第0話~Two Epilogue~「さよならの夏 ~コクリコ坂から~」
儂の…………、
私の――――、
命の行き先は――……、
………………
…………
……
「はぁっ――はぁっ――はぁっ――はぁっ――……、
はぁっ――はぁっ――かっ、ぐっ、はぁっ――はぁっ――……、
はぁっ――、かっ、怪物王っ――……!?」
「鎮痛剤が切れかけてきたみたいですね、痛むかい?
ようこそ、フォークト医師」
「……なっ、なんのこれしき――、儂はなんともありませんぞ、怪物王。
それより、はぁっ――、怪物王こそ……、はぁっ――……、
この様な場所でっ……、何をして――……、……おられるのです?」
「貴方をお待ちしていました」
怪物王とも……あろうお方が……、儂を――待っていた……?
「くっ、はぁっ――はぁっ――……、どういう……、こと……ですかな?」
「残念ながら彼女と違って、貴方にはもう時間がありません。
ですから、今からする僕の気持ちにだけ答えて下さい」
ぐっ…………、王の前で、この様な無様な姿をさらす事に――、なるとは……。
意識まで……遠のいていく様だっ――、……情けないっ、――情けないっ!
か……、怪物王の気持ち――……?
儂は……、苛まれる、痛みの……、中っ 怪物王に対して…………、頷く……。
「貴方の望みを、僕の叶えられる範囲で、何でもひとつだけ叶えます。
よく考えて、貴方の答えを下さい」
なっ――、
いや……、このお方は、冗談を好まれる方ではない――……、
儂は…………、……儂の身体や、もう少し……だけ、持ち堪えておくれ…………。
儂の、愛する者たちの為に――……っ!!
何が――、何が……最善で、……あるかを……、ロッテ――……、
63602…………、――そうか…………、ロッテ、
「怪物王……、はぁっ――、わっ、儂は――、ロッテの――、
ロッテの命は……、無駄ではなかった……と、
生きる意味が、はぁっ――、はぁっ――、
その証しが……あったと――」
すると……、怪物王は――、首を横に、された――……、駄目……、なのか……。
「貴方のその願いは、すでに叶っています。
彼女と貴方の意志である、卵子バンクを通じて」
お――……、おぉ……、ぉ…………、
「嗚呼……、なんという……、喜びであろうか…………」
儂の頬が熱い――……、儂はおそらく…………、
ロッテや――……、生まれて……きて……くれた事を――感謝する――……っ。
「さぁ、まだ貴方の望みは残っていますよ」
ならば、ロッテや――……、儂もわがままに……、ならせてもらうよ――、
「はぁっ――、はぁっ――、ろっ、63、602……、
怪物王、――どうかあの娘を、はぁ…………守って下され」
「貴方は本当に、仕方のない人です。それは彼女に尋ねます。
僕が聞きたいのは、貴方自身の願いです。
誰かの為に願わなくて良いのです。
皆が皆、自分自身の願いを全うすれば。
貴方は、どうしたい、どうなりたいのです?」
儂……の……い、かん、意識が…………、あと……少しだ。
あと、少しだけ…………。
「はぁ……………………、はぁ………………………………、
儂を、…………あの娘たちの……もとへ」
「叶えましょう、その望み」
………………
…………
……
「何故――、貴方様がこの様なところへ……!?」
「この王国に、僕の居ない場所などないよ。63602」
このお方……、怪物王の仰っている意味が解らないが、幻覚ではないわよね?
「私の様な者へ、何か御用でしょ……」
っ――、そうだわっ!?
「怪物王っ!! 今この国の有能な脳外科医の命が消えようとしています!」
「解っている」
「っ!? でっ、でしたら、どうか貴方様のお力で、彼をお救い下さいっ!!」
「僕は君に会いに来たんだ。
君に答えをもらう為に。
それまでは、僕も動けない。
しかし、君の答え次第で、僕は、ある程度ではあるけれど、
内外に関わらず、君の命を運ぶ事ができる」
「っ? そのご質問に答えれば、彼を救っていただけるのでしょうか!?」
「それも君の答え次第」
なっ――、私はバカにされているのだろうか?
まずは落ち着け、私。
今最短で彼を救う方法を考えろ。
彼に対して私ができる事は、もうない。
彼を救えるかもしれないのは、怪物王のお力のみ。
今までのやりとりで、怪物王は彼の事をご存知だろう。
私の答え、その意味が解らないが、それに答えれば、怪物王は動いて下さる。
なら……、
「畏まりました。私がそのご質問に、答えられれば良いのですが……」
「はい、貴女の望みを、僕の叶えられる範囲で、何でもひとつだけ叶えます。
よく考えて、貴女の答えを下さい」
え……、は? じんわりと心はその言葉に反応するが、
猜疑心の為か、怪物王が何をお求めなのか理解ができない。
けれど、この問いを逆に利用できないだろうか?
