生来孤独(せいらいこどく)
来希お兄ちゃんがこの世界にやって来たのは、私が中学に上がる頃だったそうだ。
大学に入ってしばらくは自宅から通っていたのに、一人暮らしをすると言って家を出て行った頃、彼は自宅だけでなくこの世界からも家出していたらしい。何がきっかけだったのかは覚えていないけれど、いつしかこの世界と元居た世界を行き来できるようになっていたと言う。
緑色の蜥蜴の姿になったライデンこと来希お兄ちゃんは、半壊してしまったお城の地下牢でぽつぽつと話してくれた。檻を開け放った状態の地下牢には、他の囚人の姿はない。城が崩れそうになり別の場所へ収容されたらしい。
傍にはレナードとご領主様のラエルさん。それに、水龍の騎士のダオハ・コアンと剣聖シャーロットが同席していた。
ドラゴンとしてこの世界にやって来たお兄ちゃんは竜として暮らしているうちに、自分にあるおかしな力に気が付いた。この世界では、他人の運命が見えるようになったのだそうだ。そしてそれを自分の力で捻じ曲げてしまうことまで出来てしまう事もわかってしまった。
首都の北山に住まう剣聖の庵へやってきた茶色い髪の少年が、自分と出会った時にその運命を変え、剣士では無く料理人となったように。剣聖の元で修行する警備隊にいた少年は、実は少女で、メステリュアレの王妃候補となるはずだったのに。ロンドライン伯爵の娘は水龍の騎士と恋に落ちて、国を追われるはずだったのに。
「俺は故意にそれをしたわけじゃない。俺がこの世界に降り立ったことで歪みが生じてそうなったのか、俺が本当にそうしてしまったのかはわからない。ただ、わざとやったわけじゃなかったんだ。・・・竜となってこの地に降り立っている時間と、向こうの現実の世界にいる時間がほぼ同じくらいになった時、俺はお前の様子にやっと気が付いた。」
「え・・・。」
赤く光る眼が私を見る。お兄ちゃんとは思えないその目が、私の方を申し訳なさそうに見つめている。
「お前が学校で酷い目に遭っているって知った時、俺は何もしてやれなかった。助け出そうにもどうしていいかわからなくて、親に言っても、ちゃんと学校で話し合ったからって言うだけだ。お前に酷い真似をした奴に仕返しするどころか、まるでそんな事実は無いみたいに言いやがる。俺は、現実の世界にいてもカナを救ってやれないんだってわかった。だから、こっちの世界にお前の居場所を作ってやりたいと思ったんだ。レナードはいい奴だし、お前と同じ孤独を抱えてたからきっと仲良くやれるって確信してた。だから俺はレナードに従う事にして、ずっと傍に居た。お前をこっちの世界に引っ張ってくるには、お前の代わりに誰かがあちらに行かなくてはならないってわかっていた。それも出来るだけ近い存在が好ましいって。名前や顔、年頃も近くて性格もよく似ている、そういう娘を探した時、・・・該当したのはロンドライン伯爵の令嬢だったんだ。」
ダオハ・コアンの眉がぴくりと動いた。その様子を、少し困ったような顔でご領主のラエルさんが見つめている。
「では、この方はカーラ姫ではないと。」
「・・・私は、堀越要です。騙してすみませんでした、カーラ姫に似ているから、身代わりをするように言われていたんです。シャーロット様は、いつからわかっていらっしゃったんですか?私が戻らない限り、カーラ姫も戻らないと、そう仰っていましたよね?」
剣聖様はにこりと笑って穏やかな声音で答える。
「ドラゴンがメステリュアレにいること自体がおかしいのです。この大陸には本来存在しない生き物な上、緑色の火龍なんて有り得ません。私が直接見知っているドラゴンはダオハ・コアン殿が連れている水龍のみですし、流暢に人間と喋るなんて異常過ぎます。多くの資料を当たってみましたが、いかなる種類のドラゴンも人間と意思疎通をする場合は言葉ではなく精神感応を使っているとされていますし、私はダオハ・コアン殿が水龍と会話している所は見たことがありませんでした。そして、武門の家の長男であるレナードが簡単に剣を捨てるなど有り得ません。彼は優秀な弟子でしたから、王城の軍へ士官するよう勧めるつもりだったのですよ。なのに、私自身もあっさりと彼が出ていくのを認めていたのですから、なんらかの力が働いていると考えるのが妥当でしょう。」
「カーラ姫はどこなのだ。ライデン・・・いや、来希というのだそうだな。我が水龍達は、お前は竜ではないとずっと言っていた。龍の姿をしているだけ別の生き物だと告げていたのだ。姫を返せ。」
「そうだ、カーラ姫を返してくれ。今無事な姿を見せてくれれば、コアン殿も納得して伯爵に姫がご無事であると報告して下さるそうだ。頼む、ライデン。」
姫を返せと続けて騎士と領主に言われ、緑色の蜥蜴は顔を伏せる。それからゆっくりと自分の主人の方を見上げた。
来々軒店長は呆然としたまま、視線は宙を彷徨っている。
長い間相棒だと思っていた竜に、騙されていたのだと知ったのだ。ショックなのはよくわかる。
そして、よくよく考えてみれば元師匠である剣聖の言う事がいちいち尤もなのがわかったのだろう。メステリュアレにはライデンの他には竜はいないのだ。ライデンが言うまま他の竜と出会った事が無いだけだと思い込んでいたし、それはライデンが他の竜を嫌っているからだと素直に信じていた。喋る竜など彼以外には存在しない。水龍以外のドラゴンの存在記録は確かにあるけれど、実際それを見た者もいないのだ。ひょっとすれば海の向こうの遠い外国へ行けば存在するのかもしれないが、余り現実的な話ではなかった。
いるはずの無い竜。喋るはずのないドラゴン。
彼だけの特別な存在は、実は姿だけのもので、本当は人間だったのだ。どうしてそれを信じてしまっていたのか。
「レナードも、ずっと孤独だったから。カナと一緒で寂しかったから・・・、だから、俺を信用してくれたんだよな。俺はご主人様が大好きだ。それは本当なんだよレナード。あんたは優しくて強い人だ。きっとカナを守ってくれるって確信してた。何かうまく行かないことが有ったとしても、俺が傍でずっとサポートしていれば、きっとカナとレナードは幸せになれるってそう思ったんだ。俺もレナードを信じたんだ、だからカナを頼めるって、そう思って。」
「ライデン・・・。」
店長の、小さな声。
「俺、カナちゃんと離れたくない。」
思わずはっとしたように顔を彼に向けてしまった。レナードはライデンを見下ろしていて、その表情はとても悲しそうで。
「姫とカナちゃんは引き換えなんだろ?姫が戻ってきたらカナちゃんはいなくなっちゃうんだろ?・・・嫌だ。それは嫌だ。俺はまた独りになる。」




