名作劇場屋根裏部屋(めいさくげきじょうやねうらべや)
お客様とのふれあい。
命じられたトイレ掃除を、従順に指示通りやったあとに、レナードさんは部屋を案内してくれた。
「ケホッ・・・、ここ、暫く使って無いからちょっと埃っぽいんだけど、ここでいいかな。」
店舗から階段を登って登って、狭い屋根裏部屋。
なんか名作劇場を思い出させるような場所に、私は黙って頷いた。
「ハイ。」
埃っぽいことを予想していたのか、サラマンダーのライデンがかたくしぼった雑巾を私に差し出す。気の利くドラゴンだ。
私はそれ以上の埃を立てないように静かに屋根裏部屋へ上がりこみ、隅から雑巾がけを始めた。一往復で白い雑巾の色が変わる。水をはったバケツをライデンが持ってきてくれた。
「ありがとう、ライデン。優しいね。」
大きい蜥蜴にしか思えないドラゴンは礼を言われてしきりに頷く。
いじめにあっていた期間が長い私は、相手が例え蜥蜴であっても親切にされることがとても嬉しい。
勿論、店主のレナードさんの親切には言葉に尽くせない感謝の気持ちがある。
どうしてこんなことになってしまったのかわからないけれど、少なくとも寝床と食べるものを確保できたことはとても運がいい。
一通り雑巾がけを済ませた頃、階段の下からレナードさんの声がかかった。
「寝具、運んであげるよ。そろそろいいかい?」
「はあーい、すみません、ありがとうございます!」
かいがいしく面倒を見てくれるので、私も出来るだけ丁寧に受け答えする。
「それに、着替えねー。これ、仕事着。使ってくれる?」
寝具の上に折り重なった衣類。一番上にあるのは、店主のレナードさんと同じ白い三角巾と割烹着なのがわかる。
・・・やっぱそれなんだ。
まあ贅沢は言ってられない。仕事着の下にあるのは、普段着、もしくは割烹着の下に着るものだろうか。
私が店の前に行き倒れているのを発見したのは、実はライデンなのだそうだ。
お昼の混雑時の後、店の奥で一服していたレナードさんは、呼んでもいないのに店内に飛込んできたライデンに知らされて慌てて出てきて、倒れている私を見つけて店の中へ運んでくれたと言う。
「ずっとあのままにしておいたら干からびちゃってかもなー。」
怖い冗談をさらっと言って笑い飛ばすと、屋根裏部屋に一つだけある出窓を開いてくれた。
気付くと夕方近くなっていて、太陽が西の方角に傾きつつある。
「あれが、御領主様のお城だよ。」
窓から遠くにそびえる城を指差して、レナードさんは優しく言った。尖った屋根が特徴的だ。ドイツとか、スイスとか、ああいう国にあるような立派なお城に見える。
「色々思い出せないことがあって不安かもしれないけど、大丈夫だから。」
「えっ・・・」
「どうにかなるって。大丈夫大丈夫。」
楽天的な意見を陽気に述べるレナードさん。
「大丈夫ですよ。」
そんなレナードさんの肩の上に乗ったライデンが言葉を添えるように付け足した。
「そういうわけなんで、仕事着に着替えて手伝ってくれないかな。これから夜のお客さんが入るんだ、忙しくなるよ。」
・・・そうでした。ここはラーメン屋さんなんだった。
慌てて制服上に割烹着をかぶって、三角巾を頭に乗せる。
「うん、似合う似合う。じゃ、がんばりましょ。」
軽く頭をぽんと叩くと、またレナードさんは笑って階段を降りて行った。
にこやかな人だな、とつくづく思う。
割烹着が似合うと言われて複雑だけれども、まあ、褒め言葉として受け取っておこう。
ライデンと店主の後を追って階段を降りた。
既に仕込が済んでいるのか、一階の店舗ではもうスープの香りがしていた。香辛料や、材料の匂い。
「ライデン、営業中の札を出してきて。」
「はい。」
緑の蜥蜴が出入り口の扉をくぐって程なく、お店の扉が開いてお客さんが入ってきた。
「いらっしゃいま・・・。」
本日のお客様夜の部、第一号は頭にウサギの耳が生えていた。綺麗な毛並みの真っ白なウサギ、の耳と尻尾。とっても可愛らしいバニーガール。
お連れ様は大きな剣を背負った戦士風の大柄な男性だ。
常連なのか、席を案内するまでも無く決まったテーブルへと足を運ぶ。
「ご主人ー、味噌ラーメン二つ。」
大柄な戦士風の男性が大きな声を出して注文する。
「はい、ありがとうございます!」
レナードさんが厨房から元気に返事をする。
「お水を持っていってね。ダイカン様とラビちゃんは常連さんだから大丈夫。」
「は、はい・・・。」
緊張の面持ちでおずおずとテーブルに近寄り、二人の前に水を置いた。
「あれ、初めて見る顔だね。ご主人が雇ったの?」
巨漢の戦士がよく響く太い声で話しかける。
「は、はい、よろしくお願いします。」
右の頬に大きな傷跡のある、なんとも迫力のあるご面相だった。よく日に焼けている。赤毛は短く刈り込んであり、大きな耳には紫色のピアスが光っていた。
チキンハートな私は怖くて足が震える。ひきつったような笑顔をどうにか作るだけで精一杯だ。
「へー。ついにこの店にもウエイトレスがねぇ。続くかなぁ。」
にやにやと笑って頬杖をついたダイカン様。面白そうに私を見上げている。
・・・怖いよ~。
がちがちに固まってしまってその場を動けなくなってしまった私の左肩へ、ぽてぽてと歩いてきたライデンが乗った。
「カナをいじめないで下さい、ダイカン様。」
緑色のドラゴンはきっぱりと言う。体色と同じ緑色の瞳できっと巨漢をにらんでいるかのようだった。
「ライデンちゃんっ。」
バニーガールが逆側から白い両手を伸ばしてきた。その手をさっと身軽く避けて、私の右肩へ移るライデン。
「いらっしゃいませ、ラビ様。」
私の顔の影に隠れるように挨拶する蜥蜴を触ろうと、白ウサギが何度も手を伸ばすが届かない。
「抱っこさせて欲しいのに~。」
鼻にかかったような甘ったるい声で講義する白ウサギ。
「お触りは別料金。」
背後から湯気とスープの匂いをさせて寄ってきたレナードさんが穏やかに言った。両手に乗せたトレイの上に注文の品を乗せている。
「いくら?ねぇ、いくら?」
店主に詰め寄るラビさん。
「760円です。」
「それは味噌ラーメンの値段じゃんっ」
私の肩からレナードさんの肩に飛び移ったライデンは、大きな口の端からちらっと赤い舌を見せてから逃げるように店の外へ出て行ってしまった。
厨房の内側へ戻った私は、作業台の隅に並んだメニュー表があることに気がついた。手に取って中を覗く。
メニューが日本語で書いていることにも軽いショックを覚えた。
どうしてお金の単位まで『円』なんだろう。
優しい店主とドラゴンに心癒される・・・気がします。