ローグライク探検者、人生を歩む
大体1万3000字程度。
短編にしました。適当にご覧ください。
自分は今、暗くて意識がはっきりしていて、体が無い。
いや、こうなる前の出来事は少しだけ覚えている。自分の名前が思い出せないけど確か...
―――――「はー、これがこうなって・・・ぶつぶつ」
本を読みながら道を歩いていた。いつもなら常にニンゲンセンサー的な物が働いているため人間が近づいて来たらすぐに避ける事が出来た。
周りからは白い目で見られているが自分はお構いなしに物語に耽っていたはずだ。歩きながら。
――ドンッ、キキーッ。
突如、自分の体ははね飛ばされた。そんな事に気がつくのは数メートル程飛ばされて地面に叩きつけられた後。
「お、オレはやってねえからな。やってねえぞ…」
突然車の人がそんな事を言ったような気がした。言葉には聞こえなかった。
直後その車は当たったと思われる部分が凹んだまま逃げ去り、自分の状況を見て初めて…
―――――気がつけばここにいた。暗くて何も見えない闇の中、体の感覚も必死に顔を動かそうとしても帰ってくるのはしんと静まり返った自分。こわくなって必死に喋ろうとしても口がどこにあるのか分からない。
(一旦落ち着くべきか。)
落ち着いて周りの状況を整理していこう。もしかしたら・・・何かあるかもしれない。
体はまずないと思っていいだろう。たぶん、あの車に撥ね飛ばされてそこから自分は何かを見た。
そこまでしか記憶がない事を考慮するに、自分は『死んだかもしれない』と結論を導き出した。
しかし、仮に自分が死んでいるとして、ここまで意識がはっきりしているなんて……いや、死んだ人間は生きた人間に死んだ時の事を伝える事は出来ない。不可能だ。もしかしたら、これが死んだ皆が受けた死という名の『無』なのかもしれない。
話が哲学的になってしまったが、恐らくこれが人間に等しくもたらされる『死』である限り助けなどは来ないだろうと思った。(確か・・・)と死んだ人間をどうするのかはうっすらと思い出せるのだが、名前がはっきりと見えてこない。
自分にとって大事な名前だけが、何も思い出せない。
不思議とここには辛さは無かった。生きている時の苦しさは無かった。
自分は、(ここで死後を過ごすのだろう)と悟って、楽しさを捻出しようと奮闘していた。
あった記憶の中の物語を、何回も読もう。
・・・☆★☆・・・☆★☆・・・☆★☆・・・☆★☆・・・☆★☆・・・☆★☆・・・☆★☆・・・
「起きなさい・・・私のかわいい坊や。」
僕は18歳のイエンツ・・・今日から散々嫌がっていた成人式が始まる。
なぜ嫌がっているのか?それは後のお楽しみという事で一つ。
「今日は18歳になってようやくダイス国から自由になれるお祭りよ。」
「さあ、国王が呼んでるわ。一緒に行きましょう。」
ろくに支度をさせられず、そのまま謁見の間へ。家からダイス城は思ったよりも近く、そのことから僕の両親は貴族だということが伺える。
「おお、ようやく"巣立ち"か。」
王様は堅苦しいのは苦手。だからこそ普段と変わらない態度で接す事のできるよう配慮をして話しかけて下さっている。
王様は巣立ちと言っているが、この式が始まる日は一人一人国王様から謁見の場が設けられる。
これも何度も言ってきた台詞なのだろう・・・
「はい。王様・・・私はまだ心の準備ができておりません。」
「何も気にせずともよい。当時は力無き者だった余も泣きながら踏破したものじゃ。」
「死ぬ事は無い。だから安心してかかれ。」
王様が物凄く励ましてくださっているのは、こんな僕にも物凄く分かる。いや、当時は力無き者・・・そう言う事で現在力無き人間の僕が後に凄い英雄となって帰ってくる可能性も考えているのかもしれない。しかし、やはり恐怖が勝つ。王様はただ励ましているだけ。僕の未来はその手で掴めと言っているようにも聞こえた。
「心配せずともよい。明日には楽しい毎日が待っておる。約束する。」
「分かりました。一か八か…挑戦してみます。」
「・・・余がそなたにかけられる言葉はもう何もない。行くのだ!」
気持ちを強く持たせてくれた王様であるが、しかし、目の前の『洞窟』まで行くと足が震える。
一桁の子供がこの洞窟に入れば、出られずに中の"まもの"に嬲り殺しにされると聞く。これは噂から得た情報だが、僕個人を怯えさせるには十分な情報だった。
