緑竜再会(りょくりゅうさいかい)
「カーラ様。お久しぶりでございます。お元気でしたか?」
水色と言っていいだろうか、透き通るような青い髪の将校らしい大柄な青年が目の前で跪いた。
内心では大慌てだ。
こんな髪の色の人を見たのは初めてだし、目の前で跪かれるなんてことも初めてで、動揺の余り目が泳いでしまう。しかし、取り乱す事だけはどうにか堪えた。
「はい。」
私は小さく返事をする。
最小限の声だけ出す、ということにして、今回の使節団との面会を引き受けたのだ。
それにしても、綺麗な髪色に目を奪われる。顔立ちも、彫りが深くて西洋人っぽい。瞳の色は緑色。あのシャーロット様に少し系統が近いだろう。剣聖様の方がずっとオリエンタルな印象だけれど、単に造作だけなら少し似ている。
そして、独特のいでたち。カシャカシャと軽い音を立てながら部屋へ入ってくる様子を見て、きっと甲冑かなにかを着ているのだろうなと予想していた。
不思議な材質を使っているのだろうか、あの、空を飛ぶ竜の鱗のように、透明で反射する甲冑。光を受けてキラキラと光る様はまさに宝石。宝石を埋め込んだような見事な鎧だった。
それを着ているのは、目の前の青い髪の青年のみ。
彼以外は、立派な甲冑を身に付けているけれど、普通の金属を利用しているように見えた。それにしても、金属を使っている割には軽そうに見える。
目の前の青年は顔を上げて私の顔を凝視する。緑色の瞳に睨まれて、私は思わず袖で顔を隠した。
正体を見破られたらどうなってしまうのだろう。
この人に殺されてしまうのだろうか。カーラ姫の偽物めっとか言われて成敗されてしまうのだろうか。
広い客間に6人の従者を連れて跪くこの人は、その中でも異質に感じられてならない。もはやエキゾチックを通り越している風情だけれど、使節団の代表だと言うのだからバレないように大人しくして、どうにかこの場をやり過ごさなければ。
大丈夫、何かあっても、レナードさんが隣りの部屋に控えてくれている。
呼べば必ず行くから、と約束してくれたのだから。
この部屋には、ご領主様であるラエル・クレッグさんと息子のシン・クレッグもいる。椅子に座った私の、対面にいる使節団の人々の両側に、二人は立っていた。
「おかげんでも?お顔の色がすぐれませぬ。」
緊張の余り強張った顔が、顔色が悪いと判断されたようだ。
「あー、この所、姫は少々風邪を召されて体調を何度か崩しておられる。悪いが、姫を自室へ戻らせてやってかまいませんか。コアン殿。」
「なんと。」
ご領主様の言葉に目を丸くした青い髪の青年は、もう一度私を見た。
私は、わざとらしくも袖で口元をかくしたまま、コホコホと上品な咳をして見せる。
「そうとは知らずご無礼を。どうぞ、お部屋へ戻られて養生なさって下さい。」
コアン殿、と呼ばれた使節団の代表がそう言うと、すぐにシン・クレッグがこちらへ寄ってきて私の手を取った。椅子から立ち上がらせ、静かに歩き出す。私は出来るだけシンの顔を見ないようにしながら出入り口を目指した。
廊下へ出ると、隣室から飛び出るように来たレナードが私の方へ寄って来てくれた。シンが握っていた私の手を奪うように取って優しく握る。
「速やかにこの場を離れて控えの間へ。」
やっと聞こえるような小声で耳打ちしたシンが先導するように私とレナードを導いた。
客間から離れてようやく安堵した私は、控えの間へ入室するなり大きく息をついた。へなへなと床に座り込む。
「カナ、大丈夫?」
「うん。緊張が解けてほっとしたんだよ。・・・どうにかやり過ごせたかなぁ。」
両手でレナードに助け起こされ、再び立ち上がった私はシンが用意してくれた椅子の方までよろよろと歩いて行った。
「見た感じあちらが不審に思った様子は無かったと思う。協力感謝する、レナード殿、カナメ殿。」
ご領主様の息子が、やけに丁寧な態度で接してくるのは、よっぽど今回の事に肝を冷やしているのだろうか。
椅子の傍らに立ってくれるレナードが、感慨深そうにつぶやいた。
「ロンドライン伯爵自慢のドラゴン・ナイツ。初めて見ましたよ。」
それに呼応するように、シンが応える。
「俺も。島へ行った時には見られなかったんだ、どこぞで演習をしていたとかで。」
「ドラゴン・ナイツ?」
何も知らないのは自分だけなので、思わず尋ね返す。
「さっきカナメ殿と対面していたあの男だ。水龍を従えて使節団の代表になってやってきやがった。」
「使節団の・・・、あの水晶みたいな鎧の?」
「ダオハ・コアン。ドラゴン・ナイツの筆頭。でもって、カーラ姫と恋仲だったって噂があった。」
「ええっ!?」
思わず声を上げてしまい、慌てて口を手で押さえる。恋仲だったと言うなら、絶対にバレていてもおかしくないだろうと思ったからだ。
でも、伯爵の娘と騎士が恋仲なんてありがちだなーなどとも思ってしまう自分に、ほんの少し余裕を感じた。前回カーラ姫の代理をやった時は、そんな余裕など皆無だったのに。
恐らく何度か接するうちにシンにも慣れてきて、ご領主様のお城にいることにも慣れ始めているのかもしれない。
「失踪の噂を知って、彼ならカーラ姫がタイロンの街にいるかどうか確かめられると思って使わされたんだろう。幼馴染だったそうだから。」
「じゃあ、私が偽物だってバレて・・・。」
「あの様子じゃ、バレてはいないと思うが。」
シンも少しだけ落ち着いたのか嘆息する。
「・・・そう言えば、あの緑のドラゴンがいないな。店に置いてきたのか?まさか竜が営業してるわけじゃあるまい?」
聞かれてどきっとしてしまった。ライデンは、先日夜空に消えたまま、いまだ戻ってきていない。
「ライデンが、何か?」
余計なお世話とでも言いたそうにレナードが答えると、
「呼びましたか?」
控えの間の窓から聞きなれた声が飛び込んできた。
「ライデンっ!」
三階に相当する控えの間の出窓に、緑のドラゴンがひょっこりと座っている。いつの間にやってきたのか、あるいは初めからそこにいたのか、全く気が付かなかった。私が彼の名前を呼ぶと、立ち上がって私の足元へやってきたので両手を伸ばして抱っこした。
ほんの少し、たった二日会えなかっただけなのに、とても久しぶりな気がして再会がとても嬉しくてぎゅっと抱きしめる。
「水龍が苦手なんで、彼らと会いたくなかったんです。」
ちょっとだけきまりが悪そうに、ライデンはそう言った。




