その他、そして当事者
「ビッグニュースビッグニュース!!」
「なに、どしたの?」
「聞いた? 2-2の自殺事件、他殺だったらしいよ!」
耳打ちするならせめて声を小さくして欲しい。……え? 他殺?
「本当?!」
相変わらずの噂好きも、たまには役に立つんじゃん。
「本当本当! 犯人誰だか聞きたい?」
「えー? どうせ痴情のもつれとかでしょ?」
「残念! 智恵美はサスペンスドラマの見すぎだって~」
「あは、そう?」
笑って返すと、理々子は急に真面目な顔になった。
「ちょっと来て」
「え?」
手を引かれて向かった先は、人気のない西側階段。
「実は、重たい事件だったみたいよ? 真相を話すから、よーく聞いて」
「そんなに長いの? ちょちょっとまとめてくれて構わないんだけど」
「そんなこと言わなーい」
「だってほら、みんな勉強してるよ?」
「入試なんて余裕でしょ? 少しくらい他学年の事件に耳を傾けてみるのも……」
「はいはい、分かった分かった。話して?」
「よろしい」
満足気な顔で頷くと、理々子は深刻な顔で話し始めた。
◇◇◇
被害者には、親友がいたの。名前を……Aさんとしておくわね。え? 被害者をAさんで、親友をBさんにした方が良い? ……分かったわよ。でもそしたら分かりにく……はいはい、早く先を話せってね。了解しました。
Aさんには、Bさんっていう親友がいたの。面白いもの好きなBさんと、面白いAさん。相性抜群でとても仲が良くて、羨ましい限りね。……ち、違うのよ。私は面白くなくても智恵美が好きよ。……でも、本当は違ったの。仲が良く見えるように、Aさんが演技をしていただけだったの。そして、ある日急に裏切った。Bさんをより深く傷付ける為にね。……それくらい日頃からストレスが溜まってたのかもね? うーん、Bさんがものすごく依存心が強かったのかも。私? 私はそんな経験ないから分かんないけど…………え、智恵美あるの?! ん? 私?! ちょっと、そんな冗談いらないから。
それで、Aさんに裏切られたBさんは、ものすごく傷付いて……そりゃそうよ。だって、唯一の、それも最高の親友から裏切られたんだもん。自分の部屋から出て来れなくなったみたい。お母さんは、急に部屋にこもって泣き始めた娘に驚いて、何度も理由を聞いたみたいなの。それでも何も答えない。変に思ったお母さんは、娘が1番仲が良かったAさんの名前を出してみたの。「Aさんと何かあったの?」って。そしたらBさん、急に怒り始めて、余計に泣いちゃって、手が付けられない状態になっちゃったんだって。落ち着いて話を聞いてみると、Aさんが裏切ったってことが分かって……その残酷なやり方に激怒したお母さんは…………その後のことは覚えてないって。ふと気付いたらAさんの頭をレンガで打ってたって…………。
お母さんもなかなか怖いよね。……そう、レンガの傷でしょ? 自殺って言われてた時は、偶然そこにレンガがあったとか、本人がそこにレンガを置いてから飛び下りたって言われてたみたい。
佐川先生は…………よく分かんない。自殺らしいじゃん? 車は学校にあったから、自分の意思であそこまで行ったんだろうし……まぁ、責任でも感じてたんじゃない? ありそうじゃん? 今まで優秀な教師って言われてたのに、自殺する生徒が現れたんだから。……うん、佐川先生が亡くなった当時はまだ自殺って言われてたからね。
でさ、まだあるの。Bさんのお母さん、その内容を警察に携帯電話から言ったらしくて、多分ビルの屋上とかにでもいたんじゃない? それで、言い終えたら……飛び下りたんだって。Bさんにとっては悲劇でしかないよね。親友失って母親失って……ついでに担任まで失って。私だったら我慢出来ないな。
◇◇◇
理々子の話は、最初から最後まで淡々と語られた。
「……という訳です」
「そ、うなんだ……Bさんは可哀想だけど、Bさんの母親はなかなかの馬鹿だよね」
「親バカの真骨頂、ここに! みたいな」
忍び笑いはいつもの通り。
「まぁ、そういう人もいるってことで。さ、勉強するべか」
「だね。来週のテストヤバいわぁ……またあんな点数取ったらガチで殺される」
「智恵美に限ってそんなことはないでしょ」
「理々子こそ」
さて……本当に勉強しないとヤバいな。入試までも間がないし。
「って、授業始まってない?!」
「ヤベッ。どうするよ? ……一緒に怒られるか?」
「……しかないね」
私たちは、せーので一緒に教室のドアを開けた。
◇◇◇
さすがに1日以上こもるとつらいものがある。お腹も空いたし、お風呂にも入りたい。
「う……」
ほら、まただ。
あの時見た状況が、映像となってよみがえる。
地面に横たわる千鶴の頭を、憎々しげに何度も殴るその人は、ふとこっちを見上げ…………私は逃げたんだ。生徒会室から。仇を取るべき千鶴を殺した犯人から。
せめてもっと早くあの部屋に行っていれば。わざと遠回りなんかしなければ。
私は最低だ。
千鶴に何があったのかは分からないけど、自殺じゃないことは明らかだった。新聞もテレビもないうちには、全く情報は入って来ないけど……犯人は捕まったのだろうか?
