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第一章  不良と正義5

 そんなこんなしているうちに、明日歩たちは五月を迎えていた。剣道部に入らなかった明日歩に、少々がっかりした顔を見せた両親だったが、思いがけず走る才能があったことを知り、今ではすっかりスプリンタースターになれ、などと言って、余るくらいの期待をかけてくる有様だった。

 そして初めての試験に挑んだ明日歩と克己は、角谷のベンチに並んで座り、のんびりとアイスを食べていた。

 日差しは、すでに夏を思わせるくらい暑い。

 さっきから明日歩のアイスが溶け、ポタポタと地面に黒いしみを作っている。

 かどや。

 正式名称は金田商店というらしいが、誰もそう呼ばない。中学校に行く最後の曲がり角にあるから、かどやだ。

 学校から死角になっているこの店は、明日歩たちの憩いの場所になっている。部活が終わって帰る途中、ここで買い食いをする。これがなかなか乙で堪らない。

 本当は、今日から練習再開なのだが、明日歩はちらちらと克己の顔を盗み見る。

 何があってもサッカーが一番の克己の様子がおかしいのだ。

 試験期間に入り、練習が自粛させられるのを嫌っていたのに、そのことについて、一言も触れなかったのも謎の一つだが、練習再開するというのに、この沈み様は尋常じゃない。

 弁当を一緒に食べようと誘いに行った明日歩を、克己はここえ誘ったのだ。

 何か食べるものを買ったら、学校に戻るもんと思っていたが、アイスを買った克己は、ベンチに座り動こうとしなかった。

 さっきまではしゃいでいた克己は、黙々とアイスを齧っている。

 明日歩は、何を言っていいのか分からずにいた。

 考えてみると、ここ何日か、克己の様子はおかしかった。

 朝、会っても、あの軽佻な喋りがなく、気味が悪いほど静かだったのだ。

 もともと勉強が得意では無い克己である。初めての試験勉強に、うんざりしているもんと、気にも留めずにいたのだが、考えてみると、克己の口から、まったくサッカーの話を聞かなくなったのは、初めてだった。

 「あっ!」 

 明日歩のアイスが、地面に落ちる。

 「だっせぇ」

 克己はそう言いながら、そのアイスをめちゃくちゃに踏み潰す。

 残念がる明日歩をチラッと見た克己が、ポツリと呟く。

 「……俺、学校、辞めちゃおうかな」

 あまりの衝撃に、明日歩は克己の顔を見入ってしまっていた。

 今までに見たことがない、克己のさびしそうな横顔である。

 「何か、つまんねぇよな、学校って」

 明日歩は、喉の奥が痛んだ。

 「義務教育だから、無理じゃねぇ」

 カサカサの声で言う明日歩に、克己が引きつった笑みを向ける。

 そのまま帰ろうとする克己に、明日歩は慌てて声を掛ける。

 「練習行かないの?」

 振り返り、克己は小さく笑いを残し走って行ってしまった。

 練習したくない気持ちは、明日歩にもよく分かった。しかし、克己の場合、少し違うように思えた明日歩はその日、克己が置いて行ってしまったカバンを届けがてら、家に寄ってみた。

 応対に出てきたのは、妹だった。

 それっきり、明日歩は克己と会っていない。 

 克己は部屋に引きこもってしまったのだ。

 いつも強気で、軽佻だった克己が登校拒否になってしまうなんて、明日歩には想像できなかった。

 何となく、後味が悪い明日歩は、気には留めていても、なかなか克己の家へ足が向かずにいた。

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