第1話◆我が輩は天才である…◆
煌びやかな照明が光る会場、何百人と言う観客が次に登場する人物を固唾を飲んで見守っている。観客はみなスーツに着飾り独特な緊張感が漂っている…
舞台袖には男が1人……目を閉じ、腕を組む…周囲は只ならぬ雰囲気を醸し出している。
この男こそが本編の主人公、新渡戸寅ノ助である。
周囲は寅ノ助の出番が近ずき慌ただしくなってきた…肝心の寅ノ助はというと未だ目を閉じ動く気配さえない…
この新渡戸寅ノ助、一言で言うと天才である。現役の京都大学文学部教授、現役の天才作家であるさらにバイオリン、ピアノもソロコンサートを開く程の腕前。絵画にいたっては個展を開く程である。
今日は芥川賞の授賞式にやってきたのだ。寅ノ助にとっては大したことではない…もはや授賞式の常連となっている。
「では芥川賞授賞作品『人間の本能と遺伝』…の作者である新渡戸寅ノ助先生の登場です」
アナウンサーが緊張した声で言った。周囲もこの独特な緊張感がさらに高まる…時間にして数秒だったと思う。寅ノ助はゆっくりと目を上げ立ち上がる…この雄大さにスタッフは見とれてしまう。天才とはこういった者かもしれない。
寅ノ助はゆっくり、ゆっくりと歩を進める…舞台に上がった時には観客の興奮は最高潮にたっした
それまでざわついていた会場がひとつになった。誰も口を開けることもできない…アナウンサーさへも新渡戸寅ノ助と言う男に見とれていた。
「初めまして新渡戸寅ノ助です」
寅ノ助が一言挨拶。それまで寅ノ助に見とれていたアナウンサー(女子アナ)が我に帰る。
「あ、初めまして!平井です!え〜授賞作品『人間の本能と遺伝』と言う難しいテーマなのですが何故このようなテーマを書こうと思ったのですか?」
「人と動物の違いをあげるとすれば理性です。そして人を突き詰めていけば遺伝子にぶつかる……私はね猿から人間に移るとき理性がどの様に生まれたのか遺伝子レベルで考えたのです…」
平井アナはもともとアホである。新渡戸の言っていることを理解など出来ない。と言うか生まれてこの方本を読んだことがない。顔だけで女子アナになった人間である。なぜ授賞式の司会を担当することになったのかは謎である。
「む、難しいですね〜…え〜次に質問なのですが、次回作はどういったテーマを考えていますか?」
「………そうですね…次回作は独裁者の心理を突き詰めていきたいと思ってます…」
さらに質問を続ける…
「え〜次の質問なんですが先生の好きな言葉は何ですか?」
「…我思う故に我あり…これはデカルトの言葉なのですが自分とはどういう人間か考えないと自分が存在しない…好きですねこの言葉」
「………」
「リオッチ難し過ぎてわかんな〜い♪プンプン♪」
「………」
「………」
静まり返る会場…
プンプンなどやっていい空気ではない…
だが仕方がない事なのだ…平井アナはアホなのだから…
今風に言うと…
KY
平井アナは自分がKYとも理解出来ない…仕方のない事なのだ平井アナはアホであるから…この授賞式では平井アナのアホさが再確認された…それだけだ…
「お帰りなさいませ」
「うむ…」
寅ノ助は授賞式の後すぐに自宅に戻った。寅ノ助は大金持ちであるが妻はいないずっと独身である日常の生活はお手伝いさんに任せてある。
「風呂は後ではいる、部屋には誰も通すな」
「かしこまりました」
いつもと同じセリフである。寅ノ助は必要以上に会話はしない。このお手伝いさんとは10年以上の付き合いではあるが会話と言う会話をしたことがない…寅ノ助とはそう言う人間である。
寅ノ助は書斎にこもり部屋着である浴衣に着替えた。椅子に座り真剣な表情で何か一点を見つめている…その表情は鬼気迫るものである…
何を見ていると思う?
パソコンである。それだけなら大したことではない…問題は中身だ…
『小説家になろう』…そうこのサイトを見ているのだ。それだけならプロの作家がアマチュアの作品を見る…それほど驚く物ではない…
だが寅ノ助はキーボードを打ち込んでいる。携帯小説を執筆しているのだ。これだけでは大した問題ではない…問題は中身である。
1時間程たった時、寅ノ助の指はキーボードから離れた。
「ふっ…素晴らしい最高傑作ができた…」
寅ノ助は人に見せることのない笑顔で画面をニヤニヤと見つめている…プロの作家で芥川賞授賞者の最高傑作とは?
一応ここに印しておこう…
題名『うんこ』
うううう〜んこ!うんこ食べたい!うんこうんこうんこうんこうんこうんこうんこうんこうんこうんこうううう〜んこ!たたたたたた食べたい!うんこうううううんこううううんこううううんこううううんこううううんこォオオ!かいべんうんこォオオ…以下省略
新渡戸寅ノ助は満足そうにパソコン画面を覗いていたのだった…