第4話◆新渡戸VSデート商法、後編◆
新渡戸寅ノ助の目の前に移る光景…
薄暗い照明、殺風景なコンクリートむき出しの壁、室内の真ん中には業務用のプラスチックテーブルがありそして壁には数点の絵画が並べられている。絵画の下にはゼロが何個もかかれたプレートが垂れ下がる…
明らかにラブホテルなどではなかった。
明子は新渡戸を背に勝ち誇ったような表情をしている。彼女はこの世界では知らぬ者はいない。落としの明子とも呼ばれている。
彼女の手口はこうだ…まずインターネットでカモになる男を探し出す。そしてデートの約束を取り付ける。そしてデート後何食わぬ顔でホテルに誘う。だが連れてこられた場所はホテルなどではない。そして高額な絵画を売りつける…
そうこれはデート商法と言うものだ。
そしてこのビルまで来た男は絵画を買わずには帰れない…つまりビルまで来た時点で明子の術中は十中八九決まる…
新渡戸は不安そうな顔をする。だがもう遅い…全てを悟った時にはもう手遅れだ…
「どういうことだね?明子君?ここはホテルなどではないね?」
「………」
「おい、聞いているのかね?何か言ったらどうだ?」
「………」
「おい?何とか言いたまえよ!」
「…聞こえませんか?」
「は?何が?」
「この絵画達の叫び声……聞こえませんか?」
「はぁ?」
明子と新渡戸は一枚の絵画の元にやってきた。プレートには
ギル・ファンダー作
『絶望』
…っと書いてある。ちなみにこの絵画五千万の値段で売られている。そして明子は我が子に言い聞かせるように新渡戸に語り出した。
「絵画と言うのはね…絵画に選ばれし者だけが手にすることができるの…お金があるからって持つことは出来ないわ…この絵から聞こえてくるの…あなたはこの絵を買う資格がある選ばれし者だと!」
新渡戸はマジマジと絵を見る、腕を組み顔をしかめる。素人目からみると黒の絵の具で塗りつぶされたパレットのどこに魅力を感じるか理解出来ないが天才、新渡戸はどう見るのか?
「ギル・ファンダー作、絶望…か…」
「そう!この絵は1950年代に活躍した画家ギル・ファンダーの作品よ!こんなチャンスはもう無いわ!普通は億はくだらない画家よ!新渡戸さんこれは神が与えてくれたチャンスなのよ!」
明子は畳み掛けるように呟いた。だが新渡戸は思いもよらないことを口にした。
「贋作だな…これは…」
「は?」
「ギル・ファンダーと言う画家は人の真心にこそ悪があると悟った画家だ。確かに黒をベースに作品を作ることが多いがその中でも光を意識した原色を入れるはずだ。この絵には入っていないね?さらにこの絵には絶望と言う叫びが感じられない程度の低い贋作だな…」
「………」
明子は何も言えなかった新渡戸の言ってることが正しい。図星だった。さらに新渡戸は話し続ける
「そして決定的なのは絵の具だ…ギル・ファンダーが使っていたのは褐色型絵の具!この絵の具は時がたつにつれて絵の具本来が色褪せていくのだ炭素の性質でね…これは一般的な絵の具だね?」
「お、お詳しいんですね…」
明子は場の悪そうな顔をした。何故これほどまでに絵画が詳しいのかわからない…だが絵画の知識、眼力は想像以上のものだ…絵画では勝てないと悟った明子は奥からひとつのバイオリンを持ってきた…
「新渡戸さん奇跡ですよこれは!今日ここにこれたのは神に感謝しなければ行けません!今日たまたま偶然入荷したこのバイオリン…あなたが買うのを認めます!」
新渡戸はバイオリンを凝視する。古ぼけたバイオリンである。
「このバイオリン…ストラトバリウスです!名前くらい聞いたことあるでしょ!あのストラトバリウスですよ!1億であなたにお譲りしますぅ!」
新渡戸はバイオリンを手に取った。
「ほっんと今日入荷ですよ!運命です!感じるでしょう中世のヨーロッパが!ぶっちゃけ私が買いたいくらいですよ…ほっんと幸運だよぉ!」
キュイーン…♪♪♪
『!』
新渡戸はバイオリンを弾き始める…とても繊細な音色である。魂が研ぎ澄まされていくようだ…明子は聞き入ってしまった。敵ながらあっぱれである。
数分の静寂…殺風景なビル内にはバイオリンの美しい音色が木霊する…
明子は一瞬ビジネスの事など忘れてしまう…
「………」
「………」
「安っぽいバイオリンだなぁ…」
演奏が終わり、新渡戸は呟く。明子ははっと我に返る。
「な、な、何を言ってるの?言ってるの?言ってるの?す、素晴らしい音色じゃない!さすがストラトバリウス!」
「……は?」
新渡戸は鋭い眼光で明子を凝視する。ちなみに新渡戸はクラシックも博識でありバイオリンもプロ級だ。このバイオリンがストラトバリで無いことはとうにお見通しである
「これはストラトバリウスではない…ストラトバリウスは塗装に秘密がある。三百年の時が流れ塗装が乾き最高の音を奏でるのだ。まずこのバイオリンは音が平面的すぎるストラトバリならもっと音は太く立体的なはずである…これは5、6万といった所だろう…」
「………」
「この際、はっきりさせよう…ここに飾ってある絵画は全て贋作だろう?正直に言いたまえよ?」
「………」
「………」
明子は返す言葉がない。新渡戸がこれほどまでに絵画、音楽に精通しているなど思いもよらなかった…明子は悟った。この男には勝てない…っと。落としの明子と呼ばれ何人者男を地獄に落としてきた…だがこの新渡戸寅ノ助と言う男には勝てない…
「あなた…いったい何者なの?」
「私かね?」
「私は芥川賞受賞作家、天才新渡戸寅ノ助である」
『!』
明子は目を見開く。聞いたことはある新渡戸寅ノ助…現代が生んだ天才…芥川賞受賞作家、新渡戸寅ノ助…現役の京都大学教授、新渡戸寅ノ助…
勝てぬ訳だ…
だが明子は清々しい気持ちでいっぱいである。笑われるかもしれないがこの天才新渡戸を落とす為に精一杯頑張った。思い残す事はない…
誰かが言っていた言葉、『敗北は心の解放』…今は心から実感できる。この男には勝てない。だがそれでいいのだ。明子はそっと新渡戸に呟いた。
「私の負けよ」
…っと。2人はビルから出てネオンの奥へ消えていった。この後2人はどこへ消えていったかは誰も知らない…
そう誰も知らないのだった…