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ファンタスティックビジョン  作者: ちわみろく
6/24

御領主子息謁見(ごりょうしゅしそくえっけん)

更新が大変遅くなりました。

連載再開したいと思います。

 麺を打った後、寝かせるために店舗の地下にある氷室へそれを持っていく。

「ここにならべて寝かせるんだよ。」

設けられた棚に、打ちたての麺を乗せて細麺に太麺を分け綺麗に並べる。手際のいいレナードさんの手つきを、見よう見まねでやってみる。

「上手。」

 男前な笑顔がこちらに向くと嬉しい。

「ねぇ、カナちゃん。」

「はい?」

「・・・領主の息子に会いたい?」

 いや、別に。どうでもいいかな。

 どっちかというと、わたしにそっくりなカーラさんの方に会いたいけど。

「別に、会いたくないです。知らない人だし。」

 すっぱりと切り捨てるように答えると、レナードさんはほっとしたように安堵の表情を浮かべる。

「だよね。さて、次は肉の仕込みだよ。」

「はい。」

 なんか、ラーメンを作るスキルがどんどん上がっていく気がする。

 こうやって作るんだなーという手順を目の前で見せてもらって、とても面白かった。レナードさんはいい職人さんなのだろう。

 お店も結構繁盛しているようだし。

 来々軒にきてからまだたった二日しか経っていないのに、えらく馴染んでいる自分が不思議でしょうがないくらいだった。それだけレナードさんとライデンが自分によくしてくれているからだろう。

 赤の他人に親切にされることが新鮮で、そしてとても嬉しくて、心が温かくなる感覚。

 なんだか、もうずっとここでラーメン屋の手伝いしててもいいかな、なんて思えるくらいに。

 あんな辛い日常に戻るくらいなら、男前のラーメン屋店長と、可愛いドラゴンと一緒に暮らせる方がいいな、なんてちらりと思ってしまった。

 先日獲って来た猪の肉を氷室から回収して調理するために厨房へ持って行く。凄く重いので2,3キロはあるだろうな。

 一日仕込みをして過ごすと、夕方には散々眠ったと思われるライデンが店の中に入ってきた。

「おはようございます、ご主人様。」

「もう夕方だよ、ライデン。くたびれたのかい?」

「主人のドラゴン使いが荒いもので。」

「・・・言うねぇ。」

 緑の蜥蜴は主人と会話した後、その従業員の下にもやってきて挨拶を交わす。

「おはようございます、カナ。」

「ライデン、おはよう。昨日はありがとうね。よく休めた?」

「はい。」

「カナちゃん、暖簾だしてくれる?」

 夕方営業の時間に合わせて、開店作業だ。レナードさんの指示に従って、私は店舗の外側に出て暖簾を用意した。

 薄暗くなった通りを、二頭立ての馬車が疾駆してきて来々軒の目の前に急停車する。少ない人通りの中でも人目をひくような荒っぽい運転に、私は思わず眉を顰めてしまった。

 馬車の中から兵隊と思われるような人が三人ほど降りてきて、うちの店の前に立った。派手な服装の兵隊だ。濃紺にキンキラキンの刺繍がそこかしこにちりばめられている。これじゃ戦場で目立ってしょうがないのでは。

「い、いらっしゃいませ・・・?」

 当たり前の接客の台詞を言ったつもりだったのに、何故か伴う違和感。

 小さな紙片のようなものを手にしながら、こちらを見て何かを話し合っていた兵隊達は、やがて腰に佩いていた細身の刀剣をスラリと抜く。嫌な予感しかしない。私は急ぎ足で店舗へ戻ろうとしたが、目の前で二本の剣が見事なバッテンを作った瞬間には足が竦んでしまった。

「カーラ・ロンドライン様。」

背後で、兵隊の一人が叫んだ。

「ひとちがいで・・・!」

 人違いです、と叫び終わる前に、誰かが私の口を塞いだ。手袋ごしの大きな手が私の声を遮る。

 両手をつかまれて引きずるように馬車へ乗せられた私は、異変に気付いたレナードさんとライデンが店舗の外へ飛び出してくる姿を見ることも出来なかった。

 ご領主様のお城へ付くと、両側からがっちりと兵隊さんに固められて動きが取れないまま馬車から降ろされて、廊下を歩かされ、そのまま大きな扉のある部屋へ連行された。その間もずっと口を塞がれているので声も立てられない。初めは抵抗しようと無駄な努力を試みたが、兵隊さんに女子中学生が敵うはずもなくやがて諦めた。

 ご立派な調度類の配置された応接室と思われるお部屋に、私は口をふさがれたまま通された。

「カーラ!お前ら、カーラを放せ。どうしてそんな乱暴を・・・!」

 ワインレッド色のソファから立ち上がった少年が声高に喚く。そのおかげで、兵隊さんは私を解放してくれたが、今更どこへ逃げられるわけでもない。

 仕方無しにその少年を見て、私は総毛だった。

 忘れられないその顔。短髪で目鼻がハッキリした、少しだけごついその少年は、一部の女子には人気だった。だが、私は殺してやりたいほど恨んでいる。

 小学校からの知り合いで、中学でも同じクラスになってしまったそいつは、私をさんざんな目に遭わせたいじめの首謀者の一人だった。

久遠くどう信也しんや・・・。」

 

