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ファンタスティックビジョン  作者: ちわみろく
9/24

剣聖御来店(けんせいごらいてん)

 私たちは馬車に乗せられ、お城の門をくぐった。

 まあ今回はレナードさんが一緒に来てくれているし、ライデンもいる。その気になればでっかくなったライデンが私とレナードさんを乗せて逃げてくれることも出来るだろう。大きな庭園を過ぎてお城の玄関に辿り着くと馬車から降ろされる。

 玄関には、大きな馬が一頭繋げられていた。くりっとした綺麗な目でこちらをちらりと見た後に、ぶるる、とまたそっぽを向く。真っ黒で光沢のある毛皮の馬だった。付けられている鞍も立派な装飾が施されているので、きっと身分の高い人が乗る馬なのだろう。

「こんにちは。お嬢さんは私の愛馬に御用ですか?」

 見蕩れてしまっていたことを持ち主に指摘され慌てて振り返った。だが答えられなくなってしまった。

 馬車を護衛していた兵隊さんたちが一斉に頭を下げて礼を取る。

 真っ白な髪を背中で一つにまとめた無造作ヘアーに、少し色の褪せた黒い着物のようなものを着た人が玄関からこちらを見つめていた。手に持っていた上着らしいものに手を通し、ゆっくりと馬の傍へ歩み寄ってくる。

「ほわぁ・・・。」

 思わず声が洩れた。

 線の細い、すらっと背の高い人だった。レナードさんに負けないくらいの美形なのがわかる。

 だけど、思わず声が洩れたのはその人が綺麗だったからではない。まるでオーラを振りまいているかのような独特の雰囲気を持っているからだった。

 なんなんだ、この人は。男の人なのはわかる。でも、何歳くらいなのか想像もつかない。見当もつかないくらいによくわからない。うまく言えないけれど、まるで、この人自身は人間じゃないけれど、人の形を取ってそこにいる、みたいな。

 優雅な足取りで近付き、優しく黒馬の顔を撫でたその人は、やわらかく、やさしく馬にも笑いかけている。

 私の後から馬車を降りたレナードさんも思わず顔を上げてその人を見る。

「おやレナード。お久しぶりですね。こんなところでお会いするなんて珍しいこともあるものだ。」

 レナードさんが驚愕の表情を見せて、馬車の周りの兵隊さん達みたいに礼を取った。

「剣聖さま・・・!シャーロット殿。ご無沙汰しております。」

 緊張した面持ちで低く呟いた彼を見て、今度は私の方が驚いてしまった。レナードさんの緊張した顔などはじめて見たからだ。

 なんだなんだ、そんなにえらい人なのか、この人は。レナードさんまでもが緊張して頭を下げるような、そんな凄い人なのだろうか。・・・ってことは私も下げたほうがいいのかしら?

 シャーロットっていうのはこの人のお名前なんだろうけど、剣聖ってなんだろう?

「止めて下さい頭を下げるのは。もう貴方は私の弟子でもなんでもないのですから。そちらの兵の方々も頭を上げてください。私は用事があって城に呼ばれただけなのです。クレッグ様の下で指南役を勤めたのは随分前の話ですよ。・・・さあ、皆さんもお忙しいのでしょう。行ってください。私に構わず。」

「シャーロット殿、お城の用事とは一体・・・。」

「レナード、商売は順調ですか?」

「え、あ、はい。おかげさまで。」

「では、今夜にでもうかがいますよ。お話はその時に。・・・美味しいものを食べさせてくださいね。」

 白い髪のその人はちらっとライデンを見て、それからもう一度私を見た。

 くす、と優雅に微笑んだ後に、ゆったりとした動作で黒馬に乗り、静かに城門を出て行った。その後姿を、兵隊さんたちを含め、その場の全員が見送ってしまっている。

 目が離せないような独特の雰囲気を持った今の人に、全員が飲まれてしまったかのようだ。

「すげー・・・あれが、シャーロット様・・・。」

「オーラ違いすぎる。なんだ、あれ、本当に人間なのか。」

「初めて見たのに、一発で他と違うってわかったもんな。只者じゃねぇ。」

 兵隊さんたちが口々に感想を言い合っていた。

 そんな兵隊さん達の隊長さんはいち早く自分の役目を思い出したらしい。

 促されて、レナードさんと私とライデンはお城の中へ入った。広大なエントランスから廊下を進み、広大な客間へ通される。前回私が拉致されたところとは違う。これだけ大きなお城なのだから、部屋などたくさんあるだろうけれど。

 ベルベットのような光沢のソファや椅子。複雑な刺繍が施された絨毯。大きな窓から流れ込む風がレースのカーテンを揺らす。西日が入ってくるのを見て、ああ、もう夕方だ、と思った。普段なら夕食時の一番お店の忙しい時。

