第七章 春風一番2
画面いっぱいに広がる海。
どこからか和寿の鼻歌が聞こえ、吉永と光一は風に吹き晒されながら、焦って姿を探す。
二人は岩壁に立ち、何かを思いつめたように和寿は鼻歌を歌って居るのを見つけ、ギョッとなる。
「父さん、こんな所で何をしているんだよ」
光一の声を無視したまま、和寿はじりじりと前へ進み出る。
そんな傍らには、同じように肩で息をしている吉永もいた。
「松角、久しぶりじゃのぅ。元気でやっとったか?」
その声に和寿は歩みを止める。
「儂じゃ儂、覚えておらんか? 吉永じゃ」
困惑するように和寿が吉永を見る。
「父さん、早くこっちに来て、そこは危ないから」
光一が手を伸ばし、和寿の足元から小石がゴロゴロと落ちる。
その場にへたり込む父親を、光一は家へ連れ帰り、薬を飲ませて寝かせると、待たせていた吉永を目の前に、つい深いため息を吐いてしまう。
「父はずっとこんな感じなんです」
寂しそうに笑って話す光一を見て、吉永は目を細める。
「儂は、吉永という者じゃ。わけあって君の父親である和寿さんとは疎遠になっていたのじゃが」
探るように吉永は光一の目を見つめる。
口に運んでいたカップをテーブルに置き、光一は和寿が寝ている部屋に一度目をやってから静かに口を開く。
「どうせ父が、ろくでもないことをしたんでしょ?」
吉永の顔をまともに見ることが出来ず、カップに目を落としたまま光一は話し始めるのだった。
「昔は、あんな父さんじゃなかったんです。いつもにこにこしていて、冗談が好きで、笑いが絶えない家だったんです。それなのに、どうしてこんなことになってしまったんだろう。母さんが死んだのは、僕だって悲しい。だけど、悲しんでばかりはいられないでしょ? それなのに父さんは、まるで言葉を忘れてしまったように何も話さなくなってしまったんです。力強かった腕も細くなっちゃって、信じられます? 港で一、二位を争う力自慢の父親が、日に日に衰えて行くんです。何ですかあと半年の余命って? 僕には理解できないことだらけで……」
光一は辛そうに顔を歪める。
「他に変わったことがなかったかい?」
光一は目を見開く。
吉永に静かに微笑み返され、光一は唇を噛みしめる。
「父さんは、何故かわからないけど、母さんが死んでしまった日から、隣町にある教会に通うようになったんです。ああ、信仰がどうのとかじゃなく、誰もいない教会でステンドグラスを、ただ、じっと見つめているんです。誰が何を聞いても、ただじっとね。仕事はちゃんとしていたし、食事の面倒とかは近所の人たちが手伝ってくれていたから、まぁあれだけ仲が良かった二人だったから、ショックが大きすぎたぐらいにしか考えていなかったんです。けど、父さん、だんだん物忘れがひどくなってきて、僕のことすらわからなくなってしまうこともあって、皆が病院に連れて行った方が良いって言うし、僕のことは沙世の母さんが預かるって言ってくれたんです。すいません。沙世というのは、ここをしばらく行った家の娘で、幼馴染なんです」
それを聞いた吉永は、柔らかな笑みで頷いてみせる。
必然的に顔を赤らめた光一は、テーブルに置かれた自分の手に視線を置き、話を続けた。
「それからしばらく、僕たちは別々に暮らしたんです。父さんの病気は一過性のもので、おそらく母さんを亡くしたショックが大きすぎてそうなったんだろうって、診断が下りました。だから気長に待てば良くなる。そう思っていたんです。けど、何年過ぎても、父さんはこんな調子で、そしたら、父さんにも癌があるって……」
光一はそこまで話して、言葉を詰まらせてしまう。




