姫君肖像画拝見(ひめぎみしょうぞうがはいけん)
読んでくださってありがとうございます。
なんでも、御領主様のご子息はその許婚にぞっこんなのだそうで、婚礼前だと言うのに自分の城に呼んで住まわせているほどなのだという。
遠い外国から呼び寄せたらしい貴族の娘だそうで、領主の子息が一目惚れし、強引に婚約へ持って行ったのだそうだ。ダイカンのお話に寄ると。
・・・まあ、確かに顔はそっくりな気がする。でも服装は・・・私の格好は学校の制服だし。
肖像画、というものをダイカンに見せてもらって思わず納得。
黒髪にこげ茶色の瞳。エラが少し張ってしまってて顎がシュッとしていないのが悩みの私の顔。目も奥二重でなく普通の二重だったらなぁとプチ整形をいつも考えていた目元や、ちょっと高すぎで鷲の鼻みたいにごつい鼻。全てを諦めているかのような表情までも再現されているのが悲しいくらいだった。
カーラ・ロンドライン、と言うお名前らしい。なんだよ、一文字しかあってないじゃないの。
「とにかく、カナちゃんはその許婚とは違うから。俺は彼女をお城に売る気も無い。」
「賞金もつけてたじゃねーか。山分けってのでどうよ?だってさ、本人だって困るだろうが。元は貴族のお姫様だぞ。ラーメン屋の手伝いなんざできっこないだろ。」
その領主のお城へ私を連れて行って賞金を頂くつもりだったダイカンは、どうにか保護者的立場のレナードを説得しようと必死だ。
今やライデンをかまおうと蜥蜴を追い掛け回しているラビは、ダイカンと二手に分かれて私を浚うつもりだったらしい。
レナードが家を出たのを狙ってラーメン屋に入ったけれどもぬけの殻。そこで、レナードは私をつれて狩りに出たと推測した。よもやドラゴンをつれて狩りに出るとは思っていなかったという。動物の獲物が皆逃げ出してしまうからだ。
実際ライデンは狩りには同行していなかった。私を乗せてレナードを追いかけてきただけだ。
「なんでよ?いい話だし、人助けだし、儲かるし、断る理由は無いと思うのに。」
「断る。」
未練がましく食い下がる巨漢の戦士に、レナードはにべも無い。
「カナは記憶喪失だ。自分の名前しか思い出せない。第一、彼女の服装はどうみても貴族の娘のものじゃないだろ。」
「変装だったら?」
「理由がわからん。」
「だから、領主のドラ息子がいやでお城を抜け出てしまったという、ドラマチックな・・・。」
本人を全く無視して話を進めている二人に、口を挟む隙は無かった。
焚き火を前に焼かれていく猪の肉を眺めている。レナードとダイカンの二人であっという間に下処理までしてしまい、肉片になったそれを串に刺して焼いているのだった。
・・・チャーシューにしなくていいのかな。
時折肉片から油が落ちていくのを見ながら、焼き加減を調節しようと串をひっくり返したり、薪を増やしたりしていた。
「それなら尚更返してやる必要なんかないだろう。」
「いやいや。未来の領主の嫁とラーメン屋のおかみとじゃ、余りにも差が有りすぎやしないか。」
未来の領主、ということは、そのドラ息子は家も領地も継ぐことがハッキリしているのだろう。
「あの・・・、そろそろ焼けますけど。」
私はめいいっぱい控えめに二人の会話に侵入する。
「あ、ありがとうカナちゃん。調味料はそっちの袋だよ。お好みでかけてね。」
傍らの皮袋に、さらに小分けになった皮袋が入っている。なるほど。
レナードさんは私の手から串を一つ受け取り、そのままダイカンに手渡す。私は、ほんの少し迷った後、ラビさんにも肉を手渡そうと立ち上がった。すると、ひょんひょんと飛んで逃げ回ってたライデンがやってきて、はむっと肉に食いついた。びっくりして、思わず串を手放してしまった。
「カナ。ラビは肉は食べませんよ。」