「私がついていける所はここまでです。後はそなたの帰りを祈って待っています。」
(なぜ僕が薄暗いこんな場所に。)それはここに入るすべての成人した貴族が思った事だろう。
プライドが高ければ高いほどここの攻略でズタズタに引き裂かれる。
その事は、圧倒的情報封鎖によって断ち切られ、僕の頭には存在しなかった。
―試練の洞窟B1―
洞窟の先は落とし穴になっていて、そのまま落下した。
「いてて・・・」
尻をさすりながら目の前を見る。
少し奥に青く光る物体を見つけた。
何かと思って近づくと、青い物体はこちらへ一歩やって来た。
互いに一歩近づいた事によりその青い物体ははっきりと見えた。
「え、う、うわ・・・」
目が飛び出ている。体は青くべっとりとしたスライムのようだが・・・意思があるようだ。
しばらくこちらを見つめていた。僕も目を離せばやられる。そんな命の危険を感じ目を離さないでいた。
少し見つめ合った事で少しの恐怖が和らいだ。見ているとかわいいものだなと思ってしまった。
僕は見ているのが恥ずかしくなり、前へ歩いて頭に手を乗せようとする。
「ぐはッ・・・っ!!」
無音で、体当たりをかましてきた。
許せない・・・やはりまものはまものだと再確認させられ、殴る。
しかし、殴った分だけ僕の体には粘液と打撲の跡が残った。
「・・・う、うおぉぉぉっ!」
人が最期に出すであろう殴りを青スライムに浴びせた。
殴る度、スライムの体のような粘液が飛び散っていたが、この攻撃は渾身の一撃だった。
スライムは「パンッ」とはじけ飛び、暗い広間に僕と青い粘液の残骸だけがそこに居た。
「・・・駄目だ、これを取ろうにも持てない。」
てっきり何かに使えると思った。しかし道具がなければするりと僕の手の隙間に滑り落ちる。
前に、宝箱?いや、ただの赤い木箱だ。
何があるのだろう。前へ進む。
その木箱はただの箱のように施錠がされておらず、誰でも取れる状態だった。
中に一つ、置かれるように入っていたのは『ナイフ』だった。
銀色に、自分の顔が反射する。
横の通路から何かの気配を感じる。
さっきの青スライムだった。
「う、うわぁぁぁッ!!」
僕は必死にその場でナイフを振り回した・・・できれば近くに来ない様に。
傷は癒えていなかった。今あの時のような殴り合いになっても、勝てる保証はどこにも無かった。この武器だって、どれほどの殺傷力なのか、スライム相手にこれは効くのか、分からなかった。
しかし、青スライムは飛び込んだ。乱雑に振り回されるナイフを物ともせずこちらへ向かってきた。
「うわああああッ!!」
恐怖を目の当たりにした少年の様に。ただひたすらに銀色のナイフを振りまくる少年の目には大きな涙を浮かべていた。
もうだめかと考えたその時、スパッ。心地いい音が聞こえる。
下を見るとスライムは、真っ二つに割れて地面で動かなくなっていた。
「ま、まさか・・・これを続けろっていうのか!?」
ぬくぬく育ってきた貴族にはもう我慢の限界だった。
恐怖なんかじゃない。地獄だ。
自分は死ぬ想像をやめられなかった。
しかし歩む姿は止められず、一歩、また一歩と着実に不思議な洞窟を探索していった。
道中、地図とペンを見つける。
大きさの問題で一回しかマッピングが出来なさそうだ・・・この洞窟がどれだけ広いのか、まだ分からない。
道中、林檎を見つける。腐りかけだったが遠慮なく食べた。
―試練の洞窟B2―
階段を降りた。いや、そこしか道は無かった。
道中、新たな敵と遭遇した。棍棒を持った小さいがそれは太っているように見える人だった。手足は短く、棍棒の威力は大きい。僕は致命傷を負った。
道中、のたうち回りながら赤木箱を見つける。
そこには草があった。少し束になっている・・・何かの大きな葉っぱだった。
「はぁ?草?」と言えれば良かったのだが、今の僕にはそんな事を言っている暇は無い。
「くそっ!」
僕は悪態をつきながら箱に置かれたゴミを取る。
「はぁ・・・はぁ・・・」
血はあまり出ていないが、それでもかなりの痛みがあった・・・全身に打撃を受け、腕は触るだけで骨の部分がズキズキ痛む。
僕が倒れるのも時間の問題だった。
王様はなぜこんな嘘をついたのだろう。分からなかった。こんなに危険な事をして何が楽しいのだ。
ああ、分かった。だましたんだろ。暗殺?僕が何か悪いことでもしていたのか?
