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パーティーで




 事件の終焉から半年が過ぎた。少し強めの日差しと柔らかな風が心地いい青空の下、シルビア・ロゼットはウォルツ家の屋敷をたずねていた。

 だがシルビアにとっては、訪問自体は珍しくもなんともない。あれ以来も三日に一度は、ここを訪れてはジェレミーを見舞い、アメリアを手伝っている。


 アダムス家の失脚は最初の頃は大スキャンダルとなって、貴族どころか平民にまで多大な混乱を巻き起こした。今まで清廉潔白とされていた有能な大臣が、突然になってあのような罪を犯したのだ、仕方がない。

 当初は困惑していた世間の風潮も、落ち着くにつれウォルツ家への同情に変わっていった。名前も知らない人々から見舞い品が送られてくると、ジェレミーは苦笑していた。


 よって、今日開かれたウォルツ家の屋敷の復興祝いには、多くの貴族が訪れた。今まで注目を集めたことのなかった家に、王都でも有力な上級貴族が集っている。そして今日は、ウォルツ領の住民たちも、パーティーへの参加を許されている。

 庭の手入れが趣味のアメリアのために、敷地は屋敷よりも庭の方が広い。そのため、パーティーは庭で行われた。庭の広さと美しさは、ロゼット家ですら敵わないと思う。だがそれでも、あたりが人でいっぱいになり、手狭になるほどだった。


 シルビアは中庭に足を踏み入れた。いくら領民も立ち入りを許されているとはいえ、そこは貴族の祝いの席。招かれた貴族は皆、中庭でパーティーを楽しんでいた。

 その中央、再建の折に新しく作った噴水の傍に、シルビアの大好きな幼馴染たちの姿があった。ジェレミーは車イスに座り、アメリアがそのうしろに控えている。二人は王宮騎士団を率いている敏腕騎士、モルセット伯爵と話していた。


「あの事件には国王陛下も大変お心を痛めておられる。あれ以来、私の統率する騎士団も、交代で王都を見回ることになった。アダムスのような不届き者がいたら、直ちにご用になるだろう」

「それは素晴らしい提案です」


 ジェレミーがにこりと笑った。


「あのことがきっかけで国の体制が良き方に変わったとあれば、両親も喜ぶことでしょう」


 シルビアはシャンパンのグラスをひとつ取り、話が終わるのを待った。途中、アメリアがシルビアに気づき、笑顔を向けてきた。まだ社交界に正式なデビューをしていない彼女だが、今日は薄い水色のドレスを着て、優雅に髪をアップにしている。ついこの間まで泣き虫だったアメリアとは思えないほど、大人びている。周囲にいた若い青年たちが、落ち着かなげな視線を時折向けていた。


 モルセット伯爵との談笑を終えると、アメリアがそっとジェレミーに耳打ちをした。ジェレミーはハッとした顔でこちらに顔を向けた。少し照れくさかったが、シルビアは淑女らしく、ドレスの裾をつまんで優雅にお辞儀をした。


 アメリアがジェレミーの車イスを押し、こちらにやってきた。ジェレミーは穏やかに微笑んでいた。


「これはこれは、レディ・ロゼット。遥々お越しいただいて恐縮です」


 どこか冗談めいた挨拶に、シルビアも思わず笑った。


「このたびはお招きいただきありがとうございます。再建おめでとうございます……ウォルツ伯爵」


 まだ慣れないであろう呼び名に、ジェレミーは苦笑した。

 腐敗しきったアダムス家の失脚に一役買った人物として、ジェレミーは男爵から伯爵へと昇格した。本人は恐れ多いと断ろうとしたそうだが、国王直々の命令らしい。おとなしく彼は承った。


 ジェレミーは落ち着かなげに、車イスの上で指を組んだ。


「まさか、この屋敷にこんなに人が集まる日がくるなんて……。思ってもみなかったよ」


 アメリアもうなずいた。


「本当に。お父さまとお母さまが見たら、きっと卒倒しちゃうわ」


 この前まで避けていた両親の話題も、次第に兄妹から出るようになった。アダムス親子が逮捕され、息子の刑が執行された後、二人は明るくなった。ジェレミーは仕事の合間に、リハビリを続けているようだ。アメリアも兄の力になりたいと、今まで以上に猛勉強している。

 すっかり変わった幼馴染だが、シルビアはふしぎと寂しいとかは思わなかった。むしろ誇らしい。彼らはシルビアには想像できない辛い出来事がふりかかっても、また見事に立ち上がった。こんなに素晴らしい幼馴染が二人もいるなんて、なんと光栄なことだろう。


 アメリアはパーティーに参加するのがはじめてのためか、兄以上に緊張しているように見えた。


「シルビアさま。さっきから私、やけに見られているわ。私の格好、そんなにおかしい?」


 異性からの視線にそわそわとするアメリアに、シルビアは微笑ましい気分になった。


「それはただ単に、今日のあなたが素敵なだけよ。アメリア、あなたとても綺麗だわ」

「ほ、本当ですか?」

「ええ、もちろん」


 アメリアは嬉しそうに頬を染めた。すると次の瞬間、ハッとしたようにいった。


「そ、そうだわ! 私、外の方に行って領民の方たちにもあいさつしなくては。兄さま、ここにいてくださいね」


 ジェレミーはきょとんとした。


「それなら僕もいくよ。むしろ僕がいかなきゃ、来てくれたみんなに失礼だよ」


 自ら車イスを動かそうとするジェレミーを、なぜかアメリアは押しとどめた。


「兄さまはいいから! ここでシルビアさまとお話なさっててください。もうっ!」


 最後の方は怒ったように叫ぶと、アメリアはタタッと走っていった。そのうしろ姿を、何人かの令息たちが見つめている。


 ジェレミーはポカンとして、妹の走り去った方を眺めていた。


「一体なんだっていうんだ……?」


 シルビアは黙っていた。彼女の意図はわかりやすい。残念ながら、この乙女心がまるで理解できない青年は、首をかしげるばかりだが。


 シルビアはジェレミーの傍にそっと寄り添った。同時に、胸元で一粒の宝石が煌めいた。シルビアの瞳と同じ薄紅色のクンツァイトが輝きを放つ愛らしいネックレスだ。実は二日前に、今日のパーティーにはこれをつけて出席してほしいと、わざわざジェレミーが贈ってくれたのものだ。

