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後片付けにはまだもう少し

 今まで数十分、ずっと見ていたのにどうしてだろう。

 やっぱり自分の目でちゃんと見るのとは、感覚が違うんだろうか。手を握った感触が違ったのと同じように。

 それ以上に、他の人以上に、悠司くんに対して感謝と憧れと……もう少しどきどきする気持ちがあるせいかもしれない。

 わたしより年下なのに、ずっと手を引いてくれた。突然やって来たわたしを邪険にせず、お願いを聞いてくれた。

 今も助けてくれて。そんな人を、特別な目で見てしまうのは仕方ないと思う。

 そうだ。どうして助けてくれたんだろう。


「あの、どうしてこんな風に助けてくれたの?」


 すると悠司くんは言った。


「縁って……わかるか?」

「えん?」


 通貨単位のことじゃないぞ、と悠司くんは釘を刺す。


「ここで事故に遭った君は、体から離れて俺のところまで引き寄せられてきたんだ。普通、都合良く『霊が見える』人間のところにたどり着くとは限らないんだよ」

「どうして?」

「霊体は縁を辿って移動するからさ。君はどうしてか俺と会う縁を元々持ってたんだろう」

「悠司くんみたいな、霊が見える人との縁ってこと?」


 彼は中学生とは思えない影のある表情で苦笑う。

 きっと、見えるせいでいろいろと大変なことがあったんだろう。例えばわたしの時のように、さんざ歩かされたり、倒れたところを介抱したりしなくちゃいけなかったり。

 数秒、そんな思考に沈んでいると、悠司くんが「驚かないのか?」と首をかしげた。


「や、驚いたけど……」


 十分驚いたつもりだったので、そんな事を訊かれるとは思わなかった。すると悠司くんが言いにくそうに視線をそらした。


「普通、幽霊なんぞと関わらないからな。異常な時ならまだしも、こうして通常の状態に戻ったら、見たことも否定する奴がほとんどだよ。まぁ、信じやすいのも問題だけどな」

「信じちゃだめなの?」


 不思議に思って問いかけると、悠司くんはようやくまたわたしの方を見てくれた。


「現実を見失わなければ信じてもいい。俺たちが生きてる時間には、本来関係ないものだからな。だけど全部幽霊のせいにして、現実から逃げる奴もいるだろ? もしくはそう仕向けようとする奴も」

「あ……わかる気がする」


 悪いことは全部祟りのせいとか、そういう風に思い込まれちゃ困るってことだろう。よくそういう詐欺があるって話も聞くし。


「大丈夫だよ。自分でも今の今まで、自分が幽体離脱っぽい状態だったなんて思わなかったけど、なんか現実の延長ぽかったっていうか」


 だから黒い煙のようなものを見なければ、幽霊に関わった感じが薄い。あと籬さん達も予想してたような幽霊っぽい幽霊じゃなかったせいもあるけど。


「なんか、幽霊って実際に見ても、今まで見かけなかった珍しい蝶みたいな感じがする」


 いるんだなとわかったけど、初めて見る珍しいもの、のような感覚だ。


「被害受けてるんだから、せめて蚊とか狼ぐらいに考えておいた方がいいぞ」


 呆れたように言った悠司くんは付け足す。


「あと、今はまだ千紗さんが呪われた状態だから、色々見えやすくなってるだけで、この一件が解決したら見えなくなると思う」

「そういうものなの?」

「たいていは、千紗さんと同じ状態でも見えなかったりするけどな」


 よくわからないが、どうもそういうものらしいとだけわたしは覚えておくことにした。


「そういえば、なんで最初からタクシー使わなかったの?」


 最初からタクシーを使っていれば、少しは悠司くんを疲れさせることもなかっただろうに。


「そりゃ、お前さんを元に戻すためであろう」


 籬さんの声に振り返る。


「あ、運転手さん」


 バスの中から籬さんが抱えてきたのは、さっきの運転手さんだ。籬さんによると「気絶しておるだけ」らしいのでほっとする。もう変なうめき声は聞こえない。


「わしみたいに完全に死んでおるのと違って、嬢ちゃんは生きておる。その分、出てくるのも戻るのも慎重にせねばならんのよ。急激に戻そうとしたところで、一気に記憶が戻った瞬間に精神が変調を来たし、一生目覚めなくなったり、戻れなくなる輩もいるからな」

