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ノーパン少女伝  作者: 山田
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3

鵜飼のスカートの中を偶然目にしてしまった僕は本校舎を後にして特別棟に来ていた。

 

七色高校には三つの校舎がある。使用頻度の高い順に説明していこう。一つは本校舎と呼ばれる僕らが普段授業を受ける教室が設けられた建物。


次に別校舎と呼ばれる家庭科室や音楽室、図書室など、多種多様な用途をもつ教室ばかりが集められた第二の校舎だ。


そして最後に今僕が来ている特別棟だ。

特別棟は四階まであるが、そのうち二階までを文化部の部室とし、三階と四階は学校の備品や文化祭などに使う装飾を保管している倉庫として使用されている。この校舎の四階にある手洗い場は非常時の為にだけあるようなところで、男女共同となっており、個室が四つあるだけだ。

ただでさえ人の出入りが少ない特別棟四階にある共同トイレ。その一番奥の個室は、常に鍵が掛かっている。無論、中に人がいるから鍵が掛かっているわけで、学校の怪談てきな要素は一切存在しない。


扉を三回ノックすると、個室の中から「なんだ?」と男でも通用するし女でも通用する、どっちともとれない声で返事が戻ってくる。個人的には女性であったら嬉しいので、彼女と呼ぶことにしている。


彼女は情報屋を営んでおり、その姿を見た者はいない。しかし僕がいついかなる時にここを訪れても彼女はいるので、謎は深い人物であるが余計な詮索することはしない。

 

彼女がくれる情報は正確だ。僕にとってはそれだけで十分であるし、身辺を嗅ぎまわって情報屋を引退されては非常に困る。校内の生徒が情報屋を利用することは多々あるが、同様の理由で彼女に探りを入れる生徒はいない。


「鵜飼さんが、パンツを履いていなかったんだよ」

 開口一番にこの言葉を吐いたのは我ながら藪から棒だと思った。


「その声は三木くんか? 久しぶりだね」

「ああ、ゴールデンウィークだったからな」

「そうかそうか」

「そんなことより、鵜飼さんがノーパンなんだ。僕は大変な発見をしてしまった」

「彼女に関しての情報が欲しいのか?」

「そういうこと」

「しかし、彼女の情報は格段に高いよ。需要があるからね」

「いくら?」

「一つにつき、五千円だ」

「……足元を見た値段設定だな」

「それでも買う馬鹿な男が多いものでね」

「どうせ安井も買いまくっているんだろう」

「あいつは常連だね」

「馬鹿な奴」

「で、三木くんはどうする?」

僕は財布から五千円札を取り出して、個室の上にある隙間から投げ入れた。


          ○


七色高校の言い伝えの一つに「無下着倶楽部ノーパンクラブ」という得体の知れない軍団の話がある。

かの倶楽部は見栄えよく漢字で表記されており、それは会長と呼ばれているクラブ長の意図によるものだが、要はノーパン愛好会だろう。しかし、その実態を知る者は少なく、固い結束により情報漏えいも防がれており、どこで会合が行われているのかも不明であり外部の人間からしてみれば幻の倶楽部と言っていい。


無下着倶楽部の会長とやらが、これまた生きる伝説のような人で、もうかれこれ四年間に渡り留年し、三年生の皮をかぶった七年生という豪の者である。けれども、無下着倶楽部と会長に関する一連の話の信憑性はかなり薄く、無下着倶楽部の存在を誰もが認知してはいるものの、誰もが真摯に受けていない。

そのため、記憶のどこかには残っている筈だが、すっかり忘れられている名である。実際、僕自身も情報屋から「無下着倶楽部」という言葉を聞いてから、そういえばそんなのあったなと思いだしたほどだ。

 

財布に入っていた虎の子の五千円札と涙ぐましい別れを経て僕が得た情報は、鵜飼が無下着倶楽部に所属しているということだった。なんということだろう。あの鵜飼菜古がそんな下世話な名をした怪しい倶楽部に入っているなど、予想もしていなかった。