騙す。それは僕の頭の中で既に決定していた事であった。僕はこの目の前の絶壁のような状況でもあの偽物王を憎悪し、動機を考えていた。
・・・あれ?
いつの間にか自分の体は少しではあるが癒えていた。
どれくらいの時間が過ぎていたのだろう・・・あの時感じた肉体と魂が分離しそうな痛みはもうそこには無く、僅かながらに痛む、残り香のような痛みだけしか無かった。
「うっ・・・」
体力はゆっくりとだが回復し、腹の減りを気にする程にまで回復した。
探索を続けたくなくても続けなければ生き残れない・・・そんな追い込まれる状況もあり自然と足は前へ出る。歩くたびに腹がぐうぐう鳴り、鬱陶しい上に今度は腹が減った事による苦しさがあった。
「う゛う゛う゛う゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛.....」
肉を求め彷徨うゾンビの様な呻き声を上げ、うっかり地面を踏み外してしまう。
落とし穴だ!そう。落とし穴。空腹に追加でやってくる落下の衝撃。
―試練の洞窟B4―
「ぐぁっ!」
腹を抑える。自分には吐き出す物が無かったが、衝撃によって胃液を吐き出しそうになった。
なぜ王様は自分をこんな目にあわせるのだろう。自分は自分の殻に閉じこもれるのならすぐに閉じこもりたかった。家に帰れる物ならさっさと帰って温かいスープでも飲んで・・・
目の前の"それ"がゆっくりさせてくれなかった。
気がついた僕は咄嗟に持っていたナイフを振り回そうとする・・・が持っていない。どこかに落とした・・・?
何も無かった。素手・・・
そのまものを見る。青スライムだった。怖くなってひたすら殴る。
散々殴った後僕には青スライムの攻撃を一撃も貰っていない事に気がついた。
まさか。幻覚だろう。
僕はプライドと共に精神までズタズタに引き裂かれていっている事に気付かない。
やっとの思いで見つけた赤木箱にはさっきのと同じ『草』。
僕は(こんな物食えるか。)と思いつつもどこかその心で草を大切に持っていた。
階段を見つける。地上ではなく地下へと進む階段が。
階段を降りる。階段を最後まで降り切ると、その階段はいつの間にか消えていた。
通路も何もない広間。その壁には松明のような物が等間隔に取り付けられていた。
真ん中に堂々と置かれている箱がある。
青く縁取られた宝箱だった。その箱は今まで見た赤木箱よりもずっしりと構えられており、豪華に作られたこの箱そのものにいくらかの価値が付くかもしれない。
イエンツは、生まれて初めて死を間近に感じて冒険し、その冒険の先に置かれた宝箱を開けた。
ギィィィィ....
古臭い音と共に開いた箱の中身は、紫色に妖しく光る地図だった。
今思えば、僕は成人式の内容も何も知らされていない。だが、この地図には見覚えがあった。
成人式を終えた大人が必ず持っている。紫の光を出してそれは待ち構えていた。
誰もが持った事のある・・・そう思った途端僕は宝ではない物にがっかりし、捨てようとした。
しかし、そこに自分の意識は無く、夢の中だった....
・・・☆★☆・・・☆★☆・・・☆★☆・・・☆★☆・・・☆★☆・・・☆★☆・・・☆★☆・・・
今、唐突に何かに入り込んだような・・・暖かみを感じる。
「手が、ある。足もある・・・体もある!」
まさか、そんな事が。嬉しさで自分は信じられなかった。
そして、この状況も信じられなかった。
「なんで草なんか持ち歩いてるんだ?それにこんなの自分の手じゃない。」
変な草の束をポケットに突っ込んでおり、全体的に薄汚かった。
自分の手はもっとすらっとしていて、こんなに関節から関節までが丸々太ったような手ではなかった。幸い腹の辺りは太ってはいないらしく、自分(?)の体形をどんどんと調べていく。
服はボロボロで、持ち物もこの草しかなく、全身が少し痛い。
この体・・・この場所・・・推測するに、誰かのモノだ。
(おい、おい!誰かいないのか!)