そっと部屋を出る。
お母さんなら何か知っているかも知れない。
「お母さん……?」
シンとした部屋は薄暗く、人の気配が全くない。
「え……? ちょっ」
冷蔵庫のドアを見る。いつもお母さんは、何かあったらここに、用件を書いた付箋を貼り付けるから。
「ない……ない。何で?」
私に愛想を尽かした? 私なんかともう一緒にいたくない? 返事をしなかったから……?
冷蔵庫の中を見ると、たくさんの皿が。きっと作った時は温かかったであろう料理たちが、所狭しと並んでいる。
……出てこないのが分かっていても、作っておいてくれてたんだ……。
そうだ。私にはお母さんがいる。一心に愛を注いでくれた、お母さんがいる。
――ピンポーン
お母さん?
きっとそう。お母さんだ!
ドタドタと廊下を走り、勢い良くドアを開ける。
「お母さん!」
「…………残念でした。小林です」
「小、林……さん? ……っ?!」
「その顔。その表情。やっぱり……見てたのね」
「な、何をよ!」
パタンとドアを閉め、鍵も掛ける。丁寧にチェーンまで掛けている小林さんに、背筋が凍った。
――殺される。
思わずリビングまで走って逃げた。じわじわと迫って来る小林さん。
「岬さんがあなたに向けた最後の手紙。読ませて頂いたわ」
「え? 何で」
「私が最後に生きてる彼女に会った人間だからよ。読む?」
「当たり前に決まっ」
「そんな言い方じゃ通用しません。知ってる? あなたのお母さん、自殺したのよ」
「え……?」
「あらあら、こんなに丁寧な朝ごはんまで作って亡くなったのね。献身的なお母様だこと」
本当だ。さっきは気が付かなかった。
「どうして? どうして自殺なんか……」
「引きこもりのヒッキーは何の情報も持ってないのね。岬さんを殺した犯人は、あなたの母親。世間と警察はそう言ってるわ」
「……っ、あなたが……!?」
「ちょっと、勘違いしないで。あなたの母親が勝手にやったことよ。多分……あなたが部屋から出てこないことと、岬さんが亡くなったこと。それを同時期に聞いちゃったから、あなたが犯人とでも思ったんじゃない? でも、あなたと私だけが真実を知っている。私のやりたいことが分かる?」
「…………私を殺すの?」
「ご名答。あなたは事件を起こして自殺した母親に心を痛め、母親を追って自殺する」
彼女の手には、料理包丁が握られていた。いつの間に? どこに入れていたの?
後退りし過ぎて、もう後ろは壁。
「ごめんなさい。私が悪かったの」
「え……?」
「私の勘違いが引き起こしたの。あなたを殺して私も死ぬ。許して」
彼女は泣いていた。
彼女の持った包丁が、私の腹部に刺さる。何度も、何度も。
痛みはなくて、それよりも熱くて、そんなことを考えているうちに、私の意識は遠ざかって行った。
◇◇◇
死ねない。どうしたら良い? どうしてみんな簡単に死んじゃうのに、私だけが死ねないの?
こんな秘密、抱えていたくない。でも、誰にも言えない。こんな姿じゃ、家にも帰れない。
ねぇ佐川っち、聞いてよ、私の話。私にも、好きな人がいたの。私にも、一緒にいたい人がいたの。それら全てを無くしたのは、私のせい。誰のせいでもなく、私のせいだったの。
ねぇお願い。
誰か、私を殺して――。