 私の呟いた名前に、わずかに首を傾げた少年は兵隊に解放された私の傍へ寄ってきて肩をぐっとつかんだ。

 だが、私はこいつが生理的に許せない。大きな悲鳴を上げて逃げ出し、部屋の隅へと走る。

「来るな、寄るな・・・!」

 部屋の隅の家具の陰へ身を隠すように小さくなるが、向こうは、私が逃げ出したことが信じられないらしい。びっくりした顔で呆けている。

 向こうは何も覚えてないととぼけようとも、やられた方は忘れない。

 小学校4年生の時に同じクラスになった久遠は、ガキ大将みたいにクラス中の男子を従えて私を徹底的にいびったのだ。

 教室から無理矢理叩きだされた事もあった。殴られたり蹴られたりすることは当たり前だった。最初は本人が手を下していたが、そのうち奴の取り巻きだけが調子に乗って私をいじめるようになった。朝登校したら、廊下に私の使っていた机と椅子が出されていて、引き出しの中に昨日使ったと思われる牛乳をたっぷり含んだ雑巾を詰め込まれていたこともある。バイキン扱いされ、ランドセルにカッターで『死ね』と傷を付けられた。5年生になる頃には、奴は殆ど手も口も出さなくなっていたけれど、奴に唆された他の子供達は残酷さを増して私を執拗に苛め抜いた。給食を食べるときはグループになって机をくっつけて食べなくてはいけないのに、私だけはいつも離れ小島に放され、その上みんなが嫌いなものを集められてトレイに乗せられて、食べきれないと食べ終わるまで許してもらえなかった。先生に訴えても、「好き嫌いしてちゃ駄目よ。」と言われただけだった。登校中にガムを髪に付けられ、それを学校では先生に言いつけられ、まるで私自身がガムを噛んでいたかのように疑われ注意を受けたりもした。保健室へ逃げようとすると、仮病だ、と囃し立てられ、逃げることさえゆるされなかった。子供達が教師を騙すことなど造作もなかったのだ。

 思い余った私が登校拒否を続けてはじめて事実に学校側が取り組んだときに、私は『最初に私をいじめたのは久遠だ』と告げた。

 奴は先生に呼びつけられてやってきた。学年主任の先生と担任と、久遠と私が呼ばれ、やがて親が呼ばれた。びっくりしたような奴の母親と、私の母親。

 今思い出しても腹が立つ。腸が煮えくり返るとはこのことだろう。

『どうして堀越をいじめたんだ?』

 担任が奴に尋ねると、奴は自分の母親に向かって小さく何かを告げた。久遠の母親は元々動揺していたような表情だったのが更に目を見開き、それからどこかほっとした様な安堵の顔になった。久遠はその後顔を上げないままだった。

 私の母は私がそんな目にあっていることなど信じられない、とでも言いたげに私の隣りに座っていた。目線で、何かの間違いでしょ?と確認でもしているかのようだ。それに応える余裕など私にはなかった。

 久遠の母親は、少し笑って、本当に自分の息子が可愛くて仕方が無いとでも言う風に軽く奴の頭をなでた。

『あの・・・本人は、なんでも最初堀越さんのことが好きだったそうで。・・・なんて言うか、小さい男の子って好きな子をいじめちゃうみたいなのあるじゃないですか。それがきっかけだったらしくて。信也は堀越さんにかまって欲しかったみたいなことを言っているんです。』

 私の中に怒涛のように怒りが湧いた。周囲に誰もいなかったら、久遠をぶん殴っていただろう。

 よくもそんな嘘をいけしゃあしゃあと言えたものだ。私は怒りの余り全身が震えてくるのを意識した。ぶっ殺してやりたい。私をあんな目に合わせておきながら、よくそんな言葉を平気で言えたものだ。

『ま、まぁ・・・。』

 もっと信じられない反応を見せたのはうちの母親だった。

 娘がいじめに遭っていて、それを初めて知った今だと言うのに。その加害者側の言葉の何を信じたのか、こころなしか嬉しそうに笑ったのだ。

『男の子が小さいうちにってそういうのありますものね。』

などと言うではないか。

 娘がよその男の子に好意を寄せられていたという嘘がそんなに嬉しいとでも言うのだろうか、母はその言葉を聞いたとたんに緊張を解いてにこやかになった。

『お母さん、そんなのどうして信じるの。嘘に決まってるでしょ』

 怒りの余り声が震える私は、それだけ言うだけでいっぱいいっぱいで。

 そんな小さな言い分は母には届かなかったらしく、母は久遠の母親と和やかに話し始め、担任もそれに乗っかるように話し始める。

 そこに大人の思惑が見える。

 出来るだけ事を荒立てたくない。子供同士の、些細なこととして事件にしたくない。そういう大人の都合が見えた。

 その思惑の陰で、少しも顔を上げようとしない久遠の、笑っている顔が見えるようだった。

 少年の未熟な恋心の、ちょっとした行き違いで起きたささいな諍いで、イジメなどという大事件ではありえない、とするような。

 この時に知ったのだ。

 被害者が何を言っても何をしても無駄なのだという事を。

 それでも何かが変わるかもと思ってその後も色々と努力したけれど、学校中に知れ渡るようなイジメの被害者となった私を見る目は全校で変わらず。

 久遠も、奴の取り巻きも、ただの注意のみで終わって。

 それに味を占めた奴は中学に上がっても変わらず私を陰からいびり続けていた。

 母は、『子供の頃の男の子にはよくあることだから許してやんなさい』などと勘違いにも程があるような忠告を私にして。

 担任も同じようなことを私に言って。『ごめんね、要ちゃん、許してやって』などと久遠の母親が私ににこやかに言って。

 絶望が私を満たしていたことにその時はまだ気がつかなかったけれど、それを程なく理解した私は、相変わらずいじめを受け続けた。もはや先生に言っても何も変わらなかった。

リアル世界の、もっとも会いたくない人物の顔をみてしまったカナ。

どうしてくれようか。

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