傍から見れば急に頭を抱えて発狂している子供だ。
その後、何度か呼んだ。「自分の中に何かいるんだろ」なんてそんな願いがある。
(誰だ、僕に話しかけて来る奴は・・・それに、体の自由が利かない)
まさか本当に誰かの体だったなんて。
「まさかこの体の人か?」
でもまだ確証が欲しい・・・自分が無意識で悪い事、つまり体を乗っ取ってしまったのならば、自分は謝ってすぐさま出たい。
(そ、そうだ。誰だ・・・?僕のカラダを使って話しかけて来るやつは。)
「自分もなぜこうなったのかわけがわからない。とりあえず自分をここから出してくれ。本当に申し訳ないと思っている。」
(誰かが僕の体に乗り移りでもしたのか?出ていけるなら早く出て行ってくれ。)
「それが、自分でも分からないんだ。気がついたらこんな事になっていた。」
どうやら自分と彼の両方にも治す方法やそのヒントは無かったようだ。
(ああ、分かったよ畜生。自分はもうこんな世界にウンザリしてたんだ。丁度いい。お前がこの体を使ってくれ。もう自分はこんな事もう一回たりとも味わいたくはないんだ。)
「何があったか知らないが・・・そう言うのなら一時的にこうしよう。自分も分からないし、この体を治す方法が分かるまでこの体は自分が使わせてもらう。」
そういえば、何があったのだこの人には・・・直前の記憶を辿る。
何も覚えてないし、思い出せない。「痛かった」ただ一言で完結している記憶だった。ここに関する記憶はすべて忘れてしまっているようだ。何があったか、この後自分が体験してしまうかもしれないことに恐れた。
楽しかったこの子の記憶は思い出せる。お母さん、・・・一体どんな生活をしたらお母さんで完結する楽しい思い出があるのだろうか。
何か役に立つかもしれないとさっき捨てた草を二束取り、変な宝箱に入っていた紫色の地図を取る。
とても美味しそうだ。原料は野菜な気がする。主に紫キャベツ辺りの。
適当に手持ちの物を見ていたら奥に階段がある事に気がついた。あからさまな四角い階段だ。
・・・自分は階段を上ってみる。上り切ったところでさっきまであった階段がなく、あった所にはただの地面があった。
周りには青いスライムに目玉が二つ飛び出た謎なモンスターが二体居る。
逃げるように歩くが自分が動いた距離と同じだけそのスライムが進んでいた事に気がついた。
まさかな。ここは確かな現実の筈だ。
何か行動をする。パンチの素振り。素振りした分スライムは動いた。
確信した。この世界はローグライク系。ターン制の世界だ。本当か?ゲームの中だけの設定なんだぞ?
しかし目の前の事象は確実に自分を確信へと導いている。
自分は目の前のスライムから殴った。殴って殴って殴り倒した。
倒してスライムが破裂したところですぐ後ろまで来ていたスライムも殴る。しかしそのスライムから反撃を受けた。腹の痛みで気絶しそうだった。・・・何故、こんなに痛みがあるのだろうか。
まだ一撃は大丈夫そうだ・・・
自分はもう一度スライムを殴り、反撃を貰う。
さっきの草、それに賭けてみよう。自分は一口でその草を頬張った。
体から活力が沸いてくるが、何かが変だ。
「うっ・・・」
苦しい。吐き気がする。何がいけなかった?興味だけで進めたからか?
しかし律儀にもそのスライムは攻撃してこなかった。
「このっ」
パンチを繰り出す。渾身の一撃。重さが乗った鉄球のように触れた物を即座に潰すような力の乗り方だった。スライムは簡単に破裂し、この草を『ちから草』と名付けた。それからの自分は階段を駆け上り、ここから出る事のみを考えていた・・・
アイテムは無視し階段だけを進みやっと帰ってこれた所は地上。
「やっと・・・出て来られた・・・っ!!」
自分は精神の疲労によりダウン。直後、自分の体の自由が効かなくなった。
「あれ、あれ!?僕は出てこられたのか!?」
―自分じゃない何かが喋っている・・・確か、この人本人だったはずだ。―
―自分は"痛みと"疲れで何も考えられなかった。意識は深い闇に飲まれたかのように眠りに就き・・・―
まさか、ここから出る事が出来たなんて。しかし、さっきまでの自分は体を動かそうと思っても動かなかった。急に?なぜ?一瞬そう思ったがまずは目の前の喜びに感動し、涙を流した。
「か、帰らなきゃいけない。・・・あの国王を許すか」
僕をこんな目に遭わせた人間だ。罰があって然るべき存在だ。僕は自身の家には目も暮れず、一人苦情を言いに城まで歩いた。
「王様に合わせろ!今すぐでいい!」
「誰に向かって口をきいているのですか。イエンツ坊ちゃま。」
