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真相



 約束の一週間がたった。シルビアはロゼット侯爵家ではなく、ウォルツ男爵家の再建中の屋敷の前にいた。もう見ることも残り少ないだろうから、今のうちに確認しておきたい。先方にもそう伝えてある。

 シルビアは、だいぶ元の外観を取り戻してきた屋敷を、感慨深い思いで見あげた。


 だがその時間も長くは続かなかった。シルビアがついて間もなく、背後から別の人間の気配がした。

 セシル・アダムスは、あいかわらず仮面のように笑みを浮かべていた。


「お待たせしてすみません、レディ・ロゼット」

「いいえ、こちらも今着いたばかりですわ」


 セシルはあたりを見渡した。


「美しい景色ですね、ここは。先代のウォルツ男爵がなぜここの屋敷にこだわったのか、よくわかります」

「男爵はここから領地全体が見おろせるのを、特に気に入っておりましたので」


 シルビアも周囲の景色を見て、懐かしくなった。幼いころはここへ遊びに来ると、必ずここから三人で並んで景色を見た。ジェレミーはシルビアが興味を持った建物や人々のことを、ひとつひとつ細かく説明してくれた。それを聞くのが、幼いシルビアにとっても楽しみだった。


 ふと腰を引き寄せられ、シルビアは身体がこわばった。セシルがニコニコ笑いながら、澄ました様子でシルビアを見おろす。


「高台だと少々冷えますね。場所をかえてお話をしませんか?」

「……いえ、ここで結構です。わたくし、この場所が気に入ってますので」


 セシルは一瞬だけ不服そうに眉をひそめたが、すぐにまた笑顔に戻った。


「わかりました、あなたがいいのであれば」

「ではさっそくで恐縮ですが、本題にうつらせていただきますわね」


 シルビアはにこりともせずに告げた。


「まず婚約の件ですが、そちらはお断りさせていただきます」

「なっ」


 セシルの目が大きく見開かれた。


「なぜ!? あなたにとって不足はないはずだ。むしろ、断ればその分だけ、あなたの父上に多大な損失が……」

「ご心配なく」


 シルビアは淡々と答えた。


「アダムス家との縁がなくとも、我が家は日々安定した収入と信頼を得てますもの。大臣家を敵に回すのは確かにいかがかとも考えましたが、これもあなたのためですわ」

「私のため?」


 セシルは、意味がわからないというように首を振った。


「なぜ縁談を断るのが、私のためになるのです?」


 いよいよここからが本番だった。シルビアは大きく息を吸った。


「わたくし、知ってしまったんですの。あなたの秘密を」

「私の秘密? なんですか、それは——」


 彼の言葉が途中で切れた。まだ工事中であるはずの屋敷から、人が出てきたからだ。それも一人ではない。


 屋敷の主が、冷ややかな視線をセシルに浴びせた。


「お初にお目にかかります、セシル・アダムス殿。このようななりで失礼いたします」

「あ、あなたは……」


 セシルは目をこぼさんばかりに見開いていたい。ジェレミーがここにいたことがよほど衝撃的だったらしい。しかしシルビアは、驚くに値しなかった。彼が先日から仕事を再開したことは、アメリアからすでに聞いている。それにこの屋敷も、人が住める最低限の環境を整えていた。