「謁見の場所じゃないな・・・。」

 部屋を見回してレナードさんはぽつりと呟いた。

 ということは、彼もお城は初めてではないということだろう。足元のライデンがてとてとと部屋の絨毯の上を歩き回る。まるで室内を点検しているかのようだ。

 私はどうしていいかわからず、レナードさんの傍らにぼんやりとつっ立っている。

 程なくして、兵隊さんたちは隊長さんを除いて皆部屋から出て行った。それと入れ替わるように、一人の中年男性が入ってくる。

 隊長さんが脇にどいて軽く頭を下げた。ということは偉い人なのかな。

「クレッグ様。」

 レナードさんが呟く。

 頭は下げないけれど、丁寧な口調に年長者を敬う様子が見える。

 誰だかわらかない私に、そばに寄ってきたライデンが耳打ちした。

「御領主様です。シン・クレッグのお父さん。」

 言われて見れば似ている気がした。目鼻立ちがはっきりしている様子などちょっと似ている。輪郭はお父さんのほうがやや緩やかだ。太い首にストールのようなものを巻いている。仕立ての良さそうな服装で、堂々とした足取りに貫禄があった。ちょっぴり太めかもしれない。

 中年の御領主様はソファにでんと座り、レナードさんや私にも座るよう促した。隊長さんにまで手で指示され、遠慮することもできず二人とも椅子に座り、私はライデンを膝の上に抱いた。

 私の膝の上の緑の蜥蜴をちらっと見てから、やがて私の顔を凝視する。なんなんだろう。

「単刀直入に言おう。息子の婚約者がどうしても見つからんのだ。そこで、外見がそっくりなその娘に代役を頼みたい。」

 挨拶一つなくいきなり用件に入った御領主様は、私から視線をレナードさんへ移した。

「その娘の保護者は、お前なのだろうレナード・ジョイス。どうか代役に身柄を貸してもらえまいか。勿論、対価は支払う。ロンドライン伯爵にカーラ姫が行方不明だなんてことがバレたら大変なことだ。勿論ずっとと言うのではない。本人が見つかるまでの事だ。」

「お断りします。」

 苦虫を噛み潰したような顔になったレナードさんが、きっぱりと断った。

「外交問題になりかねないのだ。協力を頼みたい。」

 断られても表情一つ変えず、御領主様がもう一度頼んだ。

 ていうか、本人の私じゃなくて保護者のレナードさんにずっと頼んでいることが少々腹立たしいけれども、仕方が無い、と言えば仕方が無い。

「・・・なんでご子息の不始末に、領民が協力せねばならんのですか。」

 歯に衣着せぬ言い回しに、御領主さまはうちひしがれたようなうなだれ方を見せた。

 うーん、レナードさんは相手が御領主様だと言うのになんの遠慮も無い言い方をするなぁ。いいのかな、本当に。ていうか、本当にこの人は御領主さまでレナードさんは一介のラーメン屋の店主なんだろうか?言葉こそそこそこ丁寧だけど、ラーメン屋の店主の言葉にははこれっぽっちも敬意を持っている雰囲気が無い。

 ご領主さまっていうのは偉い人じゃないのかな。どうもそういう風に見えないんだけど。

「領民の血税で食ってるくせに、外交ひとつこなせないなんて情けない話なんじゃないですか。」

 ひぃぃ、言うなぁ。遠慮が無い。

 やだなぁ、こんな事言っちゃって、後で牢屋にぶち込まれたりしないよね。心配になってきちゃった。

「だって息子がどうしてもあそこんちの娘と結婚したいって言うんだもん!しょうがないだろ、どうしてもするんだって聞かなかったんだ。わしだって好きでこんな真似してるわけじゃないやい!わしだって精一杯説得したんじゃああ!」

 突然声音と口調を変えた中年のおっさんに、私とライデンは思わず引き気味になってしまった。

 呆れたような溜め息を一つついたレナードさんが、頬杖をつく。

「あのさー、あんた息子に甘過ぎ。だからあんな我が儘になっちゃうんじゃねぇか。自分でふけないケツを尻拭いさせんじゃねぇよ。」

「息子が可愛くて何が悪いんだよっ。独身のお前なんかにわしの気持ちはわからんわぁぁぁ。」

 親しげな会話をする二人を見ても、隊長さんは沈黙を守っている。引き気味な私とライデンの様子も見て見ぬ振り、というか目を合わせようともしない。

 ご領主様の目の前で、レナードさんはけっと短く舌打ちした。

「あ、あの・・・レナードさん。」

「ん?」

「随分御領主さまと親しそう、ですね。」

 親しそうっていうかなんか友達か同僚みたい。

「・・・レナードはわしの幼馴染みだったのだ。今はラーメン屋とかやっとるが、実家は武門の貴族で、お守り役だった。」

 訳知り顔になった中年のおっさんが、嬉々として二人の関係を私に話して聞かせる。何がそんなに嬉しいのだろう。

「余計なこと喋んないでくれませんか、ラエル・クレッグ子爵。」

 ぶすっとした仏頂面になったレナードさんがお喋りに興じようとしているクレッグさんを止める。

「レナードさん貴族だったんですか。じゃあ、お坊ちゃまなの・・・?」

「とっくに落ちぶれて無くなった家なんだ。俺は本当にただのラーメン屋です。」

 ていうか、年齢は。

 そういえば何歳か聞いた事がなかった。外見年齢も随分違わないか。

 だって、お守り役ってことは、レナードさんの方が当然この御領主さまよりも年長ってことだよね・・・?

