主人公帰還(しゅじんこうきかん)
完結です。本日三回目の投稿です。
退院した私が登校したのは一学期の終業式の日だった。
病院で目覚めた私は学校へ行くよりも大切な事を思い出したからだ。精密検査を受けて健康に問題が無い事がわかった私は三日もすると退院出来た。見舞いに実家へ戻ってきてくれていた来希お兄ちゃんは、なんだか家を出る前よりもぼんやりしているみたいに思えたけれど、私が上京して進学したいと言ったら賛成してくれた。都心ならばたくさんのラーメン屋さんがあるだろう、地元の飲食店はほとんど当たったけれど、これはという人にも味にも出会えなかったからだ。
現実に戻ってきても、あの世界で食べた味噌ラーメンの味はちゃんと覚えている。優しいレナードさんの笑顔と共に。
私は、この世界にいるレナードさんを探すのだ。
あれほどに私を惜しんでくれた彼が、きっとこの辛い現実の世界にも必ずいるはず。
レナードさんが私と出会うために様々な道を歩いてきたように、私も彼と出会うために、長くて険しい道を歩いて行かなくてはならない。
両親は最初怒って反対したが、兄と同居すると言う条件ならと、了承してくれた。だから、兄の住まいから近い高校を探してそこを受験することに決めた。
一学期は入院していたと言う事で、成績がつかなくても言い訳になる。二学期からは死ぬほど勉強して受験に備えなくてはならない。終業式まで学校に行かなかったのは、塾や予備校を当たっていたからだった。
元々成績がそれほど悪いわけではなかった。勉強すればいじめられないのではないかと思って必死で努力していた時期が有ったので、中三になって丸一学期学校へ行けなくてもついていけなくなるということもない。
何か月ぶりかで登校した私を奇異の眼で見るクラスメート達がいた。その中に久遠の姿もあった。もう二度と来なければいいのに、などという陰口も聞こえていたけれど、私は平気だった。誰もが私の隣りに並ぶことを嫌がっていてもなんとも思わなかった。くだらない、としか思えなかった。
荷物をイタズラされることを恐れたので、鞄の中身は無くなってもいいものしか入れてこなかった。下足も心配だったので、携帯用の袋を持ってきて常に持参する。成績表だけは鞄にも入れず、靴と一緒に常に持ち歩く。
「一学期ほとんど学校にも来なかった誰かさんはどんなにお利巧だったのか知りたいな。」
シンと同じ顔をした久遠がおかしな理屈を吹っかけてきた。
カーラ姫を恋しがっていたシン・クレッグとイメージが重なる。怯えた私を見て、あんなにも傷ついていたシンの顔が思い出された。私はすぐに成績表を手渡し、その足で職員室へ向かう。下手に取り戻そうとあがいたりその場に長居すると先生に言い付ける暇もなくなるからだ。私の成績表を馬鹿にしようとそちらへ人数が偏った隙に、廊下へ出た。
「成績表を取られました。無いと困るので、もう一つ作って頂けますか。」
私は涼しい顔で担任に言うと、担任の若い男性教師は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「なんで、取られたんだ?」
「私いじめに遭ってるもので。下手に取り返そうとすると返り討ちに遭ってまた入院でもすることになったら困ります。先生は複製をお持ちでしょう?夏休みに入ってからでもいいですから、私取りに来ます。その方が確実に手元に来ると思うので。」
「お前だけそんな特別扱いするわけには・・・。」
「学校の階段から落ちたのは自殺未遂だったんです。いじめを苦に死のうとしていたんです。」
いじめられている本人が言っているとは思えない程はっきりした私の声に、職員室の職員すべての視線が集まる。
「成績表を取ったのは誰だ、久遠か?」
担任は頭をがりがりと掻いてから、面倒くさそうに尋ねてきた。
面倒くさいのだろう。わかっている。中学の教師など、よほどの情熱のある人でなければただの公務員だ。波風立てずに終わらせたい。少々の事なら目をつぶってやり過ごしたいのだ。
だが、職員室でこれだけ声高に公言されては重い腰を上げないわけには行かないだろう。
私は頷き、私に同行して教室へもどってくれる担任教師の背中を眺めた。担任が出てくれば、久遠だってどうしようもあるまい。
学校は、次のステップへ進むための階段なのだ。
友人などいらない。必要なのは、高校へ行くために必要なものだけだ。そして、私にはそれを得る権利がある。階段から落ちて入院するまで、私はこれだけ酷い目に遭っていたにもかかわらず、登校拒否もせずきちんと登校していたし試験も受けている。死にたいほど辛い日常を我慢してきただけの意味があったのだ。
これからは試験を忘れずに受け、成績を維持し、最低限の出席日数を守ればいい。欠席の理由は通院でいいのだ。一か月以上もの間意識が戻らなかった私だ、どうとでも理由は付けられる。
レナードを探すためなら、勉強することなど何の苦でもない。元々嫌いでもなかったのだ。都心の学校へ入れるだけの学力を維持するのはそう難しい事ではなかった。
イケメンだったし茶髪だったけど、顔立ちは日本人だったのだから、きっと国内でも見つかるはず。
来希お兄ちゃんはあの世界での事を現実でははっきりとおぼえていないらしい。本当に、夢の中の出来事のように漠然としているのだそうだ。
レナードは元気なのかと尋ねれば、多分、と答えてくれるけれど、どうも覚束ない。
そういう私も、短い間にあの世界で経験したことの殆どを忘れかけている。はっきりと覚えているのはレナードとライデンと、シンのことくらい。あと、レナードさんが作ってくれたラーメンの味。
いずれは来希おにいちゃんのように、夢だったかのようにほとんどを忘れて行ってしまうのかもしれない。
だから覚えているうちに、彼を探して出会わなくてはいけないのだ。
汚されてしまったけれど、成績表はどうにか無事に戻ってきた。担任が取り返してくれた。親に見せられると思って安堵した。
父は毎晩遅く、母も相変わらず忙しいので中々顔を合わせることも無い。
だが、私が入院していたことが少しは効いたのか、母は夜勤をやめた。どうしても手が足りない、という時以外は、夜自宅にいてくれるようになったのだ。
母が作ったチャーハンは相変わらずべたべたで美味しくなかったけれど、二人で食べるのでそれさえも話題になる。
ダイニングに置かれたTVに映ったチャーハンの方が美味そうだ、などと言うと、母は画面を見て
「随分若い板前さんが作っているのね。確かに美味しそう。」
と呟いた。ゴールデンタイムはグルメ番組が多い。
母とTVを見ながら会話して夕食を食べるなどと言うことが少ない私は、母の指摘が気になってTVの画面を見た後、釘付けになった。
若くて巨乳のバラドルが紹介する味噌ラーメンの美味しい店に、白い割烹着の青年を見つけたからである。
人の良さそうな顔をしたイケメン板前に、媚びを売るようなバラドルが近づいて彼をレポートしていた。
「お母さん、この番組、ビデオ撮れるかな・・・?」
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