兵隊長御迎(へいたいちょうおむかえ)
ちょっと短いですが。
あがっただけを
それから一週間ほど過ぎた。
私は相変わらずラーメン屋さんの屋根裏部屋で居候で、店の手伝いをしていたが、時々暇を見ては街中をレナードさんが案内してくれた。
町を案内されてわかったこととして、以前から好んでよくプレイしていたRPG、それも欧州の中世風のものの世界観が一番近いと思った。
本当にこんな世の中があるんだなぁと、思わず感心してしまう。
外国に行ったことすら無かったから、自分の知っている世界以外のものがあるということがとても新鮮に思えた。
言葉は日本語だし。通貨は円だし。ラーメン屋さんで白い割烹着だけれども。
私の人生の中では、あくまでゲームや物語の世界でしかなかった町や人がたくさんいて、動物も植物も、知らないものがたくさんある。私の知らなかった世の中があったのだ。
小学校や中学校と家との往復にしかない小さな世界ではなくて。
私を全く知らない人の世界がちゃんとあって。
そこでは私を普通に受け入れてくれる。優しくしてくれる。
少なくとも、レナードさんとライデンは私に優しくしてくれた。彼らには彼らの思惑があるのかもしれないけれど、とてもそうとは思えないほど親切にしてくれている。
おおよそ理解できたところでは、駅前来々軒のあるタイロンの町は御領主様のクレッグさんが治めておられるということらしく、さらにその上にはちゃんと国と言うものがあるらしい。
東を海に、西を陸続きに外国と面しているこの国はメステリュアレと云うそうだ。舌を噛みそうだが、一応王国なんだとか。首都のメステノンはお隣の領土にあるそうで、そこに王様がいらっしゃるとのこと。まぁ、ラーメン屋見習いとしてはその程度に理解してれば充分だ。東の海に浮かぶ三つの島国も領土の一部だとかで、そちらを治めているロンドライン伯爵さんが、例の、カーラさんのお父さんになるみたい。顔が似ていること以外、まったく私には関係ないけれど、一度関わった以上は気になったので聞いてみた。
「クレッグさんとそのロンドラインさんは親しいんでしょうか。」
「どうかな。まぁ、隣国だから、仲良くしなくちゃヤバイってのはあるだろうけどね。」
「そこの娘さんを無理矢理婚約させて連れてきちゃったってのは、相手を怒らせることになったりは・・・?」
「・・・んんー、まあ、政略的には意味のある婚約だからねぇ。シンちゃんがあんなに焦らなくても、いずれは結婚になってたんじゃないかと思うんだけど。」
「お姫様、見つかったんでしょうか。」
「どうかなぁ。」
レナードさんはのんびりした口調でそう答える。
露店で買った肉と野菜を串に刺した焼き物を私とライデンにも手渡して、通りに面した小さな花壇の縁に腰を下ろした。
首都でなくても、それなりに活気のある通りでのんびりと買い食いをしている。そんな私達を気にとめるような人もいなかった。
ライデンが肉にかぶりついている様子を微笑ましく見つめている。レナードさんはやっぱり優しいなぁと思った。
もう自分は戻らないのだろうか。戻れないのだろうか。・・・戻れなくってもいいかな。
この世界は私がいた世界よりも私に優しい。
両親のことを思い出すと少し胸が痛むけれど、いっそ私のような問題児はいないほうが親に取っても気が楽かもしれない。
優秀で自慢の息子が一人居るのだから、私の事など気にしていないかもしれない。
・・・そう思いつつ、そう思っている自分が悲しいな、と思わずにいられなかった。
自分のいた世界に未練がないんだな、私は。寂しいよねぇ・・・。
執着するものが無いなんて、私はなんのために生きていたのだろう。何が楽しくてあの世界で生きていたのだろう。
少なくともここには、見ず知らずだった私を助けて、大切にしてくれる人がいるのだ。
「元気ないね、カナちゃん。」
「そんなことないですよ。レナードさん。」
「俺んとこじゃ、いやなのかな。やっぱりお城がいいのかい?」
いつのまにか視線を移して、心配そうにこちらを見ている美男子の表情を見て慌てて否定する。
「人違いですから。私はそんな伯爵だかの身内じゃありませんから。・・・それに私ラーメン大好きだし。」
「ホント?」
「はい!」
彼が表情を和らげたのを見て安心した。
「ずっとうちにいてくれると、俺は嬉しいよ。な、ライデン。」
緑の蜥蜴の頭を撫でて言う。
「ですね、ご主人様。」
「ご迷惑じゃないですか。」
「全然。」
どうして赤の他人の私にそんなに親切にしてくれるのだろう。
その疑問とは、別の質問を彼にしてみる。
「レナードさんは、どうしてラーメン屋さんになったんですか?ラーメンが好きなの?」
整った顔にてをあてて、意味ありげにこちらを見る。
「俺はカナちゃんが好きなものを作るためにラーメン屋になった。・・・ってのはどうかな。」
そんな言い方をされたら、誤解してしまう。
「からかわないで下さいよ、もう。」
赤面しているのが自分でもわかる。惚れてまうやろ。
私はニコニコと清清しそうな笑顔のレナードさんを、真っ直ぐ見られなかった。
「カナ、照れてますね。」
ライデンが余計な一言を付け加える。
店に帰ると、たくさんの兵隊さんが囲むように立ち並んでいた。
嫌な予感がした。
ただ、あの兵隊さんの制服と少し違う。私が浚われたときの兵隊さんはもっと派手な制服だった。今現在店の周りにいる人達の制服は随分と地味だ。
ライデンとレナードさんがたくさんの制服の群れを見て顔を見合わせている。
「なんだ、ありゃ。」
「・・・今日は、お店定休日だって言ってましたよね?」
「暖簾だって出してないし、休業中の札をかけているんだがな。まさか開店まで行列が出来てるわけでもあるまいし。」
こちらに気付いた兵隊さんが、わらわらと寄ってきた。
「レナード様と、カナメ様ですね。」
隊長らしき人が進み出てレナードさんと私の前に立った。片手を胸に当てて軽く頭を下げる。礼がちょっぴりカッコイイ。
「何か御用ですか。今日は定休日なんで営業していないんですけど。」
いつもとは違う無愛想な声で応じたレナードさんは営業用ではない顔だった。不機嫌そう、と言ってもいいだろう。
「クレッグ様からの命でお迎えに上がりました。どうぞお城へおいで下さい。勿論、カナ様もご一緒に。」
「・・・いやだと言ったら。」
「連れてくるまでは許さないと申し渡されております。」
神妙な顔で答える隊長さんから視線を私の方へ移して、店長は言った。
「どうする、カナちゃん。」
「・・・ずっと店の前にこんなに兵隊さんがいたら営業妨害ですよね。レナードさんも一緒に行ってくれますか。」
「ああ、いいよ。なぁライデン。」
緑の蜥蜴も頷いた。
「荷物だけ店の中に置いてきていいかな。」
「お待ちしております。」
隊長さんはほっとしたようにそう呟いた。