第六章 光の向こう側7
大人たちのもくろみは、いつでも明日歩の意に反している。
だからこの家が嫌いなんだ。オレは普通で良かったんだ。母さんが父さんのフィルムを見て、あんな顔をするから、こんなはずじゃなかった。今頃は採用試験にパスして、めでたく教壇に立っているはずだった。仕事が落ち着いて、お金が貯まったら、あずさにプロポーズをしようと思ったのに、どこでボタンを掛け違えたんだ?
明日歩は顔を手で覆う。
何度迷っても、難問を突き付けられた時も、そばにはあずさが居てくれた。答えを導き出してくれたのはあずさだった。
あずさなしでは考えられない、オレの人生なのに。
「オレはさ、たくさんの人を護るよりも、たった一人の人を護るヒーローになりたかったんだ」
冬の海、歩が嬉しそうに笑って言った言葉だ。
「奈緒はオレの一番大切な人だから笑っていて欲しいんだ。いつかお前も分かるよ、オレの気持ちが。この人だけは泣かしたくないって」
畜生。クソ親父。あんたのせいじゃないか。
明日歩は起き上がり、全力疾走で自転車を走らせる。
絶対にあきらめたくない。
見慣れた風景が飛ぶように流れ、無我夢中で明日歩はあずさの家のチャイムを鳴らしていた。
応対に出てきたのは、弟の孝文だった。
思いっきり迷惑そうな声で何か用と言う。
「あずさは、あずささんはいますか?」
上ずった声で言う明日歩に、孝文は怪訝な顔を見せ、いませんと答えた。
「そんな訳ない。学校にもバイト先にもいなかった。家にいるんだろ? 頼む、会わせてくれ。会って話さなければならないことがあるんだ」
「帰ってくれ。姉はいない。迷惑だ。帰れよ」
「頼む。本当に頼むから」
家の中に戻ろうとする孝文の服を掴み、明日歩は必死に食い下がった。それでもふり払われ、閉まってしまったドアに向かい明日歩は大声を張り上げる。
「あずさ、中にいるんだろ? 一分でいいから話しをさせてくれ」
「姉ちゃんからはっきり言ってやらないと、あいつは辞めないよ。近所の人も気が付いているだろうし、警察沙汰にしたくないなら、自分で決着付けろよ。俺は知らないからな」
戻って来た孝文がお手上げだと言って、ソファーに寝転がり、テレビのスイッチを入れる。
『チョコチョコはーとチョコチップ。一人で食べてもおいしい。恋人と食べればもっとおいしい。はーとチョコチップ』
軽快な音楽と、明日歩の弾けんばかりの笑顔の映像が流れ、孝文が目配せをすると、あずさはドアチェーンを掛けたまま、ドアを開けた。