 ジェレミーが車イスのまま頭をさげる。イスをうしろから押していたアメリアも、その場で膝を折って礼をした。

 セシルは唖然としていたが、あわてて自身もお辞儀をした。


「失礼いたしました。お体の具合はいかがでしょう?」

「おかげさまで、だいぶ慣れてまいりました。仕事の方もこなせるようになりましたし」

「仕事? ということは……」

「ええ」


 ジェレミーはにっこり笑った。


「このたび、父の爵位を正式に継ぐこととなりました。改めまして、ジェレミー・ウォルツ男爵です」

「ほう」


 セシルは笑みを張りつけた。


「それはおめでたいことです。では後ほど、お祝いになにか送りましょう。我が婚約者となるシルビア嬢の、大切なご友人ですからね」

「はて、婚約者ですか」


 ジェレミーの目が細まった。


「それはどういうことでしょう?」

「おや、シルビア嬢からうかがっておりませんか? 私は先日、シルビア嬢に婚約のお申し出をしたのですよ。今日はそのお返事をうかがいにまいりました」

「ええ、存じ上げております」


 セシルの優越感に浸ったような態度に対し、ジェレミーは冷静な面持ちのままだった。


「ですが彼女は、あなたとの婚約はできないとお返事したかと思いますが」


 セシルは嘲笑にも似た笑みを浮かべた。


「まさか、あなたと愛し合っているからだとは言いませんよね? 男爵と侯爵令嬢が結婚だなんて、とんだ笑い種ですよ」

「そうですか?」


 ジェレミーは冷めたような目で彼を見ていた。


「私と彼女がすでに、互いの愛称を知っていたとしても?」

「愛称? バカバカしい。愛称を教え合うことが最愛の印しだなんて、もはや古臭い習わしですよ。それに、きみは侯爵家の人間と結婚できるような身分じゃない。爵位を継いだっていってもしょせんは下級貴族。私や彼女とは格が違う!」

「ええ、あなたのおっしゃる通りです」


 ジェレミーはあっさりと認めた。


「私は名も知れない男爵でしかない。彼女は有能な侯爵家の娘。確かに私と彼女には、身分に大きな差があります」

「そうだ。きみと彼女の結婚がそう簡単に許されるはずがない。そんな身体で彼女の同情を誘ったのか? 紳士としての名折れだ。小賢しい!」


 アメリアが「失礼な!」と叫んだが、ジェレミーがいさめた。


「いい、アメリア。ところでセシル殿。今あなたは、私と彼女では身分がつりあわないとおっしゃいましたね」

「そうだ。侯爵家と男爵家が結婚? 笑わせる」

「そうですね。でも、今まさに地位がつぶされそうになっている、あなたには言われたくない」


 ジェレミーの言葉に、セシルはぎょっと目をむいた。


「な、なんの話だ?」

「とぼけずとも大丈夫ですよ。アダムス家は昨今、金銭トラブルが多発しているようでしたからね。あなたの弟君が、どこぞかの娼婦に入れ込んでいるとか。おまけにその女に貢ぐために、領民からの税をつりあげているそうですね。法の目をかいくぐり、違法な薬物を売りさばいているとの情報も得ています。それを知られたら、あなたの家こそ爵位剥奪でしょう」

「でたらめだ!」


 セシルはわめいた。


「私はそんな話知らない! 愚弟が女に貢ぎあげている? そんなの私には関係ない。それが仮に事実だとしても、この婚約となんの関係が……」

「ロゼット侯爵は王室からの信頼も厚い。彼を味方につければ、弟君の失態がばれても自分は安泰。それにロゼット家の莫大な資産も、彼女を通して手に入れることができる。おまけに彼女の頭脳を借りれば、腐敗したアダムス家の統治も回復する。一石三鳥でしょう」

「そんなの、今貴様が考えた詭弁にすぎん!」


 ずっとかぶっていた良家の子息の仮面を、今やセシルは完全にかなぐり捨てていた。自分でかきむしったおかげで髪は乱れ、目は血走り瞳孔が開いていた。その瞳がシルビアの方へ向けられた。


「シルビア嬢、この男になにを吹き込まれたか知りませんが、あなただって侯爵家の人間だ。どちらと結ばれるのが家のためになるか、よくおわかりのはずだ」

「もちろんですわ」


 シルビアは冷たくいった。


「女癖の悪い身内がいる家よりも、気心の知れた相手に嫁ぐ方が、互いに幸せでしょう」

「そんな夢のようなことを。彼と一緒になっても、待ちうけているのは一生の介護生活ですよ。それに彼は下半身がもうほとんど不随となっているのでしょう? そんな相手じゃ、子どもも望めない。跡取りが生まれない」


 セシルの高らかな声が、その場に響いた。まだ年端もいかないアメリアは、下世話な言葉にあからさまに嫌悪の表情を浮かべていた。

 シルビアは、自身の氷のような声を聞いた。


「だから?」

「だからって……」


 セシルは、シルビアがひるまないことに逆に驚いているようだった。貴族の結婚に求められるものは、互いの家の利益と、後継者の誕生。そのどちらも果たされない結婚なんて、無意味に等しい。