「この僕が死にそうになったのだぞ!」
「成人式はそういう物ですから。」
何と言っても門前の兵士は僕を通してはくれない。
草はポケットに突っ込み、変な地図も反対のポケットに突っ込んでくしゃくしゃになっている。
一見言い争いのようにも見えるが、僕の駄々だ。
門の後ろにはざわざわと人が集まり、見物している。
「ほら、人集まってきましたしそろそろお帰りになられては」
「そう言って何事もなかったように帰らせるつもりなんだろう!もうその手には乗らないからな!」
「はあ、前にそんな事ありましたっけ?」
「貴様~・・・とぼけるのもいい加減にしろ!」
拳を握り締め、我慢の限界に達した僕はあろうことか兵士に殴りかかった。
「暴力で解決するつもりなら容赦はしませんよ、どうしますか?」
「な、なにを!!」
兵士はヘロヘロのパンチを片手で受け止め、その手を僕の背中へ回し動きを拘束した。
まだ兵士は穏便に済ませようとしているのだろう。だが僕はその態度が気に食わない。
「な、何事だ!」
バン、ととても大きな扉が国王ただ一人によって勢いよく開けられる。
「ほら、扉が壊れますのでやめて下さい。」
「そんな事よりもこの騒ぎの原因は何だ!」
やがて国王が僕を発見し、
「イエンツ君。君の目的は何だ。私と話をしたい。そのために兵士に迷惑をかけるつもりか?」
「はい。あなたに話があります。成人式の事で。」
兵士に拘束されたままの僕は周りから恥ずかしいだなどと思われているはずだ。だが僕はこの国王と一度対等に話をし、和解が無理ならばこの国を出て行ってやると考えていた。
成人式を怖がっていた理由。それは何をやるかいくら情報を集めても噂程度の情報しか集まらなかった事。
洞窟に行くなど欠片も知らなかったし、そこで死にそうな目に遭うなど全く考えられなかった。いや、考えられなかったこそこの怒りは激しく燃え上がっているのだ。
「いいだろう。通せ。」
謁見の間。貴族とはいえ一般人の僕にはこの部屋しか見る事が許されていない。
「さて、話とは何だ。手短に申せ。」
「何度も何度もあの洞窟で死にそうな目にあった!こんな事はもう嫌だ!何が成人式だ!すべて貴様の陰謀なんだろう!僕を殺す、成人式と伝えて暗殺する・・・!」
「はぁ・・・。」
国王は深い溜め息をついた。
「そなた、貴族としての振る舞いはどうした?忘れたのか?」
「なっ…!そんな事、今はどうでもいいだろ!」
「"今は"?、今こそ必要なのではないのか?感情的になって物事を進める人間はこの国には居ないと思っておったのだが。」
僕は確かに生まれてからずっと言葉を教えられていた。友達と話す時も上品に・・・下品に話せば僕には辛い『おしおき』があった。なぜこのような世界に生まれてしまったのだろうか。なぜこの国に生まれてしまったのか。僕個人の自由が守れなくて何が国か、何が王様か何が人間の集落だ。
「では、僕は今後一切この国には立ち入りません。」
「それは不可能な事じゃ。そんな事はわが国では許しておらぬ。逃げれる物なら逃げるがよい。一生追いかけまわされる覚悟があるのならそうすればよい。」
「ぐ・・・!!」
そこにあった王様は王様ではなかった。今まで親しみやすいように振る舞っていたこの王は、本当は冷酷無比、残虐非道の王だった。
そう確信してしまった僕はさらに危険な領域へと踏み込んでしまった。
「なら、貴様をこr」
「白紙の巻物。」
突然取り出した白紙の巻物。こんな物、一度も見た事無かったぞ!?
「かんごく。」
突然、空中から檻が降って来た。
見事に捕まってしまった僕は、兵士と共に牢屋へ連行されるのだろう。
「出せ!出せえええっ!!」
「すまぬが、そなたをこの国で暮らさせる事は現状難しい。」
王はそれだけ喋り、僕は兵士に檻を引き摺られて石作りの何もない部屋に放置された。
「出せっ!!出せええええええええ!!!!!!出せ!!出せ!!」
檻をガンガン揺らす、とても強い檻は壊れる事無く中の僕を嘲笑うかのように揺れている。
「ぐっ!」
胸が痛い・・・
(ん、んぁ・・・)
「!?っおい。僕の奴隷、この状況をどうすればいい!」
(いきなり起こされて奴隷とか、この子は一体どういう教育を受けてきたんだ。)
―目が覚めたら本人に奴隷とか言われた・・・この人の目に映る物は檻と殺風景な石部屋か。―
―・・・一体何があったのか、記憶をたどる。―
(完全に自業自得じゃないか。そんなの自分にだってどうしようもない。)
「貴様っ!また僕を裏切る気かっ!」
(また?あの、自分何か裏切るような事しましたか?)
