見張りをするといって眠ってしまうとは情けない、しかも毛布までかけられていたなんて、言い訳もできない。

「なに……? うわ……朝?」

 もぞもぞと毛布の中で動くと、夏葵は目を覚ました。

「なにかが起きたらしい。早く起きて!」

「痛い、二回もふんづけたなぁ」

「すまん。でもそれどころじゃないみたいだぜ」

「なにかって……? まさか、妖精がいけにえを捕まえにきた……?」

「さぁな。先に行ってるぞ」

 夏毅は梯子を下りる。

 転換装置に取りついて作業していたのは恩地少尉とマリイで、ルイスは拳銃の状態を確認している。

「なにがあったんですか!」

 屋外に出て夏毅が訊くと、

「遠くの空に白い泡のようなものが見えるんだ。それが大きくなってきている」

 ルイスの言うほうを見る。

「なんなんだ、あれ?」

 夏毅は、あとから梯子を下りてきた夏葵を振り返った。

 夏葵はかぶりを振る。ルイスの言う〝異変〟をこの目で見てもなにかわからないだろうが、その禍々しさを感じることで、なにか思い出すかもしれないと思ったが……、

「わからない」

「専門家でもわからんか……」

 作業の手を止めず、恩地少尉がつぶやいた。

「あと、どれくらいで動くようになるんですか?」

 夏毅は、転換装置の状態が気になった。大人たちは昨夜は眠ったのだろうか。夜を徹して整備をしていたのかもしれなかった。

「どうもうまくいかないんだ……」

 恩地少尉は正直にこたえた。

「通常の工程を踏んでパラメータを確認するんだが、基準値に達しない。この世界に来たことが影響しているのかもしれないが……。とにかく調整に時間がかかっている。見つけた故障個所は修繕したが、まだ不具合が解消されないのかもしれない」

 苦労している状況を包み隠すことなくさらした。

 一方、空の彼方にある〝異変〟は、ごわごわとうごめいている。遠すぎて、それがなにかはわからなかった。ほれ、と夏毅が双眼鏡を差し出した。建物のなかにあったのを借りてきていた。

 夏葵はそれを目にあてる。

「なにが見えた?」と夏毅。

「待って。焦らさないで」

 双眼鏡のピントをあわせると、夏葵はしばらくジッとその正体を見ていた。妖精界について知っているからといって、それにこたえようというのではなく、ただ単にそれがなにかを知ろうという気持ちだった。

「なに、あれ……」

 白い、泡のようなものだった。ドブ川に流れる洗剤のように見えた。

「最初は地平線に見えていた」

 ルイスが傍らに来ていた。

「それが、だんだん広がってきているんだ。正体は不明だが、ここが飲み込まれるかもしれない。あれは、危険なものか?」

「あんなもの、見たことがないわ」

「やっぱりあの妖精が言ってた、異変、というのじゃないか?」

 夏毅が口をはさんだ。

「異変か……」

 とルイス。ふうむ、と少し考えて、

「とにかく、危険がないのかどうかはわからないのだから、警戒するにこしたことはないわけだ」

「ルイス!」

 そのとき、建物のなかからマリイが飛び出してきた。

「妖精が来たわ!」

「なんだと? おまえたちも来い!」

 ルイスに続いて、夏毅と夏葵も建物内に入った。

 が、入ったところで立ち止まっているルイスにぶつかりそうになった。

 ただならぬ気配が建物内に充満していた。夏毅にもその正体がわかった。壁の上に設置された窓に何者かがいた。

 ――妖精!

 しかもその数が、次第に増えていくのである。

「戦闘用意だ!」

 恩地少尉が作業を中断してサブマシンガンをとった。

「やつら、おれたちを捕まえる気だ」

「だがここで戦闘になったら、装置が損傷する」

 ルイスが危惧するのも当然だった。

「やつらにつかまったら、いけにえになるんだぞ」

 恩地少尉は声を荒げた。

「装置を気にして戦えなくてどうする」

 正論だった。

「ちくしょうめ」

 マリイとともに戦闘態勢に入ったルイス。転換装置を取り囲むように配置についた。

 夏毅と夏葵だけが取り残される。

 先制攻撃。建物内に耳をつんざく銃声。窓ガラスが砕け、窓に張り付いていた妖精が建物内に落下する。

「ブラウニーだわ」

 褐色の顔色とボロ着、身長は一メートルぐらい。床にのびている妖精を間近で見て、夏葵が判断する。

 その妖精がむっくりと起き上がる。ニヤリと笑う。

「きゃあ!」

 夏葵が悲鳴を上げた。不気味な笑みに背筋を悪寒が走った。

「伏せて」

 すかさずマリイが拳銃を向けた。腰をかがめた高校生に流れ弾の危険ないと見るや、ためらわず引き金を絞った。二発とも命中した。ブラウニーの頭が粉々に吹き飛んだ。頭部を失って、両腕がバタバタと激しく動いている。叩き潰されたゴキブリのように。あまり見たくない光景だ。のけぞる妖精は、ばたんと仰向けに倒れた。