 

きっと会長と呼ばれる変態留年野郎に何かしらの弱みを握られており、ノーパン生活を強要されているのだろう。可哀想な彼女をノーパンの呪縛から救ってあげられるのはその事実を知る僕だけだ。

そんな風に、僕が選ばれた人間であるかのようなおめでたいことを考えていた。


          ○


始業の予鈴が鳴ると、一人また一人と生徒が自分の席へと戻っていく。


授業にも集中できず、僕はずっと鵜飼の綺麗なお尻を思い出していた。可能であればこの記憶を現像して一枚の写真として家宝にしたいところだが、悲しいことに現在の技術ではまだその段階にまで至ってはいない。


女性のお尻を生で見たのは初めてだった。性的欲求がこみ上げてくるというよりも、彼女のお尻は芸術のそれに近く、ただただ美しさゆえにもう一度見たいと思える。


無下着倶楽部に所属している人間は、もしかすると彼女のお尻を毎日見ることができるのだろうか。そもそも、無下着倶楽部には明確な活動内容があるのだろうか。もう一度情報屋のところに赴き訊いてみるしかない。


情報屋は、買い手の質問に答えることしかしない。当たり前と言えば当たり前なのだが、それにしても彼女はおまけという言葉に無縁である。「鵜飼菜古は何故ノーパンなのか?」と訊けば、「無下着倶楽部に所属しているから」とだけ教えてくれる。その「無下着倶楽部」に関しての情報や、鵜飼が「無下着倶楽部」に入る経緯は、また別料金で発生するのだ。実に商売上手だと素直に感心するが、たまにはおまけの一つでも欲しいものだ。


昼休みになり、僕は学食でトンカツ定食を食べていた。しばらくして、カレーライスを手にした安井が対

面に座った。個人的に、カレーの匂いは日常で目にする料理の中でもとかく嗅覚に訴えかけてくるものがあり、なんだかカツカレーを食べているような錯覚に陥る。

「僕も、トンカツにすればよかったかなあ」と彼が言った。

安井は典型的な馬鹿で、隣の芝生を見ては青い青いと羨ましがり、かといって隣の芝生へ行ったら、今度は自分が元いた芝生を青い青いと羨ましがる人間だ。


そんな救いようのない馬鹿な男と飯を食うのは僕をおいて他にはおらず、かと言って高潔無比の権化たる僕と飯を食う人間も安井だけだ。


「安井、聞いたところによると、随分情報屋に貢いでいるらしいじゃないか」

「どうしてそれを? まさか情報屋のやつがバラしたのか」

「訊いたら教えてくれたんだよ」

「いくらで?」

「タダだった」

 

情報屋の教えてくれる情報は価値によって値段が異なる。鵜飼のように需要がある情報にはそれなりの値段を設定している。他にも定期テストの出題問題などを一問につき五百円で売ってくれるらしい。


当たり前だが、安井の情報など知りたい人間はいないだろうから値段をつけるだけ無駄だし、僕と安井の関係を知っているからこそ無料で教えてくれたのだろう。


「悪いことは言わんから、鵜飼の情報収集などというストーカー染みた真似はやめておけ」

「まさか、三木くんも彼女に惚れたのか?」

「そうじゃない。集めるだけ金の無駄だと言っているんだよ」

「そんなことはないよ。僕はべつに彼女と恋仲になりたいと考えているわけではない。その辺、他の愚かな男子とは一線を画しているだけ高尚だ。ともかく、彼女の情報を集めることが僕なりの愛の形なんだよ」

 安井の言う僕なりの愛はかなり歪んでいると思うが。

「でもお前、鵜飼と違うクラスで落ち込んでいたじゃないか」

「そりゃ、可能であれば彼女を傍から眺めていたいからね。三木くんが羨ましいよ。鵜飼さんを常時見ていられるだなんて。彼女のレアな一面もお目にかかれるかもしれないし」

たしかにアレはレアな一面だったかもしれない。まあ、クラスメイトか否かは無関係だとは思うけれども。


安井との雑談もほどほどに、僕は特別棟四階に向かうことにした。情報屋に無下着倶楽部の実態について訊く必要があるからだ。

 