「貴様あああああああああああああっ!!」
―いや、この子はちょっとおかしい。―
「はぁ・・・・はぁ・・・・」
持っている物はまだ持っていた謎の草と洞窟で見つけた紫の地図。
幸い持ち物は没収されなかった。いや、檻の中だから没収が出来なかったのだ。
「草と紙切れでどうしろっていうんだよくそが!」
単なる自暴自棄なのだが、今回は違った。
いくら待っても食事が来ない。
当然か、こんな所まで食事を持ってくる人間などいるわけがない。
こうして一日目が終了した。
「はっ、はぁ、はぁ、はぁ・・・」
悪夢だった。寝た気がしなかった。
(おお目が覚めたか、調子はどうだ?)
「五月蝿い!五月蝿い!五月蝿いっ!」
―この少年はイエンツと言うらしい。そして現在、気力を失って座り込んでいる。これを放心状態と言うのだろうか。―
―二日目になっても人が来ない。まさか餓死させるつもりなのだろうか。そうなってしまえば、この子は・・・―
―二時間、三時間と経過して五時間目だ。もう意識を保つだけで限界のようだった。―
(おい・・・助けが来ないなら自力でどうにかするしかないだろう)
「わかってるさ。わかっていても、こんな物じゃねぇ…!」
―イエンツは床に投げ捨てた草と地図を取る。その草、まだ食べないのか?―
(草を食べるつもりはないのか?)
「嫌だ。この僕がこんな雑草などを食べるなんてことは・・・」
(そうか。助かるかもしれないとしても、嫌か。)
「そんな物を食してまで助かりたくはない・・・それに、助かったからといってその後兵士に追っかけまわされてどっちみち死ぬんだ・・・」
(前、君が君の殻に閉じこもっていたよね。それと同じように、自分と交代してくれないかな。)
「こんな体、欲しけりゃくれてやるよ。」
すっ、と体の力が抜ける。
「う、動かない・・・」
体に力が入らず地面に倒れる。この人はまさか気力だけで座っていたのか。
「く、くさ・・・」
草に必死に手を伸ばし、食べる。
「う、うぉ、うっぷ・・・」
吐き気が襲うのは知っていたが慣れない。
その慣れない手つきで檻を持つ。
「ぬ、ぬおおおおおぉぉぉぉぉ....」
「たあああっ・・・・!!」
檻は開き、出られる様になった。記憶の通りなら、ここからだ。自分はずっと持っていたであろう紫色の地図を手に取りこの部屋から出た。
「イエンツが逃げ出したぞ!」
「すみませんが、自分にはもう抵抗する気はありません。」
潔く両手を挙げる。
簡単に自分は捕まり、さっきの檻ではなく王様の元へなぜか通された。
「本当にもう王様を殺すなどとは喋らないのだな?」
「はい。この度は本当に、申し訳ありませんでし....」
最後まで言い切れず、空腹と肉体疲労により倒れた。
「いいだろう。しかし次はないぞ。」
倒れた直後にこんな声が聞こえた。
―はっ。ここは!?―
―・・・ああ、体はイエンツ君本人に帰って来たか。―
「ぅ・・・あぁ?」
「良かった、目が覚めたのね。私のかわいい坊や。」
「ぉ、かぁ・・・さん?」
「そ、そうよ!」
目が狂ったように動き、僕を抱きしめようとした直後、隣に居た人間から静止される。
「まだ動かさないで下さい。」
「は、はい。もう駄目かと思ったわ。まさか私の子が国王様に反逆して監獄送りなんて。」
「最後の最後で国王様が許してくれて、助かったわ。」
ゆっくりと意識がはっきりしていく。同時に僕は(本当にアイツは僕を救ったのか!?)と驚いた。
もう僕は何にも目を背けていたのに、アイツは本当にこんな絶望的状況を乗り越えたのか?