肉を咀嚼している割には、余りにも明瞭な声でライデンが喋る。不自然とさえ思えるくらいだ。
「やっぱり?草食なのかな。」
「ベジタリタアンって言って~。」
肉を食べている間は、大人しくラビにくっつかれている。ラビさんはライデンの何がそんなに気に入っているのだろう。
「心配しなくても、俺はカナちゃんをお城に売ったりしないから。」
少し照れたようにレナードさんが言う。
なんとなく、私も照れた。
夜が明けて間もなく叩き起こされた私は、新しい着替えがあることに気がついた。
「昨夜、ラビに頼んで譲ってもらった。ずっとその格好というワケにも行かないだろうし。着方わかるかな、かぶるものばかりだから楽だと思うんだが。」
そう言えば遅くまで何か話し込んでた覚えがある。自分はもう疲れ切っていて、そちらに意識を回す根性が残っていなかったが、そんなことを話していたのだ。では、彼女はわざわざ朝に届けてくれたのだろうか。
生成りのごく普通のつっかぶりのワンピースのようなものだろうか。かぶってベルトをしめるだけの、簡単な衣服だ。手触りは柔らかな綿、という感触である。
制服も着替えたいが、それ以上に着替えたいのは下着だ。しかし、替えがないので脱ぐわけにも行かない。そう言えば入浴もしたい。
しかし、不思議にそれほど自分が気持ち悪いとは感じなかった。トイレの場所だけは、最初に掃除したのでわかっているが、お風呂はどこにあったのだろうか。
着替えて顔を洗って一階の店舗に降りると、割烹着姿になったレナードさんが、すでに厨房で何かを熱湯で煮ている。大きな台の真ん中で、粉を一心不乱にこねていた。
袖で汗を拭った彼が私を振り返り、にっこりと笑う。うう、眩しい。労働の汗を拭う色男。朝からちょっと刺激が強い気がする。
「豆をね、さやから取ってもらいたいんだよ。よろしく。」
「わかりました。」
昨夜、レナードさんが取ってきた・・・いや、獲って来た?採ってきたのかな?成果である大きな豆の束が床に置いてある。
「まずは、枝からとってね。」
「はい。」
私は厨房の床にしゃがみこんで、言われるまま労働を開始した。それから間もなく、ふとあの緑の蜥蜴がいないことに気がつく。
「ライデンがいませんね。」
「ああ、寝てるよまだ。昨夜遅かったからね~。」
かまどの上でぐつぐつと煮ている大きな鍋の中身はスープの元だろうか。ライデンがいなくても火がつけられるんだな、などと感心した。
「ライデンがいなくて寂しい?昨夜は奴の背中に乗せてもらったんでしょ。珍しいよ、あいつが人を自分から乗せようなんてさ。」
「そうなんですか?なつっこい、と・・・いや、ドラゴンじゃないですか。」
あやうく蜥蜴と言いそうになり訂正する。確かに昨夜巨大化した姿はドラゴンと言うに相応しかったけれど。
「そうでもないよ。人見知りする奴だ。」
再び粉をこねる作業に戻ったレナードさんは、その後は殆ど口を聞かない。作業に集中しているのだろう。邪魔したら申し訳ないので、聞きたいことはたくさんあったが私も黙って豆取りの作業に従事した。
いつも緑の蜥蜴がそばにいるから忘れていたけれど、自分は今若い男性と一つ屋根の下に住んでいることになる。そして、今はその蜥蜴もいないのだから、二人きりだ。
昨夜焚き火の傍でレナードさんが言った言葉を思い出した。
・・・心配しなくても俺はカナちゃんをお城に売ったりしないから。
照れたように言ったレナードさんと、つられるように照れた自分だったが。
よくよく考えると、照れるようなことではない。要は、レナードさんが正義感溢れる、金や権力に目が眩んだりしないナイスガイであるということがわかっただけだ。それに私までもが照れてどうするんだ。
領主のご子息って、どんな奴なんでしょう。