「子どもがつくれないからなに? 世の中には、子どもがいない貴族の夫婦もいるでしょう。養子を取ったり、別の人に継がせたりなどして、うまく対応しているじゃありませんか」

「それが幸せといいますか? 障害者のお守りを一生続けていくのが、あなたにできるとお思いですか?」

「あなたに関係なくてよ。ああ、話が逸れましたわね。わたくしは、あなた自身の秘密をお話しようとしたんですわ」


 シルビアは最後に、とっておきの彼の弱みを口にした。


「火事の発生源になった森から、火元のマッチが見つかりました。父の知り合いに科学の研究を行っている方がいて、先日そちらに手がかりがないか調査を依頼しましたの」


 一週間で結果を出してほしいと頼んだら涙目だったが、国一番とされる優秀な科学者の腕はそれ以上だった。一昨日にはこの結果をシルビアのもとに届けてくれた。彼を紹介してくれたロゼット侯爵にも感謝しなければならない。

 セシルが怯んだ様子を見せた。


「調査……!?」

「不思議ですわね。人の指先の模様や、髪の毛に含まれる遺伝子は、それぞれ異なるんですって。マッチからも、指の模様――指紋が検出されました。以前にも町で強盗騒ぎを起こしていた人物のものでした。彼を尋問したところ、興味深い話を聞かされましたわ。なんでも、どこかの貴族の令息から、近くにあるウォルツ家の屋敷を燃やすよう命じられたと。かなりの金額を握らされたようでしたわ。そこまでしてウォルツ家の人間を排除したいと願う人は、どこのどなたかしら」


 先代の男爵は、人から恨まれるような人物ではなかった。穏やかで人が好く、家族と領民を心から愛していた。

 そんな彼らに牙を向ける理由で思いつくのはただひとつ。ウォルツ男爵家と家族ぐるみで懇意にしている、ロゼット侯爵家。


 セシルの顔色は、青を通り越して白くなっていた。シルビアは彼に向かってにっこり微笑んだ。


「ねえ、セシルさま。まだ続きをお聞きになります?」


 セシルは無言で首を振った。額から冷汗が流れ出ている。足が震えだして、ざっと膝をついた。


 シルビアは背筋を伸ばした。堂々と力強く、セシルに向けて言い放つ。


「彼がやったことは、単なる殺人行為ですわ。彼はすでに身柄を王都に送っています。おそらく死罪でしょう。今現在、彼を買収した貴族の調査も継続中です。幸い、わたくしの手元には、有力な証言や証拠が多数そろっております。こちらが持っている証拠をすべて、国王陛下に提出いたしますわ」


 セシルからわずかに悲鳴の声が漏れた。顔色が青くなりはじめている。


 ジェレミーとアメリアのウォルツ兄妹も、怒りを込めた目で彼をにらみつけている。二人とも声には出さずとも、それぞれ手に力がこもっていた。シルビアがいいと命じたら、あっという間に彼を袋叩きにでもしそうな雰囲気だ。


 だがシルビアは、みすみす彼らにまで犯罪に手を染めさせるようなことはするつもりはない。セシルを見おろしながら、威厳たっぷりに告げた。


「ロゼット侯爵家が長女、シルビア・ロゼットが命じます。今すぐ王都に出向き、すべての罪を国王陛下に向かって告白なさい」

「そ、そんな……」

「逆らうつもりですか?」


 シルビアは冷たい視線を彼に投げかけた。


「あなたが逃げれば、わたくしは我が家の私兵を放つまでです。できればあまり手を焼かせてほしくないのですが」


 セシルはしばらくの間、口をパクパクとさせていた。だがやがて、なにもいい訳が浮かばなくなったのだろう。がっくりとうなだれた。

 ジェレミーが背後を振り向いた。


「連れていけ」


 ウォルツ家の屋敷に潜んでいた騎士たちが、あっという間にセシルを取り囲んだ。彼は特に抵抗も示さず、おとなしく騎士に連行された。



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