武装料理人材料調達(ぶそうりょうりにんざいりょうちょうたつ)
ラーメン屋さんでひと働きしたあとは、おいしいまかないを頂きます。
夕食時のラッシュが済むと、レナードさんは夜食にチャーハンを作ってくれた。
私が作るチャーハンはどうしてもベタベタしてしまって食べられたものじゃない、と兄によく言われたものだが、さすがにプロの作るものは違う。パラパラごはんに軽い口当たりの卵、チャーシューがうまく馴染んでとても美味しい。
自分の家族の事を思い浮かべる。年の離れた兄は大学生だ。私と違ってよく出来た男で成績も優秀スポーツも得意な人気者。嫌われ者の私と兄妹なのが不思議なくらいだった。6歳も離れているために、一緒に登校したことなどは殆ど無かったから、彼は私がいじめられていたことを最初は気付かなかったのだと思う。
幼い頃は、共働きで留守がちな両親の代わりによく面倒見てくれて可愛がってくれたものだ。私が中学生になったころから、なんとなくよそよそしくなって、大学進学のために家を出て行ってしまった。私がいじめられていることに勘付いて、疎ましくなったのかもしれない。
小学生のうちはそれでもどうにか我慢できたいじめは、中学生になったら収まるどころかよりエスカレートした。小学生の頃には仲良くしてくれた数少ない友達も、巻き添えを恐れて離れて行った。
そんな現状を両親に訴えたのは、もうちょっとやそっとでは変化しようがない程に立場が悪くなった頃だった。
共働きの両親には、心配をかけたくなくて、ずっと言えなかったのだ。登校する振りをして、両親が出勤した後にこっそり家に帰ってきていた。始めはそれでうまく誤魔化していたのだが、何日も続くとさすがにばれてしまった。仕方なく登校拒否の理由を白状せざるを得なくなったのだ。
・・・そう言えば、お母さんもチャーハンは下手だったよなあ。
看護士だった母は余り家にいなかったし料理も苦手だった。食事などはよく出来合いのお惣菜を買ってきていたのを思い出す。
「・・・どうしているのかなぁ。」
独り言をぼそりと言ってから、チャーハンを口に運ぶ。
お客がひけたホールの片隅のテーブルで夜食を食べている私の所へ、ピッチャーを抱えた緑色の蜥蜴が歩いてきた。
「お水いりますか、カナ。」
「うん、ありがとう。ライデン。」
どうみても彼の身体よりも重そうなピッチャーを起用に傾けて、コップに水を注いでくれた。
お腹いっぱいになった私は、お水を一口飲む。
厨房からレナードさんが出てきて、私はお水を噴いた。
割烹着を着ていないレナードさんを見たからだ。黒皮の上着に眺めの茶色のズボンと、やはり黒い革靴。背中には弓と矢を入れた筒を背負っていて、腰には大刀を差している。
「カナちゃん、俺、材料調達に出かけてくるから留守番頼むわ。もうお客来ないから、準備中の札に替えといてね。先に寝てていいから。じゃ、お休み~。」
「え、あの、レナードさんは、どこへ行くんですか。」
ただのラーメン屋の兄ちゃんだったレナードさんが、夕食時に何度かみかけた剣士風の格好になっていることに驚いた。
「だから、材料とってくるの。材料がなくちゃ商売出来ないでしょ。」
・・・市場かなんかに出かけるのかしら。こんな夜遅くに?
「あ、仕入れですか。成る程。わかりました。」
って、納得している自分がおかしい。
仕入れに行くのになんで武器の携帯が必要なんだ。
愛想良く手を振って店を出て行った彼を、納得の行かない顔で見送った私は、仕方なく食器を片付ける。厨房のシンクでそれを洗って食器棚へ返しておいた。
ライデンに教えてもらいながら、暖簾を下ろし、準備中の札に替えて店の出入り口を閉める。緑の蜥蜴はぽてぽてと歩いて私に付いてきてくれて、札の場所や、暖簾の置き場所に畳み方などを丁寧に教えてくれる。
「あのさあ、ライデン。レナードさんは材料の仕入れに行ったんだよね?」
「そうですよ。」
「なんで、あんな物々しい格好で出かけて行ったのかな。」
「夜は物騒な奴らがいっぱいいますからね。」
「・・・そうなんだ。」
市場までの道が危険ってことなのだろうか。
「気になりますか、彼の事が。」
緑の蜥蜴の意味深な・・・いや、別に意味深なわけではないのだろうけど、レナードさんがやけに美男子で、しかも剣士姿がちょっとカッコイイとか思ってしまった私にはそんな風に勘繰ってしまう。割烹着姿よりはね。
「お連れしましょうか。ご主人様が何をしているのか気になるのでしょう?」
「えっ・・・。でも、夜出歩くのは物騒なんでしょう。危ないんじゃないの。」
「私がお連れする分には大丈夫です。お部屋の窓を開けてお待ちください。すぐに参りますから。」
少し考える。
危ないことに関わりたくは無いけれど。好奇心には勝てなかった。
この緑の蜥蜴が大丈夫、と言ってくれているし、ちょっとだけならいいんじゃないかな、などと思ったりする。
「わかった。窓を開けておくんだね。」
私は蜥蜴の言うままに、今日入ったばかりの天井裏部屋へ上がっていく。割烹着を脱いで、きちんとたたんだ。多分明日も着ることになるのだろう。
仕事中は締め切りにしておいた出窓を開いて、窓の外を眺めると夜空に星が光っていた。とても晴れている。
「カナ。窓からゆっくりと出てきて下さい。私の翼に乗り移れます。」
窓の真下の方から急に聞こえてきた低い声に狼狽して、あやうく窓から落ちそうになる。声の方を見下ろすと、巨大な爬虫類の姿が宵闇の中に溶けるように見える。
「ら、ライデン!?」
「さあ、どうぞ。」
高さだけでも5メートルはありそうな巨大な龍が、こちらへ顔を向けていた。彼の背中に生えている大きな翼が、出窓の傍まで届いている。
・・・す、凄い。ライデンは、こんなでっかいドラゴンだったんだ。
鳥の翼というよりも、コウモリの皮膜に似た大きな羽。体色は緑色だが、かすかに発光しているように見えるのは気のせいだろうか。こちらを向いている大きな目は黒く見える。
私はえっちらおっちら出窓を超えて、彼の皮膜に似た羽の上に乗った。余り厚くは見えないそれで私の体重を支えられるのか心配になってしまうが、とても温かい。
「私の肩に乗せますから、落ちないようにしっかり捕まっていてください。羽毛を掴んでもいいですよ。」
羽根も自在に操るのだろう、私の身体を運んだそれが、龍の首の付け根の辺りで少し傾く。私は転がり落ちるように、龍の肩に座った。
・・・おお、やわらかい。
彼の頭部と思われる部分から私が座っている辺りまでを柔らかな羽毛が表皮を覆っていた。人間だったらモヒカン刈りに思えるが、動物だと、ちょうどたてがみのように見える。
ライデンは、私がしっかりと羽毛に捕まったことを確認すると、大きな羽根を羽ばたかせて地面を蹴り、空へと飛び立った。
小さくても大きくても、ドラゴンでした。