怪獣特撮(かいじゅうとくさつ)
水龍が苦手?
私の腕に抱かれたドラゴンが苦しいと言いたげに身を捩る。
「水龍が苦手じゃなくて、自分以外のドラゴンが全部苦手なんだよな、ライデンは。」
レナードさんの言葉が図星なのか、ぎくっとしたように龍の前足が揺れた。
「・・・それより、対面が済んでカナはもうお役御免でしょう?早く来々軒へ帰りませんか。」
「それもそうだな。着替えさせて帰っていいだろう?ご領主様。」
一人と一頭ににじり寄られて、シン・クレッグはなんとも言えない困った表情になった。それから、おもむろに両手を鳴らす。
控えの間に見覚えのある派手な制服姿がわらわらと入ってきた。窓と出入り口に二人ずつ立って、その場所を守っているかのようだった。何が起きたのかよくわからない私は、腕の中の竜が唸り声を上げ、レナードの表情が変わった事に気付いても何が何だかわからなった。
「悪いけど、今しばらくホリコシカナメを貸してもらいたい。それ程長い間じゃない、使節団が帰国するまでのほんの数日の事だ。コアン殿も騙せたんだから、これからも問題なく代理をやってもらえそうで有り難いな。もう、いっそ姫本人が見つからなくても構わないんじゃなかって気がしてきたよ。」
最初に私を拉致して行った兵隊たち。シンの近衛隊の人たちだ。彼らが出入り口を塞いで、私たちを監禁しようとしている。
シンの言い草には胸が痛くなるほど腹が立った。
・・・カーラ姫本人が見つからなくて、いいだって?ずっと私に代理をさせるつもりなのか。
シンは私によく似たお姫様に恋をしていはずだ。だからあんなにも大切にしていたのでは。反対されても無理矢理に婚約し自分の城まで連れ帰ったと言ったではないか。顔が似ていても一目で別人だと見抜いたのに。
怯える私の顔を見て傷ついたようなあの表情は嘘だったのか。
我々を騙した領主の息子は、眉根を寄せて鼻に皺を寄せていた。自分でもこんなことをするのは不本意なのか、それともこうする他ないと決めたのか。その顔は、私をいびっていた久遠の顔とはどこか違っている。シン・クレッグは非道な事をしているけれど、やっぱり久遠とは違うのだ。
「冗談じゃない、ラーメン屋がそんなに休めるわけないだろ。営業妨害もいい加減にしてくれ。」
苛立った声を上げる来々軒店長は、怒りを堪えているみたいに見える。
「不満ならカナメ殿だけ置いて行ってくれればいいんだ。」
最初からそのつもりだったのか、あるいは使節団との対面が上手くいったからなのか、シンは私を帰してくれる気が無いらしい。
「カーラ姫が偽物だって触れ回ったらどうなると思うんです。」
「触れ回ればいい。カナメ殿の身柄がどうなってもいいのならな。」
緑色の蜥蜴が今一度ギィーと唸り声を上げる。ひょん、と私の腕から降りて小さな翼を広げた。すると、見る見るその姿が大きくなる。
本来の、あの大型のドラゴンの姿に戻ろうとしているのがわかった。
「ら、ライデン!?」
「ライデン!駄目だ、今ドラゴンの姿に戻ったら・・・」
間違いなく部屋が壊れる。城が半壊してしまう。
そうなったら、客として滞在するロンドライン伯爵の使節団にも異常を知られるし、何より城にも城内にいる人間にとっても甚大な被害となるだろう。
ライデンの瞳は燃えるように紅い。ぴかぴかと光っている。水龍の騎士の甲冑よりなお明るく輝き、黒光りする鱗が目に痛いほど艶を放った。竜の咆哮が響き渡る。
「カナをそんな目には遭わせない、絶対にそんなのは許さない。」
その声はもう、私の知っている緑の蜥蜴の声ではなかった。
