表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファンタスティックビジョン  作者: ちわみろく
21/24

土下座懇願(どげざこんがん)

「ライデンも、本当は竜じゃないんだってなんとなくわかってた。でも、ライデンは俺の竜でいたいんだってこともわかってたから、俺はずっと竜として扱った。俺のペットだってそう言ったよな?ずっと傍でお仕えしますって。だったら俺もそれでいいって思ったんだ。ライデンは俺のドラゴンだ。絶対に俺を裏切らない。」

「レナード・・・ご主人様・・・。」

 鬼の眼にも、ではないが、龍の眼にも涙が零れ落ちる。ライデンの赤い瞳から透明な涙が零れたのが見えた。その涙を拭った指はレナードのもので、レナードは床の上にいた緑の蜥蜴をゆっくりと抱き上げ、優しく頬ずりした。龍の小さな前足がぎゅっと彼の袖をつかむ。

 二人の間にはそれだけの絆がすでにあったのだ。長い間一緒に居る間に、レナードとライデンはお互いを裏切らないと言う確信があったんだろう。

「シャーロット様には申し訳ありませんが、俺は軍人だった親父も祖父も嫌いだった。だから、ライデンに言われなくても、きっと俺は剣を捨てていたと思います。ちっとも家にいてくれなかった武人より、いつも家族と一緒に居られる料理人の方が俺には向いている。修行の間本当に色々な事を教えて頂いて有り難かったと思います。剣を振るう事そのものは嫌いじゃなかったし、シャーロット様の元にいた時は充実した毎日でした。でも、俺は」

 白髪の剣聖様はかつての弟子の言葉にわずかに眉をひそめた。

「そうでしたか。貴方なら立派な兵士になれると思っていましたが、私の勘違いだったようですね。」

 さして残念でもなさそうに言うシャーロット様はおもむろにご領主さまのほうへ視線を向ける。

「しかしっ姫がおられなくては・・・」

 領主のラエルさんが思わず取り乱すのを、水龍の騎士がそっと抑えた。

「コアン殿・・・。」

「来希殿、カーラ姫はどこにおられるのだ。ご無事なのか?どうしたらお会い出来る?」

「・・・市内の総合病院で安静にしている。」

「なに?」

「病院と言って具合の悪い人間が療養する場所にいる。・・・カナがこちらへ来るときに階段から落ちて運び込まれて以来ずっとそのままだ。」

 ライデンの言葉に私は蒼白になった。

 私は自分が階段から落ちてからずっとこの世界にいる。あれから何日経ったのだろう。その時間、ずっとカーラ姫はベッドに寝たきりだったのか。まあ総合病院だから、それ以上容体が悪化することが無いようにきちんと世話してくれているのだろうけれども、それにしてもずっと寝たきりだなんて。

「カナが強く願って元の世界に戻りたいと思えば、恐らく姫はカナと入れ替わってこちらへ戻ってくるだろう。だが、俺はカナがあんな辛い世界に戻りたいなんて絶対に思わないと思う。だから、姫を戻すことは無理だ。」

 ライデンが店長に抱っこされたまま水龍の騎士の疑問に答えた。

 すると、水色の髪の騎士様は私の傍へやってきて、地下牢の床に跪き頭を下げた。

「カナ殿、お願いいたします。どうか姫を返してください。」

 その潔い懇願に私はどう答えていいかわからなかった。

 私が元の世界へ帰ればカーラ姫は戻ってくる。

 だが、元の世界で私を待っているのはあれほどに辛かった地獄のような日常だ。誰も私を救ってくれない、見てくれない、聞いてくれない世界だ。ご領主様の息子にそっくりな、久遠のいる学校へ再び行かなくてはならない。

「嫌だ、カナちゃん。行かないで・・・!君を散々辛い目に遭わせた世界になんか帰らないで。俺と一緒にこのまま暮らそう?俺とライデンと三人で一緒にラーメン屋をやって行こう。それでいいじゃない。見知らぬお姫様の事情なんて俺達には何の関係も無いよ。」

 緑の蜥蜴を抱いたレナードが泣きそうな声で言う。

 強そうで、世間慣れしてそうで、一人で店を切り盛りしている立派な店長も、こんな情けない声を出すんだと思うと涙が出そうになる。そんな声を出すほどに、自分を惜しんでくれているのかとそう思うだけで胸が詰まった。

 来希お兄ちゃんは私をあの辛い生活から救い出すためにこの世界へ連れてきてくれたのだ。一体どうやったのかなんて手段なんかわからない。竜の使う魔法など私には見当もつかなかった。私が苦痛の中にいることを察して、どうにか助けようとしてくれて。