「だいじょうぶ?」

 慣れた手つきで、マリイは自動拳銃のマガジンを取り換える。

「平気です……」夏毅は頭をあげる。

 同じく頭をあげた夏葵は、マリイの背後に妖精を見る。建物内に侵入してきていた。

「後ろ!」

 マリイは夏葵の叫び声に振り向き、すかさず発砲。

「ルイス! 建物なかに妖精が入ってきているわ。出入り口を閉めて!」

 転換装置の反対側にいるはずのルイスに向かって呼びかけた。が、それに対する返事は絶望的なものだった。

「まずい、扉を破られた! 妖精がどんどん入ってくるぞ」

 そこへサブマシンガンの連射音。恩地少尉が応戦しているのだ。

 戦況は圧倒的に不利だった。武器を持っているのは三人だけ。それに対して相手は多勢に無勢。

 じりじり迫るブラウニーに向けていたマリイの拳銃が沈黙した。弾切れだ。

「もう弾がないわ……」

 マリイは接近してくるブラウニーの一団と対峙する。絶体絶命だった。

 そのとき、夏毅は背後に気配を感じた。振り返るのが遅かった。

「うわっ!」

「きゃあ!」

 いきなり襲われた。何匹ものブラウニーがいっせいにとびかかってきて、たちまち床に組み伏せられてしまい、夏毅と夏葵は動けない。

「くそぉ……しまった……!」

 夏毅はとっさに手足を振り回したが、素手ではかなわない。しかもなんて力だろう。始めに駅前でゴブリンに捕まったときにも感じたが、そのときよりももっと強い馬鹿力だ。押さえつけられて、動くことができない。

 もはやこれまでか――。

「痛いっ、痛い!」

 夏葵が悲鳴をあげた。

「夏毅くん!」

 マリイが叫ぶ。しかしそのマリイも、集団で襲いかかってくるブラウニーに抵抗できなかった。

 しきりに聞こえていたサブマシンガンの音もしなくなっていた。どうやら恩地少尉もルイスも妖精に捕まってしまったようである。

 ブラウニーが、人間たちを確保したまま浮上しはじめた。

 そして五人とも、壁の上のほうの、割れた窓ガラスから外へと運ばれた。



 醜悪な怪物のような姿をしたものや、人間を人工合成しようとして失敗したようなものなど、さまざまな妖精たちが空中を飛翔している。それらがいったいどんな名前なのか夏毅は知らないが。

 人間の形態に近い妖精もいた。その妖精たちは翼ではなく、手に手に木の葉を持ち、それに魔法をかけて飛行していた。

 まわりに漂うブラウニーやピクシーを見て、夏葵は複雑な思いだった。想像図でしか見たことのない妖精たちが勢揃い。そんなものに囲まれて、物珍しさと同時に恐怖を感じた。妖精は敵だ。いけにえを求める敵。

 希望は断たれた。もはやあとは死を待つのみ。

「ああ、もうだめよ……あたしたち、たすからないわ」

「泣き言をいうな」

 夏毅が首を回して夏葵に檄を飛ばす。

「あきらめず、希望を持て! ぜったい助かるよ」

「そうだ、脱出のチャンスはある!」

 ルイスも励ました。

 そこへ、一匹のブラウニーが前に進み出てきた。木の葉を片手で振って頭の上でピタリと止めると、五人を順に見てから言った。

「おまえたちを王宮へと連れていく。妖精王が待っている」

「くそったれ……」

 恩地少尉が悪態をついた。鼻息が荒い。

 しかし、とブラウニーは言った。

「事情がかわった。おまえたちをいけにえにはしない。元の世界へ戻す」

「なんだと?」

 全員が、妖精の言葉に耳を疑った。まさか、と思った。

「元の世界へ戻すだって?」

 夏毅は絶望の底からいっきに拾いあげられたかのように、目の前が明るくなった気分だった。

「そうだ。妖精王が決めた。急がなければならない。異変がこの世を滅ぼす」

 あいかわらず妖精の言葉は意味がわかりにくい。異変、異変って、いったいなにをさしているのか――。あの白い泡のことだろうか……? あれはいったい……いや、そんなことより――。

 妖精は元の世界へ戻れると言った。では、あの転換装置を使うのか? いや、王宮の妖精王のもとへと連れて行く、と言った。つまり、あの転換装置は使わず、他の方法で……?

「いったいどういう風の吹き回しだ? おれたちを殺すんじゃないのか?」

 恩地少尉が疑問を口にした。妖精の言うことなど簡単には信用できるわけがなかった。なにを考えているのかわからず、人間には理解できない行動をするかもしれなかった。元の世界へ戻すといっても、どんな形で? 生きたままなのか、五体満足なのか……。

「王の命令だ。異世界へ戻すのだ」

 ブラウニーは意に介さない。

 どうやらその妖精王とやらに会わなければ、よくわからないようだ。

「ちょっと待って!」

 今度は夏葵が訴えた。

「異世界って……あたしは異世界人じゃないのに。生きて帰してくれるんなら、王宮なんかによらないで、はやく家に戻して!」

「それはできない。全員王宮へ連れていく。殺してはならないというのが王の命令だ。命は奪わない」

「そうじゃなくて――」

「時間がない。異変が世界をのみこんでしまう」

 ブラウニーは褐色の腕を振った。その途端に、妖精の一団が動きだした。五人の体をつかんでいた妖精たちも一度に動きだす。

 問答無用だった。なにを言っても妖精たちは応じない。

 状況はどんどん変わってゆく。助かったと安心できるのかどうかもあやしかった。


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