床が揺れ、ライデンの足の重さに耐えかねて崩れ始める。数倍にも高くなった頭の位置が天井を押し上げて行った。地震のような揺れが城全体を襲い、部屋の外からも悲鳴や騒ぐ人の声が聞こえてくる。
シン・クレッグが腰を抜かしているのが見えた。衛兵たちが壁や柱にしがみついている。私だって床に両手をついてしまっていた。部屋の中できちんと立っていられるのは、レナードだけだ。
厳ついドラゴンの前足が、背中から私の身体を掴んだ。強引に掴まれたと言うのに少しも痛くはない。絶妙な力加減で私の全身が浮き上がり上昇する。
「カナちゃん!カナちゃん!危ない、ライデン、カナちゃんを離せ!」
まるで巨大怪獣が住宅のセットを壊す特撮のように、ライデンの大きな体が城からゆっくりと乗り出してくる。
「ライデン、ライデン・・・ライ・・・あ、あああ!!」
緑のドラゴンの声。
とてもドラゴンとは思えないその声は、確かに私は知っている。
どうして気づかなかったのだろう。あんなにも身近で、長い事一緒に居たあの人と同じだと、何故気づかなかったのだろう。私の事をあんなにもよく知っている。
「お兄ちゃん!!来希お兄ちゃん!やめてっお城の人がっ・・・、レナードさんがっ」
「カナをいじめる奴は、絶対に許さない。二度とあんなひどい目には遭わせないからな。」
緑色のドラゴンは実の兄の堀越来希だったのだ。
何故そう思ったのかわからない。いや、何故今まで気づかなかったのか逆にわからない。
一体なんでこんなことになったのかわからないけれど、この稀なる緑のサラマンダーは兄の来希だ。六歳年上の優しかった兄。
巨大なドラゴンが私を抱えて城を抜け出す。
レナードはあの滅茶苦茶になった部屋から無事に出られただろうか。シン・クレッグや衛兵の人たちは。城内の他の人は大丈夫だっただろうか。
ドラゴンの翼が大きく開く。僅かに体勢を低くして、飛び立とうとするその姿勢。
「やめろライデン、カナをどこへ連れて行く気だ!!」
地面の上からレナードの声が聞こえる。半壊した城から逃げ出した人たちが建物の外へ集まり始めていた。彼の声が聞こえたと同時に、瞬時に巨大な何かがライデンの上に影を落とす。
水龍達が一斉に巨大化し、上空から降下してサラマンダーを抑えつけるように着陸した。さすがのライデンも一気に七頭の水龍に襲われてはひとたまりもない。
その水龍の一頭に乗っているのは、あのダオハ・コアンと呼ばれた騎士だ。美しい水色の髪が風になびいている。
「姫を離せ!!」
腹の底に響くような大音量で筆頭騎士が叫んだ。
姫ではない私は、青ざめるしかなかった。
こんなことになってしまって、もはや何をどうしていいのかもわからなかった。ロンドライン伯爵の使節団の目の前でクレッグの城は半壊、カーラ姫の身代わりが浚われそうになり、しかもそれをしたのは実の兄がドラゴンに変化していたと判明した。
兄の来希がどうしてドラゴンなのか。どうしてこの世界にいるのか。私がここにいる理由もわからないままなのに。
七頭の水龍に押さえつけられたライデンは、苦痛の呻き声を上げた後。
再びするすると質量を変化させて小さくなっていき、やがて私を支えきれず地面の上に私を横たえる。そのままいつもの蜥蜴サイズへ戻り変化がおさまった。
水龍達もまたコンパクトサイズへと戻っていき、ダオハ・コアンが地面に降り立つと、静かに私を抱き上げ、駆け寄ってきたレナードの元へ運んでくれる。
「どうぞ姫を休ませて差し上げて下さい。」
水龍の騎士は穏やかにそう言って、気絶しているライデンの方へ目を向けた。