「・・・カナちゃん、お守り役って言っても別に守るほうじゃなくってね、ただの遊び相手。俺の方が若いからね?こんなおっさんといっしょにしないでよ?」

 私の考えを見透かしたように予防線を張ってきたレナードさん。

「わしはおっさんじゃないわい。ちょっと見た目が老けてるだけじゃああ。年だってレナードと3つしか違わん。」

「ええー、なのに私と同じくらいの息子がいるんですか!」

「あれは養子だから。息子って言っても・・・甥なんだよ。な、ラエル。」

「幼くして両親を亡くしたからわしの子供にしたんじゃ。不憫だったからついつい甘やかしてしまって。」

 養子でも甥だから似てるのか。まったくの他人ってわけじゃないんだ。

「だからこんなことになったんじゃないか。少しは反省しろ。」

「だからこうして頭を下げて頼んでるんじゃないか。頼むから、カーラ姫がみつかるまでの間、この娘貸してくれ。」

 頭を下げられた覚えは無いけど。

 

 結局、ご領主さまに泣き落とされるように引き受けてしまった身代わり役。

 余りにも必死に頼まれたので段々嫌とは言えなくなってしまった。なんていうか、あの御領主さま、余りにも腰が低すぎて逆に断りにくい。威厳も何も(最初しか)あったもんじゃない。あそこまでなりふり構わず頼まれると、断ったら自分が罪深いような気がしてしまう。

「あれがラエルのうまいところなんだよ。なんでか俺も、強いこと言えなくて・・・。御免なカナちゃん、断りきれなくて。」

「条件はいっぱい付けましたし、ずっとお城にいるってわけでもないし。むしろ私としては、お店の手伝いがちゃんと出来ない事が申し訳なくて。」

 厨房で遅い夕食の準備をするレナードさんが、チャーシューを切っている。

「仕方が無いなぁ。引き受けちまったもんはもうしょうがないだろ。」

 身代わりはやってもいい。

 ただし、重要な式典等、どうしても居なくてはならない時だけ、そういう時だけ臨時身代わり婚約者としてお城に出向くこと。

 ちゃんと日給で身代わり役代金を支払わせること。姫が見つかったら即やめること。

 どうしても姫が見つからなかった場合は病死もしくは事故死などの手続きをふんで、身代わり役もその時点で終わりにすること。

「あんな我が儘息子の婚約者なんて・・・たとえ身代わりであろうともカナちゃんにさせるなんて業腹なんだけどね。」

「私なんかでお役に立てるのなら、まぁ、いいですけど。」

 正直、あの息子の顔は見たくない。久遠を思い出して嫌な気持ちになるから。別人だとわかっていても、もはや条件反射的に嫌悪感が増す。

 そんな私の感情が表に出てしまったのだろう、ライデンが前足で私の足元をすりすりと撫でた。

「今からでも遅くありません。断りましょう、ご主人様。カナが嫌な思いをする必要はないんです。」

「ライデン、大丈夫だよ。」

「うーん、まあ、でもなー。実際に姫が見つからなかったら外交問題ってのは嘘じゃないからな。」

 ふっとライデンが私の足元から店の玄関へ走って行った。来客らしい。

 ライデンの後を追いかけて私が戸を開くと、夕方、お城で出会ったあの白い髪の美丈夫がにこやかに立っていた。

「こんばんは。店主はいらっしゃいますか?」

 男性の声だとわかっているのに、不思議な響き。レナードさんほど低くは無いけれど、耳に残る声だった。

「ふぁ、はは、はい。どうぞ、中へ。」

 圧倒されるように私は下がり、店内へお客さんを入れた。外を見ると、先刻の黒い馬が玄関の近くに繋がれて、大人しく主人を待っている。

 着物のように見えるけれど少し違う。襟の部分は和服に似ているけれどウエストの大きな帯のようなもので裾が搾られ、その下に見える足には長くゆったりしたズボンのようなものを履いていた。履いているのはサンダルだろうか。

「ありがとう、お嬢さん。私の馬に水をやってくれませんか。」

「あ、はははい。わかりました。」

 迷わずコップに水をくんでトレイに乗せた私を、ライデンが止めた。

「カナ、落ち着いて、相手は馬。馬ですよ。コップで飲めるはずないでしょう。」

 お客さんの出現に動揺しまくっている私を、ライデンが落ち着かせようとして何度も前足で私の足を撫でた。

「あははは、カナちゃん、ついでにこれもやってくれ。採れたて新鮮だからうまいぞ。」

 厨房からニンジンが飛んできた。トレイをテーブルに置いてそれを受け取る。落さなくてよかった。

「ありがとう、レナード。私も馬もとてもお腹を空かせているのですよ。」

「はいはい。シャーロット様には俺の自慢の味噌ラーメンを一丁。さあ、のびないうちにどうぞ。」

 テーブル席に腰を下ろした白い髪のお客さんは嬉しそうに目を細め私の方に笑いかけ、それからレナードさんが目の前に置いた丼に目をやった。

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