例によってノックを三回すると、これまた例によって「なんだ?」と返ってくる。余談だが、前に一度ノックの回数を変えたらどうなるのだろうと興味本位で試したが、三回以外では情報屋は反応することをせず、それどころか何度も何度もノックを繰り返している内に彼女が怒ってしまったのか、三回ノックしても無反応の時期が二週間に渡って続いた。


「無下着倶楽部について教えてほしいことがある」

「また三木くんか。君もなかなか暇だね」

「トイレの個室に籠り続けているやつに言われたらおしまいだ」

「たしかに。それで、件の話の続きということだよね?」

「まあ、そうだけど。だからと言って鵜飼のことを教えてもらうわけではないからな。五千円は払えないぞ」

「解っているよ。それで、無下着倶楽部について何を教えてほしいの?」

「その倶楽部の実態と主な活動内容が知りたい」

「了解。じゃあ四千円」


          ○


 一日で九千円を失ってしまった。その対価として得た情報はそれほど価値のあるものなのかと問われたら微妙である。バイトの出勤数を来月からはもう少し増やすことにしよう。

 

無下着倶楽部の実態についてを開示する前に、鵜飼菜古について触れておこう。

 

今朝の時点で僕が情報屋から鵜飼の情報を五千円で買った。たった一人の女子生徒が無下着倶楽部に所属しているという情報だけで樋口一葉一枚を生贄に捧げたのだ。しかし、無下着倶楽部という底の知れぬ未知の軍団の実態を知るために払った金額より高い。それほどに鵜飼菜古の情報が高く、彼女の人気を如実に表している。情報屋も、うまいこと買い手の揚げ足をとりつつ、情報を小出しにするのでタチが悪い。

 

無下着倶楽部は七色高校のインフレ化しつつある街談巷説集の中でもとかく謎めいていて、それでいて最も現実的な、というか実在する集団である。

 

まず驚くべきことに、無下着倶楽部という名前からして、明らかにノーパンフェチの野郎ばかりで構成されていると考えてしまうのが一般的であるが、その真実は全くの逆で、男子生徒は一人とていない。入会するのに必要な最低条件がY染色体を持たない人間であることだ。

 

次いで、下着を身に着けないことで快楽を得ることができる女性のみで構成された少数精鋭の部隊である。これをただの露出狂集団だと勘違いしてしまう方もいるかもしれないが、それはあまりにも早合点だ。


このご時世、みんなが当たり前のように下着を着用して生活しているが、そんな常識に反発するかのようにノーパンでいることを信念としているらしく、一種の反社会的行動と言ってもいいだろう。さらに、いつスカートが風にあおられて浮き上がり、文字通り一糸纏わぬ下半身を見られてしまうのか、という穏やかな日常に緊張感をもたらすことに快楽を得ているようだ。


掛け値なしに言って、ただの変態が集まった倶楽部であった。


無下着倶楽部には明確な活動内容は一切合切無いようで、ただ同じような変態が互いを肯定するためだけに身を寄せ合っているだけらしい。


          ○


昼休憩の時間は短くて儚い。学食で昼飯を食べてから特別棟へと移動し、少々の歓談をしたとなれば、残り時間は僅かである。学費だけはべらぼうに高いこの高校の敷地は広く、学食も大食堂として孤立した建物になっているので移動にも時間を要する。


午後の授業開始を知らせる予鈴が鳴る頃には無事に教室へと戻ることができた。


授業中、なんとなく鵜飼のことを見やると、真面目に黒板を見つめ真面目に先生の話に聞き入り真面目にノートを取っている。しかし、下半身は不真面目であるというあべこべ具合が非常に愉快であり興味深くもある。


僕はこの日からこの手記を執筆することにした。

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