 箱の中を見たときは、うれしさと驚きとでひどく混乱した。ジェレミーは、屋敷の再建の礼だといっていたが、この宝石は高い。まだ伯爵になりたての身でこれを私にプレゼントしてくれるなんて。いや、価値の問題じゃない。ジェレミーが私に、形あるものを贈ってくれた。今まで必要以上の関わりを避けようとしていた彼が。それがシルビアには嬉しかった。


「せっかくだから、久々のパーティーを楽しんでってことよ。それに、今日の主役はあなたなんだから。ウォルツ伯爵」


 再びそう呼ぶと、ジェレミーは顔をわずかにしかめた。


「何度もそう呼ばないでくれるか?」

「ふふ、早めに慣れておかないといけないでしょう」

「それはそうだけど……。僕としては、いつもと同じ呼び方の方が好きだな、ルビ」


 胸がドキンと高鳴った。今まで、幼かった頃でさえ、公の場では一度も愛称を口にしてくれなかった彼。それなのに今、数年ぶりに、面と向かって愛称で呼んでくれた。たったそれだけで、シルビアは涙がでそうなほどうれしかった。自分が彼の特別な存在なのだと、思えるような気がした。


「レム」


 震える声で、彼の愛称を口にした。


「なに、ルビ」


 ジェレミーの方も、優しい声色でささやき返す。心臓が壊れてしまいそうなほど、大きく波打った。

 それをごまかしたくて、シルビアは必死に笑顔を保った。


「そう呼ばれるのも久しぶりだわ。なんだか照れちゃうわね」

「それは僕も同じだよ。けど、これからはもうほかの呼び方をするつもりはないから、悪いけどこれで慣れてもらうよ」


 シルビアは笑って、なにか返そうとした。……が、なにかが頭に引っかかった。


「え、レム。今なんていった?」

「だから、慣れてもらうしかないって」


 きょとんとした顔で答えるジェレミーに、シルビアはじれったさを覚えた。


「違うわよっ。その前! これからは、なに?」


 ジェレミーは気まずげに目をそらすと、顔もそむけてしまった。


「あのさ、そういうのは普通、聞き返しちゃいけないんじゃないのかな?」

「だ、だって急だったんだもの。不意打ちなんて卑怯だわ。もう一回いって。お願い」


 車イスの傍にひざまずき、シルビアは懇願した。手を握り合わせ、瞳を潤ませてジェレミーを見つめる。彼がこの顔に弱いことを、シルビアは知っていた。

 案の定、ジェレミーは少し赤くなった頬をかきながら、仕方なさそうにつぶやいた。


「もう一度だけだよ」

「ええ。今度は聞き逃さないわ」

「頼むよ」


 ジェレミーは大きく深呼吸をすると、いきなりシルビアの左手を取った。驚くシルビアにかまわず、そっと唇を落とす……薬指に。

 それはまさしく、求愛(プロポーズ)の証。


 少し照れくさそうにしながらも、ジェレミーはかしこまった口調で告げた。


「シルビア・ロゼット嬢。私にはあなたを安心させられるほどの地位も、一生養っていけるほどの財も、なにより満足に動ける身体もありません。それでも、あなたを愛しています。幼き日より、あなた以外の女性を妻にとは考えたこともありません。これより先も、あなた以外を愛することは生涯ないでしょう。こんな私でよければ、この求婚を受け入れてくださいませんか?」


 先ほどよりもずっと長く、正式なプロポーズの言葉だった。シルビアはなぜか、視界が揺らぎだしたことに気づいた。いつの間にか涙が浮かんでいたらしい。


「バカな人。なにをおっしゃってるのかしら」


 それでも精一杯、侯爵令嬢らしく強い口調を保った。


「こんな私、ですって? あなたがたとえどんな人だって、私が優秀なんだから変わりないわ。あなたが動けない分は、私があなたの足になる。あなたができないことは、二人でやればいいの。私が愛した人を、こんななんて呼ばせないわ」


 シルビアは立ち上がり、背筋を伸ばしてジェレミーを見据えた。いつの間にかパーティーの招待客が、全員こちらを注目していた。たくさんの視線にさらされ、羞恥に顔を熱くさせながらも、シルビアは最後の気力を振り絞った。


「いいこと!? 私があなたを、世界で一番の幸せな男にして差し上げるわ。だから、私と結婚なさい! 命令よ!」

「……はい」


 ジェレミーはいつもと同じ、穏やかな笑みを浮かべた。


「仰せのままに。僕のかわいいわがまま姫」






これにて完結です!

末永く幸せに爆発しろ。


時間ができたら、アメリア嬢の話も書いてみたいと思っています。

いつになるかはわかりませんが、ご興味がある方は是非お読みくださいませ<(_ _)>



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