 だが、目の前で頭を下げる水色の騎士様だって姫の事を案じている。ご領主様も、その息子のシン・クレッグも。

 騎士様の下げた頭の向こうに見える広い背中。

 不安そうに私を見るお人好しな顔のラエルさん。

 泣き出しそうな表情の店長と彼にしがみつくライデンこと来希お兄ちゃん。

「・・・わ、私は・・・。」

 どうしていいかわからず、なんと言っていいかもわからないまま、そこで言葉が止まってしまった。

 開け放たれた地下牢に沈黙が下りる。

「お嬢さん、少し休んだらどうでしょうか。結局少しも休まないまま話し合う事になってしまいましたから、疲れているでしょう?」

 沈黙を破ったのは、剣聖様の穏やかな声だった。

「一旦このお話は保留にしませんか。姫もいますぐどうこうされてしまう危険は無いようですし、ライデンが壊した城の修復や怪我人の手当ても終わっていません。ラエル様もコアン殿も本当はこんなところにいる場合ではないでしょう。ライデンとレナードは一度戻りなさい。お嬢さんは私と一緒にお食事でもどうです?レナードのラーメンも確かに捨てがたいのですが、私の弟子も中々の料理上手なのです。」

 彼の一言で膠着状態に陥ったと思われる話し合いがお開きとなった。


 タイロンの街のはずれにある小さな宿屋へ案内された私は、食堂と思しき粗末なテーブルにつくように言われた。

 白い髪の剣聖様が陶器のカップに水を満たすと私の前に差し出す。礼を言って受け取ると、彼はそのまま私の向かい側に腰を下ろした。

「あの、被害とかひどいんでしょうか・・・?」

「被害?」

「ライデンがお城を壊してしまったせいで、色々とご迷惑を」

「怪我人は多少出ましたけど、幸い死人はいませんし、重傷者もいませんでしたからね。建物の被害は、まあ、仕方がありませんよ。大丈夫、ちょっと風通しが良くなるだけです。ラエル様だってアレを直せないほど貧乏じゃありませんから。」

「本当に、申し訳ないことを。」

「大丈夫です。予想していたんですよ、ロンドライン伯爵のドラゴン・ナイツが飛来してきた時からただじゃ済まないことを。だから城内の者は皆ある程度覚悟していたんです。みなさん危機管理能力が高いですから、危ない、と思ったらすぐ逃げられるよう準備してあったんです。」

「そうなんですか?」

「だって、七頭の水龍がやってきただけでもパニックだったでしょう?」

「ええ、そう聞いています。」

 立て付けの悪い宿屋の出入り口が乱暴な音を立てて開いた。

 赤毛の少年が背中で扉を開けながら入ってくる。両手に荷物を持っているので手が使えないらしい。

「お師様、ただ今戻りました。お夜食これから作りますね。」

「クレハさん、こんばんは。」 

「こんばんは、カナさん。あのドラゴンがお城を壊したことは、そんなに気にしなくていいですよ。」

 扉の外で話を聞いていたのだろうか、クレハが言葉を付け足した。

「えっ・・・で、でも」

「他人の運命が見えるのは、あのドラゴンだけの能力じゃないんですよ。」

 薄茶色の瞳を細めてにっと笑った剣聖様の弟子は、両手に抱えた荷物をキッチンのカウンターへ乗せる。

「どういうことですか?」

「お師様も、見える方なんです。」

 キッチンで料理の準備を始めた赤毛の少年から、向かい側の粗末な椅子に座る美貌の男へ視線を移す。

 白い髪の男は薄く微笑んでいた。

「お師様が最強と呼ばれる力の所以は、未来を見ると言う神通力です。だから、お師様には他の方にはわからないことがわかってしまったりするんですよ。ですからねー、ああなることお師様は知ってらしたんです。だからそれとなく城内の人達に気を付けるように言ってあったんですよ。」

「・・・残念ながらあのドラゴンのように他所の世界へ介入するような強大な力は持ち合わせていませんがね。」

 まるで自嘲するかのような口ぶりで言い添える剣聖様。

「あ、あとね、カナさん。」

 驚愕の余り目を白黒させている私の方へそっと歩み寄ってくると、剣聖の弟子は自分で自分の方を指差してまたもにっと笑った。

「男の恰好をしているけどね、わたし実は女子だから。・・・ナイショね。」

「クレ、それ以上のお喋りは必要ありませんよ。」

「はああ~い。」

 軽く額を小突かれたクレハさんが再びキッチンへ戻っていく。

 声も出ない私がぱくぱくと口だけを動かしていると、剣聖様はまた優雅に笑った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