僕が助かったという喜びと、アイツがすべてやりやがったという嫉みが同時に僕を襲う。
「うわあぁぁぁ.....うっ。」
気を失った。
次に目を覚ました時には、どこも元気だった。
暫く僕の前にアイツは姿を現さなかった。そして、19歳。配達屋の仕事を始めた僕は魔女の住む森へと入る事となる。あの時の不思議な洞窟と同じで『ダンジョン』と言うらしく、あの一件で計り知れない程のトラウマを植え付けられた僕は断り続けた。
最終的には行かなければクビとまで言われ、意を決してその魔境へと足を踏み入れた・・・
「ぅ・・・っ。行くのか・・・っ」
目を瞑り、一歩を踏み出したところで僕の意識はプッツリ途絶えた。
「あれ?ここは?」
あのイエンツという人間のようだが、何か体がしっかりしていて大きなリュックまで持っている。
この森のような背景の世界には敵はおらず、サクサクと進んだ。
この森―魔女の森と記憶にはある―の奥地に着くと、そこには木で作られた小屋があった。
「お、おじゃまします。」
「ああ、いらっしゃい。配達屋だね?」
配達屋?自分の職業か。
「すみません、お届け物を持ってきました。」
イエンツはこれを持ってきたようだ。
手紙、見た目は白の封筒だが中身は手紙だと聞いている。
魔女が封筒をあけ、中身を少し見るとにこやかな顔になってお礼を言った。
「本当にありがとうねぇ。な・か・な・か届かないから心配したんだよ。」
まさか、配達が遅れるまでここを断っていたとは。
「ふぅむ、お前が原因かい?」
「・・・・はい。」
「正直だねぇ。正直な子にはサービスをしてやらなくちゃねぇ?」
魔法?魔女と言うからにはやはり魔法なのか?
「そーれ。」
目の前が真っ暗になる・・・気がついて目をゆっくりと開ける。
「ぅ・・・ぅん?」
目を覚ますが、森?ここは森?どこの森だ?魔女の森か?
目の前にはまもの。見覚えのあるスライムだった。
今の自分は武器がない。
殴る、殴る、破裂する。
自分は目の前のまものに慣れてきたと思いつつ、イエンツが今でも大切に持っていたと推測できる紫色の地図を握る。このアイテムの効果は分からないのだが・・・おそらく貴重品。なくせば大変な事になるかもしれない。
自分は急いで森を進む。どこが出口かさっぱり分からないが、進んでいる事だけは分かる。
自分は池を見つける。池の周りには木が無く、隅の方に腰掛けられそうな切株がぽつんとあるのでそこで座って休憩する。
どうやら配達屋という仕事に就いたイエンツは、足腰だけは鍛えられているようでこれだけ昼が夕方になるほど歩いても足には疲れが出なかった。どちらかといえば疲れより痛みの方が遥かに上回っていた。道中5分以上まものに遭遇しなかった時など無かったのだ。更に進めば進む程攻撃を受けた痛みは跳ね上がって行った。おかげで今は休憩の意味がこの空間での治癒能力を活かした体力回復だった。どうやらダンジョンと呼ばれる場所では体力の回復が早く、腹が減るのも早くなるようだ。リタイアする方法は無く、苦しみながら死ぬか、何とかダンジョンを突破して平和な生活に戻るか、その二択だった。
「はぁ。イエンツ、生きてるか」
(なんなんだあの魔女は!届けてやったのに!)
「期間を何度も伸ばしたからだろう。」
(だからといってこの僕をダンジョンへ送り込む事は無いだろう!!)
「それだけ鬱憤が溜まっていたんだろうさ。手紙が届かないって鬱憤が。」
(いい加減にしろ、あのばばあ。)
「あのなあ・・・。どうやら自分はダンジョン攻略の時だけ呼び出される様だし、そんなにダンジョンを怖がる必要は無かったんじゃないのか?」
(その時は知らなかったんだよ!お前が言っている事はただの結果論だ!)
「じゃあ今度からダンジョンを怖がるのはやめよう。いつかイエンツ自身の身が滅ぶぞ。」
(お前は…!!)
グチグチ五月蝿いので以降の会話は無視した。
十分に休めたため、自分は奥へ進む。
場面は誰もいなくなった池型休憩所。そこの端っこにぽつんと佇む切株がひとつ。
切株は自力で地面から脱出し、細長い根っこで人間の形を模っていた。切株は立ち上がってくるっと半回転し、その切株から顔らしきものが見えるようになったところであの人間の跡を追った。
「何が・・・あった。」
(それは僕の方が聞きたいさ。)
目の前に広がるまもの。自分は確か通路を通って広間に出た筈だ。
そこにはまものの楽園と言うべき人間にとっての地獄が待ち構えていた。
「こんなのどうやって倒すんだ、どうやっても数にやられる。」
とりあえず冷静に通路に戻り、一体一体倒していく作戦にした。
まものは馬鹿なのか目の前の獲物で周りが見えなくなっているのか、一体一体並んで通路へ入っていく。
「おい、何かアイテムはないのか。」
(アイテム?道具の事か・・・すまないが一つも持ってきてはいないんだ。)
「この地図は何だ?道具じゃないのか?」
(これは宝物だ。間違っても道具として使うな。)
イエンツもこの状況で無理な事を言う。使える物は何でも使えと先駆者様に教わらなかったのか。
自分は何も考えずにこの地図を見る。
・・・この地図、書くための道具があるが、本当にマッピング用じゃないとしたら?