「はい、私の望みは彼の……、
この王国に長年尽くしてきたひとりの優秀な脳外科医の命が救われる事です」
「あなた方は全く仕方ない。
僕が聞きたいのは、貴女自身の願いです。
誰かの為に願わなくて良いのです。
皆が皆、自分自身の願いを全うすれば。
貴女は、どうしたい、どうなりたいのです?」
そんな事……、そんな事言われたって…………、こっちこそ仕方ないわよっ!
「失礼ながら怪物王。私の一番の望みは、彼なくして絶対に叶いませんっ!」
この想いは、嘘じゃないのだからっ!!
「そうですか。それではその望みを最優先にします。
ですが、彼の命が助けられるかどうかは、まだ分かりません。
ですから、貴女の二番目の望みも聞いておきましょう」
か……、彼が助かるかもしれない…………。
私の心は一瞬だけ高揚するが、……すぐに落ちる。
それは、私が赤い鳥を彼の肩に見つけてしまっていたから。
ダメだ…………、彼の死は絶対だ……。
赤い鳥を見る事自体久し振りだったから、
こんな簡単な見落としに気付けなかった……。
どうすればいい、どうすれば。
どうしたら、彼の死を無駄に……、彼の生まれてきた事を祝福できる……。
私はフランクとどうしたい、どうなりたかった…………、それは……、
それも簡単…………、
……そうだわ……、
それしか、ないわよね…………、
私は思わず、自分自身のお腹に手を当てながら……、
「怪物王、私は――、」
………………
…………
……
「はぁ、解んないな~」
ぼくは、63602たちをお見送りし、
今は閉じられている、
どんぐりの家の出口への疑問を壁に向かって柔らかくぶつけてみる。
当然、答えはない。
「……14106?……ここで働いていれば……
……14106も嫌でも答えを知る時がやって来るポピ……」
そう、63602に託された雛罌粟帳は言う。
「ノキア……、そうは言われても、
ぼくならポピィをあんなに潔く置いては行けないよ?」
「……63602の事を薄情者みたいに言わないでもらえるポピ……
……14106も雛罌粟帳との付き合い方が解ってゆく内に……
……何故かはわかるようになるポピ……」
「……14106……ポピィは14106の気持ちが嬉しいよ……
……だけど、63602の方が、確かに雛罌粟帳を理解してはいる……」
「そうか……、ポピィも63602とノキアの肩を持つんだ。
相変わらずぼくは知らない事だらけなんだな」
「……それはお互い様……
……ポピィが14106のどれだけ先を見れたって……
……全部分からないのなら、やっぱりポピィにも何もわからないよ……」
「……14106?……そういう事ポピ……
……大きな理想を描くポピ……まっすぐ前を向くポピ……
……それで目標が決まったら……目先の事にまずは集中するポピ……」
「ふぅ……、ポピィだけと会話している時は気付かなかったけれど、
雛罌粟帳の能力を複数やりとりするの、ちょっとシンドいね」
「……それは慣れてもらうしかないポピ……
……14106、これからよろしくポピ……」
「うん、ノキア、こちらもよろしくね」
………………
…………
……
63602とのお別れの後、ぼくは日記をつける様になった。
過去の自分の想いを、氷漬けにしておき、いつでも解凍して思い出せる様に。
ポピィたちが居てくれれば、そんな事は必要ないと思っていたけれど、
63602とのお別れが、ぼくに形容し難い不安を生じさせたからだ。
そして、日記をつけていた事は決して無駄ではなかった。
ぼくは今日も日記を読む。
今日の思い出したい二人組は、
男性も女性も揃ってお面を被っていらっしゃる、妙ちきりんなお二人の事。
ずいぶん昔の事にも、つい最近の事にも思える。
ある程度明確な「時間」というものがある事は、
人間にとって、幸せな事なのだろうか? 不幸せな事なのだろうか?
以前となんの変わりもない疑問の様で、その実、全く質の異なる疑問にも感じる。
さぁ…………
では今日も開こうか…………、
雛罌粟の練習帳を。
あしたしぬかのようにいきなさい
えいえんにいきるかのようにまなびなさい
万華鏡雪月花へとつづきます
歌 手嶌葵 作詞 万里村ゆき子 作曲 坂田晃一 編曲 武部聡志