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離れた場所では

 りりんりりんと、また電話の着信音が鳴っている。

 その音を「うるさいな」と思いながら、またわたしは理子達の様子を見ていた。


 今度はすぐ側にいるように感じるのに、彼女達は呼びかけてもわたしに気付かず、あちこちの家で呼び鈴を鳴らして回っている。

 しかし辺りは人家もまばら。三件の扉を叩いてどの家も不在にしていると確認すると、イズミと理子、栢山くんの三人は、山への入り口にあるバス停留所へ戻ってきた。

 理子は先ほどの夢とは違い、顔色が青くなっている。


「ねぇ栢山くん。この先にもバス停、あるよね?」


 バス停の路線図や時刻を確認していた栢山くんが、ややあって理子たちの方を向いて首を横に振る。


「だめだ。次のバス停は山を越えた向こうだ。とても車で十分やそこらで着くような場所じゃない。帰りのバスはもう一時間前に終わってる」


 答えを聞いて、理子がつぶやいた。


「どうしよう」


 イズミも珍しく落ち込んでうつむいていた。


「悪のりして本当に実行しようって、盛り上がったりしなきゃよかった。千紗の荷物持って、真っ先に降りたのあたしだしさ」


 うなだれる二人に気付いた栢山くんは、当然のごとく首をかしげる。


「何言ってんだ? イズミ。水城さんは一人で後からくるって……」

「違うんだよ!」


 イズミは、あふれ出してきた涙でぐしゃぐしゃになりながらしゃべった。隣で理子が「イズミ!」と止めようとしたけれど、それをイズミは無視した。


「ちょっとしたいたずらのつもりで、千紗を起こさないであたし達だけバスを降りたんだよ! すぐに電話して起こすつもりで。だけど、千紗の方から先に電話してきたし、安心してて……」

「お前ら、わざとやったのかよ。なんでだ?」


 こわばる栢山くんの声に、理子は怯えながら謝った。


「ご、ごめん栢山くん」

「いつも通りの、いたずらのつもりだったんだよ、あたしら」

「だからって、旅行先でそんなことしなくても!」


 温厚な彼の怒鳴り声に、元来反抗心が強いイズミが激昂した。


「もうやっちまったもんは仕方ないだろ! どうせ栢山は、噂通り千紗のこと好きだから気にくわないんだろ!」


 栢山くんは何も言わず、うつむいた。

 その姿はイズミの言葉を肯定しているようにしか見えない。そうでなければ、いくらでも返事を返せただろう。「妙な噂を信じるなよ」とか。

 イズミは「やっぱり」と言いたげな表情で栢山くんを睨んでいる。理子は彼のことをじっと見つめ……唇をきつく噛みしめていた。


 わたしはその光景をみながら「そうだったのか」と思った。

 だから理子は、わたしを眠ったままにしていたのだ。

 旅行先を決めたのは理子だった。栢山くんがここへ来るのを知っていたんだろう。そして、わたしが居眠りをしなければ別な方法で二人はわたしを置いて抜け出し、栢山くんと会うつもりだったのだ。


 イズミとしては栢山くんを気にもしていないわたしが側にいることで、理子が悲しむのを避けたつもりだったのかもしれない。そうして真実を話さず、自分のいたずらのせいにしようとしていた。

 理子は、栢山くんに本当のことなど話せない。話したら、嫌われてしまうかもしれないからだ。好きな人に振り向いてもらえなくなるだけじゃなく、軽蔑されてしまうのが怖いのだろう。


 三人はそのままうつむき、誰も口を開かなかった。

 やがてとりあえず警察に電話をしようと、栢山くんが携帯をポケットから取りだした。が、同時に山道から降りてくるタクシーを見つける。


「千紗のこと、見てるかも」


 イズミは思い詰めた目をして、タクシーを止めようと車道に飛び出した。


「イズミ!」


 栢山くんが咄嗟に追いかけようとしたが、あきらかに止めるには遅い。が、実際は危険なことなど何も無かった。

 タクシーは異常なまでにひょろひょろと、ゆっくり進んでいたのだ。頭の中が悲壮モードになっていたせいか、イズミも栢山くんも、タクシーの速度のことにすぐ気付かなかっただけだ。

 車道に飛び出したイズミを見つけ、タクシーはゆったりと停車する。そしてイズミが声をかけるより先に、運転手が飛び出してきた。五十近いと思われる運転手のおじさんは、イズミにすがりつく。


「た、助けてくれえっ! バスの事故現場にお化けが!」


 バス、という言葉にイズミ達は一斉に顔を見合わせた。まさかと思いつつも、バスに乗ったままだったわたしのことを思い出したのだろう。


「ちょっとオッサン! その事故現場はドコだ!」


 運転手の首を締め上げ、イズミが場所を聞き出す。そして三人は怯える運転手を脅して、タクシーに乗り込み、元来た道を引き返させたのだった。

 その中で、理子はもう一度わたしに電話を掛けていた。


「お願い、バス事故だなんて嘘だと言って。電話に出て」


 つぶやく理子を、栢山くんが気の毒そうな目で見ていて……。


 りりん、りりん、りりん。

 いよいよ携帯の着信音が耳に障るようになった。わたしは「うるさいな」と言おうとして、ふっと目を覚ます。

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