「え……」


 わたしってばそんな危ない状態だったの? ていうか、やっぱり籬さん死んでるんだ……。


「体調はどうだ?」

「あ、うん平気。ありがとう」


 悠司くんにうなずいてみせる。確かに体に戻ってからは、重たい感じもなくなった。問題は腕の傷ぐらいだろうか。それも血は止まってる。


「おい悠司。あれはどうする?」


 籬さんが指さしたのは、ロープで車輪を近くの木につながれたバスだった。すぐそこが崖なので、落ちてしまわないようにしていたのだろう。


「ロープは外すか。後で警察か来た時に説明が面倒だし」

「そうか。ならばその間にこれを食え」


 ずいっと籬さんが差し出してきたのは、少し中身が減ったドーナツの袋だ。

 悠司くんがあからさまに嫌そうな顔になる。


「燃費悪すぎないか?」

「我が輩は十分に働いたぞ。バスを動かすのはたいそう疲れたし、人を一人動かすのも、肉体のないわしにはけっこう重労働なのだがな」

「……わかったよ」


 悠司はしぶしぶ袋を受け取る。


「どうしてドーナツを食べるの?」

「死んだヤツってのは、食物のエネルギーだけ食ってるんだよ」


 しかし、本人に与えるより霊媒体質の人間が食べる方が即効性が高い。しかも、なるべく甘い物の方がいいという。故人の好みなら言うことナシらしい。

 ああ、それでドーナツ屋で甘味を勧められていたのか。


「でも、だったらわたしに食べさせたのは?」

「死んだ奴か死んでないのか、判別しやすいからだ」


 悠司くん曰く、いわゆる生霊は自分の体を持っているので、霊でも生きていると思っている限りは本人に食べさせることができ、しかも即効性があるらしい。

 ココナツをまぶしたドーナツを口にする悠司くんを見ながら、わたしはため息をついた。落ち着いてくると、考え出すのはこの先のことだ。


 ――理子やイズミに連絡しなくては。

 連絡の言葉は悩む必要はないし、顔を合わせずにすむ理由はすぐ作れる。でも事故にあったと聞けば、二人は家にやってくるだろう。たぶん、さっきの夢のように。イズミは泣きそうになりながらやってきて、理子はその隣でまた嘘の笑顔をつくるのだろうか。


 その時に、どんな顔をして会えばいい? 悪意をもたれて実際に怪我までしたのに、このまま友達として接していけるのか、自信がない。

 でも脳裏に浮かぶのは、今までの楽しかった思い出だ。理子がしてくれた親切だ。

 ずっとそうして仲良くやっていけると思っていたのに。


「どうしよう……」


 思わずつぶやく。するとドーナツを食べ終わった悠司くんが「どうした?」と尋ねてくれた。


「あのさっきのストラップ、友達にもらったものなの。それで……」


 わたしはストラップにまつわる経緯を話した。恋のおまじないに協力してと頼まれ、成就するまで付けていてくれればいいと渡された事。

 だけど、あれは恋のおまじないなんかではない事を知った。理子が恋しているのは確かかもしれない。だけど、自分に悪意を持っていた。


 夢のことも話した。

 悪意をもたれているまま、理子と今までみたいに話せるのか自信がない。言葉や態度の全てを疑ってしまいそうで……。

 悠司くんは二つ目のドーナツを食べながら、黙々と聞いてくれた。

 全て聞き終えた悠司くんは、何かを納得したように「ああ、そうか」とつぶやいた。


「たぶん理子さんて人は、千紗さんを害しようと思ったわけじゃないんだろう。おそらく、邪魔だとは思ったんだろうが」


 邪魔、という言葉が胸に痛い。


「好きな相手を独占したい気持ちが、強まった末のことなんだろう。こればかりは本人が嫉妬をやめるしかないんだが……。まぁ、俺が後でなんとかしてやる」


 最後の方を、少し目をそらし気味に言った悠司くんは、籬さんに話しかける。


「時期が悪いにしても、こんな事故にまでなるとはな。何か要因があるはずなんだが。どうなんだ? 籬」

「どこぞに古い墓でもあるのではないか?」

「え? お墓?」


 尋ねると、悠司くんがヒントを出してくれた。


「今、彼岸だろ。信心深い奴ならやるだろ」

「え? 彼岸って……お墓参り?」


 今はもういかなくなったけれど、小さい頃は何度か「春の彼岸だから」と墓参りに連れて行かれたことがある。


「墓参りの時には供え物をするだろ。だが面倒だ、掃除したくないからと何もしないと、飢えて『くれそうな奴』を探して歩くんだよ。この時期は特にそれが強くなる」

「世話が足りんと、悠司のように代理で食ってくれる人間を捜して憑くこともある。悠司の場合はわしがそんなことさせんがな!」


 籬さんがえへんと胸を張って見せたが、すかさず悠司に背中をはたかれる。っていうか、幽霊って見える人間には透けないの?


「いいから早く探してこいよ」

「小童のくせに本当に幽霊遣いが荒い奴め」


 ぶちぶちと籬さんが文句をいいつつ、その場にすいっと浮き上がった瞬間だった。

 バタバタとプリントの束を机に叩き付けるような音が、何十にも重なってわき上がる。

 音源を振り向いた時には、黒い鳥の集団が目の前にせまっていた。


「…………っ!」


 籬さんの姿が飲み込まれる。

 悲鳴を上げる前に、悠司くんに庇われた。


「いたいたいたっ!」


 それでも背中や頭、果ては足にもぶつかってくる。

 痛いと言うたびに、悠司くんが覆い隠そうときつく抱きしめてくる。わたしは痛みを堪えながら、彼にしがみつくしかない。

 その合間に、妙な言葉が思考の中にするりと滑り込んでくる。


 ――どうしてわたしのことを振り向いてくれないの

 ――わたしのことに気付いてくれないの

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