第六章 光の向こう側9
明日歩は決心を固めていた。思い付きでも何でもない。
「ごめんなさい。私、好きな人が出来たの。これ以上、私に付きまとわないで。お願いだから。私の幸せを奪わないで」
そう言われショックだった。
自分が思い続けることがあずさを不幸にする。そんなこと思ってもみなかった。しばらく何も考えられずにいたが、もうそろそろ仕事に戻ってこないかと、部屋を訪れた中島に言われ、明日歩は素直に頷いた。逃げたりはしない。自分に正直に生きるだけだ。新たな人生。本来あるべき姿に戻ろうと。
東京を離れ、違う場所でもう一度自分の人生をやり直す。
今年いっぱいは、精一杯勤めさせてもらって、その先は自分で切り開いていく。
歩が果たせなかったヒーロー戦士をやりきった。もう何も文句はないはず。
ゆっくりと地下鉄の階段を下りて行く。
きちんと話さなきゃな。
ドアの近くに立つ明日歩を見た乗客がヒソヒソと話す声が聞こえ、握手を求められる。こんな生活もすぐになくなる。快諾しそれに答えた明日歩は、にっこりと微笑んで見せた。
こんなのオレじゃない。
駅から地上に上がって来た明日歩は目を細める。
最初に見た時もすげーと思ったけど、やっぱすげーな。
足早に中に入って行くと、警備員が丁寧に頭を下げる。それが妙に可笑しくってつい笑ってしまう。
「何ですか?」
「いやいや何でもないんだ。ごめんなさい。社長いるかな?」
「一時間ほど前に、出社されております」
「ありがとう」
手を振り、明日歩はエレベーターに乗り込む。
バシバシと自分の頬を叩き気合を入れ、明日歩は最上階のボタンを押した。
社長室のドアをノックをすると、すぐに野村の声が帰って来た。
一礼して入って行くと、野村と中島、それに間宮までが顔をそろえて待ち構えていた。
木綿子がすぐにコーヒーを運んできて、全員で揃ってソファーに座る。
事務所はこんなに立派なのに、ソファーだけが古臭い。何回も皮を張り替えられてはあるが、年季が入っているのは一目で分かる。
「明日歩、話って何だ?」
野村が煙草に火を点けながら訊いた。
それに合わすようにみんなの顔が、一斉に明日歩に向けられる。
一呼吸おいてから、オレ、役者辞めますと言う明日歩に、フーンと木綿子が気の抜けた返事をしただけだった。
テーブルに置かれてあった本を一冊、手にした間宮がペラペラとページを捲り、にやっとして、これ面白いなと言う。だろう。俺もなかなかいい出来栄えだなと思っているんだ。今回は、俺も手伝ったんですよと中島が嬉しそうに話すと、へーと感嘆する間宮に、私も久々に出るんだと、木綿子がコーヒーを口に運び、もしかして親子共演? と間宮が冷やかしを入れる。まるで明日歩の話が聞こえてない様に交わされる会話にムッとしながら、明日歩は声を荒げた。
「聞いています? オレ、本気だから。もう決めましたから。反対しても無駄っすから。スケジュールの調整をお願いします」
立ち去ろうとする明日歩を、中島が呼び止める。
「辞めてどうするんだ?」
「教員の採用試験を受けて、教師になります」
「教師か、教師も悪くないな」
野村が煙草をもみ消し、意味深な笑みを浮かべる。
「そうだな悪くない」
間宮も頷く。
だからと振り返ると、野村が楽しそうにペンと紙を持ち出して、何かを書いていた。