白紙、書く道具、そこから生まれた大きな賭け。
「確か…せいいき、だったよな?」
さらさらと日本語で『せいいき』と書いて足元に置く。
(ああああああ!!言った傍から使いやがるこのクソ!)
「生き残りたくはないのか」
(だからって宝物を使うとかやめろよ!俺の唯一の宝物だったんだぞ!!)
「ダンジョン一度しか潜った事ない奴に何が分かるか!」
この紙、何か紫色のオーラが消えた。とりあえずこの上に乗ってみる。
まもの達は動かなかった。
「この!この!」
殴ってはまものが来て、殴ってはまものが来る。
やがてその広間の中にいたまもの達は全滅し、やっと通れるようになった。
中にはアイテムやお金が色々な所に置いてあったが、特に目ぼしい物はなく、とりあえず売れば金か何かになるだろうと思ってすべて拾った。
拾ってから気がついたが、これは剣だった。何の剣かはよく分からないが、重さも十分で正にロングソード、と言った感じだった。
目ぼしい物はないと言ったがあれは嘘だ。ここにきて武器が手に入ったのは大きな収穫だった。
その後、長く苦しい森の中を進み、日も夜になりかけたころ。
不自然に切株が道をふさいでいる事に気がついた。この先には何か意味ありげな通路があった。
「どいてくれ、どかなきゃ跨ぐ。」
そう言って跨ごうとした時、その切株は地面から抜き出る様に姿を現す。そして半回転し、地面に埋まっていた根っこを上手く使って人間の体を表現しているようだ。
「ううむ・・・ボスか?」
自分はゲームという物はあまりやらないのだが、この森でこの敵は初めて=ボスという期待があった。
「この草は薬草か?」
配達用バッグを漁るがその間にも切株お化けはこちらへにじり寄ってくる。
「金・・・・金しかないな。」
金額については知らないが、バッグから出てきた物は薬草が二つと金貨らしい物が少量だった。
とりあえずこちらへあと一歩ぐらいの所まで切株お化けは来ているので剣を振ってみる。
『こちらへ来るな』の意味だったが切株お化けは宣戦布告とみなして飛びかかるように殴ろうとしてきた。
剣で薙ぎ払うが、力が足りずこのお化けはびくともしない。
10分後、自分はそのお化けに倒れた。薬草はすでに尽き、その死体のリュックからは金貨がこぼれていた。
「おい!皆!聞いてくれ!」
剥げ頭のいかつい男が急いでいるように人が集まる酒場に突っ込んで強引に話を進める。
「あの今まで死者が出ないとまで言われた魔女の森に初の死者が出た!」
そして男は死者報告掲示板に一つの紙を貼る。その紙にはこう書かれていた。
『魔女の森第十層にて切株お化けに敗れる。イエンツ19歳』
自分は彼が死んだ瞬間病院で目が覚めた。
「あ、起きました!先生!」
目の前に居るのは女性だろうか。
「奇跡だ・・・僕もついさっき起きる事は無いだろうと認めたばかりなのに…」
医師のような人間は自分の目覚めに驚いていた。
「う、うう。ッ。」
『自分』は起き上がろうとする。相変わらず自分に関する記憶はすっぽり抜け落ちている。そして激しい頭痛に襲われた。
「君はもう少し安静にしてなさい。」
「はい。」
その後、自分は自分に関する一切の記憶を失くし、何カ月かの入院生活を余儀なくされた。
あの時、僕は彼を助ける事が出来なかった。すべて自分の判断ミスだ。
彼・・・今はもう誰だったか思い出せない。
しかし、もう一度チャンスがあるのなら。自分は彼を救いたい。・・・記憶を無くした自分の我儘だ。
自分は虚空を見つめていた。
まずは見ていただきありがとうございます。
ローグライク系の知識はほぼ無しです。なぜこれを思いついたかワカリマセン。せいいきの巻物とか知りません。
ひとつの体に二つの魂、って感じの設定は楽しそうですね・・・私には表現力(戦闘力)が足りてないですが。
何かアドバイス的な事があったらどんどん送ってください。今後の糧にします。